役所は変わる、もしあなたが望むなら

 

講師 関西学院大学教授

村尾 信尚 

平成16年6月22日 於:如水会館

【無断転記転載を禁ず】

社団法人 如 水 会

責任編集

 




◆内容目次

はじめに

地方出向を命ずる

役所を変える

情報の公開

275事業

究極の労使交渉

分かりやすい説明

イギリスの市民憲章

三重行革を顧みて

サービスの選択

バウチャー

民との連携

日本の財政事情

平成16年度予算

予算編成の仕組みとプロセス

財政事情の国際比較

一般政府総支出の対GDP比

国民負担率 ― 租税・社会保障

マニフェストかくあるべし

予算案こそ内閣のマニフェスト

プランB

AからBへ

WHY NOT運動

北川後の三重知事選へ突入

三つの誓い

視点を変えて

新しい社会のキーワード

おわりに

質疑応答

講師略歴


はじめに

 皆様、今晩は。関西学院大学教授を勤めておりますが、村尾信尚と申します。私も一橋大の昭和53年卒でして、大蔵省に入りました。大蔵では、今はなきワールドトレードセンターのすぐそばのチェイスマンハッタンビル53階に大蔵省ニューヨーク事務所があり、そこで為替のウオッチとか、国際金融に携わり、3年間過ごしまして、帰国してからは非常にドメスティックな主計局で予算をやり、理財局で財政投融資みたいなことをやっていました。大蔵役人の30歳代、ある意味で「人生いろいろ」な時期ですが、私は霞が関3丁目の灰色のビルの中で青春を費やしました。1年中、終電に間に合うかどうか、特に予算編成期のジングルベルが鳴り出す頃は、ほとんどそこで寝泊まりしているような、ハードな生活が続きました。女房は「亭主元気で留守がいい」みたいな感じだったかもしれませんが、非常に非人間的な生活を30代後半までずーっと大蔵省で仕事しておりました

地方出向を命ずる

 大蔵省の人事ローテーションはいまでもそうですが、大体30代までは本省課長補佐、主計官補佐みたいなものをやります。それから2年か3年、海外あるいは地方勤務となります。「地方」というと、税関、財務局とか国税局、地方公共団体ですが、そこに3年間ぐらい勤務します。ある意味では英気を養って、帰って来たら本省で課長とか主計官という管理職を勤めるのが一般的なローテーションです。

 私も39歳(平成7年)のとき補佐職の上がりになって、秘書課長から「村尾君、三重県の総務部長に出向を命ずる」と発令されました。私は、岐阜県飛騨の山奥生まれですから、三重県とは縁も無く、「松阪牛や伊勢海老が食べられるかな。伊勢志摩国立公園もいいな」位の感覚だったのです。一橋ではスキー部だったけど、三重県にはヨット部があるだろうなどと気軽に考えていました。実はかなり楽な気持ちで私は「三重県に赴任」いたしました。

 平成7年(1995年)7月、私は大蔵省から出向し、三重県総務部長に赴任しました。初めて北川正恭三重県知事(当時)に知事公舎でお目に掛かり、運命的な出会いとなります。私が三重県に赴任する3ヵ月前に「県知事選挙」があって、北川さんが県政改革を公約にして初当選されたばかりでした。

 実は20数年間、前知事の田川県政が続き、言ってみれば県政の形骸化と停滞、田川さんの体調不良で勇退から選挙となった。ついては田川時代の副知事が身代わり出馬という構図があった。その対抗として北川さんは、新進党代議士を辞任の上、「三重県政改革をする」ため県知事選挙に出馬したのです。ほんとに僅少差で北川さんが当選して、県知事になって役所に入られました。彼は県を改革するためやって来ました。県庁の中はもう混乱だったそうですね。ほとんどすべての県庁職員は前副知事を応援していたから、改革者が入って来るのは、当時、宇宙人とか黒船来航として北川さんを迎えたらしい。そういう混乱期に、何も知らない私が総務部長として赴任したのでした。

 先ず、知事公舎へ行って「今度、大蔵省から出向の村尾と申します。よろしくお願いします」と。北川さん曰く「霞が関から逃れて、ここでのんびりなどと思うなよ。俺は県庁を変えるから、お前も一緒について来い」と。「いままで県庁職員は上司のほうを向いて仕事をしている。これからは県民のほうを向いて仕事をするように変える。キーワードは『生活者』だ」。私が「たとえば、納税者ならタックスペイヤーがあるし、消費者ならコンシューマーがあるけど、生活者というのは英語でなんでしょうか」と尋ねると、「それだから分かっていないな」という話になって、「生活者とは何ぞや。役所の改革はなぜ必要なのか」と長時間の講義を聴かされたのです。

 実は私だけじゃなく、県庁内の部長、課長、係長たちは何回も議論されており、だんだんとマインドコントロールされてくる。私の場合、三重県総務部長室でテレビなんか見ていると、知事秘書から「村尾部長、また北川知事がお呼びです」とか。行くと「生活者とは何か」というお話の延長戦でした。だんだんとマインドコントロールされてくる思いでした(笑)。7年7月に赴任して半年間、総務部長として仕事をしていたのですけど、私の頭脳では何となく分かりかけていたが、手足が動かない。体が動いていないという感じが続きました。私が「これはヤバイ。ほんとに役所を変えなくちゃいけない」と覚悟したのは、平成8年の春、三重県で役所を揺るがす大事件が勃発したときでした。


役所を変える

 平成7年(1995年)、「全国市民オンブズマン」が、北は北海道から南は沖縄まで、47都道府県の役所に「地方職員の出張命令簿を情報公開せよ」という要求で、何月何日、どこ所属の職員が、どういう用事で出張して、どう報告したという「復命書」を提示せよと。三重県は特に問題意識もなく、過去の職員出張命令の復命書を公開しております。

 ところが、その中の1枚から、なんと「阪神大震災の当日に三重県庁職員が新大阪駅から新幹線に乗って九州に出張しました」という復命書が発見されたわけですよ(苦笑)。「そのとき新幹線は動いていないではないか。真相はなんだ?」という展開になりました。当時のテレビで、大震災時の列車転覆シーンなどを背景に「何とこのとき、三重県庁職員は出張に行ったらしいが」みたいに紹介されて、実は「カラ出張」記録をつくり、いろいろ使っていたと断罪されてしまった。それが平成8年春のことでした。

 そういうスキャンダル類はどこでも総務部が対応するようですが、着任半年の総務部長だった私が一手に矢面に立たされました。県民の皆様からお叱りの電話、抗議の手紙、脅迫状、県税不払い運動まで起きてしまいます。大ピンチに当たって北川さん曰く「村尾よ、ピンチこそチャンスだ。これぞ三重県を変えるチャンス到来だ。」平成8年6月の県議会は「カラ出張批判一色」となりました。 私もひたすら叱られどおしで、会期が終わるときに北川さんが「次の9月議会にカラ出張の実態を糾明した真相の公表、適確な処分、出直し改革策を発表する」ことを公約しました。

 カラ出張調査委員長には現総務部長の村尾を任命して、平成8年7月ぐらいから実態調査に入ります。9月の県議会対応をにらみ、8月末までにカラ出張(まがい)を自己申告してください。正直に言った限りは個人名を一切公表しません。県の管理職全体で責任をもちます。ただし、デッドラインを過ぎてから判明したケースは、それ以降個人名を明らかにし、かつ自己責任負担としますということで調査作業を開始しました。

 手配が一段落した頃、私は「ニュージーランドの行政改革を3日間で視察せよ」とほんとうの出張命令を受けました。この話の詳細は割愛しますが、ニュージーランドの行革はすさまじい。一例として、6千人の運輸省職員を50人にしてしまったとか。暴力なき革命を実行しているわけで、私はそれを見て目から鱗の実体験でした。私が2〜3年間、ことなかれの気持ちから脱却して、徹底的に三重行革をしてやろうと覚悟したのは、実はニュージーランドを3日間見学して帰国してからです。そうこうするうちにカラ出張調査の実態が浮び上がってきます。

