証券業の新時代
講師 野村ホールディングス 執行役副社長 稲野 和利 平成18年8月3日 於:如水会館 【無断転記転載を禁ず】 社団法人 如 水 会 責任編集
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◆内容目次
きょうは「証券ビジネスを取り巻く環境変化」「証券業から金融サービス業へ」「『貯蓄から投資』の時代に向けて」という3部構成でお話しします。私は大学の教授ではありませんので、言葉については厳密な定義を持って普段から使用しているわけではありません。しかし、今回のお話では「証券ビジネス」と「証券業」という、同じようで違う言葉が出てくるので、この点だけ最初にお断りしておきます。
「証券業」は主として証券ビジネスを営む主体であって、現在であれば「ニアリー・イコール証券会社」ということになります。現在は銀行も証券ビジネスを営んでいます。しかし、業務の一部として営んでいるのであって、それを専業あるいは主として営んでいるわけではないので、「銀行は証券業ではない」ということになります。
「証券ビジネス」という言葉ですが、かつては証券取引法において定義される証券業を営む者は証券会社だけであって、「証券会社イコール証券業を営むもの」であり、かつ「証券業イコール証券ビジネス」だったのですが、証券会社以外にも証券業を部分的に営む主体が登場していることから、証券業とは区分して、「業務自体を表現する言葉」として「証券ビジネス」という言葉を敢えて使用し、使い分けています。
「証券ビジネスを取り巻く環境変化」ということで、ここでは幾つかのデータに基づいて、環境変化を順番に見ていき、変化の背景にあるものに触れていきたいと思います。
スライド3に「貯蓄から投資」へという標語が出ています。歴史的経緯ですが、スタートは10年前のいわゆる日本版ビッグバンだったと言えるでしょう。96年の11月に公になった日本版ビッグバンは、「東京のマーケットを2001年3月までにニューヨークやロンドンと並ぶ金融センターにすること」を目指していました。これがここ10年の証券ビジネスを取り巻く環境変化の出発点だったと言えます。
その後も、さまざまなかたちで改革が進展しました。その背景には、環境変化、その現れとしての旧来システムの制度疲労や破綻がありました。それを背景に、抜本的な構造改革の必要性が時代の要請としてより強く認識されるようになっていきました。「過去の成長を支えたシステムは間接金融である」とここで断定していますが、それが育んだ依存型の社会から、今後の日本を支える新たなシステムである直接金融が目指す自立社会への脱却が重要な鍵になります。そのような認識が存在していたわけです。そして今や「貯蓄から投資へ」は国を挙げての合言葉になっています。
2005年、金融庁は金融重点強化プログラムの工程表(スライド4)を作成しました。そこで謳われているのは「金融サービス立国」という言葉ですが、それに向けて数々の項目と実施スケジュールが示されました。現在の金融庁の行政はこの観点から組み立てられています。
たとえば、昨今の金融庁の管轄下の業者に対する相次ぐ行政処分は、内容や程度がさまざまとはいえ、「利用者ニーズの重視と利用者保護ルールの徹底」という方針に沿ったものと言えるわけです。証券業に限りませんが、金融サービス全般を営む者それぞれが自己規律を求められているのが現在の状況です。と同時に、金融全般でいえば、「量から質へ」と金融に求められる役割が変化しているだけに、既存の業界勢力図の延長線上に未来があるわけではないことを改めて意識せざるを得ないわけです。
スライド5には環境変化の要素として「マーケット・ポテンシャルの拡大」「資産管理ニーズの顕在化」「規制緩和」という3つの観点が列挙されています。こうした観点については後ほど触れることになると思います。
スライド6は、2006年3月末の日米の個人金融資産の分布を示しています。有価証券の占める比率を見ると、アメリカの53%に対して、日本は19%に過ぎません。しかし、日本の現預金は今でも51%の比率があります。現預金に偏在した個人金融資産が有価証券資産に向かう兆しが今日の日本では次第に明らかになりつつあります。
アメリカにおいてはベビーブーマー世代が老後への貯蓄準備のために、401Kをはじめとする年金制度を活用することによって、若いうちからリスクアセットへの投資を増やし、結果的に投資信託の急成長の原動力となりました。現在の日本経済では、マクロ経済と企業収益の見通しが明るくなりつつある一方で、「個人金融資産をいかに適切にリスク資産へシフトするか」が持続的な経済成長を達成するうえでたいへん重要になっています。そこに「貯蓄から投資へ」を国を挙げて標榜する狙いがあるわけです。
「貯蓄から投資へ」の流れを長期的に持続させるには、団塊世代の退職金が1つの大きなターゲットであり、テーマではありますが、団塊世代の退職金効果のみに過度な期待を抱くのではなく、投資教育を一層充実させるといった取り組みを通じて、個人の行動様式を変化させていくことが最終的には重要であると私は個人的には感じています。なお投資教育の重要性については、最後のパートで言及する予定です。
税制面のサポートも「貯蓄から投資へ」の流れを裏支えしています。時限的ではありますが、株式に加えて2004年1月から株式投資信託の解約、償還、差損益、償還益および分配金に対する税率も、旧来の20%から10%に引き下げられ、政府が税制面からも本格的に個人資金を資本市場へと導くインフラを整えつつあることがスライド7の表からもうかがえます。
2005年の東京株式市場は、歴史的転換点となった可能性が大きいわけです。個人投資家のすそ野が飛躍的に拡大したということです。スライド8にデータが出ていますが、過去最高という数字が幾つかあります。「1日の売買株数46億株」に至らんという数字は過去最高です。「1日の売買代金4兆6千億」これも過去最高です。バブル期にこそ及ばないものの、発行済株式数ベースでの時価総額は、昨年12月に500兆円を突破しました。バブル時代に日本の株式市場の時価総額は600兆円と言われたわけですが、すでにそこに近づきつつあるということです。
スライド9のグラフは、東京株式市場の1982年以降の状況です。2005年の売買代金は、すでにバブル期のピークである1989年を更新しています。真ん中の折れ線グラフで示される売買代金のシェアを見ると、株価上昇の原動力となったのが日本の変化や日本企業の強みをいち早く客観的に評価した外国人投資家および投資姿勢を強めた個人投資家だったことがわかります。株式市場は、今後の日本および日本企業の息の長い再成長への軌道をすでに評価しはじめていると見ることができます。
スライド10は、投資信託をめぐる動向を示しています。このグラフは、1980年以来の日本における公募株式投信の純資産残高と日経平均の推移をプロットしたものです。本年6月末の公募型株式投資信託の純資産残高は46兆円に達しています。前年同月比で44%増という驚くべき増加です。もちろん値上がりという要因もありますが、資金流入が継続しているわけです。本年4月以降、株価は少し軟調ですが、一方、株式投資信託を中心とした大量の資金流入が続いています。株式投信の月間設定額は6月の2兆円を超えています。ネットの純流入は34カ月連続で増加しているわけです。
この背景には、銀行等金融機関や日本郵政公社が投資信託窓販をスタートし、彼らのチャネルを通じた販売が軌道に乗っているという要素がきわめて大きく効いていると思われます。旧来の証券会社から、銀行や郵政公社その他金融機関にまで証券ビジネスの担い手が拡大したことが個人に対するアクセスポイントの増加に直結しました。証券会社の店舗数だけでは限界がありますが、銀行や郵政公社の店舗、郵便局を合わせると、非常に大きな数になります。このようにアクセスポイントが増加したことが個人にとっての使いやすさにつながり、それがマーケットの拡大につながっているという構図がここからうかがえます。
スライド11も投資信託です。ここでは銀行窓販にスポットを当てています。銀行等金融機関による公募株式投信の純資産残高は22兆9千億円になっています。先ほど46兆なにがしと申し上げたので、およそ半分のシェアを銀行等金融機関経由の販売残高が占めているということです。
ここで言う「株式投信」について念のために付け加えておくと、言葉から受けるイメージは「主として株式で運用される投信」ですが、投資信託協会等が使っている定義に従うと、「元本を割り込んでも追加設定できる投信」のことを言っています。それがここで言う株式投信です。何を言いたいかというと、銀行窓販等の売れ筋商品は、巨大化したグローバル・ソブリンといった、投資信託をはじめとした外債投信およびその投信の果実を、毎月とか、年に6回、あるいは3カ月に1回と多頻度で分配するものが中心になっているということです。
