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●雇用における差別の禁止

(1)性による差別の禁止

 最近は日本においても企業における男女差別に対する批判が高まり、男女雇用均等に向かって進んでいるが、実現度は米国とは比較にならない。米国では雇用機会を男女の別なく開くことは絶対に必要である。
米国においても女性の権利が当初から認められていたわけではない。女性参政権は1920年の憲法改正(修正第19条)まで認められていなかった。キリスト教の影響の強かった米国において聖書の記事(例えばパウロのテモテへの第一の手紙:2章11−13節、「女は静かにしていて、万事につけ従順に教を学ぶがよい。女が教えたり、男の上に立ったりすることを私は許さない。むしろ、静かにしているべきである。なぜなら、アダムが先に造られ、それからエバが造られたからである」)が文字通りに受け取られたことも男女同権の実現を遅らせた。
 しかし1964年人権法の成立で雇用における男女機会均等が認められ、女性がそれまで男性の独占していた職場・地位にどんどん進出していった。1991年人権法では懲罰的損害賠償請求権が認められ、女性への偏見を捨てきれない雇用者への訴訟は急増した。
 それでは、男女差別に関する具体的訴訟を見てみたい。

 ワシントン州最高裁は1995年に、雇用関係の不当労働行為の認定において、人種・性別・年齢といった要因が主要要因(Substantial Factor)であれば、たとえ決定要因(Determining Factor)でなくても、不当労働行為との認定がなされる、との判決を下した。それまでは、決定要因説が常識であったから、これは画期的な判決である。
 原告ゲイル・マッケイは1988年11月にエイコーン高級家具会社に販売員として入社したが、同社社長から経費節減を理由に退職を迫られ、1992年1月に退職した。彼女が退職した直後、同社は男性の元従業員を再雇用した。1992年5月彼女は同社をRCW49.60.180(2)に基づき、女性であるが故の不当解雇として訴訟した。(註:RCW49.60.180(2);年齢、性別、婚姻、人種、信条、肌の色、出身国、知覚・精神・肉体的障害、盲導犬の使用を理由として解雇あるいは雇用を拒否することは、雇用者の不当労働行為である)
 本件は先ず1994年5月、キングカウンティ上級裁判所において陪審員裁判によって審理された。裁判において原告は同社の男性販売員が女性販売員より優遇されていることを主張した。売れ行きが下降した時に原告の顧客を男性に引き継ぐように指示されたこと、男性販売員に限り自動車電話を与えられていることは同社社長も認めた。
 また原告は同社では半裸の女性の写真が壁に掛けられていたり、社長が時々女性を侮蔑的表現で呼んだりするなど、同社が敵対的職場環境であったと主張した。さらに原告は、同社社長が推薦状の中で彼女を「彼女ほど家具の知識があり、有能な販売能力を持った”女性”を知らない」と書いたり、「売れ行きが回復しても彼女を再雇用しない。なぜなら”女性”は高級家具を売ることが出来ないからだ」と言ったことを女性差別の証拠として提出した。
 
一方同社社長は、彼女を解雇した本当の理由は経費節減のためでなく、彼女の勤務態度と販売成績が芳しくなかったと判断したためであること、彼女の勤務態度が悪いことは彼女が同社製品の価格が高いことに対する否定的なコメントをすることに表れており、この悪い勤務態度が悪い販売成績になってはねかえっている、と証言した。
 最後に原告側は「陪審員は、もし性別が解雇の”主要要因”であれば原告に有利な判決を下すべく指示されるべき」と主張し、会社側は「陪審員は性別が解雇の”決定要因”と判断される場合にのみ原告有利の判決を下すべく指示されるべき」と主張した。長時間の議論の末、裁判長は会社側の主張を受け入れて”決定要因”か否かの判断を下すべき指示を陪審員に与えた。また陪審員から出された主要要因/決定要因の定義の質問に対して「”決定要因”か否かの判断に際しては、性別だけが解雇の動機であったという認定をする必要はないが、性別が解雇に際して考慮されたというだけでは不十分であり、もし原告が男性であったとしたら解雇されなかったという判断に立たなければならない」と答えた。陪審員は会社勝訴の判決を下した。
 原告側は裁判長が”決定要因基準”を適用したのは適切でなかったとして裁判のやり直しを申請し、キングカンティ上級裁判所が申請を却下すると、本件の見直しを州最高裁に請願した。
 