 三重県は派手でもなければ地味でもない、おおむね中庸という県ですね。いろんな経済データを見ても、三重県の順位は、47都道府県の22〜23位です。だから私の大蔵役人の勘では、「カラ出張金額も過去3年間でせいぜい3億円ぐらいかな。それだったら管理職連帯で返すとして、1人当り返還負担はこれぐらいかな」という皮算用もしておりました。

 8月末に出てきた数字を見て仰天でした。その額11億6千万円(笑)。金利を付けて返すとなると14億円ぐらいですね。急遽、県庁内の各部長全員に集ってもらい、「どうしましょうか」と。下手に隠して内部告発されたら最悪ですからね。

 カラ出張の金を何に使ったか。2つに分かれますが、1つは「冠婚葬祭」、要するに県会議員関係の葬式に香典を持って行く。ポケットマネーでは身がもたないから、カラ出張で浮かせて香典に使ったとか、中央官僚を主とする官官接待費などです。もう1つが「備品購入」でした。ワープロとか電卓、ちゃんと役所の仕事で使う備品類、あるいは事務所のソファーなど、住民応対するための設備、そういう実態があったわけですね。議論のなかで返すかどうかという話も出ました。「隠したら最悪になるから全部出そう。だけどほんとにどこまで返すのか」という論点に議論が集中しました。

 そのとき集まった部長さんたちは、出向、若輩40歳の私を除き、地元出身で、大体定年間際の57〜58歳でした。もし返すとなると退職金から百万〜2百万円も取られます。そういう類の話ですから、もう真剣です。こんなすごい会議は役人生活25年の私も初めての体験でした。

 ノーベル賞経済学者フリードマンは『選択の自由』という本の中で「自分のお金を自分のために使うとき人々は真剣になる。だが、他人のお金を他人のために使うとき人々は真剣にならない」と書いています。行政は他人のお金を使っている限り、どんな政策論議をしても限界がある。ところが自分のお金が2百万円徴収されるとなったらマジメになる。延々と平成8年の真夏の真夜中まで、マスコミの目を逃れながら、熱い会議は続行されました。

 「県総務部長の下に財政課があるが、その財政課の予算統制が厳しく、なんでも一律カット方式。仕事上で必要な請求も聞いてくれない。横並び、みんな平等だといって認めない。所管部長としては、現場の動きをきちんと見て予算をつけるべきだ」と、完全に「総務」批判の議論も出てきます。私も本音の議論を闘わせましたから、私にはいい経験だったと思っています。最終的に達した結論は「しかし、我々の意見はコップの中の嵐では駄目だ。三重県民、納税者から見たら、不正流用した事実に間違いないではないか。やはり14億円全額を返還する。職位による懲戒処分も受忍する」ということでした。

 私も、「減給10分の1を4カ月」という事務職の中で最大の懲戒処分を受けます。そのように出直したのですが、14億円は容易には返還できませんから、実はいまでも三重県は10年間のスキームで、返還を継続しております。

 たとえば、要返還済期間の中で、所定ポストに座った人は月給から天引きで3万円、課長になると1万8千円を負担します。現在まで順調に進捗しているようです。後任の三重県総務部長たちは、まったく事件について関係ないが、確実に天引きされているはずです(笑)。

 私は在任当時、「これは納税者の反乱が始まったぞ」と思ったのですが、一過性のものではなく、マグマが確かに動き始めていました。やがて「消費者の反乱」も予感され、「三菱のリコール隠し事件」第1回は2000年(平成12年)に発生します。ほんと、「真剣に対応しないとやられるなぁ。致命的になるかも」と私は思いました。納税者や消費者の視点から、真剣に行政とか世間日常の仕組みを考えていかないと大変なことになることをそのとき初めて体験したのです。

情報の公開

 当初、私は情報公開というものを実はネガティブに考えていました。「怖いものだ。用心してかからなければ」とも思いました。ところで、ニュージーランド行革を視察体感した後に、北川さんから「イギリスとカナダへの出張」を命ぜられたわけです。その話もあとでしますが、そうこうしているうちに、私は「行政改革、財政再建をやるためには情報公開が源点である」と確信するようになりました。

275事業

 三重県所管の仕事は、いろんな数え方があるが、大体3千ぐらいの事業があります。県がやっている仕事を、私は頭の中で@官(国・中央)A公(市町村)B民(一般民間)でやるべきもの、または移行できるという物差しをあてて見直しました。特に官公の中で、国と都道府県と市町村の本来分担すべきものがどうなっているのか。見直した結果は、民間移行のもの、国へ返上すべきもの、市町村に下ろすべきものが分かってきました。あるルールを決めてやってみよう。経済学の「いろは」、外部経済効果があるか、不経済であるか。あるいは公共財観点、地域特性にふさわしい事業なのか。そのルールに基づいて3千の事業を財政課の職員がチェックします。

 報告の結論として、「3千の所管のうち、275本の事業は三重「県」が直接担当すべきではない。然るべき部門へ移管を検討する」提案となります。

 一般的にいうと、官公庁の事業を整理する場合には、まず係長レベルの人が、たとえば土木部とか農林水産部に行き、「今度は厳しいスクラップ予定があるのでどうするか」と事前の根回しをします。どこでも○○業会長関係の補助金だとか、県会議員○○の何だ、「どこの町長に怒られるぞ」という話になって、内部で反対されてしまい、廃止案の歩留りは一割ぐらいになるらしいのです。

 私は計画案を、事前に北川さんとだけ相談した上、「275本の事業所管の変更案」を新聞記者に発表しました。「県がやるべき事業の見直しの一環ですが、ただし現所管各部との協議は未了」と付け加えておきました。次いで、県議会の本会議でも発言したわけです。もちろん各部長たちは大変に怒りましたね。

 県議会の壇上で「総務部長」と土木部や農林水産部など担当各部長が、同じ答弁について食い違う事態となります。議員先生方も「知事さん、ガバナビリティはどうなの?」と。遂に、三重県議会史上初めて「行革調査特別委員会」の発足になり、20人ばかりの県議先生方が委員として出席して丸テーブルに居並ばれます。被告席を二分して左翼席には「総務」部長。右翼席に各担当の「部長」が座る。正面に275枚の大きなシートが用意されます。各シートは左側に私の主張する廃止意見、右側に担当部長が主張する存続意見が明記されています。審議は1 枚毎に意を尽くすまでやる。ポイントは、県議委員先生方の後ろにテレビカメラが設置され、新聞記者の同席、その後ろに「県民」のみなさんが参加しました。

 政策意思形成過程の情報公開、予算編成過程の情報公開ということですね。私にとって非常に有効でして、「納税者に対する説明責任がつかない限り、この事業は廃止だ」と言うわけです。このような手法を援用して、とにかく275本の事業の個別審議の結果は、「202本の廃止決定」になりました。「情報の公開は役所を変えるのだ」と私はいまも確信を持っております。トニー・ブレアの「イギリスの将来は教育!教育!教育だ!」に倣い、「役所を変えるには、情報公開!情報公開!そして情報公開!」です。これに尽きると思います。蛇足ながら、私は三重県農林水産部というものを解体して、商工労働部と一体化しましたが、国ベースで言えば経済産業省と農林水産省を合体させた昔の農商務省みたいなものですね。ものすごい抵抗はご想像ください。

究極の労使交渉

 カラ出張対応に追われていたときも、県民のみな様から脅迫状がいっぱいきましたけど、行革を始めたら「県庁職員から」脅迫状(笑)がきまして、三重太郎さん(笑)名入りですね。        

