一橋の学問を考える会
[橋問叢書 第十四号]  一橋財政学の伝統と新視点   一橋大学経済学部教授  大川 政三

    は じ め に

 ただいま御紹介いただきました大川でございます。私の一橋大学における経歴と申しますと、昭和十五年に専門部に入りまして、戦争中のことだったものですから十七年九月には学部へ進学、学部に進学した段階では初め板垣先生のゼミナールに所属しておりましたが、板垣先生が戦時中から戦後にかけてシンガポールに行っていらっしゃった関係で、その留守の間、木村元一先生にお世話になりました。終戦になり復員してからも引き続き木村元一先生のゼミナールで勉強させていただきました。木村元一先生は井藤半彌先生のゼミナールでございましたから、私は井藤半彌先生の孫弟子という関係にあります。学問的には井藤半彌先生と木村元一先生、お二人から絶えず強い刺激を受けてまいりました。

 先ほど、春秋社から出版した『日本財政の選択』 について宣伝していただきましたが、もう一つ、ほぼ時間的に同じく『近世財政思想の生成』という書物を千倉書房から共著の形で出版いたしました。もう一人の著者は、成城大学でいま経済学部長を務めている池田浩太郎君です。かれは井藤先生のゼミナールでございます。こちらの書物はあまり市場性はないと思いますけれども、私としては学問的にかなり力の入った仕事と思っています。しかもこれは、私が三十代に書いたもので、いままでごく狭い範囲に埋もれていたものを池田君の厚意で世に出させていただいたものです。三十代の仕事ですから未熟かもしれませんが、それだけに力が入っているような気がしております。

 『日本財政の選択』 の方は、私の立場なりに現在の日本財政が直面する問題を、やや時論的ではありますけれども、評論家が書くよりは少し理屈っぽく論じた書物であります。こちらは春秋社からの出版で、市場性がいくらかあるかと思っております。

 前宣伝はこれまでとしまして、以上の経歴の中で仕事をさせていただいている間に、一橋の財政学の伝統というものを顧みる機会が二度ばかりございました。第一回目は一橋の創立八十周年記念のとき『一橋論叢』誌上において、「一橋の学問の伝統と反省」という総合テーマで、各学問分野から反省する機会がありました。その時私は、ー橋財政学の比較的古いところに焦点を当てました。

 最近、一橋創立百周年を記念してその学問史を出す計画が再び進められております。これにもまた書かせていただく機会がございました。こちらの方は井藤半彌先生以後に力点を置きました。このような仕事を踏まえて本日の話をさせていただきたいと思っております。何しろ相当長い期間にわたることでもあり、また大先生方のやられた仕事をあれこれ申すのは大変おこがましいのでございますが、また不正確なところもあろうかと思いますが、本日お集まりの方々は一橋における財政学の古い先生方の講義に直接出席なきった方も多かろうと思いますので、生きたお話を後はど聞かせていただければありがたいと思います。

 あらかじめメモ(文末参照)をお配りしてございますが、大体それに従いながら話を進めさせていただきます。


     一橋財政学の時期区分

      
草 創 期

 まず一橋財政学の流れをいくつかの時期に区分してみれば、第二期が、いわゆる草創期であります。商法講習所創立当初から大正九年商科大学に昇格するまでを、一応草創期というふうに名付けたいと思います。この間、一橋の財政学はどのような状況にあったかといいますと、一橋出身者自らが財政学を講義するまでには至っておりません。添田寿一とか田尻稲次郎という大蔵省の役人だったのであります。添田寿一は大蔵次官まで昇進し、田尻稲次郎も同様に大蔵次官を経て会計検査院長に進みました。これら大蔵省の俊英官僚によって議財政学の発端が形成されたのであります一橋のみならず日本の財政学全体が、そのような大蔵省の官僚による翻訳作業によって導入されたということができましょう。

 メモ「例外的な瀧本美夫」と書いてございますが、この方は本学出身でございまして、明治三十六年から四十一年までのごく短期間でございますが、一橋の財政学を担当されました。正統派財政学の祖と言われるアドルフ・ワグナーの大著『財政学』を抄訳されましたが、この抄訳は現在でもなお通用する立派な仕事でございます。この瀧本美夫氏がもっと長く一橋で講義を担当されたならば、一橋財政学は・違った経路で発展していったのではないかと思います。たまたま申酉事件が起きたのがきっかけで、憤激の余り退職されたというように聞いております。それから後どういうところで仕事をなさったか、つまびらかにしておりません。当時としては最も水準の高いところまで進まれた方を、短期間に失ったことは非常に残念に思います。

 田尻稲次郎氏は、特に専攻部において非常に長く講義をなさったということが記録に出ております。明治三
十五・六年ごろから大正八、九年ぐらいまでの長い期間・専攻部の授業をやっておられた。田尻氏の著書に『財政と金融』という大著がございますが、これは何度も版を重ねています。

