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箱根八里−羊腸の小径 私たちの演奏曲研究INDEX |
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T2 フジモトです。 曲集4ページの1小節目の「ようちょうのしょうけいは」のところです。林編曲では、「ようちょう」を、「よう」を付点四分、「ちょ」を八分、「う」を四分音符で歌わせていますが、小生はこの部分は昔から「よう」を二分音符、「ちょう」を3拍目の四分音符、「の」を4拍目の四分音符で歌ってきました。 「羊腸の小径」という言葉のひびきをはっきり歌う為にも、またメロディの流れからも当然と思っていました。(林編曲風に歌うと「よちょうのしょけいは」と聞こえます)これはやはり一人合点だったのでしょうか。
B2 川端です。 1 明治30年代、教科書は全部民間で出版されたものばかりであったが、 各出版社の売りこみの競争がはげしくなり、明治35年12月、いわゆる 教科書事件の大疑獄が勃発し、代議士や小学校長等合計116人の 有罪者が出た。 そこで、明治36年4月、政府は小学校令を改正し、小学校の教科書用 図書を国定化する方針を確立した。ただし、修身、日本歴史、地理、 国語読本は純然たる国定教科書としたが、唱歌の教科書はもっぱら 民間出版の検定教科書から採定された。 この前後から、いわゆる文部省編集の唱歌集(明治43年7月14日発行 「尋常小学校読本唱歌(全1冊)」)が出版されるまでの間、いくつかの唱歌集が使われていて、そのうちのひとつである「中学唱歌(東京音楽学校蔵板(ママ))」に、わが「箱根八里」が載っている、のだそうです。 2 「中学唱歌」(東京音楽学校蔵板(ママ)) 3 さて、これに載っている「箱根八里」は・・・・・・ 4 作詞者の鳥居さん(1854〜1917)は東京音楽学校教授(音楽通論と国語)。曲は滝廉太郎が東京音楽学校学生時代(21歳)の応募作。 歌詞の1番には「第1章 昔の箱根」、2番には「第2章 今の箱根」と標題がつけられています。(「今」は明治30年(1887))前後でしょうか。) 5 川端私見。 滝廉太郎は、「付点4分(よう)+♪(ちょ)+4分音符(う)+4分音符(の)」とすることによって、「西洋音楽ではこうなるのだよ」と書いた思いが感じられます。 6 余談。
フジモトです。 川端さん、早速お調べいただき、ありがとうございました。よくわかりました。スラーが「みそ」だったんですね。これからは、廉太郎さんの意図を表現すべく歌いたいと思いますが、「羊腸」という言葉をあのメロディに乗せるのはなかなかむつかしいですね。 MGCのHPの太田論文がYahooに採録されているとのこと、まことにご同慶にたえません。じつは、練習日程を確かめる為、今日たまたま我がHPを開いたのですが、なかなかの充実振りに感心いたしました。成清さんの丹精のおかげと思います。 ここから、太田論文につづいて、世界に向けた情報発信ができれば楽しいですね。
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