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●米国におけるセクハラ問題


(1)セクハラとは何か

 米国に在る企業にとってセクハラが重大な問題になっていることは論をまたない。ある調査では、既に係争中のセクハラ事件だけでも今後5年間に企業が負担しなければならないコストは10億ドルに上ると見積もられている。勿論、米国にある日系企業にとってもセクハラは他人事ではない。1996年に三菱自動車工業のイリノイ州ノーマル工場で500人を超える女性従業員からセクハラの訴えが起こされ、それに基づきEEOCが同社を起訴した事件は、未だ記憶に新しい。この事件での補償額は1億5千万ドルを超えたと見られている。
 しかし、セクハラ問題にいたずらに過敏になり過剰反応を起こして、例えばセクハラで加害者として名指しされた側を徹底的な調査なしに解雇したりすれば、逆に不当解雇で訴えられる。「適切な措置を迅速に講ずる」というのは、決して容易なことではない。
 合衆国最高裁がセクハラを初めて定義したのは Vinson 対 Meritor Savings Bank 訴訟の判決(1986年)の中でである。この判決で、合衆国最高裁はセクハラを1.雇用上の特典(昇給、昇進等)の見返りとして性的行為を要求すること、いわゆる見返りハラッスメント、2.「理性のある人間」ならば敵対的職場環境に自分が置かれていると思わざるを得ない、いわゆる敵対的職場ハラッスメント、と定義し、性別に基づく雇用上の差別を禁じた1964年人権法第7章の違反行為と規定した。(SUPREME COURT OF UNITED STATES No. 84-1979. Mritor Savings Bank, FSB v. Vinson et al.)
 見返りハラッスメントに関しては誤解が少ないであろう。しかし敵対的職場環境ハラッスメントに関しては、何がセクハラで、何がセクハラでないかの認定は容易ではない。合衆国最高裁は1993年の Harris(女性)対 Forklift System Inc. の判決の中で、何が敵対的職場ハラッスメントになりうるかを述べている。(SUPREME COURT OF UNITED STATES No. 92-1168 Harris v. Forklift System, Inc. Argued October 13, 1993)この事件は、機器レンタル会社である  Forklift System Inc. のマネージャーであった Harris が、同社社長から「女のお前に何が分かっているのだ」とか「我々は男のレンタルマネージャーが必要だ」とか「お前はどうしようもない女だ」といった侮蔑を、彼女の「止めて欲しい」との訴えにも関わらず、長期に亘って受けたため、同社を退職して敵対的職場環境を理由に同社を訴えたものである。連邦地裁は同社社長の言動が被害者に心理的障害を与える程のものでなかったとして彼女の訴えを退けた。連邦高裁(第6巡回審)もセクハラでの起訴が成立するためには心理的障害を受けたという証拠が必要であるとして控訴を棄却した。しかし、合衆国最高裁は、ハラッスメントが被害者の業務遂行を阻害し職業上の栄達に支障となるほど重大で継続的であるならば、たとえ心理的な障害を受けていなくても、性別に基づく雇用上の差別行為に該当する、被害者の受けた心理的な影響度は敵対的職場環境の関係要因ではあっても決定要因ではない、との判決を下した。この判決はハラッスメントが「理性的被害者に対する客観的ないやがらせ行為であり、且つ当該被害者によって主観的にいやがらせ行為である」と認識されれば、セクハラとして起訴しうることを明確にしたわけである。

(2)セクハラに関する誤解

 少し前のことであるが、弁護士のテレサ・エグラーは、「セクハラの神話と誤解」(Theresa Donahue Egler, "Sexual Harassment Myths and Misconceptions, New Jersey employment Law Letter January 1995)という解説を書いている。この解説はセクハラに関する誤解を解き、正しい理解を得るために有用であると思われるので、少し古い資料であるが、引用しつつ説明したい。(本件に関しては出版社の諒解を得ている)

a.性的行為が含まれていなくてもセクハラになりうる。
 一般的にはセクハラには当然性的行為が含まれていなければならないと考えられており、またEEOCが公にしている定義も「招かざるにも拘わらず性的に言い寄ったり、性的好意を要求したり、言語乃至態度で性的行動をとること」となっており、性的行為と密接に結びつけている。しかし最近の判例では例えば「被害者の顔に繰り返し葉巻の煙を吹き付けること」等、必ずしも性的行為と関係がないことでセクハラと認定されるケースが増えている。

