如水会ネット(JFN)

●従業員の解雇

 米国における日系企業は従業員の解雇に際し必要以上に慎重である場合が多い。米人従業員を懲罰したり解雇することは事実上できないと考えている日系企業も少なくない。米国において人種・宗教・性・年齢・身体障害の有無等に基づく差別行為が厳禁されていることは事実である。しかし、勤務態度が悪く、能力が地位・待遇に見合っていない従業員を懲罰したり、最終的には解雇することを制限する法律は全くないのである。勿論、企業が勤務態度や勤務成績が悪いことを理由に解雇したことに対し、解雇された従業員から不当差別であるとして訴えられる可能性は小さくない。従って、雇用者が従業員を解雇する権利を持っていることを明確にすること、実際の解雇に際しては周到な準備と必要な手続きをきちんと踏んでいくことが重要である。

(1)従業員の解雇と就業規則

 従業員を人種・性別・年齢・身体障害の有無等の理由に基づいて差別的に解雇することはできないし、従業員に対して違法行為(例えば、公害物質の廃棄に関し、虚偽の報告をすること等)を要求し、従業員が拒否したことを理由に解雇することもできない。
しかし、勤務成績・勤務態度が悪い従業員を雇用者が解雇できないとする法律は、連邦法であれ、州法であれ少なくとも現時点では存在しない。
 雇用者が従業員を解雇する権利を保有していることをより明確にするためには、就業規則 (Employee Handbook) に雇用が at will であり、雇用者の自由裁量によって雇用関係が解約され得る旨を明記することが重要である。就業規則に at will statement が明記されていない場合、解雇された従業員が「会社との間に”暗黙の雇用契約関係”(implied contractual relationship) が存在しており、一方的解雇はこの暗黙の雇用契約に違反している」と主張することが可能になってくる。National Institute of Business Management は、暗黙の雇用関係が存在したと見做され、随意の( at will) 解雇権が失われた幾つかの例を示している。(Special Report 239A, Fire at will)

*就業規則が試用期間中 (probationary period) に通告無しで解雇できることを記載しており、その結果、試用期間を終了した従業員は「永久雇用」(permanent) と見なされた例。
*管理職マニュアルが従業員の解雇を「正当な理由があった場合のみ」と記載しており、「正当な理由」が狭義に解釈された例
*ストックオプションプランが、雇用の継続を入会の資格要件にしており、プランの参加者が雇用の継続を主張し認められた例
*面接者が志願者に対し、業務を遂行する限りその職に留まれる旨を約束していた例
  
 企業が従業員を採用する際、採用通知(Letter of Offer) に雇用が at will であることを明示する必要がある。もし、Letter of Offerに at will statement が入っていれば、(万一、マネージャーが面接時に不用意な発言をしていたとしても、それを撤回し)、雇用が at will であることを承知の上で採用されたと主張できる。勿論、Letter of Offer には、オッファーの受諾を意味する被採用者の署名が必要である。
 就業規則は、Letter of Offer で確認された at will statement を再確認することになる。従業員の受領を確認する署名が必要であるし、退職時には返却するという手続きも望ましい。
 企業が従業員からの訴訟を避けるために必要なことは、文書をきちんと作成し、保存することである。そのことを念頭に社内の文書を点検することは極めて重要である。 

(2)解雇の手順

 勤務態度・勤務成績の悪い従業員に対して企業はどのような措置を取ったら良いであろうか。Menphis の法律事務所 Miller & Martin は次の4段階を踏むことを提案している。第1段階:口頭による警告、第2段階:問題が続くなら、次は文書による警告、第3段階:更に問題が続くなら、「問題が直ちに矯正されない場合には解雇する」との文書による警告,第4段階:矯正ない場合は解雇、である。(Tennessee Employment Law Update, 1995)

1.口頭による警告

 口頭による警告は勿論当該従業員が警告を受けていることを充分理解するように本人を会議室等に呼んで、与えなければ意味がない。警告により、一定期間(6ヶ月が妥当)問題が矯正されれば、問題は一応解決したと見なし、たとえ1年後に問題が再発しるようなことがあっても、再び口頭による警告から始める。重要なことは、企業の取った措置を文書にすることである。口頭による警告では、当該従業員には文書は渡らないが、企業内部では記録を保存しなければならない。従業員が警告内容に異論ある場合、従業員の見解を文書によって提出させる。後になって、あの時「ああ言った、こう言った」という反論を防ぐためである。

2.文書による警告(第一回)

 口頭による警告によって問題が矯正されない場合、文書による警告(Written Warning)が出されることになる。文書による警告には、次の事項は最低含まれて居なければならない。
 a.日付 
 b.作成者の署名 
 c.当該従業員の勤務態度の問題・勤務成績の問題・その他警告の目的である従業員としての欠陥にかんする詳しい記述
 d.当該従業員の勤務態度・勤務成績等が改善しない場合、次の段階として企業が何をするか
 e.当該従業員の署名(当該従業員が署名を拒否した場合、証人を立てて当該従業員が署名を拒否した旨の証明を行う)

3.文書による警告(第2回)

 1度の文書による警告で矯正せれない場合、直ちに解雇に進むのではなく、2度文書による警告を出すのがよいであろう。仮に不当解雇の訴えがなされた場合、企業としては解雇に際して慎重に考慮したこと・当該従業員に反省させる時間を充分与えたことを主張することができる。