 私は県営の印刷所を廃止しましたが、それは労働組合として許し難いということで、三重県拡大闘争本部まで出来ました。部長在任中、徹底的に改革やってやろうとしているうちに、大衆団交みたいに引っ張りだされて、私1人に相手方組合員が百名ぐらいで「県の印刷所を廃止するな。守秘義務とかいろいろ意味もある。秘密が漏れるなど、民間企業にやったらどうするのか」とか「なんで現業の職員を切るんだ。県庁職員ということで県民の信頼も強い。民間企業に任せたら信用してくれないぞ」など、平気で労働組合が私に対して勝手な事を言うので、最後にはキレました。労組の幹部のみなさんに私は言いました。「交渉と言うけど、私は雇われ人に過ぎないんで、今後は真の使用者、究極の雇用者に登場して頂きましょう。みなさん方の給料を払っている三重県民の納税者に次回の労使交渉から、みなさんと同人数だけ私の後ろに座って頂きます。今日私に言った言葉と同じことを、県民のみなさんに直接話して、真の労使交渉をやりましょう」と提案したのです。それ以来、1回も私を名指しの要求はありません(笑)。組合交渉は副知事か総務次長とやっていたらしい。

 情報公開をほんとに真剣にやれば、ほとんどの行革、財政再建は出来る。とにかく役所を変えることだと思います。それは私の実体験に基づいての信念であります。所謂ニュー・パブリック・マネジメントとは、費用負担をしている納税者に対して、役所自身がやっていることを堂々と説明出来る場をつくること、これだけで十分です。ひいては顧客志向になり、納税者志向、利用者志向のための行革になります。綺麗なパワーポイントをつくったり、綺麗な英語を使った海外事情を紹介するのも間違いではないと思いますが、私の持論は徹底的情報公開と実体験が「役所を変える」大きな秘訣であります。

分かりやすい説明

 私は三重県総務部長時代にカナダ視察の出張をしました。そのときに、カナダ連邦大蔵省で「6つのテスト」について聴取しています。カナダの予算要求官庁が大蔵省に予算要求を送ると、6つのテストによって予算査定をしていたわけです。

 たとえば、農林水産省の役人が新規事業に予算をつけて欲しいと請求してくる。

@パブリックインタレスト ― その事業は不特定多数の人に便宜を与えるものかどうか。公益があることをきちんと書くこと。何も長々と書く必要はない。第1のテストに合格すると次に進む。

A税金投入 ― 現在は、NPOやボランティア活動、企業の社会貢献 活動などいろんな形態で出来るので、ほんとうに税金を使って行う必要性があるのか。税金投入する理由を書くこと。

Bどこの税でやるか ― どの段階の税によるのか。どうしても連邦税でやらなければいけない事業かどうか。州政府、市町村ではいけないのか。連邦政府でやる事業の必要性、理由を書くこと。第3のテストに合格すると次に進む。

C外部委託は ― 連邦税で財源の負担はするけれど、連邦政府の職員、役人が直接手を下す必要は必ずしもないのではないか。外部委託でいいか。民間企業やNPOになぜ委託出来ないのか。事情、理由をはっきりと書くこと。

D費用対効果 ― 100ドルの税金でやる以上、金銭価値にして100ドル以上のサービスをしているのかどうか。採算性を明確に書くこと。ここまで合格すると、最後のテストが待っているわけです。

E優先順位 ― しかしながら、カナダの納税者はこれだけしか税金を払えないと言っている。第5テストまで合格した事業は沢山あるから、総額全部を負担することができない。みなさん方で事業のプライオリティ、優先順位を付けて絞ってください。「最後の御願い」です。

 私は、これをカナダの大蔵省役人から聞いたときに、カナダの納税者代表が集まるカナダ連邦議会において、いろんな質問が飛んでくる中で大蔵大臣が毅然として説明責任を果たせることを理解できました。「なぜこの道路の必要性があるか」について連邦大蔵大臣が議会に対してきちんと説明責任を果たせるようにカナダ大蔵省が考えたロジックというものは、少なくともこの6つのロジックで論理武装が出来ていたのです。私はこれを、三重県の事務・事業評価に当たってロジック援用しています。先程の275本の事業について1つずつ精査していきましたが、説明責任を分かりやすくし、利用者に分かりやすい行政サービスの提供に通ずると思います。

イギリスの市民憲章

 1991年当時のイギリスの首相は保守党総理のジョン・メージャーでした(トニー・ブレアの1代前)。彼は「シチズンズ・チャーター」というものを作成し、自身で曰く「マグナカルタ以来の大憲章である」と。それは別として、市民憲章と呼ばれるものを発表し、その冒頭に「我がイギリス政府が提供している公共サービスは、これすべてみなさん方の税金によって賄われています。したがって、みなさん方は、私どもイギリス政府が提供しているサービスに対して、不平不満を言う権利があるのです。だからどうか我々の提供しているサービスに対して、不満なところがあれば言ってください」と書いたのでした。それ以降、文書はイギリス国民に対する呼びかけの言葉は全部「カスタマー」になっています。「お客様」ということで統一されている。私はこれにもまた感動しました。

 私もこういうものを三重県でつくってみたいと思った。イギリスらしいのは、いろんなサービス基準をイギリス国民に対して提示していること。たとえば「この地域に住んでいる人が救急車を呼ぼうと思って電話を掛けたら17分以内に必ず救急車はやって来ます」、「郵便局の窓口で5分以上並ばせません」とか、「役所に電話したら10回以上電話のベルを鳴らさせるようなことはいたしません」、「公立病院の外来患者が予約をすると、予約タイムから30分以内に必ずドクターが診察します」、「速達の92%は必ず翌日に配達します」というように全部数量で明示する。もしこの数量のスタンダードに劣ったら「イギリス政府は謝罪します」というような宣言をする。

 日本の行政サービスに比べて、イギリスのそれが優れているのかどうかはわかりませんが、そういうことをやり始めたのが、実にイギリスでありました。私は、こういうようなものを見ながら、役所を変えるというのは、「情報の公開」であり「分かりやすい説明」が非常に必要ではないかと思いました。それを私は三重県の行革の中で実体験したのだと、いまでも熱いものを感じます。

三重行革を顧みて

 幹部職員からの攻撃に対して、ある県庁事務員の言葉は「改革によって大量の血は流されるかもしれない。だが、その中には、三重県納税者の血は一滴もないのだ」でした。私は感動しました。この人のためにもやり抜こうと固く誓って、その会議が終わってすぐ北川さんに報告しました。「三重県の職員に火がつき、これから行革は本物になるでしょう」と言った記憶があります。それからどんどん三重県職員自身が我が事として推進するようになったのです。 

 地方の行革というと、三重県等が比較的よく話題にのぼります。が、私は真の三重県行革ヒーローというべきは、圧倒的に北川さんだったと思います。鮮やかなリーダーシップだったと断言できますね。私も何かと話題にされるのですが、あの行革の中で私ぐらいノーリスクの職員はいなかったかも知れません。霞が関に帰れる場がある限り、私がどんなに県庁でもの申しても真のリスクは負っていない。ほんとにリスクを負って、真のヒーローは三重県庁のプロパー職員たちでした。彼らは三重で生まれ、三重で育ち、三重県庁に入って、知事が代わり、総務部長がいなくなったあと、どんな人が知事、部長になって来ようとも、彼らはそこに定年まで勤める。そういう人たちが、あの行政改革に私と一緒になってついて来てくれた。そういう方々が、ほんとに三重県の行革を支えたと私はいまも強く確信しています。

サービスの選択

 私はもう1つ、役所を変える大きなファクターは「サービスの選択」に尽きると思います。よくお役所仕事と言われるが、もちろんこれはいい意味ではありません。悪い意味合いで使われるわけですが、私もお役人生活を25年間やってみて、なんで「お役所仕事」という言葉が生まれたのか反省することがあります。

 たとえば、たらい回し。なぜ平気でそういうことが出きるのか。原因は独占企業的に供給者を「1人だけに」しているので、サービスを受ける側に「選ぶ自由が」ない。これだといま思っていますね。私は東京都狛江市民として生活していますが、住民サービスを受けるときに、「調布のごみサービスのほうがいいので調布市から受けたい」とか、「あのサービスは国立市がいいな」といくら考えても、それは出来ない相談ですね。我々「地元生活者に」選択の自由はありません。短絡的に言うと、それが役所、役人があぐらをかく大きな理由だと思います。

