表紙 目次 尚友会 トップへ
    現在地

 

尚友会



 生まれけり! 死ぬまでは生きるなり。
 身を卒に伍し大君の御盾となるも、
 或は大陸の野に 建設の御業翼くるも
 死ぬまでは生きるなり。
(湯原 孝久)

 感想、この五年九ヶ月の一橋學園を去るに當つて學園及學友が廣く、深い生活、餘裕のある生活 、愉快な生活、親しみのある生活を與へられたことを感謝すると共にu々發展あらんことを祈る。
(武藤 太郎)

 本を讀み、ものを想ひ、そして最も自分の姿に生き得た學生時代が限りなく愛惜される。
(宮下 八朗)

(宮坂 二良)

 すべてが樂しかつたのではない。しかし人間の魂の成長が、ある苦悩の夜にはじまるならば、ひ とはそのやうな夜の體驗を誇つてはいけないだろうか。
 あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり(朝螢集)
 羊齒の林に友ら倒れて幾世經ぬ視界を覆ふしだの葉の色(魚歌)
(水田 洋)

 ――畢竟するに問題は、時間的なるものが無時間的なるものに、在るべきところのものが在るべ きところのものに變ずるにある。――この時我等は永遠を確實に我が有とするのである。
(松原 富士男)

 この時にあたり述べたい事は多々あるが、僕は永久に天下に冠たる商大を出た以上、誇りをもつ て母校の名をはづかしめず、あたへられた職務に忠實ならむことを期したい。思ひ出多き一橋よ  さらば。
(搏c 一郎)

 學園から戰線へ、吾々は巣立つて行く。魂の故郷一橋よ、有難う。東洋永遠の平和の爲に、吾々 は進んで礎石とならう。
(牧野 知久)

 人を相手にせず天を相手にせよ。天を相手にして己れを盡して人を咎めず我が誠の足らざるを尋 ぬべし。(西郷南洲遺訓より)
(jヤ 誠)

 一橋生活六年。最早去つて永遠に來ることなし。
 卒業間近にして父、忽然と逝く。又永遠に還る事なし。
 併れどもその艶_、その御靈は我が胸中深く在り願はくば我が前途を加護せられよ。
(林 英雄)

 一橋生活六年間を顧みる餘裕殆んど無し。將來の生活を朧ろ氣に書き、何か滿身こめてなしとげ たいと念ずるのみ。
(野口 光明)

 憧れのマーキユリ−を戴いて小平原頭を亂舞したのもほんの近頃の樣に思へてならない。寮生活 、記念祭の豫科時代からさては角帽になつて専ら學校をさぼつた事などいつまでもいつまでも忘れ 得ぬ思ひ出だらう。ニヤン公の成長に絶大の御期待を乞ふ。
(二木 正治)

(長坂 義雄)

 感想なんかこんな短い文では書けない。しかく簡單な感想を持ち合わせてゐないからだ。兎に角 何と表現してよいか判らない複雑な感情で一杯である。
 樂しかつた、苦しかつた、つまらなかつた、面白かつた、大學はよい所だ、否さほど良くもなか つたこんな種々の感情のカクテルが僕の大學生活の感想だ。自分で苦しい表現のやうな氣もする。
繰返すが感想は簡單ではない。
(戸邊 勝利)

 長いと思つた豫科、學部の六年間もすぐ過ぎてしまつた。もつと有意義に學生生活を送つたらと 云ふ後悔が胸にせまる。然し亦この時局に際會しながら大學に學ぶ事の出來た國情の有難さも身に しみてうれしい。今後このアルバムに顔をならべる諸君と共に東亞の經濟を背負つて頑張らう。
(高野 彦隆)

