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英米諸大学のキャンパスと緑

福島 清彦(昭和42年経済学部卒)

 一橋大学卒業後、私が初めて長期に滞在したのは、アメリカ・ニュー・ジャージー州のプリンストン大学だった。留学する前、プリンストン卒の先輩に会いに行って、これからの諸事を相談した。ひとしきり教えてもらった後、東大法学部卒の大蔵官僚だったその先輩は、「福島さんのご家族はまだ小さいでしょう。緑豊かな環境をご家族で楽しんきたらいいよ。それはすごく広くて、素晴らしいから、子供さんも喜ぶよ」と言われた。

 私は「緑が多いって、一橋大学みたいなものですか?」と聞いた。その先輩は「アハハ」と大きく笑って、「そんなもんじゃない。まあ、行ってみたら分かるよ。」と答えられ、それ以上の説明はされなかった。 1976年夏、30代になりたてだった私は、妻に4歳の長女、2歳の息子を連れて、ニューヨーク市から西へ1時間ほどの所にあるプリンストン大学に到着、キャンパス内の教授官舎に入れてもらった。

 キャンパスの広さと自然環境の豊かさには驚いた。レガッタ(競艇)の試合が出来る大きな湖が官舎の近くに在った。 湖には小さな島があり、そこには冬にはカナダからワイルド・ギース(大型の野生の鴨)が飛んできて巣営していた。 宿舎のある芝生にも立った高さが1メートルもある野鴨が歩き回り、大きく翼を広げて走り、人を威嚇していた。

 キャンパスの草原があまりに広いので、ウサギの巣穴がいくつか出来ていて、まだ小さかった我が息子などは、穴に足を取られたりしたものだった。18ホールある正式のゴルフ場もあった。大学を訪れた要人が使用する小型飛行場があり、滑走路近くには「鹿が通るので注意。Danger. Deer Crossing.」という看板が立っていた。

 核融合の研究で超高温の臨界温度を達成するための、大きな、陸上競技トラックのような形の建物(実験設備)まで在った。 テニスコートはそこいら中に在って、まだアメリカに来たばかりだったある日「テニスコートの側で会おう」と私が言うと、「どのコートだ。名前を行ってくれ」(各コートには寄贈者の名前がついている)と聞かれてしまった。

 成程、これでは、我が先輩がキャンパスの緑豊かさについて、説明をしなかった訳だ、と納得したことがある。

 1700年代に、アメリカ南部富裕層の子弟を教育する為に創られた大学なので、神学校と教会、それに子弟に会いに訪ねてきた両親が宿泊する為の古いホテルが、今も教育や営業を続けている。 当時の英国ケンブリッジ大学を真似て造ったので、建物のほとんどは中世風の堅牢な石造り。 中世の城のように、そこから弓を射るための凹みが建物屋上の城壁には造られている。 英国から来たある学者は「これは我がケンブリッジ大学の写真複製photo copyだ」と評していた。

 だがプリンストン大学がケンブリッジ大学と違うところがある。 それはプリンストンの多くの施設が民間企業の寄付で成り立っていることだ。 巨大な図書館はタイヤ会社が寄贈したのでファイヤーストーン・ライブラリーと呼ばれ、テニスコートも他の建物も、寄贈者の名前がついている。 GMなど大企業の嘗てのCEOの名ばかりだ。
元々、王立で今もほぼ全額政府資金で成り立っている英国の大学と、植民地でエリート教育のために、私学として造られたプリンストン大学では、事情が違う。

 一橋大学には、兼松講堂や磯野研究館があるが、それがもっと大規模に行われていると思えばよい。独立行政法人になったのだから、一橋大学にもっと寄贈者の名を入れた施設を造ってもいいのではないか。

 一橋大学は、首都圏で多分最高のキャンパスを備えている。キャンパスの豊かな緑を皆で支えてゆくのは更に素晴らしいことだと思う。プリンストンでもケンブリッジでも、一橋大学よりキャンパスは広大だが、卒業生がキャンパスの手入れをしているという話は聞いたことがない。

 その次に私が長期滞在した経験のある大学は、米国バルティモアにあるジョンス・ホプキンス大学の分校である、高等国際問題研究院School of Advanced International Studies、通称SAISサイスである。 1994年から96年まで居た。 首都ワシントンDCの町中で、そこからホワイト・ハウスにも歩いて行ける便利な場所だ。アメリカを訪ねた諸外国首脳もよく来て、この大学院で記念講演をして帰る。それはよいのだが、ビル街の中なのでキャンパスと言えるようなものはない。

 只、一つだけ、日本人には印象に残るものがある。 それは天皇陛下お手植えの松があることだ。 ビルの谷間なので、あまり樹の育ちは良くないが、松の側には「皇太子殿下(現天皇陛下)が昭和年間に植えられた松である」という碑が建っている。 私は二年間そこで教えたので毎日通っていたが、いつも建物の入り口にある小ぶりの松が育っているのを見るのは日本人として嬉しかった。

 どんなに小さくても大学の敷地に多少の緑は欠かせないものである。サイスの校舎は大使館が並ぶマサチューセッツ通りの東北地区で、校舎の隣はオーストラリア大使館、向かいはフィリピン大使館など、太平洋戦争中の対日交戦国の施設が並んでいるので、その地で陛下お手植えの松が生長しているのは、平和と繁栄の象徴のようにも思えた。

 訪れた外国の大学で、私の印象に残っているのは、英国のケンブリッジ大学である。 ロンドンから北へ約一時間、ケムCam川にBridge橋を架け、そこに王様が教会と神学校を造ったのが、ケンブリッジCambridge大学の由来という。 最初の建物はKing's Collegeと呼ばれ、ケンブリッジ大学最古の建物なので観光名所にもなっている。

 キングズ・カレッジ周辺の芝生に牛が放牧され、大学はそこで牛乳まで生産している。クラシック音楽部の学生が毎日夕方、芝生の上で簡単なコンサートをやると、本当に牛が数頭寄ってきて音楽を聴いている。「この生演奏を毎日聴いている牛のミルクだから、大学食堂の牛乳はうまいんだ」などと軽口を叩く教授までいた。

 私は2009年3月、植樹会に入れてもらったばかりなので、植樹会の活動内容や今後の計画を知らない。しかし最後に、アイデアを出させていただきたい。植樹会諸先輩に検討していただければ幸いである。

 陛下お手植えの松のような、何か記念になる樹木を一橋大学キャンパス内に植えてはどうか。 「一橋」は嘗ての江戸城から一つ目の橋がそこにあったからその名がついた。嘗ての神田一橋にちなんだ何かの記念物を持って来て、その木の傍に植えることが考えられる。かつての一橋の模型でもいいだろう。その隣には、渋沢栄一像があるとなお良いかも知れない。

 植樹して、木の手入れを続ける仕事は今後もたぶん限りなく続くだろうが、そのもう一つ先の、一橋大学らしい記念碑があったらいいのにな、と一人考えることがある。

 

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