ブラームス交響曲第1番

 世の中には様々な男性が存在する。女性を口説くことに長けた社交的な男性もいれば相手にうまく思いを伝えられないような不器用な男性もいる。ヨハネス・ブラームス(1833~1897)は紛れもなく後者だった。 63年の人生の中で彼は一度も結婚しなかった。彼の恋愛はそう簡単に結婚と結び付けられるようなものではなかった。彼が愛した女性は14歳も年上の人妻だったのだ。その女性は作曲家ロベルト・シューマンの妻であるクララ(1819~1896)だった。彼とクララが恋愛関係にあったかどうかは定かではないが、クララに宛てた手紙の中で「君」といった表現を使うなど親密な関係にあったのは確かなようだ。
 今回演奏する交響曲第1番の完成に彼は20年という歳月を要している。着想から作曲までにこれほどの時間がかかったという事は、それだけこの曲に秘めようとした思いが壮大なものであったという事に他ならない。指揮者ハンス・ビューローはこの曲を「ベートーヴェンの交響曲第10番」と評したりするなど、ドイツ・ロマン派を代表する偉大な大作であるという認識は不動のものとなっている。この作品ではその不器用ながらもひたむきに一人の女性を愛すような彼の人柄が、至る所で顔をあらわす。それは烈しい感情であったり、優しく諭すような声だったりする。今日はそのような彼の人柄を感じ取りながら、春の暖かい日差しに満たされた昼下がりの兼松講堂で、彼の音楽が生み出す深い精神を我々と共に感じていただきたい。

第1楽章 Un poco sostenuto-Allegro
 C-moll 8分の6拍子 序奏付のソナタ形式
聴く者に強烈な印象を与える序奏でこの曲は幕を開ける。ヴァイオリンやチェロによる半音階進行の動機(C-Cis-D)は全曲を通して重要な意味を持っている。そして緊迫感に満ちたティンパニの連打は脈の鼓動を表しているように聞こえなくもない。重厚な序奏の後、再びティンパニの一打によってAllegroの主部に入る。この主部は序奏を構成していた要素が組み合わさって主題となっており、それは展開部においてクライマックスを築くこととなる。終結部はややテンポが緩まり、やはり半音階進行の動機に導かれ、C-durの和音で締めくくられる。

第2楽章 Andante sostenuto
 E-dur 4分の3拍子 複合三部形式
1楽章とは打って変わり、甘く切なく歌う弦楽器によって開始される。彼の最大限の情感が滲み出ている楽章である。最初の主題がヴァイオリンとファゴットによって奏でられた後、オーボエに非常に美しいメロディが現れる。このメロディは終盤にソロ・ヴァイオリンによって再び奏でられる。この楽章では一般的なdurの明朗さ、輝かしさはあまり感じられないかもしれないが、その代わりに独り夕暮れに佇むような独特の渋さ、侘しさが感じ取れるのはいかにも彼ならではといったところであろうか。

第3楽章 Un poco allegretto e grazioso
 As-dur 4分の2拍子 複合三部形式
クラリネットによるなんとも愛おしいメロディが印象的である。2楽章と同様に、この楽章でも彼は各楽器に甘く切ない旋律を情感たっぷりに歌わせている。8分の6拍子の中間部では雰囲気が一転し、高揚した気分が表現される。その後最初のクラリネットの主題が戻り、最後は優しさに満ちたAs-durの和音が天に昇るように消えていく。

第4楽章 Adagio-Piu andante-Allegro non troppo,ma con brio-Piu allegro
 C-moll - C-dur 4分の4拍子 序奏付のソナタ形式
1楽章の序奏を思い返すような劇的な幕開けで開始する。弦楽器のピッツィカートによる不思議な場面が2度繰り返された後、Piu andanteの雄大な曲調の部分に入る。朗々と歌うこのアルペンホルンの主題はクララ・シューマンへの愛を表しているとされ、クララへ宛てた誕生日を祝う手紙の中で"Hoch auf'm Berg, tief im Tal, grüß ich dich viel tausendmal"(「高い山から、深い谷から、君に何千回も挨拶しよう」)という歌詞が付けられているというエピソードもこの曲を語る上では欠かせない。またこの場面ではこの曲で初めてトロンボーンが使用され、ファゴットと共に祈るようなコラールを奏する。長かった序奏が過ぎると有名な第1主題がなんとも素直に、この上ない温かみをもってC-durで弦楽合奏に現れる。その後この主題は盛り上がりを見せ、先ほどのアルペンホルンの主題も顔をあらわす。展開部においてはこのアルペンホルンの主題をもってクライマックスを築くこととなる。再現部の後、Piu allegroの終結部に入る。先ほどのコラールが強奏され、輝かしく曲を閉じる。

 1896年、クララ・シューマンが天に召されると、翌年ブラームスも後を追うように息を引き取った。彼の音楽は革新的で聴衆の度胆を抜くようなものではなかった。彼はバッハやベートーヴェンを崇拝し、伝統的な形式に則って作曲をした文字通りの保守的な作曲家であり、それは今日になっても彼の曲が演奏されている理由の一つとなっている。しかし、彼の音楽が支持される一番の理由はその一音一音に込められた、いい意味での「不器用さ」と「人間らしさ」が人々の心を打つからであろう。







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