如水会ネット(JFN)

●日系企業と雇用機会均等法

(ここで言う「雇用機会均等法」とは、人種・肌の色・宗教・性別・出身国による雇用上の差別を禁止したCivil rights Act of 1964, Chapter 7、年齢による雇用上の差別を禁止したAge Discrimination in Employment Act of 1967、身体障害の有無による雇用上の差別を禁止したAmericans with Disabilities Act of 1990等、雇用に関する差別行為を禁止している連邦法を総称である)

 日系企業が巻き込まれてきた雇用均等法に関する大きなトラブルは可成りの数に上る。賠償請求の合計金額は膨大な数字となろう。
 雇用機会均等法を巡るトラブルは、二つに大別される。
第一は日本人と米国人の間の差別に関するもので、第二は米国人の取り扱いにおける、人種・性別・年齢等に基づく差別に関するものである。

 第一のトラブルは、在米日系企業には日本人と米国人に別々に適用される二通りの昇進基準と二通りの賃金基準が存在すると思われていることから発生する。日系企業で働く米国人の一般的理解によれば、日本人はせいぜい5年任期のローテーション人事で駐在し、米国で仕事をするに必要な業務知識も余りないのに、日々の業務の重要部分をコントロールしている。重要な会議では日本語を使い、決定権を全て握っている。 一方、米国人は業務上の決定に際しては日本人の判断を仰がなければならず、いわば二級市民の取り扱いしか受けていない、ということになる。また日本人駐在員の生活水準は同じ職務レベルの米国人より高く、米国人の賃金体系とは異なる賃金・ベネフィットを得ていると疑われている。

 第二のトラブルが発生する危険性も大きい。日本で長い間女性従業員を補助職者として考えてきた人達、黒人やヒスパニックに関して問題発言をする政治家と同様の見方をしてきた人達が、頭を切り替えずに米国に来て人事を扱うことは極めて危険である。多人種国家の何かを知らず、米国の雇用法に関して無知のまま人事問題と取り組むことは、目隠しして地雷原を歩くようなもので、幸いこれまで問題が起きなかったとしても何時地雷に触れるか分からないと考えるべきである。
 米国で企業の経営するからには、認識を全く新たにする必要がある。人事に関する間違いは高くつく。補償的損害賠償しか認められていない日本と異なり、米国では企業が従業員を差別的に扱ったことが立証されれば、懲罰的損害賠償の請求権が認められている(1991年修正人権法)ため、請求金額が膨大になるためである。  
 
 それでは、どのような日系企業が米国人から見て合格点を得られているのであろうか。少し古い例で恐縮であるが、Across the Boardの1991年10月号に同誌の元編集長であったLaura Stanleyが「米国化に成功した日本企業」として、富士通・バンカル(現Union Bank of California)・日産の例を挙げ、また駐在員教育の例として三井物産に言及しているので紹介したい。

 Fujitsu Americaの5千人の従業員の内、日本人は2%を占めるだけで、しかも彼らは管理職者でなく、技術者である。同社及び子会社の役員には、多くの米国人が選任され、その中には女性も多い、役員室においては、英語だけが用いられている。しかし、同社も初めからそうであったわけではない。紆余曲折の後「米国化」が必要であるとの結論に達し、日本人管理職者を減らし、女性やマイノリティを登用し、全ての従業員が社内では英語で会話するということにし、そして米国人管理職者の権限を強化したのである。
 Bank of Californiaが三菱銀行に買収された時、日本的経営が導入されて昇進の機会が失われると特に女性従業員が懸念したが、実際にはそのようなことは一切起こらず、役員の大半は米国人で女性/黒人/ヒスパニックも上級管理職者に登用され、日本人役員は米国のバンキングプラクティスを学ぶことを指示された。
 日産自動車がスマーナに工場を創った時、石原社長(当時)は最高責任者に米国人を選び、正面入り口に巨大な星条旗を掲げさせた。4千人の従業員の内、日本人は技術系の20人だけで、女性・マイノリティは他の米国企業におけるのと全く同様の待遇を受けた。日産自動車は、ほぼ完全な米国企業を創設しようとしたのであった。
 三井物産は初めて米国に駐在する従業員に米国社会・文化・制度・法律等に関する教育を徹底的に行う。語学だけが重要なのではない。かかる知識なしに米国に赴任することは本人にとっても企業にとっても極めて危険だからである。