 これに対して、当時本科と称する方は、一年、二年おきに財政学担当者が交代するという不安定な状況が続きました。上田貞次郎先生が一年ぐらい財政学を担当したかと思えば、下村宏氏がやる、あるいは小林丑三郎氏のようによその大学の方に依頼するといった状況でした。

   
     基礎固めの期

 このように不安定な状況が解消されたのは、草創期の大正九年、東京商科大学に昇格したのとはぼ時期を同じくして、内池廉吉先生が神戸高商の教授から一橋に御転任になるということがあったからであります。内地廉吉先生は商業学、とくに市場論とか倉庫論という方面でも優れた業績を残された方でございますが、同時に、先はど言ったような一橋における財政学の不安定期を解消させ、その基礎を固められた功績をもつ方であります。

 大正八年に着任以来昭和九年ごろまで内地廉吉先生が財政学を担当し、平行的に井藤半彌先生が留学から帰られて早速講義陣に加わり、昭和三年から九年までの間は内地先生と井藤先生とが交互に本科の財政学講義を担当されました。必須科目でしたから、そのころ御在学の方は必ず試験を受けられたはずでございます。余りご出席なさらなかった方もあるいはいらっしゃるかもしれませんが。(笑)内池先生は 『財政学概論』という立派な書物を書かれましたけれども、その内容は、当時のヨーロッパの財政学を正確に紹介されたものでございます。

 この当時、東京大学、慶應義塾大学、京都大学、明治大学等々で、すでに立派な財政学者を得ていたの
に比べて、一橋はやや立ち後れていた感がありましたが、この内池廉吉先生の御尽力でようやく肩を並べる
ことができたといえましょう。東京大学は松崎蔵之助氏、この方は後に一橋の校長になられました。東京大学法科大学教授のまま一橋の高等商業の校長を兼ねていたようです。早稲田には田中穂積、宇都宮鼎、慶應義塾には堀江帰一、明治には小林丑三郎、京都には小川郷太郎、神戸正雄、こういったお歴々がいたのに比べて、当時の一橋財政学に淋しさのあったことはいなめません。この劣勢を立て直された内池廉吉先生のご功績を忘れることはできません。

 
      確 立 期

 井藤半彌先生の学生時代のことについてご存じの方がここに多々おられると思います。福田徳三ゼミで当初は財政学専攻ではなかったようでありますが、内地廉吉先生のご指導を受けて、大正十二年、海外研究に出発されるとき、帰国後は財政学担当者となる内命を受けていたと、先生ご自身の書いた記録に出ております。昭和の初めに海外研究から帰られ、早速一橋の財政学講義陣に加わるとともに、非常にざん新な財政学をわが国に持ち込まれたのであります。

 そのざん新さは、財政学を一つの独立した科学として確立するために、財政学方法論という哲学的な基礎を固められたことにあります。それまでの財政学は、どちらかというと官吏の実務必携的な、いわば寄せ集め的、非体系的な知識だったのでありますが、それを一つの学問としてのシステムにまとめ上げるという、当時としては革命的な仕事をなさったのであります。一つの学問体系にまとめる場合の中心になるものが「強制獲得経済」という概念であり、この強制獲得経済概念にかかわる限りにおいて財政学の問題に取り込まれてくる。そういう意味で一本の筋を通した非常に壮大な学問体系を構築されたのであります。認識論という哲学的な基礎の上に、一つの学問体系を築くということは、当時の財政学が、先ほど言ったように知識の寄せ集め的なものであった状況からしますと、なかなか他の学者に理解されないことでした。余りにもそれまでの財政学との断絶があったために、取りつきにくかったようです。井藤先生の立場からすれば、従来の非学問的な財政学を打破して、自分の財政学を見ろ、といったような意気込みが感じられます。井藤先生の『財政学原理』という書物が最初に出た時、当時の財政学界のー方の旗頭であった大内兵衛先生が井藤先生の書物を評して次のように言っております。いかに井藤先生の財政学がざん新なものであったか、当時の他の学者からいかに理解してもらいにくかったかを示すものであります。

 大内先生の言葉を引用しますと、「要するに、著者の見地は、一種の論理主義にあるやうに思えるが、それがあまりに極端化して、遂にあまりにも論理学的な、論理学の練習問題を見たやうな財政学が出来つつあるのでないだろうか」というような批評をしております。強制獲得経済という一つの視点を踏まえて、それにかかわるものを集めてくる、という関係が、当時の経済的事実を集めただけの既成財政学からは非常に異質的と考えられたのです。財政とは国家の経済であるとし、いかなる経費を使っているとか、どういう税金を取っているとか、その実際の事実をただ羅列して説明するにとどまる非体系的なものは、学問ではない、学問といい得るからには一つの中心になるものがなければならない、という財政学方法論を井藤先生は展開されたのであります。
 
 これは、当時一橋の中に左右田哲学を初めとして哲学的な思考が高まっていたことの反映ではないかと思います。当時の東京高商を大学に昇格させる気運の中で、哲学的な雰囲気が支配的になっていったと思われます。東京高商の時分のように単なる実務的な知識を勉強するだけではなく、大学であるからには学問をやるのだという意気込みの現れとみられます。これは、財政学のみならず経済学も含めて、当時の先生方に共通する意気込みだったと思います。井藤先生が、一つの独立科学として財政学の樹立を考えられたということは、たんにわが国のみならず、世界的にも画期的な試みであったと思います。

