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十月十四日(水)
-----闘争勝利と解団式-----
午前十時より国立の兼松講堂で解団式が挙行された。
冒頭、相京光雄統制部委員長が壇上に立ち、常日頃にも増して、荘重流麗な弁舌を振るった後、一段と声を張り上げて「全学二千の同志諸君の一致団結と、教授先輩諸氏の絶大なる支援による勇往邁進の結果、遂に、われわれは予科・専門部廃止の暴案を撃破し、ここに六十年の伝統を誇る自由と自治の我が一橋を死守することが出来た」と全面勝利を謳歌するや、兼松講堂もわれんばかりの大拍手。この拍手を押し止めるかのように、感激溢れる口調で、「よって、我々は予科・専門部廃止絶対反対のすべての運動を、本日をもって打ち切り、ここに解団式を行う」と宣言するや、再び万雷の拍手が湧き立つ中で、直ちに、籠城中に取り纏めて統制部に保管されていた血判状の退学届が、相京統制部委員長から各クラスの代表者に、壇上で直々手渡された。続いて、学生有志がこもごも壇上に立ち、歓喜の勝どきを挙げた後、目出度く解団式の幕が降ろされた。
なお、籠城のため神田の一橋旧校内で購入した食器、バケツその他の日用品は、全部取り纏めて東京市に寄贈することとなり、東京市当局も快くこれを受諾してくれた。
十月十六日(金)、文部省は、東京商科大学予科・専門部の存続を正式に決定し、発表したので、ここに問題は最終的な決着を見るに至った。
注13四十八通の退学届の血判状は、現在、三通残存しているだけである。一通は予科三年五組(讃春会)のもので、クラス代表者の平塚潔が秘蔵している。他の一通は予科一年四組(薫風会)のもので、クラス代表者の鈴木重雄が、その劇的な生涯を閉じるまで、肌身はなさず持ち続けていたもので、彼の死後、同じクラスの親友大軒節夫から詳細な報告があり、深い感銘を与えたものである。最後の三通目は予科一年五組(天狗会)のもので、鈴木要七が保存している。
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