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望嶽會



 ロマンは若き日の夢、人は生きとし生けるもの。
(作花 慶一)

 内面的にいぢけて居た私を、六ヶ年の一橋生活は幾分なりとも暖たゝかく育くんでくれた。思ひ 出多い六ヶ年の生活。只感謝あるのみである。
(川野邊 靜男)

 學園に感謝、社會に感謝、すべてに感謝すると同時に其の責任の重且大なるを痛感するのみ。
(金子 太助)

 光陰矢の如し。
(宮崎 國夫)

 千萬人と雖も我往かむ。
(金原 昌夫)

 己達の一橋六ヶ年の生活は自由から統制への變動期だつた、傳統と進歩の對立だつた。『不言實 行』
(伊奈 重煕)

(石井 幹一郎)

 活動する為に入つた學園を出るに當り、知つたが故に動けなくなつた感のある事を殘念に思ひま す。だが鍍金は剥げるべきものたるを忘れてはならぬことをヘへられました。
(秋元 茂)

 ゼミナールを通じての生活が私の一橋生活のすべてゞあつた。
 ものごとに關する思惟形式善惡にについて學び自己を深く掘り下げ又人間性について見識を高め る事が出來た。斯うして一橋を立つ我々が何處の人達よりも最も幸福ではないだらうか。
(中村 豐)

 中學を出る時、恩師が「滅びざるものは精神にして、朽ちざるものは事業なり」と云ふ名句を私 に送つてくれた。以來幾星霜、私は恩師の御諭しを胸に抱いて力強く生きて來た。今懐しい一ツ橋 の學園を後にして身を世紀の狂亂の中に投ずる時、恩師の御言葉は一入心にしみて「何か爲さねば ならぬ明日がある」と云ふ意力が自ら湧いて來る。
(横田 好夫)

 人生とは生きることであり、生きることは鬪ひである。甘やかされた大學生活の三年はこの單純 な生活原理に對する認識を失ひ勝ちであつた。今狂瀾怒濤の啀頭に立つ時、鬪ひといふ人間的本能 と人間的原始力への復源がしみじみと反省される。人生は鬪ひでありこの鬪ひには勝つべきである 。
(岡部 壽郎)

 自由の學園よ!親愛なる同人よ!吾等が若き日の想出は多摩のC流と共に永久に盡きざるべし。
  ――大天狗――
(池田 歳正)

 人間は「考へる葦」とか云はれるが、この考へるといふ事、論理的たる事は當然その實行となつ て現はれるべきである。經驗主義、實用主義の眞價も此處に存すべきである。
(伊丹 英雄)

 學園がヘへた純粹なもの、一徹なもの、生眞面目なものに限りなき愛着を抱きつつ――
(石川 雄之助)

 京都大學の三年と國立の三年。
六ヶ年の間に時勢はぐんぐん變わつた。莫妄想。
(坂口 伸六郎)

 スフ入りも公定價格ででる世かな
(吉村 榮喜)

 『正義は憂愁なり!!』
(南 寅鎬(Inho Nam))

 夢の様に過ぎ去つた一橋の生活、短かい様で長かつた三年、長い様で短かつた三年、思へば懐か しい樂しい學園だつた!今後は至誠一貫、一橋精神を地で行くのみ。
(酎セ 弘一)

 青年老ひやすく學成り難し。一寸の光陰輕んずべからず。非常時下、學窓を巣立つに當り、いよ いよ健康に留意し、勉學と修養に一層努力したいと思ふ。
(藤岡 和通)

 幸福とは慰めがついてゐることである。勇氣とは諦めがついていることである。
(河本 保男)

 十月十八日に三本槍に向ふ途中風雨と寒気に遭ひ正に遭難せんとせし時、感有り、即ち死を恐れ ず、死を求めず生活に大なる價値を保ち、道徳的な生活を求めるだけでなく、道徳以上のものに向 つて邁進するを得ば幸ひなりと。
(麻生 泰正)

