歴　史
十二月クラブ昭和十六年十二月東京商科大学卒業記念帖第２５頁より第４２頁まで　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

	第一期　商法講習所から高商へ　　　　　　（講習所設立より専攻部設置まで）　　　　　　　　（明治八年－－一三十年）創　業　---　ー橋の歴史は新日本の黎明と共に、日本資本主義の生誕と共にはじまる。それは産業資本の藩閥官僚に對する闘争と共に、したがって現代日本と共にはじまる一橋の歴史はまさに現代日本の成長史でなければならない。一橋が商法講習所の名の下に、銀座尾張町の鯛味噌屋の二階を借りて、ささやかなしかしながら意味深長な第一歩を踏出したのは、明治八年八月のことであった。明治十年代の、現代日本の眞の陣痛を前にして一橋の使命はその第一歩からすでに重大であつた。私力を以て設立の事にあたった森有禮の眼識は決して平凡ではない。（森有礼の人間像　―　Ｓ２１学奥村一郎　如水会ＭＬ）

	當時の學校の殆んどすべてが政府の施設にかかる中に、商業教育の濫觴たる一橋のみが、一個人森有禮の手で民間に誕生したのである。爾来六十餘年、一橋は日本資本主義の歴史的展開と共に自らの生命を育くみ来つたのである。設立當初は、米人ウイツトニ一（Ｃｌｉｃｋ）が教授となり講義はすべて英語で行はれた。生徒の数二十余名のうち、、業を完うせるもの十名に達しなかつた。しかも創設僅か三ケ月にして、森有禮が清国駐剳公使に任ぜられたため、閉鎖の危機に直面した。幸ひに東京会議所頭渋澤榮一、副頭取西村勝三、議員益田孝等の努力によつて同所の管理下におかれ、翌九年五月こは木挽町十丁目に移転すると共に東京府立となった。だがそれより前に一橋は第二の難関に出会はなければならなかつた。十二年に府の講習所予算は半減され矢野所長は私財を投じてその維持に当ったが、十四年七月、東京府会は遂に講習所経費の支出を拒否し、講習所は廃止された。この時もまた渋澤栄一の建議により九月から農商務省の補助を得て復活、十七年三月に東京府の手を離れて農商務省直轄となり、東京商業学校と名を改めて矢野二郎が校長となった。十八年五月こは文部省直轄となり、九月二十二日東京外国語学校及び附属高等商業学校と称し神田一つ橋の旧外語校舎に移転、校務監督に森有禮、校長には矢野二郎が任ぜられた。
	木挽町時代の学生は、少数の明治書生的硬派を除けば、唐桟の着物に縞の羽織を着流して前垂がけといふお店もの風であったし、當局も十月の恵比寿講に休業する程町人的だった。一つ橋移転によつて高商となり、われわれもまた九月二十二日を創立記念日として祝って来たが、一橋の本質的変化はこの時期に行はれたのではない。

木　挽　町　時　代　の　校　舎

キヤプテン・オヴ・インダストリー　　　一つ橋移転の後は、内部的充實向上への焦慮が創業の苦悩にかはる。
その焦慮は頻繁な規則改正に現はれてゐる。明治二十年、「高等商業学校」と改称して予科を一年本科を四年としたが、しかもなほ目標は所謂「クラ一ク」の養成にあり、英語、簿記、貿易実務等のの實用課目が重視された。しかしながら飛躍のスタ一トに立つ日本産業資本の意気は学園にも反映して、一橋は自己に要求されるものがクラ一クではなくキャプテン・すヴ・インダストリイであることを覚りはじめたのである。
かくして学生の間に澎湃として湧き起った自負は矢野校長の「前垂式商業教育」への批判に転じ、二十四年には校長排斥運動と化した。遂に翌年四月、学生四十六名退校といふ空前の犠牲者を出し矢野校長の引退となつた。
追ふもの追はれるもの共に一橋に對する限りなき愛惜の情を抱いて去った。
すべては一橋の新しき旋回への必然的な過程であった。この時の退校学生は大興禽（退校会）を組織して年々集ひ語らったといふ。

	（左写真上）二十八年、文部大臣秘書官小山健三校長に就任するや、学制改革を断行し技術的方面のみならす学問的方面にも有能の士を招じて教育に努め、本校出身の英才を海外に派して研鑚を重ねしめた。時は日清の戦捷直後、日本は東洋の覇者たるべく大陸にその第一歩を印し日本産業は世界経済こ對して自己の存在を主張せんとしてゐる。一橋もまた、藩閥官僚の産業支配に對して自ら覇権を握らんとし、小山校長の下に学内の意気天を衝くものがあった。キャプテン・オヴ・インダストリ一へのこの旋回は専攻部設置を契機として新らたなる飛躍の段階に移行する。（左写真下）最初の本校出身教授　成瀬隆三
	（左写真）　東京高等商業学校々舎（上から） ①玄　　関 ②教授入口
	③食　　堂
	④正　　面
	⑤公　孫　樹
	ブロックホイス「貿易実践」講義この時代を最も端的に表現する高商のの講義はブロックホイスのそれで、この講義のノ一トは虎の巻として学生が最も大切にLたものであった。