b.招かざる(unwelcome)と非自発的(unvoluntary)とは別の意味である。
 多くの人が両者を同じ意味に考えているが、この二つの意味は異なる。職場での恋愛は物理的強制が伴わないという意味で自発的であっても、招かざる場合があり得る。上司と部下の関係のように部下の被害者が相手との人間関係を損ないたくない状況では、両者の力関係からみて強制的なのである。当事者双方が合意したかにみえる関係であっても、部下からすれば「職を守るために止むを得ない招かざる義務であった」と見なされ得るのである。招かざるか否かの判定に際し、法廷は被害者の行動を吟味す
る。初めに被害者の方から求め・誘ったことが立証されれば、招かざるとの認定はされないのが普通である。しかし被害者が「性的関係を持ちたくなかったが止むを得なかった」と主張することは比較的容易であるが、それに反証することは困難な場合が多い。それ故、上司と部下の恋愛関係は極めて危険で、一方が関係を断とうとして時に他方がセクハラ訴訟に持ち込む危険性が高い。

c.セクハラは加害者の側にイヤガラセをしようという意図がなくても認められる。多くのセクハラケースで加害者は「自分はそんなつもりはなかった」とか「あれはほんの冗談であった」と言っている。しかし、加害者の意図が何であったかということはセクハラの認定には関係がない。「理性的な人間であればその行為をどのように理解するか」がセクハラ認定を決めるのである。
 また、男と女では受け取り方が違うことを認識することは重要である。多くの男性にとって無害と考えられている行為が、逆に多くの女性に侮辱と映る場合がある。男女間で認識に相違があることを踏まえ、裁判所は一つの基準を採用している。それは、「同じ性での理性的な人間(a reasonable person with same sex)であればどのように判断するか」という基準である。女性から起こされたセクハラの訴えに関しては、理性のある女性であれば訴えられた行為をどのように判断するかが認定の決め手となる。

d.雇用者は、セクハラの加害者が被害者の部下や同僚である場合にも法的責任を負う。
 昇進・昇給等で特別な恩恵を与える代わりに性的関係を迫る「見返りセクハラ」の場合は、加害者は被害者に業務上の影響力を持ちうる広い意味での上司であることが前提になる。しかし、敵対的職場環境セクハラの場合、部下が上司にイヤガラセをする(例えば、男性の部下が女性の上司に対していたたまれなくなるようなイヤガラセをする)ことも含まれ、部下や同僚がセクハラの加害者に名指しされる場合でも雇用者は免責にならない。

e.雇用者は弟三者のセクハラにも責任を負う
 雇用者は、顧客や出入り業者といった第三者が被雇用者に対して起こすセクハラに関しても責任がある。加害者が雇用者の重要な顧客である場合の対応は、商売のことを考えると難しいが、しかし見過ごされてよいわけではない。雇用者はセクハラ行為を止めさせるべく適切な処置を講じなければならないのである。

(3)企業はセクハラを防ぐために何をしなければならないか

1.セクハラ禁止の基本姿勢の表明

 当社内ではセクハラを絶対に許さないという文書による表明(written statement)は必要不可欠である。そんなことは当たり前で今更表明することではない、という考え方は米国では通らない。「セクハラ禁止の基本姿勢を表明していない企業は、暗黙の内にセクハラを容認している」と見なされても仕方がない。EEOCは企業がセクハラに対する断固たる基本姿勢を従業員に常に周知させることを奨励している。ステートメントには、a.いかなるセクハラも許さないという基本姿勢を述べると共に、b.セクハラ行為が起こった場合の申し立ての手続き、特に加害者が上司である場合に誰に申し立てをしたらよいか、c.被害者のプライバシーが守られること、d.申し立て者(被害者・証人)は報復行為から守られること、e.申し立ては迅速に調査され、調査の結果申し立てが立証されれば改善措置が取られること、必要な場合は加害者の懲罰を含む適切な措置が取られること、等が含まれる必要がある。