スライド12でまた株式市場に戻りますが、外国人投資家による売買シェアも上昇傾向にあります。1975年以降の推移をとっていますが、10%に満たない時代から比べると、現在は40数パーセント、あるいは年によっては50%を超えるという状態は隔世の感があります。ここで言う外国人投資家とは、いわゆる機関投資家です。機関投資家が中心です。
スライド13は株式保有割合ですが、ここで強調されるべきは、存在感を増す外国人投資家ということでしょう。わかりやすく言えば、現在、日本株全体の4分の1を外国人投資家が保有している状況にあるわけです。
その結果、外国人持ち株比率が50%を超える企業も出てきています(スライド14)。ここに名前が出ている企業は、誰でもご存じの、いわゆる優良企業です。仮に外国人持ち株比率が50%を超える企業を外資と呼ぶとするなら、ここで上の方に出てくる日東電工やソニーは今や「外資」であるということになるわけです。因みに、私どもの野村ホールディングスでも、直近の外国人持ち株比率は43%に達していて、近年大幅に上昇しています。ここで重要なことは、事実として外国人持ち株比率が増大していることに加えて、外国人持ち株比率の増大が日本企業の行動様式そのものにも大きなインパクトを与えるということです。
スライド15は、全国上場企業の持ち株比率を「純投資家比率」と「安定保有投資家比率」に分けて見たものです。ここでのテーマは、持ち合い解消が進展したということです。持ち合い解消による株主構造の変化が、一方では企業の収益性改善を後押ししているのではないかと思われます。投資家全体に占める純投資家の比率が今や60%を超える反面、いわゆる持ち合いも含めた安定株主の比率が15年前の約半分の水準まで低下していることは驚くべき変化です。企業が市場型のコーポレートガバナンスを重視する意識を高め、株主価値の向上のための経営を実践していく方向、あるいはそれをもたらす圧力がより強まっていることがこの図からうかがえると思います。
スライド16のテーマは人口増減、人口動態です。人口増減が一国の命運を左右する重要な要因であることは皆さんよくご存じの通りです。金融ビジネスにおいても、人口動態の変化が長期的に大きな影響を与えることはよく知られています。たとえば少子高齢化は、長期的に住宅ローンの中身を変質させます。今の住宅ローンが子どもを持つ世代向け中心であるならば、少子高齢化の進展は、たとえば高齢化に伴うリフォーム需要の増加あるいは中古住宅ローンへと、住宅ローンそのものの中身を変える圧力となっていくと言えます。
人口が自然減を始めた国の経済が隆盛を極めることはなかなか難しいという前提に立てば、日本は少子化の問題に早急に対策を講じなければならないという問題意識が発生します。諸外国の中にも、一部ですが、日本の将来性を危惧し、日本への投資を控えめにするという声が「人口動態の変化」という観点から出ていることも事実です。一方、日本とは逆に、人口増が望める国々の中には、基本的な活力があり、加えて技術開発力を持ち、質の高い労働力を維持、提供できる環境の国も増えています。そうした国々の中からグローバルな投資ポートフォリオ構築の対象となる市場を調査、選択していくことも、今後の日本あるいは日本の投資家にとって必要なことではないかとも言えるわけです。
スライド17は、現時点における世界の株式市場の時価総額構成比です。もちろんアメリカが圧倒的に大きいわけですが、中国の0.8%インドの1.4%。アフリカ、中東23カ国の4.4%、こういった国の中にも、今後投資対象として焦点の当たる国が出てくることがあり得るわけです。
スライド18では、投資信託を通じた対外証券投資の状況を見ています。日本の投資信託経由で対外証券投資がどれぐらい行われているかということですが、図を見ておわかりの通り、2002年以降、対外証券投資の金額は着実に切り上がっています。2005年の後半以降は、毎月年額換算で10兆円を超えるベースに達していることがうかがえます。投資信託のホルダーは個人が対象ですから、個人を含めた日本の投資家による外国証券への投資が一過性のものではなくて、国内の低金利などを背景とした構造的なものであると考えることが可能です。
以上急ぎ足ながらいろいろ見てきましたが、ここで申し上げたような変化、あるいは、ここで語り尽くせなかったここ何年かの変化の背景にあるものは一体何だろうかということで、4点挙げています(スライド19)。
1つは規制緩和の潮流です。特に金融サービス業界ですが、日本もかつては護送船団方式という言葉で呼びならわされ、かつ規制も強かった。そして業態別に厳密な規制体系が確立し、その中で業が営まれていたという世界です。しかし、それは日本だけに限らず、金融サービス業界が世界的に規制色の強い業界だったわけです。その規制色の強かった金融サービス業界は、銀行であり証券であり保険です。
その業界で、80年代から特にそうですが、90年代にかけて、世界的に規制緩和の潮流が本格化しました。その規制緩和の潮流が国境を越えた投資、投資機会の増加、ビジネスの発生、ビジネスの拡大といった現象につながってきました。さらに言えば、業態を越えたさまざまなビジネスの機会を広げていきました。そのなかで、新たな金融商品やサービス開発競争が本格化していきました。
グローバル化。一般的にいえば、金融商品は模倣が容易なものですから、開発者における創業者利得は、存在はしますが、創業者利得をどれくらいの長期間享受できるかについては難しい問題が伴います。しかし、グローバル展開することによって、グローバルに存在する実質的な時差、つまり発展段階あるいはマーケットの成熟度の違いを利用することによって、実質的に創業者利得を長期間享受できるモデルがもたらされたわけです。
情報通信手段の発達。特にインターネットはたいへん大きなインパクトを与えています。大量の情報が瞬時に伝達、共有されることによって、金融ビジネスに限りませんが、特に金融ビジネスにおいては自らのビジネス自体の効率化につながっていきます。
大多数の人が容易にさまざまな情報にアクセスできる状況が作り出されることによって、マーケット自体が効率化されるという現象につながります。それがさまざまな新たなビジネスを生み、競争激化という状況を生み、さらにそれが新たなる発展につながっているのが現在の構図です。
金融工学の発達。統計数理分析技術を基礎にした金融工学の発達は、金融サービス業界におけるリスク管理技術に長足の進歩をもたらしました。リスクは「測定可能な不確実性」と定義できます。測定可能な不確実性の範囲を広げることによって、金融サービス業界がさまざまな大規模なポジションをリアルタイムに近いかたちで管理できるようになったことで、ビジネスの規模自体が飛躍的に大きくなり、さまざまな分散化された金融ビジネス・ポートフォリオの構築とそのコントロールが可能になりました。業者側から言えばそういうことです。
ユーザーにとってみれば、新たな金融工学の発達を背景にした、新たな金融サービスが続々と提供されるようになりました。デリバティブがその典型例であり、いわゆる伝統的な株式や公社債を原証券とした派生証券のみならず、最近では天候デリバティブといったデリバティブも提供されて、金融の世界というよりは、より実業、産業との結びつきを強くしている様相が出現しているわけです。
ここで注意すべきは、ここで掲げた4つの要素それぞれが複合的に関係していることです。複合的に関係することによって大きな変化、大きなうねりが起こってきたということです。それを踏まえて第2部に入っていきたいと思います。
ここでは「証券業から金融サービス業へ」というテーマを掲げていますが、証券業を営む主体としての証券会社をイメージしています。証券会社は、いわゆる証券業を営む主体として成立し、存続してきたわけですが、今日的な方向性は、証券業専業というより、もっと広い証券ビジネスを含む金融サービス業へと脱皮しようということで、それに向けて日夜努力しているのが現在の姿です。
証券ビジネスとは何だということですが、スライド21に書いてある通りです。伝統的な証券ビジネスは、証券取引法において規定されていたものですが、4つのビジネスから成り立っています。証券を自己の勘定で売買する。投資家の売買を仲介するマーケットにつなぐ、あるいは自己が相手方となって受ける。発行会社が株式や社債、あるいは国が発行する国債を自らのポジションを使って引き受ける。一方で、引き受けたものを投資家に対して分配していく。これらが4つの証券業でした。
伝統的な証券ビジネスを支えたさまざまな制度、習慣がありました。まず免許制、いわゆる参入制限がありました。固定委託手数料制がありました。そして、金融ビジネスを営む者を業態別に厳密に分離、隔離しながら営ませる行政といったものが伝統的な証券ビジネスを支え、逆にいえば守っていたわけですが、一方では発展を阻んでいたという言い方もできます。それが1998年の金融システム改革法を契機として、大きく変貌していきました。