 人間には色々の道具がついてゐる、それを百パーセントに、而も調和を失する事なしに活用する 事によつて私は生き甲斐を感じる。茲に凡人の悟りの境地横たはるか?
 本も讀んだ、劍道もした、尺八も吹いた、酒も飮んだ。結局六年間の生活は迷ひ乍らも或る道に 沿ひ或る信念によつて貫かれてゐた樣に思へる。
(田中 林藏)

 未曾有の世界動亂の秋、懐かしの一橋々畔に別れを告げるに當つて、僕の胸裏に去來するものは 、社會を學生々活の實踐的な場として、飽く迄も純粹にそして第一義的に生活したいといふことで ある。
(田島 博明)

 私は一日も早く社會に出たいと思ふ。學生生活が嫌になつたからではなく、私の義務の呼ぶ聲が 聞えるからである。それは長い荊棘の道を示してゐるけれども、私は光を見ない譯ではない。
(關 大一郎)

 日に正に十八里の旅を續けし六年、懷へば唯夢の如し。
 今親愛なる學園を去らんとす。惜別の情綿々たれど、吾行く先夫戰場なり、亦烈々として奮起せ ざるべからず。
(下田 友吉)

 人間は二つの扉を通らねばならない、一つは母の一つは社會の……國立迄の生活は自由な美しき 室であつた。そして、今や諸兒と共に第二扉をあけて人々の群れに入つてゆく。それはどういふ内 部と展望を有してゐるでせうか、諸兄と共に健やかならんことを祈念する次第です。
(柴沼 富雄)

(芝崎 有作)

 大學の友、常に知識を與へてくれた友、時には生活の半分を分け合つた友、趣味に運動に共に感 喜した友、又はメートルを上げ過ぎて一科目を無駄にした友、我々の卒業が斯樣な友を遠くに失つ てしまふと思ふと初めて淋しさがしみる、友に依つて生きて來た我々だつた。
(坂田 建樹)

 無喜亦無憂。
(佐藤 幸市郎)

(佐藤 珍平)

 六年間の一橋々畔の生活は私に數人の心の友を與へてくれた。彼等によつて私は善きもの美しき ものを愛するし少なくとも愛さうとする心を拓かれた。銀杏樹下數年の學園生活の間私は良き師に 導かるゝを得た。眞なるものに對する愛が眞理を求むることに於ける喜びが私の心にうゑつけられ た。
(小宮山 武徳)

 遲速は時にあらず人にあり。小平の三年國立の三歳、感慨深く、夢多かりしが故に、餘りにも早 く過ぎ去つた。今、母黌を去るに當り唯感慨無量。
 一橋の爲、微力を盡さん。さらば‥‥‥。
(熊谷 長)

 六年間の商大生活は凡ゆる意味に於て私を商大生にした樣に思ふ。そして一橋學園は私の極樂淨 土であつた。が之から乗切るべき實社會は荒波高きものと聞く。堂々前進出來るかどうか、憂ふる と共に又それを誓ふ。
(城所 吉男)

 感慨無量。
(川口 憲郎)

 六星霜ボール蹴りつゝ暮れにけり。
(片山 光夫)

 健康と 意志と
 努力と 誠をもつて――
(大友 立也)

 長過ぎた。
(浮洲 靜太郎)

『卒業』と言はれて目が覺めた。よくまあいゝ氣持で眠つてゐたわい。
(今村 演テ)

 Schon ist das Leben bei frohen Zeiten,
Schon its die Jugend,
 Sie kommt nicht mehr,
Drum sag' ich's noch einmal,
Schon sind die Jugendjahr',
Schon ist die Jugend,
 Sie kommt nicht mehr,
            ―Volkslied ―
(一P 彌助)

 強くならう。
(石原 善二郎)

 人生五十年、七歳にして學校に入り、小學校六年中學校五年、豫科三年、本科三年齡は正に二十 四歳だけどこれからまだ五年ある。殘るは僅か二十一年のんびりやらう、今更急いでもはじまるま い。
(阿部 誠次)

 

表紙 目次 尚友会 トップへ
    現在地