デュルュフレ「レクィエム」
B1正清です。
酔っ払いのたわ言で申し訳ありません。野村さんの紹介でデュルュフレの「レクィエム」を生の演奏会で聞けることなり、このレクイエムをレコードでアルコール入りで今聞き終えました。聞いているうちに、あて先なしのメールを打ちたくなり、他愛無いことをダラダラメールします。
(1)この曲の演奏をアナログレコード版で手に入れたのはつい最近です。切っ掛けは、調布市民合唱団のチラシを見て、「へええーー、こんな作曲家もいるのだと思った」のが出会いの始まりです。たまたまアナログレコード店に日参していた時のことで、その時レコード店で偶然デュルュフレ自身が指揮している「フィリップ・カイヤール合唱団」が歌っているエラート版をみつけ、多分LP1枚を350円程度で手に入れることが出来ました。レコードの帯には「フォーレ以降の最も美しいレクイエムを(作曲者自身の指揮によって理想的に再現)」と宣伝文句が書いてあります。
(2)エコルマホール(つい最近、鮫島有紀子のウィーンシュランメルコンサート演奏会で?落としでオープンした音楽ホールだったと思いますが)で、生演奏会が聞けることになったので、チッケトの投資元本を回収すべくその曲を熟知するためにその楽譜を手に入れることにしました。多分有名な曲だから、日本の楽譜出版社が出しているだろうから、2000円チョット出せば手に入るだろうと思い銀座ヤマハに行きましたが、残念。フランス「Editions DURAND」版しかなく予算より倍位の値段でしたが、行き掛かり上、楽譜を買って帰りました。
(3)楽譜を見ながら、レコードを聴いてみると、まず楽譜の小説の拍子の変化の激しいこと。2/4から9/8の変化(八分音符=八分音符)のようにあっちこっちに拍子が変わるのです。最初はどのように歌えばよいのかよく分かりませんでしたが、今晩この曲を聴いていて、気が付きました。古典的な感じを出すためにグレゴリアンチャーントの手法で記譜しているのだ思いました。曲想も確かに古い(古典的グレゴリアン的)感じがします。グレゴリアン時代だと、記譜技術が発達していなかった時ですから、小節を区切るバーがなく、単に音の長さだけを表していたのだから、そのつもりでこの曲も歌えばいいのかな、と考えました。多分そうだと思っています。(調布市民で歌われた方の指導者のご意見をいつの日か聞きたいと思います。)
でも、「LIBERA ME」の94小節以降の合唱のないオーケストラだけで演奏している部分でも(それもあまりメロディーのないコード進行だけの部分ですが)、3/8、4/8が交互にかわってっゆく部分はどのような効果を出そうとしているのか??????いつの日かでデュルュフレに通じている人のご意見を聞きたいと思っております。ストラビンスキー、プロコフィエフなどの曲では変拍子は当たり前と思いリズムを楽しんで来ましたが、デュルュフレの合唱曲ではどのように歌うのか、よく分かりません。
(4)デュルュフレを知りたくインターネットでこれをキーワードで検索すると多種検索結果があります。作曲者人の情報、楽譜に関する情報など等・・・興味のある方は一度TRYしてみては・・・・
(5)でも矢張りこのレクイエムを歌ってみたい・・・ということで、東京近辺でこのレクイエムを歌っている合唱団をインターネットで探していますが・・いまだ見つかりません。(調布市民合唱団の人が羨ましい。)情報をお持ちでしたらお知らせ下さい。
以上酔っ払いのたわ言でした。迷惑さまでした。
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正清 雄三
T1 藤原です。
・正清さんのメール拝見。 デュルュフレ余禄。
「デュリュフレ
の レクイエム」という懐かしい曲名を目にして、夜中に楽譜と演奏会テープの中からやっと
探し出しました。
以前所属していた「東京コンサートシンガーズ」で1995.9.9に石橋メモリアルホールで歌いました。
(8年もまえでした)演奏会以後聞いていないので、カセットテープが大丈夫か気にしながら、とりあえず早回し、
巻き戻しで風を通して聞きました。
・パイプオルガンの音と、あの美しいメロディーとハーモニーが流れ出し、ひと昔前の当時の感動を思い
出しまし た。
実にすばらしい曲です。 (2〜3箇所テープのせいか間延びする音を気にしながら
In Paradisumの終曲まで、眠たい目をこすりながら
一気に聞き終えました)(ほっとしてテープの巻き戻しスイッチオン、しばらくするとデッキがストップ。
古いテープが伸びたのでしょうか??巻き戻しができません!ああ、、、カセットテープの保存は大変だとは
聞いていましたが、物理的劣化はどうしようもないのでしょうか??