2.セクハラ申し立てへの対処

 セクハラの申し立てがなされた場合、調査をするのはセクハラ対処の訓練を受けた人事担当の管理職者となるのが普通であるが、「公正」という点で企業内の誰からも信頼を得ているような人物でなければならない。たとえ社長が調査の対象になる場合であっても公正な調査をしうることが条件である。適材が企業内に居ない場合は外部のコンサルタントに依頼するということになろう。
申し立ての内容が事実とは限らない。申し立てた側、加害者と名指しされた側、双方の人格を傷つけないように注意しながら事実を究明していくのは簡単なことではない。しかし、この段階で対処を誤れば、被害者をEEOCに追いやるか、加害者として名指しされた側から名誉毀損で訴えられる危険が待ち受けている。セクハラの申し立てが発生し企業が調査を開始した場合、調査が終了するまで「加害者」と「被害者」を別々の部門に離す暫定措置を取る必要がある。しかし、当事者特に被害者が不当だと思うような配置転換は避けなければならない。
 申し立て者に、報復行為から守ると約束することは絶対に必要である。例えば申し立ての内容が「上司からデートに誘われて悩んでいる」というような段階であれば、上司に対してそのようなアプローチを止めさせ、一方人事考課を報復行為と混同されないために別々の部署に配転する。できれば双方が顔を合わせないように別のオフィスに勤務させることが望ましい。勿論、配転自体が報復と理解されないような配慮が必要である。調査の初期の段階でセクハラ行為が広範囲に行われており、あるいは役員クラスまで加害者に含まれていることが判明した場合、社内の調査/コンサルタントによる調査を中断し、直ちに弁護士に相談する必要がある。弁護士の調査は「弁護士・依頼者間の秘匿特権」Attorney/Client Priviledgeに守られているからである。

3.迅速な処置

 企業はセクハラの申し立てが正当か否かを速やかに調査し、調査結果を書面で申し立て者に通知する。セクハラの申し立ての正当性が立証されれば加害者に対して懲戒処分をとることになるが、処分の前に加害者側に申し開きの機会が与えられなければならない。処分は企業がセクハラを許さないことを示すに足る厳しいものである必要があるが、注意を要するのは、企業がセクハラの程度に比較して厳しすぎる懲罰をした場合、加害者側から新たな訴訟を受ける可能性があることである。セクハラを起こした従業員は解雇されねばならないなどという法律も判例もないのである。セクハラの取り扱いが如何に難しいものであるかがお分かり頂けるであろう。
 企業が適切な処置を迅速に講じたために勝訴したのは、Saxton v. AT&Tの高裁(第7巡回審)の判決でである。(PERSONNEL JOURNAL, March 1994 p30) Marcia Saxton(以下彼女)はAT&Tの国際本部に勤務していた際、スーパーバイザー(以下彼)から勤務時間後に飲みに誘われた。彼女の訴えによれば、彼は彼女の膝の上に手を置いたり、大腿部を擦ったり、キスしようとし、そのような行為が彼女が「ストップ!」と言って彼を押しのけるまで、続いた。その後、彼女は仕事の上での彼の自分に対する態度が変わり不利な取り扱いを受けていることを感じ、社内手続きに基づきセクハラの申し立てを行った。彼の直属長は直ちに調査を行い、必ずしもセクハラが行われた証拠は認められないが、彼が彼女と個人的な話しをした際の彼の判断力がお粗末であったことを認め、彼を別の部署に移し、更に別のビルに配置転換した。その後暫くして彼女が休暇をとり、定められた休暇期間が過ぎた後も出社しなかった時、AT&Tは彼女を解雇した。彼女は1964年人権法第7章に基づきAT&Tを相手取って訴訟を起こしたが、連邦地裁はAT&Tの言い分を認め、第7巡回審も「彼女はAT&Tがセクハラを防ぐための充分な措置を取らなかったことを立証し得ていない」として彼女の訴えを退けた。第7巡回審はAT&Tの取った措置は適切で時宜を得ており、彼女の申し立てたセクハラの再発を防ぐに充分の内容であると判断したのである。

4.調停(Mediation)

