一組  前田 寿夫


 予科の試験を受けて合格の発表があった日のことだと思う。教務課の窓口で入学の手続きを聞いたら、予科というのは国分寺から電車に乗って二つ目か三つ目だといわれて、あわてたことがある。入学試験は国立であったし、てっきり予科も国立だと思いこんでいたのだから、うかつな話であった。

  ためしに受けて運よく合格したのだから、また受けても合格するかどうかわからない、というわけで、そのまま予科から学部まで、なんということなく六年間を過したように思っているが、さてこのごろになって、ものを書いたり話したりするよう になると、つくづく、この時期の影響がいかに強烈なものであったか、痛感されてならない。いったり書いたりするものの大部分が、多かれ少なかれ、この時期に吸収したものを基礎にしているのである。それは、当時、古本屋の棚から漁り出した古典の表であることもあれば、教室の隅で居眠りがてらに聞きかじった講義の一部であることも、あるいは校庭で友人諸君と競い合った詭弁の一環であることもある。おそらくそれらは、なんの脈絡もな く、バラバラに吸収されたはずであるが、いつの間にか血肉に変ってしまったのであろう。よい環境に恵まれたことは、まこ とに幸せであつた。