 歴史的にみて、在米日系現地法人の人事政策の分岐点となったのは、米国住友商事会社とそのNY本社の従業員の間の係争に関する1982年の合衆国最高裁の判決であったと思われる。在米日系現地法人の人事政策は基本的に同判決の下にあると考えなければならないが、判決から16年以上経ってこの判決が忘れられている面も無きにしも非ずで、この際同判決を取り上げて報告することも無駄ではあるまい。
 この事件は、米国住友商事の女性従業員(元従業員も含む、日本人女性一人を除いて残りは米国人)が、同社の役員・管理職・営業職が日本人の男性だけで占められているのは1964年人権法(Civil Rights Act of 1964)に違反するとして集団代表訴訟(クラスアクション)を起こしたものである。
  註:人権法第7章第3条a項は、雇用者が、人種・肌の色・性別・宗教・出身国を事由として不採用・解雇・賃金等労働条件・その他雇用上の特典に関 して差別すること、また同様の事由で従業員を制限・隔離・分類することは 違法であると定めている。

 一方、米国住友商事は、1.出身国(National Origin)ではなく、国籍(Citizenship)に基づく差別は人権法に違反していない、2.同社の人事その他の諸慣行は1953年日米友好通商航海条約(以下条約)第8条1項によって容認されている、として訴訟が却下されるべきことを主張した。
  註:条約第8条1項:いずれの一方の締約国の国民及び会社も、他方の締約 国の領域内において、自己が選んだ会計士その他の技術者、高給職員、弁護 士、代理を業とする者その他の専門家を用いることを許される。更に、当該 国民及び会社は、当該領域内における自己の企業又は自己が財政的利益を有 する企業の企画及び運営に関し、もっぱら自己のために検査、監督及び技術 的調査を行わせ、並びに自己に報告させるという特定の目的で、当該領域内 で自由職業に従事するための資格のいかんを問わず、会計士その他の技術者 を用いることを許される。

 一審の連邦地裁の判決は、米国住友商事が米国法人であって条約第8条1項の規定の下にないとし人権法の免責を求めた同社の主張を退け、また国籍による差別が出身国に基づく差別と同様の影響をもたらす場合には人権法は国籍による差別をも禁止しているとして同社の他の主張をも退けたが、条約の解釈に関しては中間上訴を認めた。
 控訴審は、条約第8条1項が米国で設立された外国企業の子会社の慣行を容認することを意図しているとの判断を下し、米国住友商事の主張を一部認めた。米国住友商事側と原告側双方は合衆国最高裁に上告した。

 1982年6月15日、合衆国最高裁バーガー首席判事は下記要旨の判決を申し渡した。

1.条約22条3項に定義により、米国住友商事はNY州の法規によって設立された米国企業であって、日本企業ではない。条約8条1項は、米国において営業する日本企業にのみ適用される規定で、米国住友商事はこの規定の適用を主張することができない。日本の外務省・米国の国務省もこの見解に立っている。条約締結の当事者双方が明白な条約文言を文言通り解釈する立場をとる限り、我々もその解釈に従うべきである。
  註:条約第22条3項: この条約において「会社」とは、有限責任のもので あるかどうかを問わず、また、金銭的利益を目的とするものであるかどうか を問わず、社団法人、組合、会社その他の団体をいう。いずれか一方の締約 国の領域内で関係法令に基づいて成立した会社は、当該締約国の会社と認められ、且つ、その法律上の地位を他方の締約国の領域内で認められる。

2.米国住友商事は条約の本来の意図は子会社を設立地とは無関係に網羅するとの見解に立ち、控訴審もそれを認めているが、我々はそれに同意できない。条約の目的は、外国企業に国内企業以上の権利を与えることでなく、外国企業が外国籍という理由で差別待遇を受けることなく同等の立場で営業活動をする権利を保証することにある。条約の目的は、外国企業に内国民待遇を与え、米国内において子会社を設立することを許可することで満たされている。この子会社は、条約の目的に鑑み、設立された国の企業と見なされるべきであって、国内企業の権利と義務とを有する。米国企業であることは日本企業の支店であることと比べて不利な立場にあるという訳では決してない。財産の処分・特許権の取得・輸出入業務・支払い・送金といった業務において、子会社(米国企業)は、支店以上の権利を享受しうる。支店が子会社より有利な唯一の点は条約第8条1項によって与えられている権利である。

3.控訴審判決は破棄され、差し戻し法廷での審理は、我々の見解に基づいて行われるものとする。

 この判決の主旨は、日本企業の米国子会社がその親子関係に基づく特殊性を主張することができない、ということである。米国で設立された現地法人は米国企業であって完全に米法の下にある。その認識なしに現地法人の経営をしようとするば、法的危険を含め大きな経営上の困難に遭遇するであろう。

後藤 浩 hiroshigoto@mercury.ne.jp

上のページに戻る


禁無断転載