 不幸にしてセクハラが発生した場合の対応策として、第三者による調停(Mediation)に解決を委ねる方法がある。調停は拘束力がない点で仲裁(Arbitration)とは異なるが、当事者の名誉を守り、企業の負担を軽減する上で有効であり、セクハラ問題での成功率は90パーセントを超えると言われている。(調停への解決委任は、当事者の自発的な賛同が必要であるから、当事者の賛同が得られた時点で成功率が高いのは当然とも言える。逆に、セクハラの程度が酷い場合やセクハラが職場に蔓延している場合には調停は必ずしも有効でないとも考えられている。) 企業の人事担当者としては、調停へ委ねる案を双方に示して受け入れられた場合、調停者を選定し必要な情報を渡すだけでセクハラ問題のゴタゴタから開放される。後は、調停者が当事者と面談し、その知識と経験に基づいて双方が納得する解決策を示し、最終的には合意文書を作成する。企業が調停による解決を望ましいとする方針を持っているのであれば、従業員に対し、前もってその手続きに関するオリエンテーションをしておくことが望ましい。そのような企業の努力が、セクハラの起こりにくい職場環境を形成していくのである。

5.社内教育

 セクハラを許さないというステートメントを出し、セクハラ苦情に関する申し立てのルールを作っただけでは、セクハラ撲滅に充分積極的であるとは見なされないかもしれない。そこで、セクハラに関する定期的な社内教育がどうしても必要である。セクハラに関する社内教育といっても特にコンサルタントに依頼する必要はない。企業トップがセクハラを許さないという姿勢を明確にすることが何よりも大切なのである。こうした措置はセクハラの発生を防ぐと同時に、不幸にしてセクハラが起こり企業が訴訟を受けた際、企業が常日頃セクハラ問題にどのように対処していたかを証明するために重要である。セクハラに関する企業のそれまでの姿勢がどうであったかは、裁判において必ず問われるからである。
 セクハラに関する社内教育で特に重要な対象は管理職者(マネージャー/スーパーバイザー)である。管理職者は、a.担当のセクションを敵対的職場環境から護る責任があると共に、b.セクハラが発生した場合に第一に対処すべき地位におり、そしてc.見返りセクハラの「加害者」になる可能性があるからである。企業は管理職者に対して繰り返しセクハラを防ぐべきことと、万一セクハラの被害が申し立てられた場合にどのように対処すべきかをインプットしなければならない。
 一般従業員に対しても教育する必要がある。敵対的職場環境セクハラに無知で、職場で猥褻な話題を平気で持ち出す神経は、企業にとって極めて危険である。敵対的職場環境はなによりも従業員の労働意欲を減退させ、生産性を低下させるのである。

6.上司と部下のデートの禁止

 上司と部下の恋愛関係がセクハラ訴訟へと転化する可能性は小さくない。それを未然に防ぐために上司と部下のデートを就業規則で禁止している企業もある。しかし、就業規則で禁止するという手段を採った場合、デートの事例が発覚すれば当事者を処罰しなければならなくなる。しかし、今度は当事者から「企業に就業外の時間の使い方まで規制する権利はない」と訴えられる可能性が出てくる。企業としてはどのようにすべきであろうか。
 私は、就業規則によるデートの禁止とういことまでせず、しかし上司と部下のデートは望ましくないことを社内教育で明確に伝えることが最善の方法であると考える。これであれば処罰までせずに済むし、一方セクハラの訴えが起こった場合、企業としては防止すべき措置をとってきたと主張できるからである。

7.セクハラ保険

 セクハラ訴訟で被った費用・賠償金を補填する保険もある。しかし、当該企業にセクハラ訴訟が起こる可能性が高ければ、保険料も高くなる。また、企業がセクハラ保険を掛けていることが従業員の知るところとなり、訴訟を誘発することにもなりかねない。私は、セクハラ保険を掛けるよりも社内教育に投資することの方が遥かに有効で賢明であると考える。

