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■現在地:ホームリレーエッセイ

■リレーエッセイ

若き世代を良導すべき年配者の責任

安藤賢次(Jクラス)

私がESUJ(The English-Speaking Union of Japan日本英語交流連盟)の会員になって1年半が経過しました。ESUJは約百年前英国で発足した英語による国際交流の促進を目的とした非営利団体ESU(The English- Speaking Union)の日本組織です。学生・社会人を対象とした英語によるデイベート大会、在日各国大使や職員、日本人経営者・専門家等の英語による講演会など多彩な活動をしています。そのホームページに海外への発信コラムとして「日本からの意見」があり、英語・日本語双方で記載されています。経常的執筆者はジャーナリスト、大学教授等ですが、今回小生が投稿した一文が載りましたので、この場をお借りして同文を披瀝させていただきました。

我々世代の大方は会社生活を離れて自由な人生を歩み出しています。これからは、いままで出来なかったことを存分に謳歌すべく、各人が新たな人生に向かって邁進するのは大変結構なことだと思います。しかし一方において、自戒の念も込めて、年輩者として負っている責任を自覚し、その責任を果たさなければならない事を訴えてみたかった次第です。

The responsibility of the elderly for fostering the young generation

Japan now faces an unprecedentedly reverse-triangular demographic structure with a growing elderly bracket against withering numbers of the young generation. This leads to various social issues such as decreasing work forces or bloating budgetary medicare expenses in spite of diminishing tax revenues. So, the young generation is especially obliged to shoulder a heavy burden to support the old generation and the future Japan as a whole.

Such issues are all economic and numerical ones and I hope they could be managed someway and somehow in the long run. What matters else out of these demographic issues is more on the mental and ethical one. It is my strong belief that the swelling elderly also have the due responsibility to make Japan’s society better. The old, who have lived longer, are expected to have had more experiences and lessons from the life and society.

The problem is that the elderly themselves aren’t well conscious of the responsibility they are expected to perform. When we look at the society there is no single day without crimes such as parricides, infanticides, arsons, robberies, gun-shootings, frauds and so on. Well, they are the cases to be handled by lawenforcers, anyhow. But if we look at smaller and daily issues we often see a lot of improprieties. One casual occasion is the confrontation with youngsters in public. It is uncomfortable to see them behave rudely speaking loud, jostling each other or showing dowdily. The way they sit on the bench in the train shows little concern with other passengers standing in front of them.

It is in such occasions for the elderly to rightly exhibit their due responsibility. It used to be a respectable conduct to admonish inappropriate deeds in public. In fact the old society welcomed such disciplinary warnings. Rather, to behave decently in public was a tacit norm for everyone and, if failed, you were deserved to be admonished. In other words there was a consensus in the society as to what is good and what is bad. Some say you’d be injured someday if you dare admonish but it is a perfunctory advice by a no-doer. The upshot is that your initiative is almost always understood and accepted.

In the modern Japan’s society, however, there is hardly such a clear-cut criterion. Ambiguity, diversity, excessive freedom and inappropriate equality are prevailing. How awful such a society is where the old and young or the parents and children have equal rights in spite of de facto differences in many aspects! These days, the old usually prefer keeping silent against misdeeds, while some youngsters indulge themselves in whatever they want to do. But such irresponsible attitudes on both sides inevitably lead us to a worse society!

Obviously there needs courage for the old to execute the expected responsibility particularly in public. The first step to do, for example, should better casually say “Excuse me.” or “Sorry.” in the crowded place. It is natural to feel a bit hesitant if you are going to challenge strangers but the old should be courageous to take a step. It is also recommended to say so if you are going to dare do whatever you think right, for example, when you try to sit down on a 7-seater bench which is seated only by five or six passengers in the jammed train.

As told, the generational gap in thinking and behavior between the old and young keeps on widening in Japan. There should be a lot of reasons for it. Some would attribute it to the school education, lack of discipline at home, materialistic affluence, technological evolution and more. They are all correct but aren’t easy to be modified shortly. Here is one, however, to be taken instantly, which precisely lies on the shoulder of the individual elderly. There is a saying in Japan that a child grows looking at the back of his/her father. This simply tells that the old should behave rightly in the way that the young can learn something from. So, it is the time that the old should realize that they have the social responsibility and perform it with courage.

Written by Kenji Ando
August 4, 2006

若い世代を良導すべき年配者の責任

日本は今、若い世代の人口縮小と増大する年輩層というかつてない逆三角形の人口構造に直面している。この現象は労働人口の減少とか、歳入の減少に比べて医療費の増大など様々な社会問題を引き起こしている。故に、若い世代は年輩世代を支え、ひいては日本の将来をも支えるという重課を背負っている。

それらはいわば経済的、計量的問題なので長期的には何らかの方法でなんとかしのげるであろう。人口問題の及ぼす別の側面は精神的あるいは倫理的なものである。増大する年輩層は日本の社会を良くするための当然の責任を持つというのが私の信念だ。年輩者は長い人生を生きてきたのだから、人生や社会からより多くの経験や教訓を得てきたことが期待される。