証券ビジネスへの他業態からの新規参入が始まったのは1992年の金融制度改革からです。実際に施行されたのは93年からです。銀行、信託、長信銀といった業態別の金融機関がそれぞれ業態別に子会社を作って参入する。銀行が証券子会社を作る。証券が信託銀行子会社を作る。長信銀が証券子会社を作って他業界に参入していく。そういういことが行われていったわけです。
金融の証券化や国際化によって、縦割り金融制度に基づく安定的なリスクマネーの供給という意義が一方では低下していきました。そして、資本市場の発展と金融サービスの高度化に経営上の創意工夫を発揮できる環境が一方では求められつつあったのが、その後の制度変革等の背景です。
1998年の金融システム改革以降、他業態からの新規参入が活発化しました。IT革命やITブームの牽引もあって、伝統的に証券会社の収益の柱になっていたブローカレッジ業務の競争が激しくなりました。その中で、証券会社の収益構造においても投資銀行業務やIPOビジネスなどのウエイトが高まるという変化が顕著に起こっているわけです。
制度改正の影響には、ペイオフ解禁、郵貯の投資信託販売、銀行の投資信託窓販といったものがあります。そして金融商品取引法が成立しました。幾つかの法律改正も伴うような制度改正が環境変化やビジネス変化を促進してきたわけです。
特に今日的に注目されるのは「証券取引法から金融商品取引法へ」の流れです。そして、金融商品販売法の改正です。本年6月に金融商品取引法が国会で成立し、一部がすでに施行され、本格的には来年以降に施行されます。金融商品取引法は証券取引法を改正して成立しました。
かつての証券取引法は金融商品の法的性格に基づく規制が1つの体系だったわけですが、新たに成立した金融商品取引法は、経済的性格に基づく規制にかたちを変えています。法的性格に基づく規制では、金融商品の法的性格に基づき、つまり法的性格が異なるということは担い手の業態が異なるということですが、業態別の規制を行っていました。一方、業態別の担い手には関わりなく、金融商品の経済的特性に着目して、同種の経済的効果を与える金融商品であるならば、商品自体の法律的性格が異なっても、取り扱う業態が異なっても、同種の規制の網を掛けていくのが金融商品取引法の基本的な考え方です。
したがって、担い手の業態を越えた共通の規制が成立しているわけです。さらに、この法律は証券取引法を改正したわけですが、新たに施行される金融商品取引法においては、証券会社の商号使用義務がなくなります。証券取引法においては、証券業を営むものは証券会社であって、「何々証券会社」という商号を使用しなければいけませんでした。しかし、金融商品取引法下では、必ずしも証券会社という名前を名乗らなくてもいいという時代に入るわけです。
金融商品取引法の議論においては、利用者の視点に立った改革のあるべき方向性を提示することが重要な論点として存在しました。一方で、この観点には、アメリカにおけるサーベンス・オックスレー法や投信改革に見られるように、コンプライアンス・コストの過度な上昇をもたらす懸念があります。そのようなコンプライアンス・コストの過度な上昇をもたらす仕組みにならないことを念頭に置いた利用者と金融商品、金融サービス提供業者との健全な発展に資する議論が今後は求められます。
このようなかたちで制度や規制がいろいろな意味で変わってきている。法体系も変わってきている。環境も変わってきている。投資家も変わってきている。というなかで、証券会社は一体どのように変化しているのかを見ていきたいと思います。
証券ビジネスを主として担う証券会社自身にも、外形的、内部的に大きな変化が進行しています。まず外形的に見ていきます。かつての時代は、証券会社が220社程度だったわけですが、10年から20年前の時代を思い浮かべると、一種の棲み分けが成立していました。その背景にあるのは、いわゆる護送船団行政です。そこには、さまざまな業務を総合的に営む大手証券、大手よりは少し小さい規模で業務を営む準大手証券、そして4つの証券業務の一部を営む中小証券というかたちで、一種の明確な棲み分けが存在しました。
それが過去のかたちであるとすれば、現在は、伝統的大手証券、銀行系証券、外資系証券、ネット専業証券、地場証券といったように、さまざまなタイプの証券会社が混在しています。
業務における分類をするとどうなるか(スライド28)。これは一類型ですが、ここでいうリテールとは、不特定多数を中心とした個人投資家に対するサービスを提供している証券会社です。インターネット専業証券、オンライン証券と呼ばれるものは、この範疇に入ります。ホールセール証券は、いわゆる投資銀行業務です。機関投資家や資金調達者としての法人に対するサービス提供を行います。リテール、ホールセールを全部包含した総合型のビジネス形態もあります。
資本系列に着目するとどうなるか(スライド29)。国内か外資かという区別はあるでしょう。あるいは下にあるように、独立系、銀行系、運用会社系、金融機関系、事業会社系といった分類も可能です。
銀行系では、たとえば「みずほ証券」という証券会社があります。これは、銀行系であると同時に、リテール向けのサービスを提供しない、ホールセール証券会社でもあります。同様に、みずほグループの中にはリテールに軸足を置いた「みずほインベスターズ証券」という証券会社もあります。銀行系でいえば、三菱UFJ証券といった、先ほどの分類でいえば総合証券もあります。
ここには出ていませんが、合弁という形態もあります。大和証券SMBCという証券会社は、大和証券グループ本社と三井住友フィナンシャルグループの合弁証券会社です。日興シティグループ証券もホールセール証券ですが、日興コーディアルグループと米国のシティグループの合弁証券です。
運用会社系という証券会社もあります。普通でいえば証券会社から派生して運用会社が生まれてきたのが歴史的経緯でしたが、最近では、運用会社が自らのマーケティングのための証券を設立するという動きもあります。
スパークス・アセット・マネジメントという会社があります。この会社は投資顧問および投信委託業者で上場している数少ない会社ですが、そもそも最初は運用会社として存在したものが、マーケティングのための証券会社、スパークス証券を併設するようになりました。
あるいは巨額の報酬を支払うことで有名になったタワー投資顧問という会社がありますが、その会社は主として年金のためのマーケティングを行う、タワー証券という会社を有しています。いろいろな証券会社があります。あまり聞いたことのない証券会社があり、今までにない形態が出てきています。
たとえばLPL証券というのがあって、これは何かというと、日本でもこれから増加に向かうであろう独立系ファイナンシャル・プランナーを証券代理店として囲い込み、自らは専任の営業マンを使わないで、他力を使いながら営業を行うという証券会社です。
あるいはインスティネット証券。これは機関投資家専門のPTS、私設証券取引所を開設して機関投資家のオーダーを取引所外でマッチングさせるというビジネスを行っています。あるいはディーブレイン証券といったように未公開株の引受け、売買勧誘等を専門にする証券会社。エンサイドットコム証券も聞いたことがないと思いますが、ネットを使って債券の機関投資家のオーダーを突き合わせる証券会社。私自身も聞いたことのない証券会社が実は今日的にはたくさんあります。証券会社の数も少し増えています。
次に、顧客への訴求手段による分類があります。たとえば、「対面かネットか」という分類が存在します。対面かネットかという分類は、顧客に対する勧誘を行っているのか、いないのかという違いにつながっています。別にどちらが優れている、優れていないということではなくて、両様が存在します。あるいは、たとえば野村がそうですが、1つの証券会社の中でも両様の機能を備えていて、個別の投資家のニーズに合ったかたちでサービスを提供していることもあります。
「自前なのかネットワーク形成型なのか」という分類もあります。「自前」は、自分で営業マン、営業チャネルを抱えて営業を営むということです。先ほどLPL証券に言及しましたが、独立FPネットワークを使う証券仲介業が昨年からスタートしています。証券会社が銀行等の他の販売チャネルに自らの提供するサービスを載せることによって営業を展開していくといった形態も今日的には出現しています。
証券会社自体にもいろいろな形態が出てきたことを見てきたわけですが、証券会社の店舗数や証券会社数にもかなりの変化があります。2000年には300近い証券会社があったのが、2003年、2004年には20数個減っています。これは増減の数ですが、実際は、廃業したり合併して名前が消えている会社と新規参入の差引ですから、中身はもっと入れ替わっているわけです。今日再び増勢に転じて、証券会社の数は296件あります。店舗数も2000店舗強でボトムを打って、2100店舗が最近の水準になっています。今後サービスの拡大に伴って証券会社の店舗数、あるいは証券会社数も趨勢的に増加するのではないかと私は見ています。
