第3部 モーダルシフトの限界


この文書に関する一切の権利は一橋大学鉄道研究会が保有します。 無断複製・転載を禁じます。


第2章 小口化について

1 小口化の経緯

「小口化」とは貨物を一度で大量に運ぶのではなく、回数を重ねて少しずつ運ぶ物流の手法で、 回数を重ねることを強調して「多頻度小口化」ということもある。 小口化は現代の物流における最大の特徴の一つであり、流通問題を語る上で不可欠な要素である。

小口化が急に進み始めたのは昭和50年初頭からといわれている。 この頃は石油ショックが起こって高度成長が終焉を迎える一方で産業構造が変化し、 それに伴い日常生活にも若干の変化が起こり始めた。 大量生産・大量消費の図式は変わらないものの、生活に余裕が出てくる中で各人の趣向は多様化し、 それが消費行動にも反映され始めた。 その後コンビニエンス・ストアの普及、また少子化・核家族化の進展といった人口動態の変化で、 「多くの種類を少しずつ」という生活様式には一層の拍車がかかった。 小口化の要因に消費者のニーズがあったことは、まず間違いの無い事実である。

供給者側としては、消費者の意向に合わせ、店頭での陳列品目を拡充する一方、 拡散する個人の趣向を考慮して各商品の生産量は抑えるようにした。 一方小売店では品目増加の影響で陳列する商品数が減少する中、膨大な品目数において売れ筋とそうでない物の差は拡大し、 売れるものだけを陳列棚に載る分だけ供給するというのが自然なやり方となった。 結果として輸送頻度は急上昇する一方、一回当たりの輸送量は激減したのである。 さらに経営効率上昇の観点から在庫の削減が叫ばれ、生産と販売の現場において連携を密にとり、 その中間である物流が柔軟に商品量調整を行うようになった。 つまり小口化によって、特にメーカーでは「柔軟な商品量調整」が行われているのである。 また生産現場間でも部品や原料を小口にして輸送していて、これらは企業にとって生産管理の一つとしても位置付けられている。

2 小口化の実際

小口化は前述の様な事例の帰結であるとは一概に言えない部分もある。 例えば、宅配便で時間指定・もしくは時間外の輸送を依頼するときも小口化は起こる。 ある貨物について一般的な荷物の扱いとは異なる事を要求された時、そこには必ず小口化への需要があると言って良い。 ではどの様な事で小口輸送は行われるのだろうか。

小口輸送の中でも知名度の高いもの、といえばジャスト・イン・タイム方式である。 これは時間指定配送の一つで、前述の「カンバン方式」もこの仲間といえる。 大体の場合指定された時間帯はそんなに広く幅を持つものではないので、 この方式を採用すると一回毎の輸送量というのは多くはなくなる。 コンビニエンス・ストアではこの方式を始めとする時間指定配送が多く採用されている他、 前述のように一日複数回の納品も行われている。 これは品目数の増加以外にも弁当・調理食品の様に鮮度が重視される物を扱っていることにも因る。 この様に時間指定配送や複数回納品は現代生活の根幹に関わる部分で機能していて、 正にこれこそが小口輸送の典型であるという印象もあるであろう。

しかし、実は小口輸送においてコンビニエンス・ストアやメーカーとは別に大きな比率を占めているところがある。 零細企業・個人事業者である。 彼らは商品の動向について特に把握している部分も少なく、在庫の為のスペースも多くない上、仕入部門等があるわけもないので、 商品発注がランダムに行われる。 加えて事業規模が小さいので発注量は少ない。 故に輸送形態として「その都度少しずつ」という形を採らざるを得ない。

最近は大店法の緩和や商店街の衰退等小売業もやや整理される傾向があるものの、なお小売業における中小組織の比率は依然大きい。 小口輸送の大半はこのような所で行われているのである。 その点でいえば小口輸送自身はかなり昔からあってコンビニエンス・ストアの登場等で顕在化したのが昭和50年初頭だった、 というのが正しい解釈のようである。

またこれらとは別に、取引における仕入側と納入側の関係が納品という行為に絡んでくる事もある。 具体的には納入側が納品時に小分け・包装・値札付け・販促品の組み込み・陳列といった付属の仕事を行うものであるが、 これらに時間を取られる為一日に運送できる店の数が少なくなる。 故に一度に運ぶ貨物も少なくなり、小口化が進む事になる。

この様に小口化に至る具体的経緯は色々であるが、共通している事もある。 一つは輸送手段が自動車である点である。 そしてこの事は多くの問題を引き起こしているが、特に大きいのは交通問題と環境問題である。 これらについての詳細は前の章にて述べられていると思うのでここでは述べない。 それでは自動車輸送の代替手段として考えられているモーダルシフトは小口輸送にどれだけの力を発揮するのだろうか。

3 小口輸送とモーダルシフトの相性

小口輸送の二つ目の共通点は域内輸送の形態が大半であること、 つまりある区域の中を色んな方向に動き回るような輸送形態になることである。 この場合あちこち行っていても輸送距離は長くない。 輸送距離が短く一回当たりの輸送量が多くないということは、大量・長距離の輸送を得意とする鉄道や海運の特性は生かされにくい。 加えて鉄道網は道路ほどあちこちに引いてある訳ではない。 つまりモーダルシフトが進んでも小口輸送だけはどうにもならないということである。 このことはモーダルシフトの本質が幹線部門の転換にすぎないという事であり、モーダルシフトにおける一種のアキレス腱である。