 『思ひ切つてぶらりと出た東北への旅。宇都宮で関東の大平野は消え間もなく那須岳を左に過ぎ る。磐梯山を直ぐ其處に見上げる時一面の薄は微風にしつとりとゆれる。ゆらゆらと上る紫煙の中 に過去もなければあわただしい現在も未來もない只猪苗代湖が靜かに霞み山影に消えて行く――会 津若松にて――』
(岡本 不器男)

 専門部からだから六年間國立にかよつたことになる。もともと歩くことがすきでそれだけ人一倍 愛着をもつて武藏野を眺めることが出來た。大げさに言へばここを基礎としてあらゆる地理的現象 を解くことさへ出來さうな氣がする。事實諸方を旅しても困らないだけの意味づけは國立近傍でえ られたものであつた。同時に卒業してからのあらゆることが又、こゝ國立で培はれたもので處理出 來ることを確信してゐる。
(橋本 八十彦)

 六年に近い國立生活の中にこんなにも色々なことが起こらうとは思はなかつた。しかし實に貴重 な生活だつた。將來いつの日にかよき友だちと、國立の生活を楽しく語り合へることを心待ちにし ている。
(菅沼 沿黶j

 専門部三年學部三年と計六ヶ年の間自分を育んでくれた國立を愈々去らねばならぬ日が來ました 。色々な事が走馬燈のやうに浮んで來て何も書けません、國立よさやうなら、皆さんさやうなら。
(鹽村 良平)

 「風来疎竹風過而竹不留聲
  雁度寒潭雁去而潭不留影」
淡然たる心もて大いなる試練の渦中に投じ行かん。
(篠原 康次郎)

 「不均衡(ツリアハヌ)は不縁のもと」三ヶ年の學内に於ける研究生活と、學外での狹斜低徊生 活とで得た一つの早急にして淺薄なる達觀とでも言ひませうか。
(羽鳥 忠二)

 Life is but a dream.
(古家野 壽一)

 人生はマラソンの如し、最後の勝利こそ眞の勝利だ。前途遼遠且多難なれど「急がず着實に」 (slowly but steadily)の信條と常に溌刺たる希望とをもつて進みたい。
(野崎 義之)

 生活其のものに人生の意義ありと考ふる限り過去三ヶ年の生活は私にとつて限りなく尊い。假に 結果としては何等得るところがないとしても餘りにも多くの夢を有つ事の出來た此の間の生活過程 は生涯を通じて美しい思ひ出の泉となる事であらう。
(松井 稔)

 吾二句を殘して國立の學園を去る。
 一、憧れの小諸のほとり秋深く
        われさまよひぬうき世忘れて
 一、悲しきはまなびの庭を出づること
        なつかしの友おもひでの人
(本間 龍夫)

 ゼミナールの済んだある日の黄昏の中を、風に散る銀杏を踏み踏み歸つた氣持を忘れたくない。
(水田 正二)

 『光陰矢の如し』とか、學部三ヶ年の生活も全く夢の様だ。然しいろいろな意味に於て有意義で あつた。未知の古人への接觸ゼミナールの生活、講義にあらはれる諸先生の御人格、街の灯、これ らはすべて剰餘を失はせ不足を補足してくれた。感謝に堪へない。『幸福者よ!商大を忘る勿れ』
(鈴木 茂)

 頼山陽は和氣清麿を論じて「國家は數十年才智の士無からしむべし、而して一日も氣節の臣無か るべからず」と喝破している。「國士としての經済人」たらんとするもの、齊しく味ふべき言では なからうか。
(小寺 喜一郎)

 良き師、良き友に惠まれた一橋生活を生々と私の胸によび起こして、一層の努力と精進とを必要 とするこれからの生活に常に若々しい希望を燃えつづけさせたい。
(澤登 源治)