ここまでは証券会社自身の外形的な変化ですが、次に見たいのは、証券ビジネスを行う証券会社以外の主体の登場です。何度も触れていますが、銀行は投信窓販を業務上の大きな柱として位置づけていて、その残高もかなりのスピードで増大しています。スライド33のグラフは1998年から始まっていますが、97年以前は個人の投資家が投資信託を購入しようと思ったら証券会社にアクセスするしかなかったわけです。銀行に投資信託の販売は認められていなかった。非常に大きな変化が起こっているわけです。
日本郵政公社は昨年10月から投資信託の販売を開始しています。現在575局で販売。郵便局の数は、特定局も入れれば2万以上あるわけですが、来年度には1550局までの体制を予定しています。先ほどご覧頂いたように、証券会社は全店舗合わせても2100余です。それに対して、郵便局は、1店舗当たりの人員は大小差がありますが、曲がりなりにも2万以上の拠点を有し、現実に1500、2000、3000といったかたちで販売拠点が増えようとしている。その数だけを見ても証券ビジネスに与えるインパクトが大きいことがおわかり頂けると思います。
郵便局は1年足らずの約8カ月で、すでに2300億の投資信託を販売しています。今後は民営化に向けてさらに販売目標を引き上げていくことが予定されています。このように、証券会社以外に証券ビジネスを担う主体が幾つか登場してきて、かつその規模自体も、既存の証券会社、あるいは証券ビジネスを営むものから見て無視できないほど大きくなっているのが今日の状況です。
話は証券会社に戻りますが、そのような環境の変化の中で、証券会社自身の取扱金融商品やサービスも多様化していることをここで見てみたいと思います。
スライド35に矢印があります。金融商品に関する過去から現在という意味です。10年前から20年前は、株式と公社債およびそこから発生する派生商品と投資信託といった金融商品メニューでした。それが、今日的には、ずいぶん金融商品メニューのラインナップが拡大しているわけです。
たとえばファンド・オブ・ファンズは、複数の投資信託に分散投資する投資信託です。投資信託は、もともといろいろな株式や債券に分散投資するわけですが、その分散投資された投資信託そのものに分散投資する投資信託というものが世の中には存在していて、その規模は非常に大きくなる。一種の投資信託の派生商品であると言えますが、そのようなかたちで商品ラインナップが広がっています。
REITに関しては、この一連のシリーズでも講義があったとお聞きしておりますが、不動産に投資する不動産証券投資信託、不動産の証券化です。
保険。今や証券会社の店頭では個人向けの変額個人年金保険の販売が盛んです。野村證券だけをとっても、すでにその残高は1兆円に迫ろうとしています。一大保険販売チャネルとしての証券会社の顔がここに登場しているわけです。
預金。証券会社の店舗でも、今後預金が取り扱われる予定になっています。すでに銀行法の改正によって銀行代理店業が認められており、その中に証券会社も担い手として登場しているわけです。証券会社の店舗の銀行預金、もしくは複数の銀行預金を取り扱う時代がもうすでに始まろうとしているわけです。
今は金融商品という切り口から見ましたが、同じように、サービスというかたちで広く見るとどうなるか(スライド36)。かつては単純なブローカレッジ、売買注文を取り次いで、売買して左から右に流していく、つないでいく、というのが証券会社の主たる業務でしたが、今は複合的な金融サービスが登場しています。
証券総合サービス。すでに登場してから数年経ちますが、かつての証券会社でも、株を売却してキャッシュにして、お客様の口座にキャッシュで置いておく機能はありました。これは預かり金といいます。しかし預かり金には利息が付きません。したがって、お客さんは、利息の付かないところにお金を置いておくよりは、キャッシュ化したものをいったん銀行口座に入れることになります。
野村證券の経験でいえば、証券会社の預かり金は、どんなにマーケットが活況なときでも1千5百億円から2千億円が一定期間の平残としてはピークでした。それが証券総合口座の決済専用のMRFという投資信託を開発し、それを組み合わせることによって、昔であれば預かり金だったものに対して利息が付くようになります。日々設定し、日々解約する、解約可能な投資信託を証券総合口座の中に部品として組み込むことによって、顧客の利便性は飛躍的に高まり、証券会社側から見れば、お金がどのようなかたちに変わっていっても捕捉できるという機能を付けることができました。
その結果、先ほど申し上げたように、たとえば野村證券でいえば、預かり金の平残ピークが1千5百億から2千億だったものが、証券総合口座で使われているMRFの残高は現在平残ベースで約2兆円位に達しています。それぐらい大きなお金の囲い込みができるようになります。
あるいはSMA(Separately Managed Account)というアメリカで開発されたサービスがあります。一般的に、機関投資家や大口投資家向けに提供されるのが一任勘定だったわけですが、それを比較的小口の投資家も含めて提供できるようにしたのがSMAというサービスです。すでに日本でもこのサービスが始まっています。証券会社によっては1千万円以上のお金に対してこのサービスを提供するところも出てきています。
あるいは性質が違いますが、先ほどの銀行代理店預金と似たようなテーマで、証券担保融資というかたちで、お預かりしている証券に対するローン機能を円滑に提供します。すでにいろいろな意味でこのようなサービスは存在しているわけですが、より利便性を高めたかたちで提供するという試みがすでに始まっています。
法人向けサービスはどうでしょうか。伝統的引受業務や株式新規公開へのアドバイス、あるいは従業員持株会の設定、運営、あるいは法人自体の資金運用が伝統的な法人向けのサービスであるとするならば、今は法人向けサービスのメニューも非常に広がっています。顧客側における選択肢も広がっています。
M&Aについては詳しく言及しませんが、大きなサービスの柱に育ちつつあります。証券化商品による資金調達仲介も証券会社の提供する法人向けサービス・メニューの中に入っています。各種企業再生支援のためのツールも充実しています。
ローンに関しては証券会社もすでに貸金業のステータスを取っているところが大半ですが、証券業を営みながら同時に貸金業としての融資を行っています。もしくはグループ内に貸金業を専業に営む会社を設立してローンを提供する、グループ内の銀行機能や信託銀行機能を利用して法人にローン機能を提供するといったことが本格的に始動しているのが現在の状況です。
ここまで証券会社自身の取扱金融商品、サービスの多様化を見てきましたが、このテーマにあるように、「証券業から金融サービス業へ変わっていくんだ」というのが、いわば証券会社の目指している一般的な方向です。その証券業から金融サービス業へのシフト、パラダイムシフトは一体いかなるものであるかについて言及したいと思います。主として引く例はリテール、証券ビジネスです。
スライド38は総論ですが、規制に関しては、先ほど申し上げた通り変わっています。金融商品の特性に着目した規制が世の中にはすでに生まれているわけであって、その中にあって、単なる証券業というよりは金融サービス業という方向に向かっていくことが一種必然的であると言えます。
それを営む形態ですが、かつては業態別のサービス提供でした。証券会社は証券サービス、証券業の範囲で定義されたもの、銀行は銀行業の範囲で定義されたもの。業態別のサービス提供というかたちから今日的には金融コングロマリット、あるいはユーザーに対してサービスを提供する立場からいえばワンストップ・ショッピングという言葉で語られるサービス。これが一般的には語られているところですが、実はここに疑問符を付けています。疑問符を付けているのは、「果たしてこれは単純にそうだろうか」と言いたいからです。規模についてもそうです。
スライド39をご覧ください。金融コングロマリットという言葉がはやった、あるいはまだはやっているかもしれない。日本では企業経営の世界にも流行があります。いろいろな流行があって、いろいろな言葉が使われて、アッという間に使い捨てられたりするわけですが、金融コングロマリットという言葉はまだ存在している。だけど、「金融コングロマリット仮説はほんとうに正しいのだろうか」というのが、ここの問題提起です。
あらゆる金融サービスを1つの事業体がワンストップ・ショッピングとして1カ所で提供する、あるいは企業グループとして提供する。それが正しい方向であると言われているけれども、本当にそうなのか。このような観点からよく考えてみる必要があると私には思えるわけです。
金融コングロマリット仮説は、主として企業側の論理から語られています。その企業側の論理は何でしょうか。これは十分論理としては成立している。「安定した金融ビジネスのポートフォリオを作りたいんだ」と。