 ちょっと余談になりますが、いま、『財政学を築いた人々』というタイトルの書物を、ある出版社から出す予定で作業を進めています。集録される人物は、ケネーとかウィリアム・ペティの古いところから初まって、アダム・スミス、リカード、ジョン・スチュアート・ミル、マルクス、セリグマン、近くはケインズ、ハンセソのように財政学の樹立に貢献した人々の学説を紹介的に書く計画です。私は、古いところのウィリアム・ペティを担当いたしましたが、同時に日本人の中でただ一人の井藤半彌先生の学説紹介を担当いたしました。井藤先生は、世界一流の財政学者に匹敵
する仕事をなさった評価の現れとして、この企画に井藤先生を加えた次第です。

 このように一橋財政学は、井藤半彌先生によって際立った特色を持ちながら、第三の確立期を迎えることができました。


    
 批判的発展期

 その後の戦後から現在までを第四番目の批判的発展期として特徴づけたいと思います。この時期の第一番手が私の恩師木村元一先生です。木村先生の財政学に対する立場は、井藤先生の論理的アプローチ手法とはかなり違っております。井藤先生の分類によると、井藤先生自らは純粋財政学というものをやった。しかし、もう一つの大きな財政学研究の立場として財政社会学という立場がある。財政現象をそれ以外の社会現象の中で生きた姿としてとらえる、資本主義社会という生きた現実の中で財政現象がどのように生成発展してきたか、生きた現実の中からどのような財政思想が生まれ、その財政思想がまた反転して現実にどのような影響を与えたか、このように生の姿でとらえてみようという立場から木村先生は仕事を始められた。これは、井藤先生のアプローチとは意識的に異なった立場から財政現象に排戦してみようというお気持の現れと思います。それでは、木村先生のそのように特徴的な立場がどういうところに、どのようにあらわれているのでしょうか。

 井藤先生の強制獲得経済概念によれば、中世の時代においても政治的権力者が貢ぎ物を強制的に召し上げる強制獲得という事実があるとすれば、財政学の中に取り込まれてくることになります。ところが、木村先生の立場から言うと、財政という社会現象は、資本主義と同時発生的に現れた。その財政という現象が生まれてくるのには三つの契機がある、第一は、公共性という契機であり、第二は、貨弊性という契機であり、第三は、家計性という契機です。企1011

業に対する家計、実物経済に対する貨幣経済、私有財産制の上の私的必要に対する公共的必要という三つの契機があわさって発生する歴史的な現実、すなわち資本主義の中で初めて、財政という社会現象が観念される。封建時代には私的性と公共性の明確な分離が存在していない。そのことが明確に意識されていない。両者の明確な分離が行われるためには、貨幣経済の進展が必要である。貨幣経済が浸透する間に封建体制を崩していって、市民の私有財産が確立され、その私有財産を擁護するために、公共的な権力を行使する政府が必要になってくる。このような連関の中で、すなわち、資本主義の発生の歴史の中で、財政をとらえようとされたのであります。

 そのような木村先生の歴史的理解の立場から見ると、企業に対して消費単位としての家計がはっきり分離されて意識されることも、資本主義成立の重要な契機です。資本主義以前は企業と家計が明確に分離されていない。現在のわが国でも、中小企業のように家計と企業がまだ混在している例が多々みられますが、典型的な資本主義の場合は、生産単位としての企業に対して消費単位としての家計が明確に分離される。以上のように、公共性、貨幣性、家計性といぅ三契機が同時的に発生したところに資本主義の典型的な形があり、財政現象が認識される。そこに初めて公共的な必要を満たすために租税という貨幣支払が強制的に要求される。租税というのは、あくまでも貨幣支払である、ということになる。井藤先生の立場からは実物徴収も強制獲得経済であり、したがって、財政学の範囲に取り込まれてくるのですが、木村先生の歴史的理解の立場からは、中世の実物経済の段階では財政現象というべきものはまだ発生していない、ということになります。ここに、井藤財政学の極めて論理的なアプローチと、木村財政学の極めて歴史的なアプローチの相違がみられます。

     
     
効率的政治経済へ


 以上、井藤財政学に対比した木村財政学の特徴について述べてまいりましたが、それでは、おまえはどうなんだということになると思います。私も、井藤先生、木村先生の後塵を拝しながら少しは新しい視野を築き上げていきたいと、ささやかな苦労を続けているのでありますが、私のいまの立場は、強制獲得経済から効率的政治経済へという表現によって特徴づけたいと思います。強制獲得経済、これはまさに井藤財政学の中心概念であり、その強制獲得という要素が最もはっきりあらわれるのは、租税の徴収においてである。したがって、井藤財政学の中味は、実質的に租税政策論なのです。強制獲得経済現象である租税政策を研究するのが、財政学の主要な課題である。すなわち、国家の経費をいかなる方法で調達するか、祖税収入をいかなる方法で獲得すべきか、これが財政学の中心課題ということになる。強制的に獲待した収入を何に使うかを研究し、その優先度を論じることは、財政学の範囲外のことである、政府経費の内容、その妥当性を云々することは、産業政策、軍事政策、文教政策等々の課題であって、財政政策がそこまで立ち入ることは越権である、財政政策の目的は、国家経費をまかなうためにいかなる方法で収入を強制的に獲得するかにある、財政政策の目的は、それ以上であってはならないというのが、井藤先生の目的論的財政学の重要な特徴です。