4.解雇に際しチェックするべきポイント

 a.就業規則に則って解雇手続きが進められているか
 b.解雇を正当化する文書がきちんと保存されているか
 c.差別・不当解雇の主張の可能性を徹底的に糾明する
   年齢は?/妊娠しているか?/身体障害を持っているか?持っているのであれば、身体障害者が働ける職場環境(手摺り・スロープ等)であったか?/黒人か? 解雇後に黒人の比率はどうなるか?/最近労災を申請したか?/最近セクハラや差別 の苦情・抗議を申し立てているか?
 d.交替者をどうするか。(黒人の交替に白人、女性の交替に男性、年輩者の交替に若年者、身体障害者の交替に健全者を雇うということになれば、差別による不当解雇の疑いを完全に払拭することは難しい。逆に、黒人の交替に黒人、女性の交替に女性というように解雇する従業員と同じクラスから交替者を雇えば、不当解雇の主張は極めて難しくなる。
 
5.解雇通告

 a.会社側からは複数が出席する
 b.余計な前書きを述べず、単刀直入に解雇問題に入る
 c.解雇が決定したことと何故解雇するかの理由を明確に伝える。当該従業員とは議論せず、解雇するに至ったことの弁解をしない。 
 d.従業員が得られるベネフィット(もしあれば)を説明する
 e.長々と話をしない。特に「君も若かった時は良く仕事をしてくれたのに」というような弁明は最悪である。
 f.従業員に話をする機会を与え、何を言ったかを、出来るだけ細かにメモを取りながら、注意深く聞く。
 g.出来るだけ丁寧に応対し、相手を怒らせない。
 h.従業員が何を言ったか、(何を言わなかったか)を文書にする。
 i.企業側出席者は文書(記録)に署名する

6.解雇の衝撃を和らげる手段

 解雇の衝撃を和らげる手段を取れば、不当解雇の訴えを受ける可能性も小さくなる。
 a.Termination Agreement を締結する。その場合、退職金(severance pay)を支払う必要が出てくる。また、法で定められた考慮期間 (waiting period, 通常21日間)と変更期間 (revocation period, 通常7日間)待つ必要がある。しかし、この方法は長期間勤務した従業員を辞めさせる場合に極めて有効と考えられている。退職合意書における権利放棄の要件については後述する。
 b.自己都合退職の形式をとる。なお、自己都合退職の形式をとっても、後になって「強制された」として企業を告訴することは可能である。しかし、自己都合退職の形式をとれば次の就職の障害とはならず、衝撃を和らげる一助になるであろう。

(3)退職合意書における権利放棄の要件

 最近合衆国最高裁でAgreement の中の訴訟する権利の放棄(Waiver)に関して新たな判決(Dolores M. Oubre, Petitionare v. Entergy Operations, Inc. on writ of certiorari to the United States Court of Appeals for the Fifth Circuit. No.96-1291, Argued 11/12/97 Decided 01/26/98)が出たので報告したい。
 OWBPA(Older Workers Benefit Protection Act,USC626条f項)は、Age Discrimination に関する訴訟する権利の放棄に関して次ぎ要件を定めている。
 1. 権利放棄が、当事者が理解できる文書での合意書の一部であること
 2. 権利放棄が特にADEA(Age Discrimination in Employment Act)のもとでの権利の放棄であることを明記していること。(註.雇用に関する一般的権利の放棄ではない)
 3. 権利放棄した後に発生した権利に関しては訴訟することができること
 4. 従業員は権利放棄の対価として、既得の権利(註.就業規則に定められた退職金等)以外に特別退職金を受けること
 5. 合意書締結に先だって弁護士と相談するべきことを文書で勧告されるべきこと
 6. 21日以上の考慮期間が与えられるべきこと
 7. 7日以上の撤回可能期間が与えられるべきこと

 本件では老齢の女性従業員が会社から退職合意書を提示されたが、その中には「全ての権利請求、要求、訴訟、訴訟原因を放棄することに同意すること」が書かれていたが、特にADEAへの言及はなく、考慮期間は14日で、撤回可能期間の条項も含まれていなかった。彼女は弁護士と協議後、合意書に調印し、6000ドルの特別退職金を受け取った後、ADEAが禁じている雇用における年齢差別違反の廉で会社を訴えた。
 会社は、合意書がOWBPAの定める要件を満たしていないことは認めたが、訴訟を起こす前に権利放棄の対価である特別退職金を返還すべきであり、それが返還されていない以上、訴訟は無効であると主張した。連邦地裁及び連邦高裁は、原告は特別退職金を受け取ることによってOWBPAの定める要件を満たしていない権利放棄を確証したとして会社の主張を認めた。原告は最高裁に上告した。
 ケネディ最高裁判事によって書かれた多数意見は、連邦議会が老齢従業員の権利と恩典を擁護するために権利放棄に関して厳しい制約を含むOWBPAを成立させたのであるから、裁判所としては同法の規定を文字どおりに解釈せざるを得ないとした上で、本件における権利放棄がOWBPAの要件を満たしていない以上、当該従業員がADEAにおける訴訟権利を放棄したとは認められないと判断した。また、権利放棄の対価としての特別退職金が返還されていない以上訴訟は無効であるという会社の主張に対しては、退職した従業員が受け取った退職金を使ってしまい訴訟を起こす時点で返還できない場合は多々あり、返還されていないから訴訟は無効という主張は制定法の実際的運用を著しく阻害する、として原判決を破棄した。(スカリア、トーマス、レンキィストの3判事は,OWBPAが権利放棄の対価を訴訟前に返還されなければならないという原則を無効にしているわけではないとして反対意見(少数意見)を提出した。)
 退職合意書の作成に関しては、関連法規の要件を満たしているか否かの厳密な照合が必要である。

 

後藤 浩 hiroshigoto@mercury.ne.jp

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