持株会社傘下のもとに銀行も証券も信託も保険も、何もかも、消費者金融も入れて、同じ金融という一括りにできるものであっても、それぞれの業務の頒価や利益の上がり方にはそれぞれ相違があって、そういった「性格の異なる金融ビジネスを組み合わせることによって diversifyできる。全体を最適化できる。総和も極大化できる」という論理があります。お金がどんなかたちに変わろうとも捕捉できることは、当然企業側にとってみればいいことです。
製販一体。同グループ内の金融商品を製造する会社というのは、たとえば投資信託の運用会社です。金融商品を製造する会社と販売する会社を両方持っていれば外部流出が極小化されます。「製販一体によって収益を極大化できるではないか」という理屈があります。
規模の経済。大きいことはいいことである。たしかに規模の経済という観点からは大きいことはいいことだという論理は成立します。そのような性格のビジネスがあります。実例もたくさんある。
範囲の経済。さまざまな金融サービスを抱えることによって範囲の経済性が働いて全体として最適化できる。それによって顧客の囲い込みが可能になる。これは企業の論理です。いちいちごもっとも。詳しく論じていれば切りがないわけですが、納得できるような点はあります。
しかし、それをユーザーの側から見たら一体どうだろう。ユーザーの側から見れば、金融サービスにも、金融商品にもいろいろなタイプがあることは認識している。しかし、それをすべて最高の品質でいつでも提供してくれるところがあるならばともかく、なかなかそのような状態は成り立たない。それぞれのサービスで最高の品質を求めるいわゆる「いいとこ取り」です。現実的に起こっていることを観察すると、そういう視点の方が強いのではないかと私には思えます。
そのような視点の方が「冠」の安心感に勝ってる。「冠の安心感」というのは、冠が付いていれば何でもappreciateされるかどうかということです。「野村」という冠が付いている野村證券は、たしかに大きくて、一種ブランドがあるわけですが、たとえば野村信託銀行はどうかということになると、他の信託銀行と比べたときに、リテール向けのサービスは実はほとんど提供していないわけです。「野村という名前が付いてるから、野村信託銀行は住友信託銀行や三菱UFJ信託銀行よりいい」と単純に思う人は少ないのではないか。
では、「みずほ」という名前が付いていれば何でもいいのか。みずほフィナンシャルグループは隆々として大きい金融グループですが、銀行であっても証券であっても「単にみずほという名前が付いてるが故にいいんだ」と感じられるか、位置づけられるかというと、実はそういうことはないのではないか。冠の安心感より、それぞれのサービスで最高の品質を求めたいというユーザーの「いいとこ取りの視点」の方が強いのではないかと私には思えます。
ユーザーの視点から見れば、もちろん利便性があるわけですが、代替手段が今日的にはたくさんあります。1カ所でたくさんの金融サービスが全部完結するワンストップ・ショッピング。共同店舗や更に進んだ何々プラザというような名前が付けられている場所では、銀行サービスも銀行の為替サービスも預金も融資も、あるいは保険も、あるいは投資信託の販売も、株式の売買も全部完結するわけです。
論理的にはそうですが、しかし、実はプラザの中に入ると、1人の人がそのすべてのサービスを請け負ってくれるわけではなくて、カウンターは全部別々になっている。もちろん物理的にあちこちいかなくて済むわけではありますが、それが一体どの程度の利便性かというと、これはすごい利便性だとはなかなか言えない。自己判断ができる投資家からいえば、たとえばインターネット上でアグリゲート・サービスを利用しながら、複数金融機関あるいは複数業態にまたがる複数の口座を一覧して、かつ管理できる機能があれば、そういうものは満たされるとも言えるわけです。
ユーザーには「囲い込まれたくない」という本能があります。企業側が「囲い込みだ」「囲い込みだ」と言えば言うほど、囲い込まれたくないと思ったり行動したりするのも人情であり、本能であるかもしれません。命の次に大事なお金を、すべて1つの金融機関、金融サービス、金融商品にまとめて入れる。1個で十分。これが30も50もわかれていたらたいへん面倒なわけですが、しかし、それが必ず1つに収斂するかというと、決してそのようなことはないだろうと思えるわけです。囲い込まれたくないというユーザーの本能があるのではないか。
このような対立する視点があります。ここで結論を出すつもりはありませんが、金融コングロマリット仮説、あるいは「大きいことはいいことだ」だけが成立するような単純なことはないという私流のインプリケーションをここでは提示するに留めたいと思います。
次に、「各論:リテール証券ビジネスのパラダイムシフト」とあります(スライド40)。主として不特定多数の個人投資家に対する金融サービス、証券サービスを提供している証券会社、証券ビジネスをリテール証券ビジネスと言います。そのリテール証券ビジネスの現場においてどのようなパラダイムシフトが指向されてきたか、あるいは現実に道筋として辿って来たのかをここでは一種観念的に図示しています。
この表は、私自身が10年前に「こっちの方向だ」ということで書いたものを一部補強しながら今日に至っているものですが、言ってみれば10年タームあるいはもっと長いタームで「この方向に変わっていくんだ」ということを図示しているものです。マーケティングの向く方向、志向性はどうであるか?
漠然としていて申し訳ないですが、ここでは「かつて」という言葉を使わせていただきます。「かつて」は現在を含んでいる場合もあるし、ほんとうに「かつて」の場合もあります。かつて、販売志向であり、商品志向であったとするならば、それは、こちら側の事情、企業の論理というものが前面に立っていた時代です。これは証券に限らず、どの金融サービス業態でもあるわけです。取扱商品が限られていて、顧客ニーズに自分たちの持っている商品ラインナップやサービスラインナップだけでは十分に応えられない時代に発生した手法ですが、自分の持っているメニューが少ない以上、それをどう販売するか、幾ら販売するか、そこから物事をビジネスとして考えざるを得なかったという時代的背景があります。
しかし、規制が緩和される。あるいはそれ以前に顧客の側を向いて、顧客がどのようなサービスを求めているのか、あるいはそれにどうやって応えるのかということを考えない限りは、淘汰されてしまう。ビジネスとして隆々として成り立っていかない。したがって、当然のことながら、顧客に目を向けるべきである。それが理念としては存在していても、なかなか難しかったのは、先ほど申し上げたように取扱商品やサービスの幅が狭かったということがあります。しかし、現在は完全に顧客にフォーカスしながら、「顧客のニーズは何であるか」というところから出発しない限り、競争を勝ち抜けない状況に来ている。
Termは、かつて短期だったとするならば、現在、その軸はより中長期に向かっている。営業のコンセプトは売買であり単品である。これは取扱商品が主として株式だったことに端を発しています。株式は、どれだけ証券会社の口座の中で長期間預かっていても、売買が発生しなければ一切証券会社側の収入はないわけです。したがって、売買してもらうことが、こちら側にとっての収益機会である。売買を促進する。売買のために有する情報を提供する。
そして株は個別銘柄、単品です。「売買」「単品」がかつての構造だったとするならば、取扱商品のメニューが広がることによって、株式だけではなくて債券もある、投資信託もある。あるいは円建て商品だけではなくて、外貨建て商品もある。いわゆる有価証券だけではなくて保険もある。さらにいえば預金もラインナップに加わる。非常に幅広いラインナップによって、資産管理、顧客の金融資産全般に関するアドバイスを送ることができる。そうすると、営業コンセプトも資産を丸ごと管理するためにどういうサービスを提供するかにかかってくる。
クロスセル。1回買ってもらったもの、預かってもらったものを売買して、回転して、そこで利得を稼いでいくよりは、買ってもらったものはそのまま置きながら、次に違うタイプの金融商品を業者側からいえば「売りのせ」して、クロスセルをして、どうやって金融資産、ポートフォリオを構築していくかという方向に変わっている。
プライシングは手数料です。株式委託手数料が典型ですが、かつては東京証券取引所が決定する取引所の受託契約準則による固定手数料を一律に適用していました。それが特に1999年以降、完全自由化になっています。プライシングが固定画一であったものから、完全に自由化された。パラダイムは大きくシフトしている。