(4)同性間のセクハラ

 合衆国最高裁は1998年3月4日の判決で、同性間の性的嫌がらせが、1964年人権法 (Civil Rights Act of 1964) 第7章が禁じている性差別に該当しうるという見解を示した。同性間の性的嫌がらせが同法の違反に該当するか否かに関してはこれまで合衆国最高裁の判例がなく、一審・控訴審レベルの判決はまちまちで最高裁の見解が待たれていた。Antonio Scalia 最高裁判事によって書かれた判決文により事件と判決の概要を報告したい。(SUPREME COURT OF THE UNITED STATES, No.96-568, Joseph Oncale, Petitioner v. Sundowner OffshoreServices, Incorporated, et al. )
 原告 Joseph Oncale はメキシコ湾の海上石油掘削リグを操業する Sundowner Offshore Services に雑役労務員として雇われ、総員8名の内の1人としてリグで勤務していた。他の7名の内の直属の上司を含む3名は、彼の身体に触るなど性的な暴行を加え、その内の1名はレイプすると脅かした。彼はリグの総責任者に状況を訴えたが、何の改善もなされなかった。彼はレイプの脅しが現実のものになることを恐れて会社を辞め、雇用上の性差別を理由に会社と3人の同僚を連邦地裁に訴えた。一審の連邦地裁は「男性である原告が男性の同僚の嫌がらせを受けたことは人権法第7章の訴訟原因にならないとして訴えを退けた。控訴審の連邦高裁は一審の判決を支持し、控訴を棄却した。
 同性間に発生した性的嫌がらせが1964年人権法第7章が禁じている雇用上の性的差別行為に該当するか否かに関する地裁・高裁レベルの判決は三つに分けられる。第一は、本件の地裁・高裁判決が示したように該当しない、というものである。第二は、加害者が同性愛者である場合にのみ(すなわち、性的嫌がらせが加害者の性的欲望に起因する場合にのみ)該当するというものである。そして、第三は、加害者の性的志向の如何に拘わらず該当するというものである。今回の最高裁の判決は第三の立場に立ち、一審及び控訴審の判決を破棄したものである。
 昨年9月ー12月の4回に亘って本ニューズレター「1964年人権法の成立」で報告したとうり、同法7章は雇用上の人種差別を禁止する目的で上程され、下院審議の過程で雇用上の性差別禁止条項が挿入されたもので、男性の男性に対する性的嫌がらせは想定していない。しかし最高裁は制定法が網羅する範囲は制定当時立法府が想定したことを超えるのは当然であるとした上で、制定法上の文言と最高裁の過去の判例とに鑑み同性間の嫌がらせが同法7章に該当しないという正当な理由は全くない、とした。
 同性間の嫌がらせに関する法的責任を認めることは同法7章を一般的行動規範 (General Civility Code) に変えてしまうことになるという被告側の主張に対しては、その危険が異性間の場合より同性間の方が大きいわけではないとした上で、同法7章が職場における全ての言葉乃至身体での嫌がらせを禁じているわけでなく性的差別を禁じているという法規上の必要条件に注意をすれば充分回避できるとしている。
 又今回の判決は、「プロフットボールの試合で競技場に出ていく選手の尻をコーチが叩くことは、同じコーチが自分のオフィスで秘書(女性であれ男性であれ)に同じことをするのとは意味が違う」とし、特定の言動が発生した状況を考慮することが重要であるとした上で、常識と社会的背景への理解があれば裁判所・陪審員が同性間の一般的な悪ふざけと性的虐待とを見分けることは充分可能である、と結論づけている。
 しかし、職場の同性間での嫌がらせ行為が性差別に基づいているか否かの判断は実際には難しい。元々は性的な意味を持っているが現在では下品な日常的会話に使われるようになった言葉は少なくない。職場でそのような言葉が頻繁に男性上司から男性部下に発せられた場合、それを一般的悪ふざけとするか性的虐待とするかの判断は容易ではない。今回の最高裁判決にも拘わらず、今後共混乱が続くのは避けられないと思われる。

(5)セクハラに関する合衆国最高裁の新たな判決

 合衆国最高裁は1998年6月22日にセクハラに関する3件の訴訟について判決を下した。その内、Gebser v. Lago Vista Independent School District は高校教師の生徒に対するセクハラに関してSchool District Office の責任が問われたものであり、私企業でのセクハラではないので、残る2件について判決の概要と問題点を報告したい。