 この点について私は若干ことなった意見をもちますけれども、井藤先生によれば、政府は教育にどれだけ使うべきかとか、国防にはどれだけ使うべきかとか、財政学者はこの種の政策論にタッチすべきではない。それは、国家政策全体のもっと高次元の問題である。財政政策は、収入をどういう方法で獲得すべきか、その収入を獲待する最も合理的な方法を考えればいいのであると、自らの研究対象範囲を井藤先生は非常に厳しく限定されています。
 
 これに対して木村先生は、国家経費の面にも財政学の立場から発言していいのではないか、という意見を述べられ
ております。私もその立場から効率的政治経済論を展開したいと思っています。井藤先生は、財政学というのは末梢科学であると講義のときによくおっしゃっておりました。財政学をやっている者が天下国家を論ずるような大それたことを考えるのは越権である、ということを口ぐせのようにおっしゃっていたことを思い出します。これはある面においては、私どもにとって物足りない感じがしますけれども、他面においては、私どもが不用意に、政府の教育費の使い方は不適切だとか、軍事費の使い方が浪費的などと発言することがありますが、そういう不用意な、根拠の乏しいことを単なる印象で発言することに対して、井藤先生から非常に厳しい批判を突きつけられているような感じがしております。井藤先生のこのような批判を十分に尊重しなければなりませんが、しかし、私は、現在のように政府が国民経済の中で非常に重要なウェイトを持つようになっている状況を踏まえた場合、国民経済の中で有限、稀少な資源を民間用途と政府用途にどのように配分するか、その辺のところについて、もう少し積極的な発言をしてもいいのではないかと思っています。民間で資源を使わせるよりは、政府が税金という方法でそれを取り上げることによって、警察、教育、あるいは道路の諸サービスを提供する、そのような資源配分によって、限られた資源の使い方が一層効率的になる。このような効率化原理を踏まえた上で、政府は支出を決め、あるいは祖税収入の取り方を決める、この国民経済的な範囲の中での資源の使い方について、少なくとも、資源の効率的利用を政府部門ではかる仕組み、手続について、財政学は発言すべきではないか、という考えを持っております。木村先生もすでに、その発言の可能性を肯定されています。私としては、国民経済的資源配分の効率化を財政政策の基本的機能としてとらえ、その実現のための予算方式を探究したいと考えています。


     「安上りの政府」論とケインズ的フィスカル・ポリシー論

      
ケインズの有効需要重視

 
国民経済の中における政府の役割りということを考える場合、本文末尾にあるメモの3に 「ケインズ的フィ
スカル・ポリシー論をめぐって」というところに書いてございますが、二つのアプローチがございまして、先ほど私が申しましたのは、国民経済の資源を投資にどれだけ、消費にどれだけ使うのか、あるいは政府が民間からどれだけの資源を取り上げて、教育とか、道路とか、国防にどれだけ使うのかを決定していくように、有限、稀少な資源の配分における効率性を高めることに政府の役割をみとめようとする立場であり、その立場から政府の行動の適正さを判定しようとするアプローチであります。ところが、いわゆるケインズ的フィスカル・ポリシーの立場は、景気対策論です。景気安定という目的のため政府の支出や、税金の取り方を調整することに、政府の国民経済における重要な役割をみとめようとするものです。一九三〇年代の世界的な大不況を踏まえて、J・M・ケインズが 『一般理論』を書いたことは、ご承知のとおりですが、ケインズの経済学は、完全雇用を前提とするそれまでの古典派経済学に対比して、失業の存在する状態こそむしろ資本主義の通常の姿だという前提から出発して、その大量失業の中で政府はどういう国民経済的役割を果たすべきか、という課題に取り組んだわけです。ケインズ自身は、前述の効率的資源配分という課題をも軽視してはいませんが、ケインズの亜流的学者は、兎角行きすぎて、政府の最重点的な課題は、失業の解消を目ざした景気刺激政策を行なうことにある、そのためには、政府支出の増加、あるいは減税による民間消費支出の増加を計ることが効果的手段であり、その結果の財政赤字を恐れる必要はないと主張する。最近の言葉で言えば、デマンドサイド・エコノミクスの主張であります。生産力の方はもうあり余るほどあるのだから、あとは、持てる生産
力をフルに使うために、物を買う力をつくり出していけばよい、そういう意味で需要サイドに重点を置いた経済学として、ケインズ経済学を特徴づけることができます。