 州最高裁は、一審において会社側が列挙した決定要因基準が採られたとされる判例を吟味した結果、1件を除いて主要要因基準/決定要因基準の判断がなされているわけではない、更に決定要因基準であるべきとの判断がなされた1件についても、その判断根拠が示されていないとし、雇用に関する事項で差別がなされたか否かの判断基準として決定要因基準を斥け、主要要因基準を採ることとした、のである。州最高裁が斯かる決定をしたのは、ワシントン州法が差別行為の根絶を目指しており、そのためには従業員にとって立証することが困難な決定要因基準という高いハードルを設定すべきでない、という認識に立ったためであった。そして決定要因基準に立った一審の判決を破棄し、主要要因基準に立って審理がなされるべく裁判のやり直しを命じたのである。
 この判決に対しては、マドセン州最高裁判事の少数意見のように、主要要因基準の採用は実際には正当な理由で解雇された従業員にも差別を口実とした補償を与える道を開くものであり、差別行為を行っていない雇用者に多大な損害をもたらしかねない著しく不当な変更であって容認できない、という批判もある。しかし、この判決には米国社会において不当差別を払拭するという強い意志が表明されている。不当差別の立証責任が原告側にあることを確認した合衆国最高裁の判決(1993年)は、司法が不当差別に対する姿勢を緩めたことを意味するわけでは決してないのである。法律事務所Perkins Coieの調査によれば、1995年にワシントン州で裁判が行われた雇用関係の訴訟事件は15件あり、その内9件が従業員に有利な判決を下し、雇用者に支払いが命じられた補償額の平均は、(1件で9百万ドルという例を除いても)、47万ドルに上る。雇用機会均等の精神を遵守することは米国にある企業にとって絶対に必要なことなのである。

(2)年齢による差別の禁止

 在米日系企業が神経質になる問題の一つがAge Discriminationである。米国での事業の草創期には功績を上げた従業員がその後に導入されたシステムに全く適応せず、その待遇と業務遂行能力のバランスが取れないが、企業としてはAge Discriminationの訴訟が怖くて何の手段も取れない、という事態は日系企業において珍しくない。しかし、効率的で競争力のある組織を目指すならば、訴訟を避けた上で問題の解決を図ることを考えざるを得まい。
 雇用における年齢による差別を禁止する連邦法(Age Discrimination in Employment Act, ADEA)は、1967年12月15日に成立し、その180日後から施行されている。(註、1964年人権法第7章は、年齢は対象にしていない) 
 本法は1978年と1986年に一部改定されて現在に至っている。概要は次の通りである。

1.本法の中心は、雇用者・人材斡旋業者・労働組合が採用・解雇・労働条件・昇進・といった雇用に関わる事項において、年齢に基づく差別行為を行うことを禁止していることである。具体的条文は次の通り。

第4条a項:雇用者が次の行為をすることは違法である。
    (1)その年齢の故に、採用を拒否し・解雇し・賃金その他の労働条件を差別すること。
    (2)従業員をその年齢の故に、雇用機会を剥奪したり不利になるような制限・隔離・分類を行うこと。
      b項:人材斡旋業者が年齢の故に雇用の紹介を怠ったり差別すること、年齢に基づいて雇用の紹           介先を分類したり、区別することは違法である。
      c項:労働組合が年齢の故に会員資格から除外したり、除名することは違法である。

2.対象となる年齢は1967年の成立時では「40歳以上、65歳以下」であったが、1978年の改訂で上限が70歳に引き上げられ、更に1986年の改定では上限が撤廃された。なお、エグゼクティブに対しては65歳、大学教授等高等教育従事者に対しては70歳の定年を設定することは違法ではない。

3.本法における「雇用者」は1967年では「25人以上」の従業員を雇っている者とされたが、その後「20人以上」に改定されている。

4.雇用者が米国の雇用者の影響下にない外国人である場合、本法は適用されない。すなわち、米国市民が外国企業と直接に雇用契約を結び、当該外国企業が米国企業の支配下にないのであれば、適用除外になる。しかし、日系企業が米国に設立した現地法人は「米国企業」であり、当然本法の下にある。