 第一は、Faragher v. City of Boca Raton, FL である。Beth Ann Faragher は1985年から1990年の間、フロリダ州ボカレイトン市公園・保養局の海洋安全課でパートタイムの海浜ライフガードとして勤務していた。(彼女の主張によれば)彼女は同じ海浜でライフガードをしていた3人の男性スーパーバイザーの内二人から、侮蔑的な言葉を受けたり、胸を触られたり、「俺とデートするか、いやなら1年間トイレの掃除だけしていろ」と言われた。別の女性ライフガードも同様の仕打ちを受けていた。彼女は3人目のスーパーバイザー(セクハラとは無関係)に事態を報告したが、このスーパーバイザーは他の二人に注意を喚起することも、市当局に報告することもしなかった。1992年、彼女は市当局が「敵対的職場環境」を放置した責任があるとして、二人のスーパーバイザーと共に市当局を市民権法第7章に基づき連邦地裁に提訴した。地裁は彼女の主張を認め、市当局に責任ありとした。市は第11巡回審に控訴した。第11巡回審は、市当局はセクハラを厳禁するポリシーを採用しており、セクハラをした二人のスーパーバイザーと市との雇用関係がセクハラ行為を助長させたわけではなく、また市当局は二人のセクハラを知る立場になかったとし、二人のスーパーバイザーによるセクハラは個人的な悪ふざけであり市当局は責任なしとする逆転判決を出した。彼女は合衆国最高裁に上告した。
 最高裁(多数意見)は、雇用者はスーパーバイザーを審査し、訓練し、業績を評価する立場にあり、従ってスーパーバイザーの不法行為を防ぐ立場にあるわけであるから、スーパーバイザーの権力悪用が従業員の勤務環境を悪化した時の、雇用者の責任を過小評価すべきでないとした。また、雇用者が従業員からの訴訟を弁護するための基準として、a.雇用者がセクハラを防ぐためと万一起こった場合に根絶するための適切な処置をとっていること、b.被害者が雇用者の設けた防止規定に沿って行動していないが、もし規定どうりに行動していればセクハラ行為が最初の段階で根絶され得たこと、を証明できれば雇用者の責任は問われない、とした。しかし、同基準を本件に適用した場合、市はセクハラ厳禁ポリシーを採用しているにも拘わらず、ポリシーを全ての市関連施設に配布して正しく掲示されているかどうかの検査をしていないこと、上司(スーパーバイザー)がセクハラの加害者であった場合に上司とは別の誰に事態を報告できるかが明確になっていなかったこと、から市当局は弁護基準を満たしていないと判断した。最高裁は原判決を破棄し、差し戻した。
 本件の最高裁の判断のポイントは、セクハラ厳禁ポリシーが単に就業規則の中に入っているだけでなく、会社施設内の全ての場所に掲示され、全ての従業員に注意を喚起する必要があること、万一セクハラが起こったら(加害者が被害者の上司である場合も含め)被害者が誰に連絡したらよいかが明示され、事態が直ちに改善されうる体制がとられている必要のあること、を明確にしたことである。そのような観点からセクハラ対策を見直してみる必要があろう。      
 もう一つの判決は、Burlington Industries, Inc. v. Ellerth である。本セクハラ訴訟の原告Ellerthは1993年3月から翌年5月まで、Burlington のシカゴ地区のセールスとして勤務した。起訴状によれば、その間、彼女は上司であるSlowikから度重なるセクハラを被った。Slowikは同社の中間管理者、部のVice Presiden(註.米国の銀行の支店次長がVice President のタイトルを持つのと同様で、日本企業の副社長とは全く異なる)としてニューヨークからシカゴの営業活動を管理・監督する地位にあり、会社の基本方針に関する決定には与っていないが、自分の部署に関しての採用・昇進に関する実質的な決定権を持っていた。シカゴのセールスオフィスには2人が勤務しており、シカゴにいるEllerth の直属の上司がニューヨークのSlowikに報告する体制になっていた。
 Slowikはシカゴに出張に来てはEllerthを飲みに誘って、「堅物過ぎてはこの仕事に向かないよ」と言ってみたり、入社後1年経って昇進が検討された時には自分が昇進に関する決定権を持っていることをちらつかせながら、彼女の膝を触ったりした。EllerthはSlowikの性的な歩み寄りを全て拒絶したが昇進した。1994年5月、彼女は業務上の電話をSlowikに掛けたが、彼は真面目に取り合わずに「今日はちゃんと短いスカートを履いているかい?セールスをするにはその方がずっと効果的だよ」等と返答するだけであった。