      
アダム・スミスの政府経費非生産性論

 ところがアダム・スミスの経済学はこの逆で、生産能力をいかに高めていくか、に中心課題が置かれています。国民経済の生産能力を高めて国の富を増進していくためには、政府経費のような非生産的支出はなるべく小さくすることが必要である。ここで生産的という意味は、利潤をつくり出していく効果を持つことです。民間企業の投資が、まさに生産的支出です。ところが政府支出には、利潤を生み出して資本蓄積していく効果はありません。この意味で非生産的な政府支出はなるべく小さくしておかねばならない。これがいわゆるチープ・ガバメントの主張です。アダム・スミスの 「安上がりの政府」論の根底には、まさに生産能力の供給サイドに重点を置いたサプライサイド・エコノミクスの考え方があります。アメリカのレーガン現政権が、サプライサイド・エコノミクスを基礎にした諸政策を提唱しておりますけれども、この目標とするところは、まさに古典的なアダム・スミスの経済政策と軌を一にします。
アダム・スミスの生産力重視というサプライサイド・エコノミクスに対して、ケインズの有効需要重視は、デマンド
サイド・エコノミクスの典型といえましょう。

      完全雇用の目標

 少し極端な例かもしれませんが、ケインズの 『一般理論』 の中には、有効需要を政府がつくり出していくためには、どこかそこらに穴を掘らせて失業者を雇い、かれらに賃金を払う例があげられています。賃金をもらった失業者は、それで必要な消費財を買いますから、消費需要がふえる。いったん掘り上がった穴を今度は埋めるために、また労働者を使う。労働という資源の使い方から言えば、ばかばかしいことに違いはないんですが、それでも有効需要はつくり出されていきます。その意味で、ケインズ的な有効需要論の立場から言えば、十分政策的に意味のあることなのです。

 もう少し現実性のある軍事費の例で説明しましよう。軍事費というのは大変消耗性の高い支出であり、国民の生活、福祉を高めるという点からいうと、あまり効果のない支出例として考えられます。しかし軍備を充実するために軍艦、航空機をつくるということは、非常に大きな有効需要作出効果をもちます。したがって、有効需要作出の景気刺激論からいえば、軍備の充実もまた大いに意味のある政策になるわけです。もっともケインズ自身は、できるならば道路をつくったり、橋をつくったり・人々の生活水準を高めることに支出する方が望ましいことをわきまえているのですが、ケインズの立場を強調すれば、穴掘りであろうが、あるいは軍備拡充のためであろうが、有効需要を高める点においては国民経済的な意義がある、完全雇用を実現するために効果的である。したがって、そういうことをやるために政府の台所が赤字になろうと、そのために支出を惜しんではならない。国民経済における完全雇用実現というマクロ的な目標のために、赤字支出を覚悟で積極的に支出すべきである。政府収支が赤字になることを苦慮して政府支出を抑制するよりは、国民経済のより大きな場面での均衝である完全雇用目標のために景気対策的な政府支出の拡大を積極的に進めるべきである、という主張です。

 城山三郎氏の『男子の本懐』という小説の中で・昭和初期の世界的不況の中で、民政党浜口内閣のデフレ政策が結局国民の賛意を得られず、だんだんに積極的な景気刺激政策に傾いていかざるを待なかった状況が、生き生きと述べられています。アメリカでも、いっそう明瞭に景気刺激対策が財政的手段の利用によって行なわれた。一九三〇年代の大不景気は、準戦時体制に移行しっつ軍事費を拡大していく過程の中で、一応は克服された。戦争に発展する犠牲を払いながらも、ケインズ的フィスカル・ポリシーに対する信頼は揺がなかった。戦後においても戦争中、非常に伸びた生産力をいかに保つか、デマンドサイド・エコノミクス的な立場から、貧乏対策とか、軍備拡充、社会保障政策を活発に進めていったわけです。ところが、デマンドサイド・エコノミクスに片寄る政策運営を進めてきた結果、サプライサイドの方がおろそかになってしまった。アメリカの生産力は世界一だと信じて、デマンドサイドに偏した有効需要対策を行なっている間に、サプライサイドの生産能力を引き上げることがおろそかになっていた。そうしている間に、日本に追い越されてしまったということで、最近のレーガン政権はもっぱらサプライサイド・エコノミクス的な立場から、アメリカの国民をもう少し働かせるように減税政策を実行するとか、あるいは終戦直後日本でやった投資奨励的な加速度償却制とかを懸命に実行している段階です。しかるにこの八月には、増税措置を議会に通過させました。この増税は、昨年八月の大減税に矛盾するという批判があります。私は、必ずしも矛盾するとは思っていません。レーガンが昨年大減税をやったのは、あくまでも長期的な視野で、アメリカ国民にもう少し働く意欲、あるいはアメリカ実業界にもう少し投資意欲をわかせるという長期的な効果をねらったのだと田やっのですが、それに対して今年八月にやった増税は、政府赤字の拡大を小さくする短期的効果を軌道修正的にねらったのだと思います。中間選挙のわずか三カ月ぐらい前にこのような増税修正をするということは、並大抵の政治家ではないという感じです。わが国の政治家に、このような果断さを期待できるでしょうか。