 本法律は具体的事例にどのように適用されるのであろうか。
 合衆国最高裁は1996年4月1日、O'Conner v. Consolidated Coinの判決の中で、年齢による差別の認定に関する判断基準を示した。以下は本事件の経緯と判決である。
 James O'Conner(以下原告)はConsolidated Coin Caterers Corporation(以下被告)に1978年から勤務していたが、1990年8月に解雇された。解雇された時点で原告は56歳であったが、原告に替わって雇われた従業員は40歳であった。原告は解雇がADEA(Age Discrimination in Employment Act)に違反するとして連邦地裁(NC州)に告訴した。被告は、原告の起訴内容が起訴要件を満たしていない(註:交替者が原告と同じく保護されるべき年齢層に属しているという事実は、原告が年齢による差別を受けなかったことを意味するという主張)として事実審理なしの判決(Summary Judgement)を申請し、地裁はそれを認定した。原告は控訴した。
 控訴審(第4巡回審)は、人種差別に関するPrima Facie Case(一応被告に有利な事件)が成立するために原告が立証すべき条件を年齢による差別訴訟に当てはめた場合の4条件を、1.原告がADEAで保護される年齢層に入っていること、2.原告が解雇/降格されたこと、3.解雇/降格時に原告は雇用者の求める水準で業務を遂行していたこと、4.原告が解雇/降格された後に、その職に就いた者は、原告と同等の能力を持ち且つ保護されるべき年齢層に属さないこと、とした上で、本件では第4の条件が満たされていないとして地裁の判断を支持し、控訴を却下した。原告は最高裁に上告した。
 最高裁はADEAは「従業員を40歳以上であるが故に差別することを禁止しているのではなく、従業員を年齢の故に差別することを禁じているのであって、ただし保護すべき年齢層を40歳以上に限っているだけである」とした上で、「40歳が39歳に交替させられる方が56歳が40歳に交替させられるよりも差別が大きいということにはならない」とした。56歳と40歳が共に保護されるべき年齢層に属するとしても、その交替は年齢による差別に基づく可能性が高いと考える方が自然であるというのである。年齢による差別訴訟においては「交替者が保護されるべき年齢層に属するか否かが問題なのではなく、交替者と交替させられた者との間に相当の年齢の開きがあるか否かが問題なのである」として、控訴審の判決を破棄し、本件を差し戻した。
 それでは、ADEA適用の対象になる40歳以上の役員・従業員については本人が自分から退職を申し出るか、役員定年の許される65歳に達しない限り、雇用を続けなければならないのであろうか。コスト競争力を高めようとしても、能力が待遇に見合っていない役員・従業員を、ADEAに基づいて訴訟を起こされる危険性があるという懸念により、辞めさせることはできないのであろうか。
 最高裁はHazen Paper Co. et al v. Bigginsの判決(1993年)の中で次のように述べている。「年齢による差別の本質は、年輩の従業員が、生産性と競争力は年取るにつれて低下するという誤解の故に、解雇されることにある。雇用者は、従業員の生産性といった指標を、年齢を以て測ってはならない。雇用者の動機が全く年齢以外の要因による場合は、生産性と競争力が年齢と共に低下するという不正確で忌まわしい定型概念は消滅する」この判決は、最高裁がADEAに基づく違法差別の訴訟は「年齢」が雇用者の意志決定において決定的な役割をはたしたことの立証を伴っていなければならないことを示した、と解釈されている。(Arthur F. Silvergeld and Wark B. Tuvin,"Supreme Court Decisions favor Employers, reaffirm Employee's Trial Burden of Proving Unlawful Discrimination" (Employment Relations Today, Autumn 1993)
 
 違法な差別行為は勿論根絶されなければならない。しかしこの判決によって、能力が待遇に全く見合っていない役員・従業員を、ただADEAの保護する年齢層であるという根拠だけで、雇用し続けなければならない理由は全くない、ことは確認されたと言えよう。
 ただし、解職・解雇を実施するに際しては、慎重と配慮が必要である。日系企業であれば、一方で駐在員(派遣員)を増やしながら他方で米国人を減らそうとすれば、人種差別を理由とする訴訟を覚悟せねばなるまい。先ず「あるべき組織図」を設定し、一つ一つの職務についてジョブプロファイルと待遇を決め、それぞれの職務に「能力」という判断基準に基づいて適材を当てはめる。どの職務にも該当しなかった役員・従業員に対して会社は何を考えて誰をどの職務に配置したかを説明し、異議申し立ての機会も与えた上で、解雇(形式上は退職)を実施するということであれば、訴訟を受ける可能性は非常に小さくなり、万一訴訟を受けても勝訴できよう。