 一般的に言うと、サービスの質を良くするただ1つの方法は、供給者を複数にして競合させ、サービスの購入者側に選択の自由がある仕組みを整備することである。民間の常識ですね。かりに車を買うとして、トヨタ、日産、ホンダもあれば、外車ワーゲン、ジャガーもあるぞ。三菱の世間は狭くなり「消費者の選択」社会がいまや厳存しています。

バウチャー

 行政もバウチャーを使えばいい。別の言葉で言えば 「どんどん補助金の交付方法を変えていくべきだ」と私は考えています。

 いま東京都品川区が最初に手掛けておりますけど、たとえば、学校選択制ということを導入していくことも賛成ですね。公共サービスと言えども利用者が選べるような仕組みが一般化してくると、お役人にとっては厳しいことになるでしょう。だけど「それをやっていかなければいけない」と思います。

民との連携

 なんとか元の霞ヶ関に生還して、主計局主計官を命じられた私は、2年間、外務省と通産省の担当官として予算査定等の実務に従事します。外務省の予算査定のときに、ODA、政府開発予算というものを、財政再建政策の要請もあってどんどん削っていました。軍備なき日本が国際社会においてそれなりの発言権をもっていくためには、なんとしても顔の見える援助活動をやっていく必要性は高い。「どうしようか」などと考えながら、たまたま日経新聞夕刊の小さな記事が目に付きました。

 「イラクのクルド人地区で、若い日本人青年が一生懸命、難民救済の活動をしている。その資金が足りないので、日本の民間企業を回ってお金集めをしていた」という。私は「これからは、政府も資金がないけど、なんとかしなければならない。あるいはNGOと組んではどうか」と閃いたわけです。その記事の編集委員に電話して、「あの若者との対話」を日経本社会議室でセットしてもらいました。編集委員と私、若い青年でした。僕のほうから1枚紙で「トライアングル・パートナーシップ」構想案を提示します。「志の高い、だが資金や物的技術の少ないNGOのみなさん、それから民間企業の有志各位も、イラクとかイラン、アフガニスタンは儲けと関係ないかもしれない。だけど、たとえばNGOのユニフォームにトヨタ、日産とかソニーなどのロゴマークを付けて作業させて貰えないだろうか。仮にできたら、いま飢えて援助を受けている子どもたちの網膜に、食糧を運んでくるトラックの「トヨタ」ロゴが焼きつくだろう。やがて20〜30年後、彼等がもし経済、国の復興に成功したときは「昔お世話になった日本のトヨタロゴがあった風景をふっと思い出して…。人間を愛おしむならば、歴史に残る長期的投資じゃないですか。企業のみなさんも参加しませんか」と。

 外務省には、どんどん予算が削減されているので、地方財政改革の三位一体論ではないけれど、「NGOや企業(経済界)とパートナーシップでも組み、難民救済人道支援に協働するのはどうか」と言ってある。こうしてジャパン・プラットフォームという組織ができた。


日本の財政事情

平成16年度予算

 歳入計と歳出計は同額で82.1兆円。歳入の内訳は@税:41.7Aその他:3.8B公債金:36.6。歳出の内訳は@国債費:17.6A交付税:16.6B一般等:48.0。

 資料で言うと、上記の7個の数字に尽くされます。日本の国家予算の構造は「歳入と歳出」の合計が同じ額になっています。平成16年の4月から(来年の)3月までの年度予算案は82.1兆円。因みに日本のGDPは5百兆円ですが、こういう規模になっています。この82.1兆円は、入・出とも大きく3つのグループに分かれます。

 先ず、歳出の国債費は「借金の元利払い」、ローン返済ですが、17.6兆円。収入の2割強はローンの返済にあてられます。次の交付税は「地方への仕送り」と考えればいい。地方自治体が使えるお金が16.5兆円(2割近い)。家計で考えると、借金返済と子どもへの仕送りだけで4割消えてしまいます。肝心の親たちが使える金は収入の6割なのですよ。国だと82兆円のうち、ほんとに使える資金は48兆円しかありません。

 この一般歳出等48兆円の中でやり繰りするわけですよ。年金事業もやり、公共事業もするし、義務教育費国庫負担金もある。もちろんODA提供、防衛費も必要だ。中小企業対策、エネルギー関係費用その他、全部この48兆円でやっている、こういう実態なわけです。

予算編成の仕組みとプロセス

 私は主計官の任期終了の後、国債課長を命じられました。辞令が「コクサイ課長」と耳にし、「あぁ、若いころは英語が上手かったのか。(笑)海外出張で大変になるぞ」と、国際金融局ではなく、実は借金の方の「コクサイ」課長なんです(笑)。因みに私が国債課長のとき、日本国債の格下げがどんどん進行して、果てはアフリカのボツワナよりも日本の国債価値は低いというウソみたいなことになる。シングルAになったのも、実は私の時代でした。そういう中で、私は「個人向け国債」を創って法律を改正しております。

 歳出予算の「国債費」というのは、国債残高×来年度の金利の予想。わりと簡単に出てきますね、借金の利払いは。「交付税」というのも国税の何パーセントという形で機械的に割り出されます。

 要するに「一般歳出等」(16年度の48兆円)が主計官の力量の見せどころで、各省庁や自民・与党の各部会を相手に丁々発止やりながら要求予算額を切っていくわけです。その作業を経て、大体48兆円ぐらいがぎりぎりの現状です。

 歳入は、先ず「税」(16年度は42兆弱)そのうち30兆円、約4分の3に当たる部分が所得税と消費税と法人税の三税で占められます。それでも足りませんから、「その他」(16年度4兆近い)というのは、理財局で国有財産を売却するわけです。現実には国有財産は簡単には買って貰えないんですよ。そして最後の切り札しかありません。何か?それは借金です。

 歳入予算の最終は「公債金」(16年度36兆6千億円)。これが国の借金即ち国債発行になるわけです。ご存じ小泉総理が数年前の自民党総裁選に出馬したとき、1つ覚えに「30兆円、30兆円、また30兆円に」と連呼して、「私は30兆円以上の借金はいたしません」という公約によって自民党総裁、日本国総理ヘと飛翔したのはまだ記憶に新しい。その原点がこの公債金ですよね。しかし平成16年度国債発行額は36兆6千億円。

 実はこれでもまだ済まないのです。現在の「国債残高」というのは、480兆円ぐらいなわけ。その内16年度中に満期到来の国債が約80兆円あります。償還するためのキャッシュは国にはない。だから「借換債を発行」しなければいけない。その数字は先程来の7つの枡のどこにも入っていない。要するに、80兆円が隠れているので、国債を発行する当局は120兆円近いオペレーションを迫られているのです。

 今年度の国債発行額は120兆円近い。これでもまだ正解になりません。昔は「財政投融資」というのは、郵便貯金・年金の掛金等を財源として運営されていたが、財投改革の実施に伴って、郵貯資金は入れない、年金の掛金の資金も入れないことになったので、「もし財投融資で、道路公団、日本政策投資銀行、国際協力銀行等の資金財源にしたければ、それはマーケットで調達してこい」と。言うなれば、「財投債」という形に切り替えたが、実はこれもまた国債なのです。投資する市民たちから見ると、国債(公債金の)であろうが、借換債の公債でも、あるいは財投債にしても「まったく同じ国債購入」ですね。ただ、「行政」の都合で、@新規財源債分、A借換債分、B財投債という区分けをしているだけです。一般の投資家にとって国債(国の借金)に差別はまったくないのです。

 予算を追かけて行くと、結局、16年度の国債発行総額は160兆円ぐらいだということです。ほんとに当局(国債課)は連日入札をやっていますが、積もり積もった国債残高が現在480兆円。国(中央政府)の借金は国債だけではない。長期の借入金を含めると残高500兆円という数字になります。