どんな保存方法がよいのでしょうか? どなたか教えてください)
・あの曲はほんとによい曲です。でも聞くよりも、もう一度歌いたくなりました。正清さん是非歌ってください。
・なおその後デュルュフレの曲は今の合唱団「東京室内合唱団」で「グレゴリオ聖歌による4つのモテット」を
2000.10.11にカザルスホールで歌いました。
レクイエムもモテットも選曲は指揮者の伊佐地邦治氏によるものです。
T2小室です。
正清さんのデュリュフレに関するメール拝見しました。調布のチラシからとのこと、2001年の府中・ウイーンホールでの演奏会でした。
この曲は、1999年の20周年記念演奏会のメインステージの候補曲として、指揮者の佐藤宏さんから97年頃に紹介されたのですが、我々のメンバーで知っていたのは、歌ったことのある一人きりで、その人の古い楽譜とCDで、おおいに魅力は感じたのですが、部員集めにも集客力にも難ありということで、20周年はフォーレのレクイエムに落ち着いたのでした。その後、パレストリーナをメインにした演奏会を経て、翌々年この曲にチャレンジしました。
ご指摘の通り、フォーレ同様、フランスのカトリックの伝統の中から生まれた名曲で、グレゴリアンチャントの旋律が随所に現れます。イントロの男声合唱から3/4、4/4、9/8が現れますが、それが一挙に聴く者を中世の教会の雰囲気に誘ってくれます。
「Libera me」の練習番号94以下も、伴奏の中音部が、その前のソプラノの旋律を少し形を変えてなぞっています。3/8や4/8、6/8の間に挟まれる5/8が東洋的に聞こえるのは5・7・5の日本文化、日本語のリズムに慣れ親しんでいるせいかもしれません。
調布市民合唱団の次回定期はフランシス・プーランクの「グローリア」に取り組みます。フォーレ、デュリュフレのCDをあれこれ集めてみるとプーランクとセットのものが少なくなく、その魅力に目覚めた次第です。これから練習が始まります。お近くの方、ご興味のある方はどうぞご参加下さい。
スエーデン放送合唱団の フォーレとデュリュフレ 楽しみにしています。
永井です。
フォーレとデュルフレのレクイエムは良く比較されますが、物の本には”フォーレは出きるだけカトリックから離れた立場で書いたが、逆にデュルフレは厳格なカトリックの枠の中で書いた”という趣旨のことが良く書かれています。これはこの2曲を聴き比べると良く分かるように思います。
フォーレがレクイエムの初演のあと”異端のレクイエム”と批評されたことに就いて、”自分はカトリックで長い間仕事をしてきたので、何か違ったことをしてみたかったのだ”、と述べていること、カトリックの典礼文をかなり修正して使っていること(シューベルトとのミサより大きく修正している)、彼は歌曲を中心に膨大な作品を残しているのに、いわゆる宗教音楽としてはこのレクイエム以外に小規模な作品が2,3曲あるだけ、といったようなことは、フォーレがカトリックと距離を置いていたことを示唆しているのかもしれません。このレクイエムを演奏する上でも参考になるように思います。
正清さんのデユルフレ・レクイエムについてのコメントに、調布市民合唱団が登場していたので、早速、小室さんからも投稿あり、私からも若干補足させて頂きます。
1990年の調布市民合唱団20周年記念の目玉を何にするかの議論で、指揮者の佐藤先生は、デユルフレ・レクイエムを主張されたのに対し、平凡社「世界大百科」のデジタル化に携わっていた関係で、この百科事典を調べたがこの中にも出て来ない作曲者では、集客力がないということで、フォーレ・レクイエムに決定。お陰で会場は満席、団員が40人で財政的に苦しんでいたところが60人となって財政的にも余裕が出てきました。
なお、このときの出演者、アンサンブルフラン(ジュネスOB)、平井香織(Sop.)、水野
なおみ(ハープ)の方々に、永井さんからの依頼で来年のMGC定演に出演をお願いし、ご快諾を得ています。
2001年の定演で、デユルフレ・レクイエムを作曲者自身の編曲によるパイプオルガンの伴奏つきで演奏することになり、ソリストに栗林朋子、牧野正人、オルガニストの新山恵理にご出演願い、素晴らしい演奏会となりました。新山さんはデユルフレの大ファンでわざわざデユルフレのご自宅まで会いに出かけたところ、直前に亡くなられてお会いできず、奥様にお悔やみを申し上げたそうです。
丁度この頃、荒谷先生がMGCのご指導に来られていて、お伺いしたところやはり2年位前にデユルフレの演奏の指揮をされ、この新山さんのオルガン伴奏つきだったそうです。
佐藤先生、荒谷先生をはじめ結構な人数の方々が、フォーレよりもデユルフレの方が好きだと言っておられます。皆さんは如何でしょうか?11月22日は両方が聴かれるまたとないチャンスで、楽しみですね。野村さんに感謝しています。
(T1)岡野屋 正男
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