(3)人種による差別の禁止

 米国において人種による差別行為は違法である。勿論、雇用において人種に基づく差別行為を行うことは違法である。そのことは誰しもが理解している。それでは、具体的にどのように人種問題での訴訟が起こされるのであろうか。
 初めに、シェル石油での人種差別訴訟に関してみてみたい。
 1979年9月27日、EEOC(Equal Employment Opportunity Commission)のコミッショナーは、シェル石油が雇用における人種や性別等による差別行為を禁止している1964年人権法第7章に違反し、黒人と女性に対し雇用・昇進・訓練等人事において差別行為を行っているとして、同社を告発した。この告発は特に同社のWood River精油所を対象にしており、同精油所における人事関係書類の提出を求めたが、違法な人事行為がなされた日付を特定していなかった。
註:人権法第7章7条(以下、707条)はEEOCに差別人事をしている雇用者に対する立ち入り調査と告発の権限を与え、706条は告発の様式と内容、雇用者に告発を通告する仕方、について規定している。
 シェル石油は、精油所の従業員の黒人および女性の比率と精油所の在る地域での黒人および女性労働者の比率とを比較し、組織的差別行為が成されていないことは明白であると主張、それを裏付ける統計資料を提出したが、人事関係の書類の提出を拒否した。
 EEOCはシェル石油側からの人事関係書類がなければ同社の主張の評価はできないとし、更に組織的人事差別がなされているか否か疑いを掛けるに際してのEEOCの判断基準を記載したマニュアルを引用した。マニュアルには差別の疑いのある雇用者として「賃金の低い職種よりも、賃金の高い職種においてマイノリティの割合が極端に小さい企業」との記述があり、シェル石油は従業員全体の中での黒人・女性の割合と地域との比較が彼らの主張を裏付けるわけではないとの警戒心を強め、人事資料の提出を拒み続けた。
 EEOCは証拠書類提出命令を伴う召喚状を出し、1976年以降の人事関係書類の提出を指示した。
 これに対しシェル石油は、EEOCが召還を行うだけの充分な証拠を示していない、特に違法な人事がいつ行われたについて明示していない等、706条の要件が満たされていないとして、連邦地裁にEEOCの召還取り消しと立ち入り調査の禁止を求める訴訟を起こした。
 EEOCは少なくとも1965年7月2日(人権法の発効日)から現在に至るまで違法な人事がなされていると告発の一部を修正したが、シェル石油がなおも資料提出を拒んだため、逆に召還の強制を求めて連邦地裁に提訴した。
 地裁は、EEOCの立ち入り調査を拒もうとしたシェル石油の訴えを却下した。「706条は、EEOCの調査を開始するための必要条件であり、確たる証拠があることを証明することを求めているわけではない」という見解に基づいている。シェル石油は控訴した。
 控訴審は判決を逆転させた。「706条は違法行為が行われたおおよその時期や違法行為を証拠立てる客観的・統計的根拠を述べることを義務づけているが、EEOCはそれを行っていない」という判断に立った逆転判決であった。EEOCは合衆国最高裁に上告した。
 