 実は地方公共団体が200兆円ぐらい借金をしているので、全部加えると中央・地方政府の債務残高700兆円になる。これが「日本の公的債務残高」と呼ばれるものです。先程、「日本のGDPは500兆円」と申しました。だから500兆円を分母、700兆円を分子にすると、パーセントで言えば140%いう数字になるわけです。次にはそのことも念頭において、国際比較を考えてみましょう。

財政事情の国際比較

 最初に、OECDの資料に基づく数字により、公的債務残高の対GDP比を見てみます。日本161%、米66%、英55%、独67%、仏72%(2004年見込み) 

 特にヨーロッパEU加盟国がこのくらいでおさまっている理由は、ユーロになるとき、マーストリヒト条約をつくってユーロ加盟の資格だとか条件をいろいろ決めているのですが、その中に「この比率を60にせよ」とあります。通貨価値の信任というものを維持するときに、借金まみれの政府の加盟を認めない趣旨でした。いまの日本では仮にヨーロッパ大陸に位置していても、加盟どころではありません。無理ですね。まぁイタリアが100を超えていますけど、例外事項で認められています。少なくとも、100を超えている国は右肩下がりでだんだん60に向かっているわけです。残念ながら日本は、この折れ線グラフだけは右肩上がりでどんどんいっているわけですよ。

 どういう局面で財政赤字の問題点が露顕するか。最近の新聞でよく噂されている長期金利の上昇、イコール債券価格の急落です。国債の暴落みたいな、経済学のクラウディング・アウトのようなことが起こるのではないか。たまりにたまったツケで大暴落することはないのか。「国債課長」は間違ってもこんなことは言いませんでした。けれども、少なくともきっちり方向性を見定めて政策運営されないと、ほんと「あのときに」ということになりかねない危機感がいっぱいです。

 財務省はハイパーインフレでかたをつけるとか、預金封鎖はありうるかとかまったく考えたこともない。もし考えている役人がいたら、それは失格ですよ。「地道に財政赤字を右肩下がりにしていこう」と、いまの霞ヶ関の財務省役人は真剣に考えていると思います。ところで、巨額な財政赤字の解消策を考える場合、最終的に残るのはたった2つしかない。「歳出カット」と「増税」です。

一般政府総支出の対GDP比

日本38.0%、米34.7%、英40.3%、独48.3%、仏52.5%(2001年) 

 歳出カットを考えたときに、一般政府総支出の対GDP比を参考にします。一言で言うと大きな政府か小さな政府かということです。1国の経済規模に対して、公的支出がどのくらいの割合を占めているか。実は日本はアメリカに次いで小さいのです。イギリスは40ですからほどほどで、ドイツ、フランスは50の辺り。スウェーデンなど北欧はもっと大きいですね。 私が言いたいのは、公務員の給料も高いから抑制、リストラをけっこうやらなくては等々、そうかも知れないが、これには自ずと限界があるということです。主要先進国に比べて日本の政府は決して肥大化はしていないのですね。要するに切りしろは少ないということです。

国民負担率 ― 租税・社会保障

国民負担率 ― 日本35.5%、米35.2%、英50.2%、独55.3%、仏63.9

租税 ― 日本21.1%、米26.4%、英40.3%、独30.1%、仏39.1%

社会保障― 日本14.4%、米8.8%、英9.9%、独25.1%、仏24.8%

 他方で歳入のほうはどうなのか。それを見てみたのが国民負担率という概念です。これは国民所得に占める租税負担と社会保険料負担がどのくらいか、その合計が国民負担率ということで示されます。

 日本は国民負担率統計で見ると、アメリカに次いで低い。内訳の「租税」負担率を見てみると主要先進国で最も低いのです。わずか21.1%の負担である。アメリカでさえ26.4%の租税負担ですよ。イギリスは40.3、ドイツも30.1、フランスも39.1というとこになっている。

 考えてみると、日本の公的債務700兆円というのは、別の言い方をすれば、日本国民が受益している総額マイナス負担している総額(=差引)の意味ですよ。現在の日本は、少ない負担で大きな受益をしているわけです。その700兆円は誰が負担するのか。我々の子どもであり、孫であり、これから生まれてくる日本人です。彼ら以外の誰も(700兆円など)負担しないのですよ。これは半端な数字じゃないですね。日本のGDPは500兆円ですけど、こういう状況でほんとに耐えられるのでしょうか。私は非常に危惧しており、もう破綻しかないとさえ思っています。

 日本はアルゼンチンのような事態にはなりません。日本国債を外国人が持っている比率は5%未満ですから、95%以上は日本人自身が保持しているわけです。日本人が持っていても、なおまだ怖いのは、クラウディング・アウトという形で顕在化してくるときに金利上昇になるのではないかということです。あるいは国債償還時には、当然国債を持っている人、持っていない人から一律に税金をとった上で、国債を持っている人にだけお金が入る仕組み(構造)だから、そこに所得格差の拡大というのが増幅してくるような問題点があるのです。

マニフェストかくあるべし

 実のところ、私は「増税しかない」と考えています。とくに衆議院や参議院の選挙時には、責任ある政党や政治家は、みんなこのことに敢えて触れようとしません。

 他方、有権者の皆さんがこういう状況をどの程度理解しているのか、私には危惧されるわけです。最近は「マニフェスト」ばやりですが、私はマニフェストの横行にはかなり批判的立場を取ります。もし私が仮に政党の党首であれば、我が党のマニフェストの第1ページは平成16年度予算の中の主な項目の数字を明示します。少なくとも6つあり、歳入・税収入、その他収入、公債金。そして歳出・国債費、地方交付税、一般歳出。さらに6つの数字の今後4年間の予定を明記します。24個の数字をマニフェスト第1ページとするべきです。

 これからの日本の財政運営はほんとに大変です。プライマリー・バランスの改善とかいろいろ目標が多い。国債・公債金をどれくらい減らしていくのか。そのとき一般歳出をどんな形で抑制するのか。これら全部の辻褄合わせが必要です。それにしても、私たちが知らされている政党の公約は、「中小企業予算を7倍にする。高速道路は無料化する等々」いいぱなっしです。「年金もちゃんと、国庫負担金を3分の1から2分の1にする」の類ばかりです。一方で財政再建が必須で、2010年初頭にプライマリー・バランス正常化が大前提になっています。にもかかわらず、どの政党もこのときの国の形の基本図表を公開しようとはしない。表1枚も紙に落としていない。こんな無責任な政党が政治を動かしていて、それに国民みんなで何の疑問も持たない。私はほんとに、この国は国家の体を成していないと言わざるを得ない。マニフェストを金科玉条のごとく言う人はいても、なぜかこういう本質論をしようとしない。     

予算案こそ内閣のマニフェスト

 私がマニフェストというときは、たとえば失業者をこれから減らす、観光客数を増やすなんて言うだけなら、マニフェストと認めない。有権者に対して行政府が責任をもって言えることでもない。観光客数はSARSが発生し、あるいは中国やアメリカ経済が変調になれば、日本政府がどんなに有権者にコミットしたといっても減少するんですよ。あるいは失業一つとっても、日本政府だけでコミットできないのは当然の話です。それをぬけぬけとマニフェストと称して、政府・行政部門がコミットすることに対して、誰も異議を申すことない、この奇妙さです。かくして、少なくとも有権者に対して行政府が自らの権限でコミット出来ることは、私は「予算案」だと思っています。予算案提出権は内閣にしかありませんから、内閣は予算編成権を持つ。それを国会に提出する権利です。だから内閣は少なくともこの6つの数字にコミット出来るはずです。これについて総括(要約)的な意味でマニフェストとして作成すべきだということです。私はいろんな機会に提言していますけど、マスコミさえも取り上げてくれない状況下にあります。    


プランB

AからBへ

 私自身が主計官のとき、予算編成にこだわる党側のやり方に義憤さえ感じたことは前にも触れましたが、いまから3年ぐらい前には、狛江市の近所の主婦のみなさん5〜6人に集まっていただき「もう日本はどうにもならぬ。みなさん、一緒に変えていきませんか」と話をしたこともあります。「そんな、ドン・キホーテみたいに。変わるはずないわよ。お湯の出るシャワーを付けてと小学校に頼んでいるけど、何年たっても駄目よ。役所が変わる、地域を変えようとか言ったって」と、とうとう会合はしらけ解散でした。私はほんとに「日本は危ない」と思い知らされたのでした。