 Ellerthは退職し、3週間後にSlowikの態度が原因で退職した旨の手紙を会社宛に出した。しかし、彼女は在職中はSlowikの彼女に対する行為に関し、シカゴにいる直属の上司を含めて誰にも報告していなかった。同年10月、彼女はBurlingtonを、そのセクハラと擬制解雇constructive dischargeが人権法7章に違反しているとして連邦地裁に訴えた。
 地裁はBurlingtonに対する簡略裁判(summary judgement)を認め、Slowikの言動が敵対的職場環境を作ったと見なしうる程ひどくしつこいものであったと認定したが、雇用主Burlingtonはセクハラが行われていたことを知らなかったし、原告Ellerthが社内の苦情処理手続きによって報告しなかった以上知りうる立場になかったとした。原告が、もし社内の苦情処理手続きで報告していれば防げたであろうことを報告しなかった以上雇用主は免責される、と判断した。擬制解雇についても原告の訴えを却下した。
 高裁(第7巡回審)は所属判事が全員参加する法廷で地裁判決を破棄する決定を下したが、何を以て判断するかにつての意見の一致はなく、八つの異なる意見が述べられた。斯かる事情に鑑み、合衆国最高裁は裁量上訴(certiorari)を認めた。
 最高裁の判決(多数意見)について報告する前に、トーマス判事(スカリア判事同調)による少数意見を紹介したい。少数意見によれば、スーパーバイザー(中間管理職者)が部下に対して見返りセクハラを起こし、性的に言い寄り・拒絶された報復として人事上の不利益を当該部下に対して与えた場合、スーパーバイザーは雇用者の代理として斯かる人事上の決定をしたわけで、雇用者の使用者責任はまぎれもなくある。一方、スーパーバイザーによる敵対的職場環境セクハラに関しては、雇用者側に過失があった場合(セクハラが起こっていることを知っていたか、当然知りうる状況にいながら改善措置をとらなかった場合)にのみ、雇用者は有責となる。本件で従業員Ellerth(原告被害者)は、スーパーバイザーからの性的言い寄りを拒絶しても人事上の不利益を被らなかった。また、Ellerthは同社がセクハラ禁止の方針をもち、セクハラが起こった場合の報告手続きを規定していることを知っていたにも関わらず、自分に起こったセクハラを報告しなかった。斯かる事実に鑑み、同社がスーパーバイザーの行為に関して責任ありとすることはできない、というのが少数意見である。
 ケネディ判事によって書かれた多数意見は、企業とスーパーバイザーの関係をより重視する。スーパーバイザーは人事権を持っているという意味で、部下に対し企業を代理する存在である、と規定し、基本的に企業はスーパーバイザーが起こした不正行為、すなわち見返りセクハラと敵対的職場環境セクハラの双方に使用者責任を負う、とした。もしも、セクハラの被害者が人事上の不利益(解雇・降格・減給・不本意な異動等)を被っていたとしたら、企業には積極的抗弁の余地がなく、無条件に使用者責任を問われる。
 本判決により、被害者が人事上の不利益を被っていない場合でも雇用者は敵対的職場環境セクハラの責任を問われるわけであるが、多数意見は、企業は次の2点を立証することによって抗弁しうる、としている。すなわち、a.企業がセクハラ行為を防止し且つ迅速に改善するための妥当な措置を講じていること、b.原告被害者が、企業が設定したセクハラ防止措置・改善措置を、正当な理由なしに利用することを怠ったこと、である。しかし、少数意見が批判するように、具体的に何をもって上記2点を立証するかの定義は必ずしも明確になっていない。

 オフィスラブの悲しい結末がセクハラ訴訟となって企業に降りかかることもあろうし、仕事は出来るが女癖が悪いという従業員を雇ったために訴訟に巻き込まれることもあろう。1991年市民権法によってセクハラ事件の原告がPunitive Damage(懲罰的損害賠償)の請求権を手に入れたことが企業のセクハラ関係のコストを大幅に引き上げた。企業としては膨大な賠償金や弁護士費用の支払いという事態を避けるため、しっかりした対策を立てる必要がある。セクハラ対策の確立されている企業でも、セクハラ訴訟は必ずしも避けられていないが、その対策の故に裁判において勝訴していることを過去の実例は示している。

 

後藤 浩 hiroshigoto@mercury.ne.jp

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