(渡邊 公徳)

 名講義も聽いた、完備せる圖書館へも入つて見ただが自分のものは何も得ないまゝに美しい國立 の自然に別れて迷路と起伏とに富んだ社會へと出て行かねばならぬ、堪へ難く淋しいのは私ばかり でもあるまい。
 心をし無何有のクに置きてあらば藐姑射の山を見まく近けむ(萬葉集、讀人不知)親愛なる諸兄 に望む、餘りにも生の擴充に急ならざらん様。
(森川 太中)

 學園を去るに當つて私は一橋人たることの感謝と欣びと、矜りと、そして責務、を感ずる氣持に 満ちてゐます。
(山田 音次郎)

 試驗に追はれて忙ただしく過した僕の學生生活は見ように依つては、惨めな生活であつたかも知 れない。唯私個人としては幸福な生活であつたと感謝して居る。學生生活中少くとも三人の恩人が あつた。恩を感ずる事は怡しいものである。又眞に信頼し合ふに足る友が數人ある。たとへ凡てを 打ちまけて誓ひ合つた友でないとしても。
(野地 忠平)

 入學せる時と、卒業する代と、感慨無量。今自ら省みて、我は最も利己的なる愛國者たり。
(宮崎 靜二)

 先づ親孝行。
(松井 利郎)

 黎明の微光の中に僅かに捉み得た事物の本質を更に見詰めつつ、責任ある希望を以て玉成を期し たい。
(辛島 正雄)

 長いと思つた學生生活が短かかつた事は驚くばかり。又あはただしい巣立をした。六ヶ年の中に 自由主義の洗禮も受けたし、又これも潔よく、見棄てた。その間に飛躍と矛盾を見出す時間がなか つたとも言へる程大きな烽火だつた。随分複雑な人間が出來ただらう。
(鷲尾 節夫)

 三年間優良児童にもならず餓鬼大將にもならないで遠く學園の渦巻を離れて靜かな片隅で小刻み な呼吸を續けて來た。國立の思出を拾へば
一、校庭の茸 一、圖書館の屋上 一、便所の落書
(森永 孟土)

 (前進!!)國立にひきし杖をば取なほし
 (離 別)ふりかへりふりかへりつつ去る松木立
 (人 生)なす事のなくて終らば世に永き齢を保つ甲斐やなからん。
(佐伯 至生)

 回顧するに商大生活は専らゼミナール中心の生活であつた。山田先生の御薫陶の下に經済學の限 界を學ぶと共に、自己の能力の限界を覺り得た。それにより眞の勇氣と諦觀とが與へられる。自惚 と怯懦とを排しつゝ眞面目な人生を送らう。
(伊豫田 一男)

 我は眞空を愛すれども、眞空に生くる能はず…………まあいいだ、寝る。
(栗田 康平)

 一體此の三年間で何を得たか、殘念ながら讀んだ事聞いた事殆んど百%忘れてしまつた。又忘れ てしまふであらう。だが經済の“根本精神”といふか“經済的”な物の考へ方といふか、そういつ た何かモヤモヤとしたものを會得した様な氣がする。それも講義や本の御蔭といふよりは、商大生 だぞといふ自覺と誇の所産の様だ。それを一生持ち續け度いと思つてゐる。
(西川 元彦)

 一念を以てといはんよりは無念の念。向ふ處恒に無意識的に合理的に。両手を切らるれば足にて 蹴り倒さん。足をも斬らるれば噛みつきても打ち勝たん。
(河合 斌人)

 あまりにもあはたゞしい三ヶ年であつたが故に、卒業にあたつてまとまつた感想すら持ち得ない 。たゞおぼめかしいながらも世に對する目なり批判力なりを多少なりとも身につけることが出來た とすればそれは替え難い三ヶ年の賜である。が、事實自分の得たものは、批判力と云ふよりか混沌 とした感情のみに思はれて淋しい。
(齋藤 一夫)