WHY NOT運動

 日本はなにはともあれ、昔は黒船来航があり、マッカーサー進駐があって変革をすることができた。現在は外の誰も変革を支えてはくれないのですよ。自分たちの良心に照らして、変身を迫られているのに、肝心要の国民にそういう気力が感じられない。映画『いまそこにある危機』でいう「ここにある危機」は人々の良心そのものですよ。私の大蔵省の課長時代、何かやらなくちゃいけないという切羽詰まった気持ちで、国民の側から改革を起こそうと思い、NPO法に基づくNPO法人ではありませんけど、任意の市民団体であるNPO「WHY NOT」という納税者のための行革推進ネットワークをつくりました。こうして「有権者が選挙公約をつくろう」運動を始めたのでした。

 従来の選挙公約というのは、行政サービスの供給者になるであろう人が、供給者の立場として何をして差しあげますと言うものでしたが、選挙公約というのは「有権者と行政サービスの提供者との契約」であるからには、供給者のほうからつくらなくても行政サービスの受益者の側からオーダーメードの公共サービス購入書をつくって、情報公開はここまでやってほしい、たとえば「地域には日系ブラジル人の人々が多いから、役所の窓口にも、あるいは書類も日本語とポルトガル語の両言語併記にしてほしい」あるいは「24時間苦情受付ダイヤルを役所の窓口に設けてほしい」という行政サービスの受益者側から公共サービス購入注文書=選挙公約をつくってしまう。4年に1回の首長選挙のときに、選挙公約を全立候補者に手渡して、各候補者はそれぞれやるところにチェックを付してバックする。そのチェック状況を情報全公開して「みなさん、このチェックバランスシートをきちんと確かめながら投票しましょう」運動を3年前に始めていたわけです。

 夕方5時までのワーキングタイムは霞ヶ関役人を演じ、アフターファイブと土日は「WHY NOT活動」を全国レベルで行脚していました。難事業でした。これが実現しかかったのは栃木県那須町、東京都青梅市、そして東京都港区長選挙くらいでした。でも引続き活動しています。

 「WHY NOT」というのは、実はこれはアメリカのロバート・ケネディ(ジョン・ケネディ大統領の弟)がこう言っているのです。「ある人々は現実を見て言う。なぜだと。私は不可能なことを夢見て言う。やってみよう」と。その最後の彼の言葉が「WHY NOT」なのですよ。私も「たとえ現代のドン・キホーテと言われても、とにかく志高く掲げて、何かやったほうがいいではないか。この社会は、まず夢見る者がいなければ現実として何も生まれてこない。ましてや始めないと世の中は変わらない。とにかくやってみよう」と。そして「WHY NOT」グループをつくって、現在会員がインターネットで交流しており、約600名ぐらいです。一般市民のみなさんが約半分で、地方公共団体の改革派職員の人々が約半分ぐらいです。そういう方々と「納税者のための行革」を進めようと実践しているわけであります。 

北川後の三重知事選へ突入

 一昨年(平成14年)の11月末、三重県からビッグニュースが入りました。北川正恭氏が三重県知事を辞める、即ち三選には出馬せずという話題が確実になった。それから少し遅れて、民主党国会議員の方から「三重の知事選に出馬しないか」というお話があった。そのときは辞退しました。

 その後、三重県のボランティア、NPOのみなさんから「『役所は変わる もしあなたが望むなら』と恰好よく本を書いていながら、所詮あなたも役所の内で、そこそこに利巧役人と変わらない人生をやるのでしょう。もしもほんとに言ってきたことを実践する『元気』があったなら、一緒に草の根でボランティアだけで、既存政党、組織、団体そういうものを一切考えないで戦いましょう」と迫られたのです(笑)。

 12月24日、政府予算案が閣議決定された。私は環境省総務課長の現職で環境予算のとりまとめをやっていたので、閣議が終わったのを見届けた後、12月25日のクリスマスに辞表を提出して、退職金1480万円を手にした。翌26日に、名古屋で旧友(橋人)1人だけ誘って、2人で三重県に入居し、住民票を入手の上、「100日選挙戦」を敢行致します。

 私は、既存政党、各種組合、そういうものとは一切関わりなしを鮮明にしました(笑)。相手も絶対ダメだと言っていたからちょうどよいけど、そういう選挙戦中、私も実に450回、三重県内各地をくまなく歩いて演説会を開催しました。行政改革をメインに置き、地方公務員には、「私がもし知事になったら、労働三権の団体交渉権とか争議権を与えるように国に対して要望する。地方公務員にスト権を与え、その代わりにダメな公務員は解雇する。これからは公務員の身分保障が安泰だなどと思うなよ」といった調子で選挙公約に掲げていました。だから、連合や組合系なんかは私が行くのは、黒船の再来になるわけですけど、そういう選挙を戦い抜きました。

三つの誓い

 1つ、私は「一切の既得権益とはつるまない」これが大義だ。1つ、私は「借金をしない」軍資金は自身の退職金だけとし、これが尽きたら潔く終戦とすべし。1つ、私は「単身赴任の選挙戦をする」自他とも一切家族には迷惑をかけない、という三つの基本戦略をもって、友人と二人同行で旅立ちました。

 だけど後智慧で簡単に言うほど安易なものではなく、それは実に厳しいものだったのです。この中で遂に破れたのは、第三の家族動員ということでした。

 あれほどすごいバリアのある選挙はないと思い知らしめられました。参入障壁の最たるものは選挙だと知りました。

 以上は、私が自分の生身で体験した事実をそのまま全部申し上げました。私はだんだん確信に近く「この国を変えないと終わりになる」と思っています。

 昨年(2003)4月13日の統一地方選挙で私は大敗しました(47歳)。いさぎよい負けっぷりですが、完全に失業してしまいました。もちろん、元公務員に失業手当ても出ませんから、収入無一文の私は行く末を考え、半年ぐらい悩まないと言ったらそれは嘘です。全国紙新聞に本当に「求職」広告しようと自分のワープロで案文も考えました。

 たまたま、若いころ職場の同期で、社会心理学に転進して、現在関西学院大学の副学長をやっている旧友から、去年(2003)の夏、お声がかかりました。「関学の東京オフィスを創設する。」という話です。私は、1年契約で、更改もありうるという、今後どうなるかは別に、生活のため就職することができました。

視点を変えて

 平成15年11月、 私は「もうひとつの日本を考える会」を立ち上げました。10人ぐらいの仲間たちと、視点を変えてデザインする新しい日本をテーマとして、議論を重ねております。現代社会を考えてみるときに二項対立の構図がありますね。たとえば、@生産者と消費者ですよ。三菱ふそう自動車、雪印乳業、鳥インフルエンザの浅田農産問題を思い浮かべて見るにつけても、生産者の視点を消費者の視線から見たときに行政はどうあるべきでしょうか。あるいはA公的支援を受けている人(補助金、あるいはいろいろお世話になる人々)と納税者(ほんとに税金を払っているタックスペイヤー)、B国(霞ヶ関を中心とする中央政府)と地方、C官(お役所)と民(民間企業・市民みなさん・NPOのみんな)という構図。D物の豊かさ(いまだに大切だと思っている人)と心の豊かさ(これからはこれが大切なんだと思っている人々)。

 E男性(従来からの職場社会観)と女性(社会進出方向)F開発(これからも経済開発でやっていこうという人々)と、環境(成長よりも環境重視なんだと思っている人々)。女性の視点で一言付け加えたいのは、コンサートホールなどで見かける光景の一つで、休憩時間の女性用トイレにできあがる長蛇の列。公共建築物の設計士は女性の視点に立って、男女のトイレ面積比を1対3とか1対5にすることができるような条例をつくるのも一提案だろう。