 かって大平元首相が総選挙の前に一般消費税の導入を打ち出したことがあります。当時のジャーナリズムの一方的見解に影響されて世論に背を向けられ、自民党の中でも大変評判が悪かった。結果的には改選前よりも一人か二人、衆議院議員の当選者が減ったという理由によって、自民党の中でも総裁、総理の責任を追及する声が高まり、自民党内部に大変な混乱を巻き起す原因になったのですが・大平さんの政治家としての勇気を評価する世論の支持があってもよかったのではないかと思います。


      資源配分の効率性

 メモの4のところで、時間があれば述べたいと思ったのですが、このケインズ的なフィスカル・ポリシー論との関連で言えば、国民経済の中における財政の役割りを考える場合、私は、単なる景気対策的な有効需要効果だけで政府が財政政策を決定する立場をとりません。私の場合には、単純な有効需要効果だけではなく、限られた資源の使い方における効率性をもっと重視する、したがって、同じく景気対策を進める場合でも、資源の効率的使用目標から離れないようにすべきだと思います。ピラミッドをつくるとか、穴掘りをするとかいうものではなくて、景気対策のために公共事業をやるならば、本当に役に立つものを工夫すべきだと思います。ややもすると、資源を使う場合の効率性ということがおろそかにされて、とにかく景気対策のために政府支出を増加せよ、そのためには公債発行をしてもかまわない、という考えが、安直に主張されやすいのではないでしょうか。


     課税の公平、所得課税、消費課税の妥当性をめぐって

      
課税の公平基準

 現在、課税の公平とか、所得課税がいいのか消費課税がいいのか、という議論がにぎやかです。これらの問題に対して井藤学説はどう答えるだろうか、また木村学説だったらどう答えるだろうかを考えてみたいと思います。現在財政再建ということが問題になっており、財政再建の目標である赤字公債から脱却するためには、歳出を削減するか、
増税をやるか、そのどちらかしかないわけでありますが、臨調の基本的方針はあくまでも「増税なき財政再建」という看板を立てています。これは財界の考えを反映しているのですが、増税の余地を認めてしまうと、歳出の削減に政府が裏剣にならない、だから「増税なき」看板はあくまでもおろせない、と経団連でも主張しています。

 もし増税をやるならば、その前に現在の不公平税制を是正しろ、という議論も、よく聞かれます。不公平税制をまず是正しろ、という考えの本当の内容は、増税拒否だろうと思います。しかし、この場合、一体何が、いかなる意味で不公平なのかということを考えますと、十・五・三とか、九・六・四といわれるような、勤労所得者と営業所得者や農業所得者の間に、仮に同じ所得額を得ても税額に大きな差がある、すなわち、水平的な不公平が明らかに存在しているから、それをまずただすべきである、というのが、不公平是正論がとくに強調する点であります。その他、利子所得に対する優遇課税をやめろとかいう問題もあります。第一の所得種類間の水平的不公平というのは、簡単に改められるものかどうか。確かに国税庁なり税務署が取扱いを生ぬるくしているという事実もあるでしょう。その限りにおいては、税務署がしっかり、厳密に所得調査を行ない、適法に徴税してもらわねばなりません。多少改善は行われるでしょうが、その程度で現在の財政赤字を完全に埋めるだけの増収が上がるでしょうか。もう一つ重要なことは、税務署の努力や整備が行なわれたとしても、果たしていまいったような給与所得者と営業所得者、農業所得者との間の差別的な取り扱いを完全になくし得るものかどうか。木村先生はかって直接課説の諸条件を挙げておられるのですが、直接課税をうまく実行し得るためには、次のような条件がなければなりません。


      
所得捕捉の限界

 第一は、徴税機構の整備です。第二は、税金を払う方で記帳技術が向上していなければなりません。第三には、納税倫理が高くなければなりません。第四には、所得格差が大きいということです。所得水準がわりあい均等化していれば、所得税であれ、消費税であれ、そう大きな違いはありません。

 最後の、第五条件が大切なのですが、家計と企業がはっきりと分離しているということです。家計と企業の間の分離が明確であるほど、資本主義的な発展度が高く、資本主義の発展が未熟なほど、家計と企業、生産単位なのか消費単位なのかがはっきりしません。店で販売していながら、同時にそこで消費が行われているような状況は、家計と企業が未分化な状況です。こういう状況が、わが国の現実には多分に残っています。直接課税主義が理想的に行なわれるためには、これは家計上の消費支出であり、これは企業の営業上の支出であるということが明確に分離されて初めて、個人の所得が確実につかみ得るのです。

 中小企業、独立営業所が多く存在していて、家計と企業がはっきり分離し得ないということは、言葉をかえていうと、個々人の所得を的確につかみ得る基礎条件が欠けているということです。この基礎条件が改まらない限り、十・五・三・九・六・四状況を正すため、営業所得とか、農家所得をもっと徹底的に洗い出せといっても、容易に越えがたい限界があり、もし強行すれば・はげしい政治的な抵抗が必至です。このことを考えると、不公平税制の是正と安易にいいますが・そんなに簡単にできるものではありません。