合衆国最高裁の判決は1984年4月2日に下った。マーシャル判事によって読み上げられた判決の主旨は次の通りである。
1.EEOC(雇用機会均等監視局)の調査権は、他の連邦政府機関と異なり、告発と関連する証拠にしか及んでいない。
(註.FTC(連邦公正取引委員会)やWHA(労働基準監督署)は不正行為の訴えがあるか否かに拘わらず、記録を調べ、召喚状を発行し得る)これは人権法第7章が上院で審議された際に意図的に付けられた制限であり、従って雇用者への通知は調査を開始するに際しての必要条件である。
2.控訴審は雇用者への通知内容が不十分であると結論づけたわけであるが、その結論の評価に入る前に、三つのことを念頭に入れる必要がある。第一は、雇用に関する差別の告発は法廷訴訟を起こす訴えとは異なる、ということである。EEOCはその調査を通じて得た情報に基づいてのみ不法な雇用慣行が行われているか否かを判断することができるのである。第二は、EEOCの調査権限を不当に狭めてはならない、ということである。EEOCは雇用者に対する申し立てに関連する如何なる物証をも調査することができる。第三は、雇用に関する差別は複雑でしかも広く蔓延っており、これを根絶するためには徹底的な治療方法が採られなければならない、ということである。EEOCの持つ権限は、EEOCに対する規制よりも高く評価されなければならない。控訴審の見解では、EEOCは組織的差別がなされていることを立証する統計資料の提出を義務付けられていることになっている。しかし、実際にはEEOCは雇用者の人事関係資料を調査する以前の段階では差別が行われたという事例を見出すことは不可能である。従って、EEOCが雇用者への通知の際に統計資料をも提出しなければならないとすれば、EEOCの調査能力を著しく阻害する。
しかし、EEOCはただ単に人権法第7章違反がなされていると申し立てればよいというわけではない。EEOCは、a.差別を受けているグループを特定し、b.そのグループが排除されている職種、c.いかなる仕方で差別がなされているか、d.差別が行われた期間、を明らかにする必要がある。今回、EEOCは、黒人と女性が、それぞれ6職種と7職種から排除されており、採用・昇進・訓練・雇用条件の点で差別を受け、少なくとも人権法の発効日から差別慣行がなされていることを述べており、必要条件が満たされていると考える。
3.人権法第7章の目的は雇用における差別を根絶することにある。その目的から通知義務の本来の意図を考察すれば、a.雇用者に差別行為が訴えられていることを通知すること。b.通知することにより雇用者が自発的に差別行為を止めるよう促すこと、c.通知することにより、EEOCの調査が及ぶかもしれない人事関係の資料が不注意に破棄されないように注意を喚起することにある、と結論付けられる。

 以上に鑑み、最高裁はEEOCのシェル石油に対する通告は必要条件を満たしていると判断する。よって、控訴審の判決は破棄され、今後の手続きは本判決にそって進められるものとする。

 企業経営者は「我々は人種偏見を全く持っていない。能力に基づいて採用・昇進・昇給の査定を行ったところが、たまたまマネージャークラス全員が特定の人種の男性に偏ったのである」と主張する。しかし、能力の査定に基づくと主張するのであれば、その能力査定がどのようなプロセスを経てなされたかを客観的に示せるデータが必要である。能力査定が客観的データなしに企業経営者の恣意的な能力評価にのみ基づくとすれば、「客観的に正しい能力査定」とは言えず、雇用関係で人種差別が全くなかったことの証明にはならない。

 もう一件人種差別訴訟に関して報告したい。
 石油会社テキサコで昇進を巡る人種差別訴訟が起こり、ボイコット運動へと発展し、最終的に同社は多額の賠償金を払い、人事改善計画を示して和解に応じざるを得なかった事件が1996年に米国企業を震撼させた。テキサコで働く多数の黒人技術者・中間管理職者が「人種の故に昇進の機会が閉ざされている」という訴訟を起こした。この問題の処理に関して経営上層部による会議が開かれた(1994年)が、出席者の一人が隠しテープレコーダーでこの会議の模様を録音し、後に本人がテキサコを解雇された時、録音テープを上記訴訟の原告側弁護士に渡した。テープには会議の出席者達が黒人を蔑称で呼んでいる会話が録音されており、同社上層部が黒人に対する差別感情を持っていることが言い逃れできない事実として明らかになった。ジェシー・ジャクソン師を初めとする公民権活動家は強い抗議の声を上げ、テキサコのガスステーションのボイコット運動も開始され、同社の株価は下がり、同社は5年間に亘って1億7千5百万ドルの賠償金を払うことで決着せざるを得なくなった。
 マイノリティを登用する努力をしてきたテキサコの人事関係者達は、テープが明るみに出た時、「何故だ!」と絶句したと言われる。しかし、人事関係者が雇用機会均等に向けて努力しても、それだけで人々の人種差別感情が消えるわけではない。同社上層部はマイノリティの出席していない会議の席で本心をそのまま口に出したが、たまたま隠しテープレコーダーで録音されたので万事窮しただけである。人種差別の感情を未だもっている人がテキサコだけにいるわけではない。他の多くの企業も同様の訴訟を受ける危険性を抱えている。インターネットには「不法差別の廉で企業を訴訟する方法」などというホームページもあると聞く。
 しかし、問題の解決は無理してマイノリティを実力以上のポジションに引き上げることではない。訴訟が怖いが故にマイノリティを無理して実力以上に厚遇するようなことは健全な人事政策ではなく、無理して昇進したマイノリティも長く居着かないのが普通である。問題は、「組織の多様化」が米国企業にとって利益をもたらすことを企業経営者が理解するか否か、である。マイノリティと呼ばれているグループ(黒人、ヒスパニック、アジア系等)の経済力は飛躍的に増大している。このグループが求めている製品・サービスを的確に把握し・供給しうるかどうかは企業の損益に重大な影響を及ぼす。管理職者は白人男性でなければならないと考える企業が、その点を正しく理解しているとは思えない。またこのグループにとって、人種的偏見がなく実力があればマイノリティにも採用・昇進の機会が与えられている企業は、好感を持たれるはずである。白人男性に拘る企業は訴訟の危険性に晒されているだけでなく、マイノリティグループのニーズが何かを理解せず、みすみすビジネスチャンスを逃している可能性が高い、と言わざるをえない。