 一橋の三年間は短かつた。一體、何をしたであらうか。何を學び得たであらうか。自信を以つて 答へることが出來ない自分を寂しく思ふ。だが、樂しくあつた大學生活だつた。この思ひ出は一生 盡きないであらう。そして、漠然としてではあるが、學び方を知り、人生觀を學び得たことを喜び とする。
 これから、おののきを感じ乍ら未知の世界へ勇ましく出立したいと思ふ。そして、今後、あく迄 も力強く生活して行かうと思ふ。
(伊藤 信典)

(藤田 龍之助)

 夢!夢!夢!
 唯夢の三歳なりき。
(横溝 龍治)

(佐田 健造)

 何一つまとまつたものを身につけない中に、激動する社會にとび出すわけだ。しかしこの三年間 の一橋生活は樂しい豐かなものであつた、諸先生並びに學友諸兄に深き感謝を捧げる。
(磯部 誠)

 愚かさのみが春の速かなる歩みを遅らし忌はしき老年を遠ざける。
                      エラスムス、愚神禮讃
(荒木 長芳)

 愉快な學生々活であつたと思ふ。そして又同時に此香り高い意氣と熱と理想と計畫、此等のもの を永久に持續けて生き度いと思ふ念、切なるものがある。此滿三ヶ年の一橋生活に、心より感謝と 愛着とを抱き乍ら、全く未知の、しかし又充分想像し得る世界へと飛んで行く。
(佐藤 ョ次)

 觀念的な自縛の生活。その泥濘の中から新しい世界に飛躍する力は今、時代と云ふ好機が國家の 現實に於て與へて呉れた。……然も、眞實を求めて進むこの流浪の旅は何處までも、何時までも續 くであらう。
(坂本 保)

 見渡せば遙かなり萬里の怒濤。富貴榮譽我が欲するに所に非ず。區々たる毀譽褒貶何するものぞ 。我は求む、一簟の食一瓢の飲。長江の「氣」をもちて、五尺の小躯一丸、我が道に砕けん事を。
これ、かの門かの水かの塔我に語りし所ならずや。
(枝廣 幹造)

(恒成 勳)

 「商科大學なる特異な學問的環境の下に、經濟人と法律人との綜合的人物を練成し、以て國家的 奉公人とならざるべからず」
 それは我がゼミナールに於て、米谷先生より與へられた徳育の泉より、私の汲み取つた小さな一 滴であつた。かかる「綜合的奉公人」の練成に努めること茲に三星霜。今一橋を巣立つて、勇躍官 界に身を投ぜんとする。絶東正に多事の秋。われ立ちて断乎大局の經倫に當るの時、唯一死以て皇 恩に報ゐんことを誓ふのみ。
(壺井 宗一)

 まわり道を辿り辿つての三年間、遂に總ては未解決のまゝ、繰延べられてしまつた。先づ、足だ けでも大地に根をおろさうか。
(本田 裕治)

 凡そ人生は短く長い。さうしてこの短い生涯を空過しない爲にも、この長い一生を退屈せずに暮 すためにも我等に生活の中心が必要である。自分は中心を缺いた生活の中にある充實と幸福とを考 へることが出來ない。この生活の中心も漸く發見され把握されたやうである。
(鴨田 保美)

 別れは悲しいもの、どんな場合にも、それでこそ不安と期待とがあるのだ。
(杉原 直門)

 折角、國立に馴染んだと思ふも束の間早や卒業とは感慨千萬無量。三年間、俺にも好適の晝寢場 所を提供して呉れた圖書館と別れるのは何より辛い。あゝ時計塔よ、池畔の松よ、俺の成長をいつ までもいつまでも見守つて呉れ。汝等の多幸を祈りつゝ今、此處を去るものなり。
(岩本 治郎)

 此地別燕丹。壮士髪衝冠。
 昔時人巳沒。今日水猶寒。
(出合 資文)