実は今迄作られた多くのモーダルシフトに関する報告書についてもこの事実については認識済みで、 末端の輸送については従来通り自動車を使う事としている。 しかし、交通問題について一番状況が深刻なのはやはり各都市の中心部であり、それらにおける物流の多くは小口輸送である。 ある意味で一番大事な現場の前でモーダルシフトは無力なのである。 そのような状況で自動車の弊害を取り除けるのか。 もっといえば、モーダルシフトだけを提案しただけでは問題はまだ解決した事にはならないのではないか。

4 混載・共同輸送について

域内小口輸送の効率化を図る施策としてあげられているのが混載・共同輸送である。 これらでは依頼主も行先も異なる荷物を同じ車に積んで配送する。 当然依頼主・行先別にいちいち車を配送するより効率は良い。 共同輸送は荷主主導で行い、共同で会社や輸送センターを設立して輸送を行うのに対し、 混載は荷主の意向とは関係なく流通会社のシステムとして異なる荷物を運ぶ事である。 幹線輸送を担当する鉄道や海運については混載が当然の事であったが、域内輸送では取り組みが遅れていた。

分野によって共同輸送は既に行われている。 特に小口輸送の最近の主役であるコンビニエンス・ストアや自動車メーカーが取り組み始めている。 あるコンビニエンス・ストアの場合、「同種の納品会社をグループ化し、共同配送センターを作らせ、 そこに複数の企業が納品する商品を持ち込み、そこで店別にまとめて混載による納品を行う」という仕組みを構築している。 これにより店に来る配送車は大幅に減ったとされている。 ある自動車メーカーでは同一ルート上の部品業者を一台の車が巡回し部品を集める巡回集荷の方式を採っている。 他にも製品出荷と部品納入のルートを統合し、両者を一括して行うといったことがメーカーで行われている。

しかし共同輸送と混載では混載のほうが発展している。 何故なら共同輸送を行う場合公平なコスト負担と強力なリーダーシップが必要であり、 荷主間で共同輸送を企画しても利害関係が絡んで話が進展しない事が多かった為である。 実際、共同輸送を行う上での中心は第三者の色合いが強い流通業者であることが多い。 一方混載システムは流通業者が独自に立ち上げたもので非常に効率的である。 上のコンビニエンス・ストアと違い、あるスーパーや百貨店では輸送システム全体を流通業者に任せている例もある。 この場合商品は店独自の流通ルートに乗るのではなく、一般の宅配と同じ扱いを受けると言う事である。 一般に小売業は取引先が非常に多く共同輸送の形態をとることは不可能であるので、 輸送の効率化のためには輸送業者の力が不可欠になる。

社会的に混載を普及させる上で大事なのは営業トラックの活用である。 トラックは輸送担当者により自家用と営業用とに分けられている。 自家用トラックは生産元や販売元が自前で用意したトラックであるのに対し、営業用トラックは運送業者が保有するものを指す。 営業用トラックの活用とは言い換えれば輸送を自前で行わず業者に依頼する事である。 規制が緩和されたものの混載業務はそのノウハウや情報力について業者でなければ不可能に近い。 各企業が輸送業務を物流会社に委託することが域内小口輸送の効率化を進める上で重要である。 実際、トラックの積載効率を見ると営業用は自家用に比べ遥かに優っていて、 営業用トラックの活用が域内輸送での全体的なトラックの削減に繋がる事を暗示している。 仮に混載を行わないにしても共同輸送では流通業者の力が必要となる事は多い。 即ち、流通部門については自社から切り離して流通業者に任せる事が社会的な域内小口輸送の効率化に繋がるのである。

全体的には共同輸送・混載の取組状況は充分な状態とはいえない。 しかし細かく見ると大企業と中小企業の間にかなりの差が見られる。 これは共同輸送・混載のシステム構築には資金と労力が必要である為と思われる。 一方実際に取り組む側としてはその取り組む理由に道路交通問題よりコスト削減を挙げている。 ここに意識のズレがあるが、大体の場合実際にコストが下がるので取り組む上でのインセンティブは決して低くないと言えよう。

5 終わりに

モーダルシフトの限界の一つとして域内小口輸送をどうするのかということについて採り上げて来た。 この領域で自動車を排除する事が現在の科学水準においてまず不可能であることは明白であり、 話題先行でモーダルシフトだけを採り上げることは正しい政策とは言えないだろう。 モーダルシフト、共同輸送・混載といった種々の政策を包括的に束ね上げる事が重要であり、 その為には様々な視点から各政策の利点・欠点を探る事が肝要である。


→「第4部 行政の見方と取り組み」へ



この文書に関する一切の権利は一橋大学鉄道研究会が保有します。 無断複製・転載を禁じます。


Last modified: 2001.12.17

一橋大学鉄道研究会 (tekken@ml.mercury.ne.jp)