このような時代にあっては売買単品固定画一だったものが資産管理という方向に向かい、プライシングも自由化になっていく。一般的にいえば、売買委託手数料も下がっている。どういうことが起こっているか、あるいはどういうことを考えるべきかというと、もともと株式の委託手数料というのはトランザクション・ベースであって、1回売買をしたときに、その売買代金に対して幾ら、0点何パーセント、あるいは1%もらうのか、その集積で証券会社の収入が立っていたわけです。これからはトランザクション・ベースの手数料の集積というよりは、フィー・ベースの手数料に重点が移っていくことが1つの大きな流れとしてあろうかと思います。
スライド41。「リテール証券会社のパラダイムシフト」ということで、かつてはリアル空間しかなかったものが、インターネットを含めたサイバー空間の登場によって、顧客とのアクセス手段が大きく充実した。電話・対面のみのサービスだったのが、インターネットも含めたマルチチャネルが確立されたことによって、証券会社自身が大きな恩恵を受け、かつ顧客も恩恵を受けた。
インターネットを使ってトレードする、発注するという行為は、デイトレーダーやオンライン証券会社の利用の増加によって今日的には当たり前になっていますが、それ以外にも、証券会社と顧客の関係においては、インターネットを介在した情報の流通あるいは共有という意味において、非常に大きなインパクトを与えたということになります。
顧客にとってみれば、自分の金融資産ポートフォリオをリアルタイムで画面上で確認できる。時価も確認できる。売買履歴も確認できる。手数料を幾ら払ったかも確認できる。あるいは必要な情報をインターネットチャネルを通じて取り出すことができる。といったように、顧客との一種のコミュニケーション手段が多様化した。それによって証券会社の業務も効率化されたということです。
ビジネス拡大エンジン。ビジネス拡大エンジンについていえば、自力、「自分で全部やるんだ」というところから、先ほど申し上げたようなマルチチャネル、証券会社が提供するサービスを証券仲介業というかたちで銀行を利用して最終顧客に提供することも可能になった。それはもちろん証券会社が卸的な存在になるということです。
証券関連ビジネスでいえば、投資信託を自前の、例えば野村でいえば野村アセットの運用する投資信託を野村證券という販売チャネルで売るだけではなくて、銀行窓販や郵政公社を通じて販売した。それが他力の意味です。ビジネス拡大エンジンが自力オンリーから自力プラス他力に拡大したことはもちろん競争を激化させますが、証券会社側におけるビジネス上の選択肢を増やしていくことでもあります。
スライド42。「差別化の鍵」とは、パラダイムシフト、さまざまな環境変化の中で、「価格からサービス」というよりは、サービスの対価としての価格が安いか高いかに関心が移っている。日本国民はそのような視点が好きですが、単に絶対値が高いか低いかではなくて、サービスの内容に対して手数料等の価格がその正当な対価であるかどうかという点がより吟味されるような時代になった。
顧客の投資判断。かつては証券会社の顧客自体も少なかったわけです。しかし、その顧客は、どちらかといえば依存型で、証券会社のアドバイスをそのまま聞き入れながら売買を行うお客さんが株式投資では大半を占めていた。そこから分化した。自己判断で必要な情報だけもらえればいい。あとは自分で判断する。あるいは情報すらインターネットを通じて提供されるから要らない。オーダーが出せればいい。あるいは売買履歴がわかればいい。ポートフォリオ分析ができればいい。そういう自己判断型投資家が増えた。一方では、さまざま複雑な金融商品や金融サービスが登場し、専門家による投資アドバイスがより重視されるという2つの相違する方向性が生まれてくる。
マーケティングのキーワードは、かつては「なんぼ儲かりますか」「儲かりまっせ」という言葉に代表される「投資リターン」であったとするならば、今日的なマーケティングのキーワードは「退職(老後)」「税金」「長生きリスク」という言葉であって、「豊かで幸せなリタイア後の時代を送るために、どれぐらいの金融資産をどのようなかたちでマネージしなければいけないのか」という問題意識が今日ますます高まっており、そこに証券会社等の提供できるサービスが介在する余地も広がっているわけです。
広告についても、かつてはイメージであったのが、大きな方向としては個別商品に移ってきた。
主力投資対象商品も、かつては個別株であったものが、個別株をパッケージした投資信託であったり、セパレートリー・マネージド・アカウント、個人向けの投資一任勘定であったりします。
商品戦略。「自社系列商品からオープン・アーキテクチャーへ」ということです。「オープン・アーキテクチャー」というのは耳慣れない言葉かもしれませんが、「アーキテクチャー」はもともと建築様式ですから、直訳すれば開放的建築様式となります。転じて開放的設計思想ということになります。
同じ金融グループの中に製造会社がある。製造会社の代表は投信運用会社。野村グループでいえば野村アセットマネジメントという投信運用会社があって、その自社系列の製造会社が作った商品のみを野村證券という販売チャネルで売っていたのが過去の姿であるとするならば、オープン・アーキテクチャーでは、販売チャネルである野村證券が、系列の野村アセットマネジメントの投信だけではなく、野村アセットのライバル会社、たとえばゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント、メリルリンチ・インベストメント・マネジャーズの投資信託といった日系、外資系の同業他社の商品を販売チャネルとして仕入れて売っていく。
運用会社としての野村アセットでいえば、同系列の野村證券に卸すだけではなく、野村證券とは一見競合しそうなライバルである銀行や郵政公社、あるいは他の証券会社にも投資信託という運用商品を卸していく。これがオープン・アーキテクチャーです。このオープン・アーキテクチャーが自社系列商品を超えて進展する様相を見せています。
この背景にあるのはユーザーのニーズです。ユーザーは単に冠を求めているわけではなくて、それぞれのサービス、金融商品において最高の品質を求めている。すべて自分のところで賄えれば、これほどいいことはないわけですが、現実的にはそのようなことがない以上、自社系列を離れて、よそから最高と考えられるものを仕入れることも当然あり得るし、現実にそのようなことが行われているということです。
リテール証券ビジネスを営む、全国支店という単位があって、その支店という細胞単位がさまざまなお客様に接しているわけですが、その支店のガバナンスシステムは一体どうなっているのか。かつてが中央集権型であったとするならば、ここ10年以上の時間のなかで、かなりの分権型に変貌してきました。
たとえば、予算管理に関していえば、かつては収入重視であって、どれだけ売り上げを建てるかが非常に大きな指標だったわけです。しかし今日的には、企業としては当然ですが、細胞単位としての支店に至るまで、単なる収入ではなくて利益、その利益についても予算に基づいた利益、最適の利益を想定しながら、総合的管理を行うということです。
支店経営上の指標はどうかといえば、かつては単純でした。社内競争をする。支店が100あれば1番から100番まで並べて、「1番の支店はよくやってる」「100番の支店はダメじゃないか」という単純な競争原理を適用しながら運用していたのがかつての姿であるとするならば、現在は複雑であって、それぞれの支店の置かれたマーケット状況や顧客層、ヒンターランドに着目して、期待値も加味しながら他金融機関の状況も踏まえて、それぞれに複雑な目標を設定し、指標を設定して運営しているのが今日の姿です。
コンプライアンスはどうかといえば、かつては事後・摘発型でした。不当行為や不法行為を営業マンが行ったとして、それを事後的に発見すれば当然厳正対処して社内処分を行って厳罰ということになるわけですが、しかし、そういったことによる抑止効果を重視するよりは、組織的にはリアルタイムで売買動向も監視しながら予防を図っていくのが今日の状況です。
販売商品の支店における仕入れ。支店における仕入れは、外から仕入れるわけでなく、店内でどう配分するかという話ですが、かつては中央集権の割当であったものが、今日的にはそれぞれの支店が自らの顧客基盤を吟味した上で本社に対して自主申告しながら運営しています。
そういったところで働く営業員の資質はどうかといえば、かつては命令遂行力、言われたことを実行することにおいて優れているかどうかが求められる資質であったとするならば、今日的には、顧客に対してどれだけの付加価値を提供できるか、創造できるかが問われています。
それに伴い、支店スタッフを支援する本社スタッフ機能も変わってくるわけです。かつては中央集権で、目的遂行への督励型でした。「頑張れ、負けてるぞ」「頑張れ、何やってんだ。足りないぞ」「数字を出せ」という督励型でしたが、現在はそのような督励は意味を成さない。むしろ機能を重視しながらどうサポートを提供するかが非常に重要になっているわけです。
