東京クヮルテットを聴く
2012年2月23日 本多

会場について:
 2012年2月21日に東京クヮルテット演奏会を聴いた。会場は神奈川県民ホールではなく、神奈川県民音楽堂である。昭和29年設立と歴史があるとのことだが、その後改築があったのだろう、それほど古さは感じさせない。演奏後、第一ヴァイオリン奏者は、「ここは音響効果がよい」と言っていた。
桜木町駅からみなとみらいを背に坂道をのぼったこの界隈は、落ち着いたオフィスおよび住宅街である。近くの猥雑な日ノ出町とは対照的だ。

東京クヮルテットについて:
 さて東京クヮルテットの生演奏を聴くのは初めてである。過去CDで聴いたことがあるが、メンバーは今回と同じではない。1969年創立当時は、原田幸一郎(第一ヴァイオリン)、名倉淑子(第二ヴァイオリン)、磯村和英(ヴィオラ)、原田禎夫(チェロ)とすべて日本人だったが、74年に第二ヴァイオリンが池田菊衛に、第一ヴァイオリンはその後二人をはさんで今はカナダ人マーティン・ヴィーバーに、チェロはイギリス人クライン・グリーンスミスに代わった。東京クヮルテットは活動の当初からハイドンを得意としてきたが、音楽評論家の吉田秀和によれば、「傑出した第一ヴァイオリン(原田のこと)がいたからだ」。
今回聴いてみて、マーティン・ヴィーバーはうまいが、もうすこし丸みが欲しい、といのが僕の感想である。磯村・池田はさすがいきがあっている。この2人の日本人は来年夏に東京クヮルテットを離れるが、後任は果たして日本人だろうか?


1973

現在(15 年前に県民音楽堂来演の際、磯村も池田も黒髪だったと言う)
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活動拠点は「東京」でなくニューヨークで、世界的に名声を誇る。岩波書店の月刊誌「図書」2012年2月号で、丸谷才一は「東京の名前を広めた、今までの全メンバーに名誉都民として年金を与えたら」と提案している。それはともかく、丸谷のもう一つの提案、「主婦友社の元カザルスホールを東京都が日大から買い上げて東京クヮルテット記念ホールと改称しては」は傾聴に値いしよう。

弦楽四重奏について:
もとは友達や家族で演奏を楽しむためのものだった、という。ピアノが家庭に普及する以前、家庭音楽は弦楽四重奏。なるほど、「かけあい」が多い。しかし実際には、とっつきにくい。その理由を渡辺和という人は「クアルテットの名曲名演奏」で次のように書いている。@響きが地味で眠くなるA難しげだB通好みでとっつきにくそうB何から聴けば良いか分からない。
ぼく個人にとっても古典派・ロマン派よりあとのものには、これらがあてはまる。今回の演奏会ではバルトークは「難しかった」。

「弦楽四重奏は水墨画(管弦楽では管楽器が色をつける)」と言ったのは政治学者の丸山真男だが、そう言えるかもしれない。でも、水墨画も楽しめるものは楽しめる。

今回演奏された曲目について:
 僕には演奏の批評はできない。曲そのものの印象だけを書く。

ハイドン 弦楽四重奏曲第81番ト長調 作品77-1 HobIII-81
 交響曲と弦楽四重奏曲の父であるハイドンが再円熟期に書いたもの。
評論家によってはこの時期のものは、それ以前より「メロディーに欠ける」と言うが、第2楽章ではメロディーを、第1楽章はオペラの掛け合いのような歌を感じた。第一ヴァオリンがとびぬけて活躍するのがハイドンの弦楽四重奏曲だが、第3楽章は全員にもちばがあった。第4楽章は「駆ける」感じ。

バルトーク 弦楽四重奏曲第3番 Sz85
 実は一度も聴いたことのない曲なので、YouTubeで他の四重奏団の演奏を見聴き予習した。一楽章しかない短いものだが、打楽器のような奏法で体力を要する「体育会系」の曲だ。第1部、第2部、第1部の再現という構成だそうだが、この区切り目は僕には分からないほど「一気に演奏される」

 図書館からバルトークの他の弦楽四重奏曲3曲の入ったCDも事前に借りてきたのだが、3番を聴いてお手上げになり、聴かなかった。後で知ったことだが3番が最も前衛的とのこと。十二音技法も用いられている。
 英国の奇才コリン・ウィルソンは「Colin Wilson on Music」の一章「バルトークの悲劇」で、バルトークの曲の「捉えどころの無さ」は「作曲者の人生経験による、とっつきにくい人間性と関係があり、シェ―ンベルクやウェーベルンの難しさと異なる」と書いているが。果たしてそうか僕には分からない。

ベートーベン 弦楽四重奏曲 第15番イ短調 作品132
 この曲は、手持ちのCD(アルバン・ベルク・クアルテット)で聴いたことがある。最晩年、「荘厳ミサ曲」「第9」の作曲よりも後に作曲された大曲。通常の4楽章形式に、あとから自分の病気が癒えた感謝で第3楽章を挿入したため、全部で5楽章になった。
第1楽章:重々しく神秘的。第2楽章:かけあいが楽しい。
第3楽章:祈り。安らぎ=第9の第3楽章を想起。ともにアダージョ。
第4楽章:快活勢いがよくハイドン的。
第5楽章:情熱的(第9の終楽章のために用意されていたものとのこと)

アンコール

1) ヴォルフガンク・リーム「行間」
ドイツの作曲家による現代音楽である。聴き手に「行間を読んでほしい」というごくごく短い曲。弦楽器というよりも笙をか細く吹いたという印象。「行」と言っても、横線でなく縦線を感じた。ミニマール・アートの絵を思わせる。

2) ハイドン弦楽四重奏曲作品64-4からメヌエット:
ポピュラーな曲です。 おいしいデザートを頂いた気持ちになりました。

以上

(Web担当 注)東京クヮルテットについて → ウィキペディア をご覧下さい。