 所得税は租税負担能力に比例する理想的な税金なのだから、所得課説をどんどん推し進めればいい、もっと強化すべしという説が二力にありますが、所得課説を強化しょうとすればするほど、地下経済にもぐり込んでしまう恐れがあります。

      井藤学説−総合消費課税

井藤半彌先生は総合消費課税の提唱をされていますが、その理由は、次のごとくです。すなわち、租税を払う能力を測るのに個人の所得だけを基準にすべきではない。財産額とか、偶然の利得とかも、すべて支払い能力に関係するのだから、所得額だけで測ろうとしても、租税支払能力を正確に測ることにならない。そうかといって、財産額を調べるのは大変困難な仕事です。だから、所得とか財産を正面から攻めていって、あの人は幾らの所得があり、幾らの財産を持つかを調査しようとしても、なかなか効果があがらない。むしろ、財産があり所得のある人は、いずれは消費するのだから、その消費段階で間接的に捕捉したらいい、という考え方に基づいて、総合消費税の導入を井藤先生は提唱されました。

 この総合消費税というのは、いま議論されている一般的消費税とは違います。所得税の場合と同じく、年間の消費を申告させる直接税ですが、井藤先生がいわんとされたことは、単に所得額だけで攻めてみても課税の公平効果はあがらない、むしろ消費課税をうまく補完的に使うことによって、実質的に課税の公平が図られるということです。このことは、現在でも通用することです。現在、一般的消費税がしばしば話題になっていますが、その反論として、すぐに不公平だとか、逆進的だということがいわれています。しかし、家計と企業が未分化の状況のもとにおける所得課税の不公平さと比べて、消費課税の逆進的な不公平さの度合いが大きいのか、どうかということが重要です。兎角世間では増税なら増税だけをつかまえて、増税はいやだといいます。

 よく笑い話にいうのですが、テレビのアナウンサーが増税についてどう考えますかとインタビューすることがありますけれども、増税だけをとって聞かれれば、だれでもいやだというのはあたりまえのことです。これは意味のない質問だと思います。意味のある質問にするには、増税することと、いまのように赤字公債発行でインフレ化する場合
の大衆負担と比べてどちらがよいか、と尋ねるべきです。そういう選択関係で増税についての意見をきけば、意味がある。あるいは増税するかわりに教育をよくするとか、社会保障をよくすることにその収入を使うとすれば、増税についてどう考えるか、と質問すべきです。このようにコスト(費用)とベネフィット(便益)を並べ合わせる、あるいは、同じコストでも増税によるコストと、インフレによって購買力が低下する形で負担するコストの支払い方と比べて、どれを選択するか、という設問ならば、意味があります。ところが、新聞なんかが採り上げるのは、税金だけの面をみるとか、逆に、社会保障とか、教育とかの便益面だけをみている意見が多いと思います。これでは、健全な世論を形成するに役立ちません。むしろ有害です。増税反対、支出削減反対、赤字公債反対というように、まったく非論理的な世論形成の旗をふっているような気がします。


      
コスト・ベネフィットによる総合的判断

 コスト面とベネフィット面をあわせて総合的に判断する考え方が、まさに経済的な選択である。複数の手段の中から、それぞれの選択対象の長所短所を比べながら選択する、このような経済的な選択を、政府が予算を編成する場合にも活用できないか、こういう考え方が、メモの2、5にも書いてありますPPBSの精神であります。カーター政権になってから新しい名前のZBB、すなわちゼロ・ベース・バジェティングと呼ばれていますが、これも本来の趣旨は、経済的な選択を政府予算の編成の中に持ち込もうとするところにあります。現在の政府予算の決め方はこの政策のためには幾らの金がかかるというようにすでに決定したものを下から積み上げていき、選択の余地がどこにあるのか分らない形になっている。下から選択の材料を持ち上げてきて、課長なり局長がその間の選択をする。それをさらに政治家が優先順位を明らかにして選択の範囲をしぼり込んでいく。こういう方式をもう少し活用できないか。
政府予算の中に経済的要素を導入すべきであるというのが、私の年来の主張であり、私の財政学の基本であります。
具体的な例で言いますと、義務教育教科書の無償配布を続けるべきだという主張があります。無償で済めば、選挙民は喜ぶに違いありません。しかし、ここで重要なことは、無償で与えることと、その政策がゼロ費用で行なわれることは同じでありません。無償で教科書を与えるのに必要な支出は、もはや他の目的には使えない、他の目的に支出することを放棄する、という費用を支払わねばなりません。こういう経済的なコストを明示した上で、政治家は判断し、放棄責任を明らかにすべきだと思います。現実には政府も、政党も、このような経済的選択責任を明らかにすることを好みません。むしろ、それを嫌い、委任を不明確にし勝ちです。資源の有限、稀少性という厳然たる事実があり、しかも、政府のなすべき政策課題が山積している現状を併せ考えるならば、以上のような経済的選択構造を忌避することは、政府みずから自己の存在価値を失なわせることになると思います。私は財政学者として政治色の強い政府予算の経済化に向って発言していきたいと思っています。