パラダイムシフトの各論ということで、次にプリンシパル・ファイナンス・ビジネスに簡単に触れます。
プリンシパル・ファイナンス・ビジネスについて申し上げたいのは、人さまのお金を右から左にブローカレッジというかたちで動かしていくことによって成り立っていたのがかつての証券業の姿であるとするならば、そこに自らの資金をどう使うかというテーマが今日的には浮上しています。それがプリンシパル・ファイナンス・ビジネスであって、自己の資金を自己の判断で投融資し、かつ持ち分の売却による投資回収を行う。
もちろんいろいろな諸条件が整わなければできないわけですが、顧客としての再生を求める企業、あるいは公開会社が非公開化して、マネージメント・バイ・アウト(MBO)して再出発したいというニーズ、そこに必ず資金ニーズが伴います。公開会社を非公開化する場合にはTOBというオペレーションが伴います。そこに、専門的なツールを組み合わせた複雑な案件を実行する証券会社、今日的な証券会社のノウハウが求められています。
一般的に言えば、プリンシパル・ファイナンスは証券会社自身が営むことも可能ですが、形態としては、証券会社という形態で営むと、証券会社に特有の規制に服しなければいけないので、別会社仕立てにして営まれているのが普通です。
ここでもう1回総論に戻ります。いろいろ見てきたように、金融サービス業界ではいろいろな事が起こっていて、その中で証券会社も変化しているわけであり、証券ビジネスを担う他の主体も登場しているわけですが、その競争の構図は一体どうなんだろうかということをここで幾つかの観点からまとめてみます(スライド53)。
「大きいことはいいことか?」についてはすでに言及しています。金融コングロマリット仮説では、「単に大きいことはいいことか」という問題が提示されているわけですが、これには疑問符が付きます。「大きいことは悪いことか」というと、必ずしもそうではありませんが、疑問符が付くテーマではないかと私には思えます。
全体を眺めたときに、何がキーになっているかというと、「販売優位」の構図があるのではないか思います。
海外の状況ですが、金融コングロマリットの代表と言われたシティグループが昨年から今年に掛けて、ビジネスを切り離しています。スピンオフしています。その1つは、資産運用ビジネス。運用会社を売却しました。投資信託や年金に対する運用サービスを提供している会社、シティグループのアセットマネージメント会社をレグメイソンという運用専門会社に売却しました。保険部門、保険部門は保険をオリジネートする会社ですが、保険部門も売却しました。その2つのビジネスラインを整理しました。
なぜシティグループはそんなことをするのかというと、オープン・アーキテクチャーが進展している。オープン・アーキテクチャーによって自分たちにもビジネス・チャンスが出来る。そこで覇権の中心にあるのは「顧客を有しているところ」、「販売力があるところ」と彼らが見ているからです。
販売力さえあれば、最終顧客をきちんと掴んでさえいれば、金融サービスは自分で作らなくても、他から容易に仕入れることができる。その販売チャネルが魅力的であればあるほど、金融商品を組成製造する側から逆に寄ってくる。したがって、自社にこだわる必要はない。むしろ販売チャネルが強いことによって、他社も含めてオープン・アーキテクチャー化して、強みをさらに販売に集中することによって、ビジネスの総和を大きくできると考えたからです。
これが将来にわたって続くかどうかは別にして、明らかに言えることは、現在金融サービス業界においては販売優位の構図が存在していることです。最終顧客をきちんとグリップしているか、顧客ベースが強いか、そこに強みがあるという構図が存在しているように見えるわけです。
先ほど一部言及しましたが、金融ビジネスにおいては、「金融商品は模倣が容易であるので、創業者利得があまり長続きしない」と申し上げました。しかし、一方で、実際に存在している構図は、創業者利得自体が長続きしないことはあっても、あるいはそれをグローバルに展開することによって創業者利得の享受期間を長期化させることはあっても、新しいビジネス、新しい顧客を開発し続けることによって優位に立つという構造はやはりあるということです。近年における代表的な新しい顧客は、この業界についていえばヘッジファンドです。
ヘッジファンドに対するさまざまなサービスが開発され、いわゆるプライム・ブローカレッジを開発することによって、投資銀行がたいへん大きなマネー・フローを手に入れることができたということがあります。
最後の「競合=顧客=提携先」は、「世の中の構図は複雑である」ということです。日本のマスコミに言わせると、世の中には敵と味方しかない。野村とメガバンクを並べたときに、「敵と味方」という構図でしか論じないのが日本のマスコミですが、実は金融サービス業界の様相はもっと複雑であり、「競合であって、顧客であって、提携先である」という統合関係が同時に成立しているように見えるわけです。もちろん競合という側面が強いのですが、しかし、他の関係も同時に成立している。重要なことは同時に成立していることです。
三井住友銀行は野村と競合しているかというと、ビジネス上は競合している。しかし、野村ホールディングスは三井住友銀行から融資を受けている。そういう意味では、野村は三井住友銀行の顧客である。
一方、三井住友銀行は野村に債券や株式のオーダーを発注することがあるわけです。あるいは、野村が三井住友銀行自身の発行した証券を引き受けることもある。それは野村にとっての顧客である。相互に顧客であるという関係も一方で成立する。
さらに言えば提携先という関係も同時に成立したりする。野村グループの野村アセットマネジメントの運用する投資信託を三井住友銀行が販売したグローバルリートというファンドがあって、彼らは4千億販売しているわけですが、これは業務上の全面提携というよりは、プロダクトごとの提携、販売提携を結んでいるという関係です。
このように「競合=顧客=提携先」であるという複雑な3面関係が同時に成立しているのが金融サービス業界における構図であって、もちろん競合という側面は非常に大事だし、そこに着目しなければいけないのですが、単なる敵味方というよりは、これらが同時に存在している。逆にいえば、経営者にとってはそのような複雑な関係をどのようにマネージできるかが非常に重要であるということです。
最後になりますが、「貯蓄から投資」の時代に向けてということで、ここでは金融リテラシー普及の重要性に触れたいと思います。
金融庁のホームページを見ると「未公開株の勧誘にご注意」という文字が踊っています。いろいろなトラブル事例が載っています。業者から「今年の秋に上場する」と未公開株を勧められて購入したけれども、株券の名義書換えを要求したら「待ってほしい」と引き延ばされるだけで、一向に名義書換えに応じてもらえない。不審に思って発行会社に問い合わせたら、上場の予定はない。株券は譲渡制限が付いている。「名義書換えはできない」と言われた。業者はいつの間にかいなくなっている。買い付け代金を預けた業者はトンズラしてお金も回収できない。連絡先もわからない。こんな状況が多数載っています。
外国為替証拠金取引については被害事例がずいぶん巷間報道されました。詐欺的に収益を収受していたたくさんの業者と、一方ではたくさんの被害者がいたことが記憶に新しいわけです。すでに金融先物取引法が改正されて、たくさんの不良業者が営業停止、解体の道筋に至っているわけですが、このような事例を見るにつけて、詐欺や悪質な業者の被害に遭った方々には心より同情申し上げなければいけないわけですが、一方では、非常にシンプルな疑問が湧くわけです。
なぜいとも簡単に、いわゆるうまい儲け話に乗って騙されてしまうのかということです。あなただけにとってのうまい話は一体世の中にどれだけあるのか。自分がどれぐらいの確率でその対象になるのか。もっと言えば、ノーリスクでハイリターンということが一体世の中にあるのか。あるいはローリスクでハイリターンがあるのか。そんなものはないわけです。まず第一は、「自分だけにやってきたうまい話などあるはずがない」という一種の常識的判断が必要であることは論を待たないわけです。
ライブドア問題がありました。いろんな総括が行われていますが、職業的専門家も含めて多くの人が欺かれたのがライブドア問題です。それは、一方では、日本の資本市場の底の浅さを表しているのではないかと、当事者の一人として、自戒をこめて申し上げたいと思います。
短期志向と短期的説明力。そのような風潮と短期的説明力というロジックをライブドアはうまく使った存在ではないかと言えると思います。四半期決算が現在一般化しています。四半期決算のような定量的分析手段が発達、導入されたことによって、企業を観察するサイクルがますます短期化しています。
企業内部においても同様で、それはそれで意味があることもありますが、内部情報、管理会計が精緻化する。デイリーで把握できる定量情報が増大する。こういった進歩は的確な経営判断をサポートできる一方で、判断とか意思決定のサイクルは、ますます短期化しやすくなっています。