(4)同性愛者に対する差別の禁止

 同性愛は、雇用における差別禁止の対象になっているのであろうか。度々本欄でも引用している1964年人権法第7章は、「性的志向」を差別禁止の対象とはしていない。同性愛であるが故の差別の禁止を明記している連邦法はない。しかし、カリフォルニアやニュージャジーなどの州、ニューヨーク・ロサンゼルス・シカゴを含む多くの郡や市のレベルでは、性的志向に基づく雇用上の差別を禁止している。
 
 同性愛者を雇いたくない、という雇用者もいよう。主に二つの理由が考えられる。
1.同性愛は人種とか性別と異なり、本人の選択による。同性愛者は差別を受けることを覚悟した上で、敢えて特殊な性的志向に走ったのではなかったか。
2.同性愛者にはHIVウィルス感染者が多い。職場をHIVの汚染の危険から守るためには、同性愛者を雇うわけにはいかない。
  しかしながら、このような理由は差別を正当化する根拠になり得ない。同性愛が「選択」によるのか「生まれつき」によるのか、議論の余地が大いにあろうが、たとえ選択によるとしても、例えば宗教による差別が禁止されているように、同性愛が差別されてもよいということにはならない。また、同性愛とHIVの因果関係は喧伝されているが、実際には異性間の性的交渉でHIVが感染する事例の方が多いとされている。
 ある弁護士(Jonathan A. Segal)は、この問題に関し、雇用者としてとるべき対策を次のように述べている。("The Unprotected Minority?" HR Magazine, February 1995)

第1段階、職場での差別行為を禁止している就業規則・社内通達等の中に、「性的志向に基づく差別の禁止」を明記する。
第2段階、管理職者に次の内容の訓練を行う
 1.管理職者は性的志向に基づいて採用・昇進等の人事に関する決定をすることができないこと、性的志向に基づ く差別を行えば彼ら自身が解雇を含む懲罰の対象となることを理解させる。
 2.面接の際の質問等のガイダンスを行い、性的志向に関する質問と見なされるような質問を避けるように指導する。
 3.管理職者は自らが差別行為を行わないだけでなく、部下が同性愛者にとって不愉快な行為を禁止するように指導する。
第3段階、異性愛を前提とするような社内の用語・福利等を改める。
第4段階、会社は個人のライフスタイルとしての同性愛を理解させると共に、同性愛者イコールHIV感染者というような誤解を払拭する。

 自分と異なるライフスタイルを持つ人間を理解することは容易ではない。特に性的志向が異なる人間を理解することは難しい。しかし、今後の米国において、同性愛は隠れた志向でなく、堂々と自己主張するようになることは明らかであろう。職場でそれにどのように対処するかを考えることは極めて重要となる。嫌悪感を表に出したり、差別ととられる発言をすれば、訴訟を受けることにもなりかねないのである。自分と異なるライフスタイルを理解する努力をし、職場での差別行為・嫌がらせ行為を払拭することは、企業経営者として必要なことなのである。


後藤 浩 hiroshigoto@mercury.ne.jp

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