 G障害のない人と、障害のある人。高齢化の進行により、世界一の高齢社会になっているので、どんなにしても障害を持つようになってくる。この国の社会はハード面でもソフト面でもそういう対応を考えているだろうか。

 H日本人と在日外国人。私の竹馬の友は在日朝鮮人です。小学校のときから一緒だから、彼の言うに言われない辛さもよく知っていました。最近の拉致問題報道ではないが、彼の祖父は、強制で朝鮮から日本へ拉致された人々の一人です。そして何十万人も「日本人」として生活している。そういう視点で「日本」を考えたことがどれほどあるだろうか。極端な例を別にしても、在日外国人という方々にほんとにやさしく、日本の社会が出来ているだろうか。

 I欧米とアジア。あるいは欧米一辺倒に甘んじて、アジアのリーダーとしての自覚はあったのか。マレーシアのマハティールはかつて「ルック・イーストだ。日本を見習え」と言った。日本はどれだけ彼の言に感じてアジアのリーダーとしてのきちっとした振る舞いをやってきたのかどうか。こういう意味の視点を変える必要があるのではないか。

 J現世代と次世代。将来の子どもたちの時代に思いを致すときに、何をどうやっておかないといけないか。従来の社会政策パッケージを仮に「プランA」だとすれば、それに対する「プランB」としてのオールタナティブな政策パッケージをきちんと構築していかなくてはならないと考えます。

 私の提唱する「プランB」は一昨年の秋ぐらい(2002)からですが、世界的に有名な環境学者レスター・ブラウンが去年(2003)同名で『プランB』という本を書いて出版されましたですね。私は当初それを知りませんでしたし、もちろん私のプランBは盗作ではありません。たまたま地球上で2つ、「プランB」という言葉が考えられ、使用されはじめたのですね。それはそれとして、こういうようなオールタナティブな視点を変えた中で、いま1度世の中を構築していくべきではないかと私は考えます。

 こういう分野での名著としては、エーリッヒ・フロム『生きるということ』紀伊国屋書店刊があります。原題は『トゥ・ハブ・オア・トゥ ・ビー』、要するに「所有することか、存在することか」です。私は「トゥ・ハブ」というのはプランAだと思いますが、所有するということに意味がある社会を指しています。それに対する「トゥ・ビー」は、あるがままで、それでよしとする社会を指しています。あるいは成長対環境ということでとらえていいと思います。

 「トゥ・ハブ・オア・トゥ・ビー」というのには私も影響を受けていますけど、こういう世界観の中で、我々は「プランBに軸足を置きながら」この国の社会を考えていかなくてはならないと、繰り返して私は問題提起をします。この1年間「もうひとつの日本を考える会」で議論しながら、1つでも良い、小さなメッセージとして出して行きたい。それを踏まえて来年ぐらいに、全国のいろんな市民のみなさんと意見交換をして、日本人が考える日本の国の形というものを、そろそろつくらないといけないという思いが、非常に高まっております。

新しい社会のキーワード

 こういう立場に立ったとき、たとえば納税者の視点と消費者の視点からどういうキーワードが浮かび上がってくるでしょうか。私が考えるまま挙げて見ますと、@透明性、A自立(自律)、Bスローライフ、Cユニバーサル、D持続可能性といったところです。

 先ずは、透明な社会という「透明性」が1つの大きなキーワードになるかと思います。私がかつて「カラ出張事件」でさんざんな体験をしましたから、情報公開という透明な社会でなければ「供給者は生きられない」ことを自覚するわけです。そういう透明性というキーワードが第一だと思います。

 次に、地方の立場そういうところから出てくるのは「自立」という概念かと思います。これは同時に「自律」ということが伴わないとなかなかうまくいかない。スペインの哲学者オルテガの『大衆の反逆』という本は、第二次大戦のころに書かれた有名な著作ですが、その中でオルテガは「人間には2つのタイプの人間がいる。1つは貴族であり、もう1つは大衆だ」と言っています。貴族というのは「自らにより多くを求める者が貴族であり、他人により多くを求める者が大衆だ」と規定します。自立するからには、オルテガの言う貴族的精神をもった市民が多く出てくることが、ほんとの意味の地域社会の成立だろうと思いますが、そういう意味で「自立(自律)」というキーワードがこれから重要になってくるでしょう。

 最近よく言われていますけど、「スローライフ」、「シンプルライフ」という言葉が、環境だとか心の豊かさとかいうことを考えるときに、大切になるのではないかと思います。

 障害のある人、在日外国人とか、そういう方々のことを考えると、次に出てくるキーワードは「ユニバーサル」ではないかと考えます。私は、昨年の暮れにテレビ番組の1時間物「ユニバーサルデザインを考える」のインタビュアーになって、アメリカ取材したりして、その番組の制作担当をさせてもらいました。そのときに再認識させられたことの一つは「ユニバーサル」という概念だったのです。実は私は初めにバリアフリーという言葉ありきで、障害者福祉とかいう辺りから、「バリアフリーなどの延長線上としてユニバーサルという概念があったかな」程度に理解しておったのです。だが、アメリカに行って分ったのは、それはまったく的外れで、民主主義そのもの、あるいは人権そのものであるということでした。

 アメリカ社会に暮らす人々は、どんな障害を持っていようが必ず米国政府の情報にアクセスできる、あるいは米国政府に対して意見を言える、そういう機会を与えることが必要である。そこから「ユニバーサル」という概念が出来ているということを聞いたわけです。すべての人々に対して権利を保障する、実にそこから出て来ることだったのです。たとえばニューヨークの地下鉄。コインを入れる投入口が非常に低いところに設置されている。昔はともすれば大人の背丈のある人しかコインを投げ入れることができなかったが、子どもが投入出きるよう改良または改善する、こういうこともユニバーサルになっているわけでした。

 たとえばドアのノブをレバー式に下へ押して開けるという改善も、ユニバーサル発想だと言う。ぐるっと回す方式はお年寄りの手首にかかる負担がどれだけ大きいか、ユニバーサル的ではないという理由です。このようなことが社会の中で、ハード面でもソフト面でも、配慮が行き届いた社会の設計というのが、これから益々必要になるのだと思います。

 最後に、やはり「持続可能な社会」というキーワードがほんとに大切なのではないか。環境・次世代、そういうことをとっても、いまは持続可能な財政でもなければ、持続可能な年金の見通しもありませんし、持続可能な環境でもない。たとえば環境・エネルギー問題1つとってみても、京都議定書のCO2排出権を6%云々:90年度の値から、2008〜2013年度までで6%下げるなんて無理、出来ません。どうやって京都議定書を支持することが出来るかを真剣に考えていかなければいけない。あるいはCO2が出せないので原子力エネルギーというが、ほんとに原発に頼っていいのか。原発の再処理には、今後恐らく19兆円のコストがかかるという。ほんとにどうなのか、1回、非現実的なシナリオでもいいから、「もう原子力発電所の新増設は認めない」というのと、京都議定書のCO2排出権を支持するという制約条件下で、日本のGDPはどうなっていくのか。日本人のライフスタイルをどう変えなくてはならないか。そういうシナリオを是非とも提示したいと思うわけですね。

 ここまで日本のGDPは落ち込むであろう、適応すべきライフスタイルはどうか。あれかこれか。もし踏ん張れれば、次世代はCO2問題、19兆円の再処理の問題から解放される。確実に苦渋のようなシナリオが出てくるでしょう。けれども、それを提示する。いまの日本の貧困は「政策を提示しない」政治からきています。既に何回も私が繰り返し言っているように、内閣は分かりやすく政府予算案の「24の函に兆円単位の数字を」ただ単に埋めて、自党の信を国民(納税者)に問うべし。