こういったことに報道側、分析側の短期志向を重ね合わせると、企業が短期志向を強めれば強めるほど、長期的存続が危うくなるのではないかという逆説が存在しているように思えてならないわけです。
ライブドアはそうだったのではないか。アメリカにおいてはエンロン、ワールドコムといった事例もありました。短期的な見かけの業績の良さや過度な利益の追求が、粉飾決算という禁断の選択肢をとらせて、企業自体の実質的消滅に至ったわけです。
短期志向の中では、短期的説明力が当然のことながら重視されているように私には見えます。短期的説明力を充足させる世界で使われるものの典型は、たとえばカタカナであったり、横文字であったり、数字、定量であったりする。しかも、それは一方的に発信側に都合のいい数字であったり、財務諸表でいえば損益計算書であったりするわけです。もちろん損益計算書は財務諸表として意味がありますが、貸借対照表を左に置いたまま損益計算書だけに注目させる。それがライブドアだったと思います。
企業を見る上では、損益計算書だけを見ていては、実態把握は不可能です。損益計算書と貸借対照表を時系列の中で組み合わせて、きちんと見て分析したときに、企業の真の姿が浮かび上がってくるはずです。
ライブドア問題の一断面は損益計算書、しかも経常利益であったり、当期利益、当期純利益であったり、帳尻の利益という項目のみに目を向けさせることに成功した一種のアービトラージ、裁定行為だったと言えようかと思います。
今や利益の質という議論が出ています。職業的専門家の中では、利益の質という議論が世界的にも盛んになっています。実はこの議論は奥の深い議論であり、この分野の専門家でもない私が皆さんにわかりやすく説明することは困難かもしれませんが、1点だけ議論のさわりを紹介すると、たとえばアクルーアルという概念があります。
アクルーアルは、日本語では「会計発生高」と訳しています。一体何かというと、会計上の利益と営業キャッシュフローの差です。ご承知の通り、キャッシュフローはさまざまなかたちで生まれてきます。企業会計上は、そのキャッシュフローを最終的には期間利益に変換させていかなければいけない。キャッシュフローを期間利益に変換させるプロセスには一種の判断が介在せざるを得ない。自動計算フォーマットがあって、そこに数字をぶち込めば会計上の利益が導き出されるわけではなくて、一種の判断が必ず介在する。判断が介在せざるを得ないために、恣意性が生まれる要素があって、その恣意性を予め排除することは不可能です。
そこに、意図する、あるいは意図せざる利益調整行動が生まれる余地があります。アクルーアルは会計上の利益と営業キャッシュフローの差です。営業キャッシュフローという実態に対して会計上の利益が多く出ていれば、アクルーアルが大きいということです。
アクルーアルの大きい企業は、一般的な仮説として、将来の利益を先取り計上としているとも言えるため、将来的には利益を減少して、株価でいえば株価リターンが下落することがあり得る。アクルーアルの小さい銘柄は将来の利益が増加して株価リターンが上昇することがあり得る。
かなりデフォルメして単純化していて、ここまで単純な話ではありませんが、そのような観点があります。何を言いたいかというと、損益計算書の帳尻の数字だけを見ていては、実は何もわからないということです。それが利益の質に関する議論です。
「投資には理論がある」ということが、なかなか理解されていないと私には思えます。理論がいかなるものかは別にして、投資には一定の理論がある。それすら十分に理解されていないのは、たいへん寂しい状況です。ノーリスク・ハイリターンはない。ローリスク・ハイリターンもないだろう。ハイリターンを求めるのであれば、それ相応のリスク負担が必要であり、お金の性格からハイリスクを取れないのであれば、ローリターンで落ち着かせるべきではないか。こういったことがなかなか理解されない。
「自己責任」という言葉があちこちで強調されます。しかし、自己責任論を声高に一方的に唱えるだけでは投資家は生まれてこない、育ってこないと思います。投資のすそ野は広がらないと思います。自己責任の前提条件が満たされない状態の中で、自己責任という言葉を声高に唱えて、それで何かを変えようとしても、その言葉は宙に浮いて希薄化していくだけです。自己責任の前提条件は一体何か。金融リテラシー。もう少し狭くいえば、基礎的な金融知識であると私には思えます。それが不足しているのが今日の日本の状況ではないかと思います。金融リテラシーの不足は、個人にとっての幸せをもたらさないだけではなく、大げさにいえば、日本の資本市場発展の阻害要因ともなる。
手前味噌になりますが、「経済・証券プログラムの提供」に大きな意味があると考え、先ほど冒頭の清水先生のお話にもありましたが、私どもはここ数年間、この問題に取り組んでいます。大げさにいえば、真に豊かな社会の創造に貢献できないかということです。
迂遠のように見えても「金融リテラシーの普及(投資教育)」を実践することには意味があると思っています。実践する担い手は、本来は官がやるべきことかもしれませんが、民の世界においても積極的に取り組むべき重要なテーマだと思います。
確定拠出年金における投資教育が現在あちこちで行われています。数十万人単位で行われていますが、こういったものも長期的には大きなインパクトを与えるし、生涯学習のような機会も重要です。学校教育もたいへん重要であると私には思えます。そこで教えるべきことは、特に初等中等教育においては、逆説的にいえば「お金がすべてなのか?」という疑問符です。お金がないと生活は成り立たないし、お金は重要だが、「お金は万能ではない」ことを逆に教えなければいけないのではないかと個人的には思っています。
最後に、手前味噌になりますが、野村グループは現在110を超える大学に冠講座を提供しています。冠講座といっても、お金を出す寄付講座ではなくて、講義のシラバスを自ら組み立て、社内の人材を講師として派遣することによって役務を提供する。役務の対価を受領しない。役務そのものを提供する。その行為を冠講座と称しているわけです。計算に長けた、がめつい野村だから「遂に大学生までお客にするのか」と、当初はそういうことをさんざん言われましたが、今では年間約2万人の学生諸君が当社の冠講座を受講しています。
中学生向けの教材も製作、作成しました。なにも株式の投資のノウハウを教えるというものではなくて、経済はいかなる原理によって成り立っているのかをわかりやすくマンガ入りで解説した本です。全国の中学校に1部ずつ寄贈しましたが、すでにその後、全中学校の約5%に当たる550校から7万部の追加寄贈要請がきています。小学生向けの教材も開発していきたいと思っています。
当社の取り組みの一端を最後にご紹介しましたが、他にも行政、民間、NPOを含めて、多くの人たちが、現在投資教育、あるいは金融リテラシーの普及に取り組んでおり、こういった取り組みがもっと広がることによって、これからの日本の資本市場発展の基礎が築かれていくことに期待したいと思います。たいへん長くなりましたが、以上をもちまして私の講義を終了します。(拍手)
| 質 問 | いまのお話は、だいたい国内のマーケット中心だったと思いますが、たとえばゴールドマンはちょっと桁違いに儲けているんじゃないかと思います。そういうことを野村さんとしてはどう見ておられるのか。 |
| 講 師 | 厳しい質問ですね。昨年の実績だけでいえば、資本の収益性においては野村もけっこうキャッチアップしたと言えますが、いまのご指摘のように、絶対値としての利益、生産性という点では、少なくとも長期、中期の時間軸で並べたとき、あるいは現在の実力収益ベースを比較したときに、彼我の差はけっこうあるのが事実です。 |
稲野 和利(いなの かずとし)
出身地:神奈川県
生年月日:昭和28年9月4日
学歴
昭和51年3月東京大学 法学部 卒業
職歴
昭和51年4月 野村證券株式会社(現、野村ホールディングス株式会社)入社
平成5 年6月 同 富山支店長
平成7 年6月 同 営業企画部長
平成9 年6月 同 取締役人事担当
平成11年4月 同 営業業務本部担当
平成12年6月 同 専務取締役
平成13年10月 同 専務取締役兼 野村ホールディングス株式会社取締役
平成14年4月 野村アセットマネジメント株式会社取締役社長兼 野村ホールディングス株式会社取締役
平成15年4月 野村ホールディングス株式会社取締役副社長兼Co-COO兼 野村アセットマネジメント株式会社取締役社長
平成15年6月 野村ホールディングス株式会社取締役執行役副社長兼Co-COO兼 野村アセットマネジメント株式会社取締役執行役社長兼 CEO兼 野村信託銀行取締役
平成17年4月 野村ホールディングス株式会社取締役執行役副社長兼 Co-COO兼 野村信託銀行取締役会長(非常勤)