 國立所見        斗南 山人
 襷新樹野の落日をあつめたり
 國立富士見通り
 富士見ゆる道遠くして蝉時雨
 浅川まで夜行軍
 武藏野の杜に流るる銀河かな
 谷保天神
 雨はれし杉の中より神樂かな
 秩父嶺にいつ來し雪や冬木晴
(宮坂 義一)

 一年目は健康恢復の爲遊び暮し、二年目は元氣一杯内職のアルバイト迄やつてはり切つたが、三 年目には再び疲れて勉學も思ふにまかせず、消耗したまま學窓を出て行く。
(木村 搦O)

 順序こそは凡ゆる問題にとつての鍵である。但しそれを見出すことは、そして又、それを誤りな く用ひることは、常に必ずしも容易ではない。そこに彷徨と呼ばれる現象の生ずる可能性があるの であつた。
(木 貞夫)

 穏かに過し得た二ヶ年有半の一橋の生活に、深き感謝と大いなる愛著の念を覺えます。
太田 一雄 

 夢は遠い、道は更に難い。しかしこゝに若い魂がある。負けない。
(長谷井 輝夫)

 人生への情熱、創造への意欲―― 一橋は私を逞しく育ててくれた。眞と善と美とを愛する心を 持つて靜かに夜の明けるのを待たう。
(佐藤 丈夫)

 何も彼も中途半端で出て行くと云ふ氣持しかない。すべては之から始まるのだらうか。それとも 此の中途半端と云ふ氣持は永久につきまとふのだらうか。
(片柳 梁太郎)

 じやぶじやぶと膝を濡らし乍ら、河床を見つめて流れを渉る氣持。其の清新さが私の人世に對す る期待の一つである。
(佐治 正三)

 一年にして空手と尺八(直觀的)を始め、二年にして新カント法律哲學の批判(觀念的)をゼミ ナールで運惡く割當てられ、三年にして禅(無的辨證法)で統一すべく之に凝る。矛盾多き商大生 活を止揚して到達した最高段階は之正に空々漠々(無的知識)である。
(小林 ョ男)

 良き師、良き友を獲たり。
(内田(並木)三十郎)

 傍系から兎に角幻の一橋の學園に三年間學ばせて頂いた。年が經つにつれてだんだん図書館から 足の遠ざかり行く怠惰な生活ではあつたが、この集團の中で與へられた切磋琢磨には深く感謝せね ばならぬ。祖國の繁榮に挺身することによつてこの培つてくれた一橋の學恩に報じたく思ふ。
(關 小太郎)

(上原 聰)

 一度社會に出てから又學生々活に戻ると云ふことは仲々有意義なことだと思ふ。私は所謂ヘ育學 生の一人としてお蔭で頭腦の若返つたことをしみじみ痛感してゐる。西洋では今でも大學を社會へ の準備機關と考へず學生の年齡も不揃であるさうだが注目すべきことだと思ふ。
(大橋 周次)

 一橋學園の學問的雰圍氣を永久に保持發展せしめ度いと思ひます。
(野崎 富作)

(土田 三千雄)

(平櫛 博敏)

 出席率殆ど百%、誰彼の差別なく良く話もしたから或る意味では、私は最も良く商大を知り得た 者と云ひ得る。國立の生活は、諸先生の懇切なる御指導と學生諸君の友情に依り、本當に愉快その ものであつた。今私は心からなる感謝の念に燃えつゝ此の國立の學園を去り、艦隊に歸つて行く。
 諸先生及同級生諸君の御奮闘と御健康を祈る。「職務は種々に變れども盡す誠は只一つ」
(篠原 英夫)

 一年餘計に學校に居た私には學校を去るの感傷は更にない。今や颯爽として日本をして世界の日本たらしめんとする歴史的大場面に登場せんとハリ切つている次第である。
(漆原 榮一)

 

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