                                       (昭和五十七年十一月十八日収録)





     「一橋財政学の伝統と新視点」 メモ

     1  一橋財政学の時期区分

 (1)草創期 (商法講習所創立当初から大正9年東哀商科大学昇格前まで)
 添田義一、田尻稲次郎の大蔵省俊英官僚、例外的な瀧本美夫、ひんぽんな担当者交替。
 (2)基礎固め期 (東京商科大学昇格後から昭和初期まで)
 内池廉吉の功績、井藤半彌と交互担当
 (3)確立期 (昭和初期から太平洋戟争期まで)
 井藤半彌の財政学方法論、科学としての財政学、強制獲得経済概念。
 (4)批判的発展期 (太平洋戦争以後から現在まで)
 木村元一の財政社会学志向、財政現象ならびに財政思想の歴史的理解。
 強制獲得経済から効率的政治経済へ。租税政策論中心から効率的予算論へ。個人価値と社会価値とを連 結する政治プロセス論。財政現象の数量的計測。公共経済学の独立化。2425

   2 「安上りの政府」論をめぐって

(1)アダムスミスの政府経費非生産性論 「安上りの政府」、政府経費支出範囲の限定
(2)井藤学説 強制獲得経済、租税収入調達論中心、経費面の質的評価批判
目的論的政策体系、財政学の経費論は教育上の必要にすぎず。
(3)木村学説 重商主義時代の政府経費の流通促進効果。
官房学における貨幣収入調達論(特権収入)との対比における自由資本主義体制下の無産的租税国家論。政府経費の発生、財政の消費家計性、社会的効用の最大化、経費の限界社会効用と租税収入の限界社会犠牲との一致。経費の社会的効用測定に参加。
(4)国民経済における効率的資源配分機能の重視 費用―便益分析による政府予算の決定。政治的要素に対する経済的要素、聖域論の拒否、絶対的評価に対する相対的評価。権利意識に対する費用意識。PPBS、ゼロベース予算の提唱。
個人価値と社会価値とを連結する政治過程、政治的決定費用の明確化。

     3 ケインズ的フィスカル・ポリシー論をめぐって

(1)ケインズの有効需要原理 (スミス的供拾サイド経済学との対比)
政府財政のミクロ的均衡よりは国民経済のマクロ的均衡、完全雇用目標。
公債発行による政府支出増加の是認、乗数効果による国民所得の上昇。
(2)井藤学説 ″強制獲得経済″にかかわる租税改革論からケインズ的フィスカル・ポリシー論ははみ出る。
完全雇用目標は財政政策目標とは別種。したがって、フィスカル・ポリシ1は財政的手段を用いるけれども、
財政政策とは独立の政策体系。
(3)木村学説 財政現象の歴史的三契機 (1)公共性(2)貨幣性(3)家計性 家計における収支均衡志向、家計的均衡を無視した赤字財政への疑問。
(4)Richard Musgrave,Theory of Public Finance,1959
財政の三つの機能‥資源配分機能(効率性)、所得分配機能、景気安定機能
資源配分機能の優位、資源の稀少性(費用)意識―政府予算の経済化、所得分配、景気安定への政治介入。

     4 課税の公平、所得課税・消費課税の妥当性をめぐって

(1)課税の公平基準‥利益説 犠牲説 犠牲の平等=公平、不公平税制の是正要求における水平的公平。消費税の逆進性主張における垂直的公平。
(2)井藤学説 社会最少犠牲→各種課税手段の限界社会費用均等原則。所得額が大なるに従い、社会価値小なる消費にあてられる。最高の所得部分より順次徴収すべし。貯蓄(資本形成資金) の社会価値に対する考慮、累進課税の緩和。
租税の目的−資本主義国家の経費の調達(租税の収入目的)。
課税の公平要求→逆進的消費税の拒否→歳人不足→租税国家の崩壊。
課税の公平目的がその収入目的に優先することは、資本主義国家の存立を危険にする矛盾。総合消費課税の
公平性(租税負担能力指標としての所得額、財産額・偶然利得額)。総合的経済力指標→年間消費額。
(3)木村学説主観的能力説(目的税的受益原理の否定)、直接課税の要件(1)徴税機構の整備(2)記帳技術の向上(3)納税倫理の昂揚(4)所得格差の拡大(9)家計と企業の分離、(4)(5)条件の歴史性、わが国においてとくに(5)の条件が所得課税の公平をあげるほど成熟しているか。
(4)所得捕捉の限界 租税負担能力の多面的、相互補完的捕捉、所得課税の理想性に対する疑問。
一般的消費課税の逆進性と公平性。
課税面の社会的費用と政府経費支出面での社会的便益
政府予算編成上のCostーBenefit Analysis PPBS、ZBB導入の可能性。