おわりに

 最後に、いまの超帝国アメリカでさえ、独立戦争を起こしたときに言ったのは、イギリス本国からの印紙税とか茶税だとかについて、昔高校の世界史で聴いたように、「我々の代表がイギリスのロンドンの議会に代表者を送っていないじゃないか。代表なきところ課税なしだ。だけど、こんなにどんどん課税をする。けしからん」というわけで 、ボストンで船の茶箱を引っ繰り返し、独立戦争が開始されたのです。

 日本にあてはめてみると、700兆円の借金に対して、小学生や中学生たちが「ちょっと待て、お父ちゃん、お母ちゃん。我々の代表を国会に送り込んでいないのに、なぜ我々の世代に課税されるのだ。代表なきところ課税なしだよ」と世代間戦争を起こしたらどうなる。我々のジェネレーションは、敗戦からここまで、みんな血の汗を流して築いたけど、結局、受益と負担の帳尻合わせを見ると、借金700兆円という負担額を将来の世代に渡すことになる。もう1度、我々も歯をくいしばり、未来の日本人のため涙を流すような努力をしなくてはいけない。私の背中を強く推し動かしているインセンティブであります。

 今回の一橋フォーラム21のテーマ「地方に」ということから、私の論点がだんだんずれていったかもしれません。そこはご容赦いただければありがたいと思います。どうもご清聴ありがとうございました。(拍手)


質疑応答

司 会 心温まるお話ありがとうございました。この後しばらくインタラクティブにみなさんとお話を続けていきたいと思います。ご質問受けますけど、ご意見は1点にしぼっていただきます。手を挙げていただければマイクを運びます。どうぞ。
   
質 問 実体験に根ざしたお話ありがとうございました。国の借金700兆円、債務の重みはよく分かりました。一方で、アメリカ国債を初めとする債権のほうは現在どのくらいありますか。
   
講 師 いま米ドルでどれくらいかは把握していません。
   
質 問 公的債務残は外国債券等と帳消し出来るようなものですか。
   
講 師 それだけの外貨準備高というのは、短期の外為証券という証券を発行してファイナンスしていることです。700兆円と私が言っているのは長期の債務残高です。
   
質 問 昭和35年卒の杉山と申します。地方議会の議員をやっておりまして、行政サイドからの話でしたが、議会サイドから言っても非常に問題が多い地方行政だなと痛感している者です。「プランB」を実際この国で実現していくためには、どういうプロセスが望ましいか、実現性があるのか。私も地方でいろいろやっていますけど、実現の道は遠いと実感しております。民主党の方々も政策集団としては力が不足していると思います。あるいは自民党とどうしたらいいのか。先生の仰るように実現するためにはどうしたらいいか、お尋ねしたい。
   
講 師 いまの政治の構図を見ると、私の頭の中に「プランB」があると言いましたが、生産者と消費者の視点でいうときに、いまの自民党は「生産者サイドに立脚し」かつ経営者を基盤にします。他方で民主党は、同じ生産者サイドに属して「労働組合を代表している」部分があります。事実、連合に乗っている。いずれも僕に言わせれば生産者サイドである限り、「プランAしか実現出来ない」ところで競っている。

人々には、生産者の側面と消費者の側面があるのは当然ですが、自民・民主には消費側のコアが全然見えない。私は問題だと思っているわけで、まぁ自民党、民主党は無理だと思います。構造的に生産者サイドの人間とつるんでいるわけだから。前回の総選挙のときに、菅と小泉の対決で管が「企業献金。これについて自民党とちゃんとしろ」と。核心を突いた言葉だと思いました。要するに、企業とはつるむなと言うこと。小泉曰く「菅には官の改革は出来ない」(笑)。官の組合と、官公労連合とつるんでいるから出来ない。どっちも生産者サイドに立脚しているところに「プランBの実現」を期待するのが無理で、消費・納税者という立場で「ナイン・トゥー・ファイブで生産している人」じゃなくて、「アフター・ファイブで生活している人々と」組んでいこう。

これからどうする。これが分かっていたら三重の選挙に奇跡が起きたでしょうと思うだけですね(笑)。ということでネットワークをつくってみようじゃないですか。私は月に10回くらいはやっています。私も「歴史は動く」という思いで無我夢中でやっているだけです。いつか大きなうねりになっていくという期待、ロマンの下に、みなさん方、如水会という非常に良質な横断的な世間にお招き頂き、感謝いっぱいでございます。横断的な社会のネットワークで1回やってみようか、そんな波が起こらないかなと思う日々であります。

ちょっと新聞を見ていたら、川柳らしいが「定年後 犬も嫌がる 5度目の散歩」というのが眼にとまりました(笑)。有り余る力ですね。そういう人達が如水会にもいっぱいおられるのですよ。縦社会、職場社会の柵を超越して、これから地域社会で主に生活される人々なんです。私は、こういう人々の中にネットワークを広げていくことが生産者サイドに打ち勝つ1つの布石になると信じています。そういう意味で今回も実は期待を持っておりまして。済みません。私も答えを見つけ出す過程なんで、正直言ってよく分かりません。
   
司 会 みな様のご提案をいただく前に1つだけ質問させてください。財政事情のところの歳出合計が82兆円あり、700兆円の借金の金利が1% 年間金利は7兆円ですね。暴落すると考え、もし国債金利が実質10%とするなら、歳出のほとんど全部が金利でなくなってしまう。こういう理解でいいのですか。
   
講 師 700兆円は地方の残高も全部含めています。ここで言う国債費というのは国債の利払いですから、数字は同じです。国債残高はいま480兆円、まぁ500兆円ぐらいにかかる元利払いが入っているということです。
   
司 会 「ご提案」がもしあればと思いますがいかがですか。それではお願いします。
   
質 問 いま我々が抱えている大きな問題は、少子化、人口減少社会です。恐らく経済がマイナス成長になる。その視点で5年先、10年先をどう予見するのか。その論点も1つ是非入れていただきたい。
   
司 会 2つあります。1つ目は、『如水會々報』に「母校を思う」欄があるのですが、母校に限らず、もう少し広い意味で書けるところなんで、是非ここにご投稿いただければと思います。

もう1つ、情報公開につきまして、みな様の財産を預かる如水会事務局は徹底的な情報公開を進めております。ホームページを開けば、決算の様子も全部公開しております。如水会員に限り、会員番号と生年月日を入力すると、財産の状況、使途明細、全部報告してあります。

このフォーラムは、再来週から3人、芦屋市議会議員の大久保さん、志木市長の穂坂さん、衆議院議員の尾身さんという現場の方たちがいらっしゃいます。引続きこの問題を考えていきたいと思います。本日はお時間がまいりましたので、これで終わりたいと思います。もう1度拍手をお願いいたします。どうもありがとうございました。(拍手)

 


講師略歴

村尾 信尚(むらお のぶたか)

1955年 岐阜県高山市生まれ
74.03 岐阜県立斐太高校卒
77.10 国家公務員上級試験(経済)合格
78.03 一橋大学経済学部卒
78.04 大蔵省入省 関税局企画課
80.09 大臣官房調査企画課
81.07 大臣官房付(外務研修)
82.05 外務省在ニューヨーク日本国総領事館副領事
85.07 大蔵省理財局国庫課課長補佐
87.07 主計局総務課課長補佐
88.06 主計局主計官補佐(公共事業第二係主査)
90.07 理財局資金第一課課長補佐
93.07 大臣官房企画官兼理財局資金第一課
95.07 三重県総務部長(98.04から総務局長)
98.07 大蔵省主計局主計官(外務、通産、経済協力係担当)
00.07 主計局主計官(外務、経済協力、経済産業係担当)
00.08 理財局資金第二課長
01.01 財務省理財局計画官('内閣・財務、厚生労働・文部科学、経済産業、国土交通係担当)
01.07 財務省理財局国債課長
02.07 環境省総合環境政策局総務課長
02.12 環境省退官
03.10 関西学院大学教授

(上記以外)
01.02 納税者のための行革推進ネットワーク「WHY NOT <http://webs.to/WHYNOT/>」設立
01.04 独立行政法人経済産業研究所コンサルティングフェロー(〜02.12)
03.11 「もうひとつの日本を考える会」座長