問題は、年輩者自身が発揮することを期待されている責任を良く意識していないことだ。今の社会は、親殺し、子殺し、放火、強盗、銃による殺人、詐欺等々が起きない日が無い。とまれ、それらの犯罪は司直の手によって取り扱われることになる。しかし、もっと些細な日常に目を転ずると沢山の不品行を目にする。よくある場面は公共の場での若者達との遭遇だ。彼らが大声を出し、仲間同士でじゃれあったり、だらしない恰好をしたりして無作法に振舞うのは見苦しい。彼らが電車内で座っているのを見ると、前に立っている人にはほとんど関心を示していない。

このような時こそ年輩者は責任を発揮すべきだ。昔は公共の場での不品行をたしなめるのは尊ばれる行為だった。事実かつての社会はかかる教育的説諭を歓迎していた。むしろ,公共の場できちんと振舞うことは誰にとっても暗黙の規範だった。もしそれが守れないとその人は説諭されて当然だった。言いかえると、何が良くて何が悪いかに関しては社会の共通認識があった。他人に説諭したら身に危険が及びますよと忠告する人がいるがそれは不実行者のおざなりの忠告であって、結果的にはこちらの意思はほとんど相手に理解され、聞き入れてもらえる。

しかしながら現在の日本では、明快な判断基準がほとんどなくなっている。あいまいさ、多様性、過度の自由、不適切な平等がばっこしている。年輩者と若者、親と子が多くの面で事実上の違いを有しているにもかかわらず、同等の権利を持つものと扱われる社会は恐ろしいものだ。現実には年長者は不品行には沈黙し、ある種の若者はしたい放題のことをしている。しかし。双方のかかる無責任は社会を悪い方向に持っていくばかりだ。

年輩者が特に公共の場で期待される責任を発揮するには勇気がいることはよくわかる。手始めとして、人が群れる場などでは、「失礼します」とか「ごめんなさい」と気軽に言った方が良い。知らない人に声をかけるのはちょっと躊躇する気持ちはわかるが、年輩者は率先する勇気が欲しい。正しいと思ったらそれを実行することが望まれる、例えば、混雑した電車内で7人用座席に5−6人しか座っていなかった時に自分が座ろうとした時などだ。

結局のところ、日本では年輩者と若者との思考、行動の溝は広がりつづける。理由は沢山あろう。学校教育、家庭でのしつけ不足,商品の氾濫、技術進歩などなどをその理由にする人もいる。それらは皆正しいが短期に軌道修正は出来ない。しかし、すぐにとりかかれることがひとつある。それは優れて年輩者の双肩にかかっている。日本では「子は父親の背を見て育つ」という諺が有る。言わんとするところは、年輩者は若者がそこから何かを学ぶように行動せよということだ。だから今こそ年輩者は自らの社会的責任とその勇気ある実行を認識すべきである。

以上
    29 「農的生活をめざして」 後藤 守孝(Iクラス)
28 「三宅島緑化再生事業に参加して」 湯川 敏雄(Hクラス) 27 混声合唱団「響」チェコ演奏旅行記(最終回) 阿部 祐一(Iクラス)
26 混声合唱団「響」チェコ演奏旅行記(2) 阿部 祐一(Iクラス) 25 混声合唱団「響」チェコ演奏旅行記 阿部 祐一(Iクラス)
24 「天使のピアノと美智子皇后」 春本 榮三 (Iクラス) 23 水と水道のお話  中島 薫 (Cクラス)
22 「ヌシャガクの一杯」 吉澤 一成 (汽ラス) 21 「とても楽しい教授暮らし」 福島 清彦 (前期Dクラス 後期永原ゼミ)
20 −THE NORTH AMERICA−松本 正義(Eクラス) 19 旅を楽しみ、感じ、学び、思うこと 西村 周一(Lクラス)
18 バドミントンとの出会い、そして50年  杉本 伸之(Eクラス) 17 小唄雑感 月崎 博章(Dクラス)
16 人類の遺産(世界遺産)について 羽山 章一(Iクラス) 15 「坐禅の春秋」 柏田洋征(Iクラス)
14

「将棋と私」 井上 紘(Fクラス)

13 法律と「世間」あれこれ 川村 忠太郎(Kクラス)
12 若き世代を良導すべき年配者の責任 安藤 賢次(Jクラス) 11 よき時代の流れの中で 徳永 興亜(Gクラス)
10 中高年のデジタルディバイド 吉田 勝信(Fクラス) 9 「下流社会」 から見えてくるもの 國武 胤清(Gクラス)
8 森林インストラクターになって 佐藤 征男(Hクラス) 7 42年会誕生の頃 永井 孝彦(Cクラス)
6 「幹事職による役得」考 河井 征治(Gクラス) 5 「く・に・た・ち」・・あの頃のこと 岩下 久二男(Lクラス)
4 悠悠自適 増山 晴英 (Kクラス) 3 一枚の写真 高原 正靖(Lクラス)
2 アメージング・タイランド 檀上 正泰(Iクラス) 1 紀州のケンケンかつお 田所 保(Gクラス)
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