七組 伊奈 重煕
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一、 何時から十二月クラブが出来たか忘れたが兎に角前進、発展を続け、今日に到っているのは誠に御同慶の至りと共に、各委員の労に深甚の感謝を表する次第である。特に長年田舎にいて情報不足の者にとりて、その距離的、時間的空間を無くしてくれる。誠にうれしい。 二、 一橋六年、随分と昔になった。先日卒業以来始めて国立を訪問、学内も不変往時の面影を偲ぶ。専門部入学当時の白票事件で毎日の様な学生大会、卒業時大東亜戦争突入、それでもかなりの自由の空気を吸えたのは幸運だったと思う。 三、卒業と同時に三菱重工名古屋航空機へ配属された。朝は四時起き、寝室は畳一枚にl人宛位、兵隊に行った方が何程か楽と感じた。二週間で海軍入隊。繰上三ヶ月でも大分損をした感あり。 四、それでも小生は、海軍監査官付となって、東京在住であったから多少は楽の部類に入ろう。毎日酒を飲み騒ぐのが浩然の気を養う事だと思っていた。このせいか中途で病気となり休養、終戦に至る。府立一商から海軍入隊は全部で六人。元気な五人死んで私だけが残っている。どうも人間万事塞翁が馬とはこの事だと思った。戦後一転して地方銀行員となる。 五、「忘れ得ぬこと」は何かと考えても別に何も浮んでこない。結局六年の一橋生活が身についてしまって、特に思い出す事 もない様だが、上貞氏の「国士的経済人」と専門部入学時、初めての杉本さんの経済原論の時間、先生は「経済学は治国平天下の術」を勉ぶのだと云われた事をよく思い出す。 六、 略 七、本年で卒業以来満卅年、色々の事があった。クラス会で昔の仲間に会えば、瞬時に学生時代に退行する。うれしい事だ。 益々つながりを深くして、昔の友誼を深めてゆきたい。 |