経済史について

森ゼミが扱う「経済史」という分野について先生とのインタビュー形式で紹介をします。

――今日はスーツ姿ですが
普段はもっとラフな格好で授業もしているけれど、水曜日は全学部で教授会ですからね(笑)。

――改めまして、なぜ経済史という学問の道に進んだのでしょうか
現役のころはあまり深く考えずに、しっかり勉強するなら法学部だと思って一橋の法学部を受けたけど、上手くいかなくて…。もともと世界史には興味があったけど、一橋の世界史の独特な論述問題に取り組んでいる内に、今から考えるとたった400字という限られた分量だけど、歴史を叙述することに面白みを感じたし、受験対策の一環として、当時、一橋の学長をつとめられていた阿部謹也先生のご著書が何とも味わい深くて、経済史というか、ヨーロッパ史の魅力に取りつかれたのがきっかけでしたね。

――阿部先生の本についてもう少し詳しく教えてください
それまで読んできた教科書には政治家、軍人の話、よほどの文科功労者しかしか登場しなかった。 でも、阿部先生の本は文章がみずみずしいって言うのかな。当時の人々の息遣いが感じられる内容でした。そして、よしこの本を書いた先生のゼミに入ろう!、となったわけです。

――どのように勉強をされたのですか
最初は阿部先生のゼミに入りたい一心で、1浪して一橋の社会学部に入ったんだけど、学長はゼミを持ってなくてね……仕方ないから如水会の新入生歓迎パーティーで先生を捕まえて、許可を貰ったから、友人数人と学長室まで押しかけて個人ゼミを開いてもらいました。 学部の3年生にあがると、阿部先生に勧められた社会学部の土肥恒之先生のゼミに入れてもらって、その後はずっと大学院博士課程まで土肥先生にお世話になりました。土肥先生のご専門は近世のロシア社会史だったけど、その他に史学史、つまり歴史学の歴史についても研究されていたので、折に触れて、一橋における西洋史の伝統とか、一橋で歴史を研究する意味についてお話を伺く事が出来たのは、自分自身が研究者となる上でとても大きな糧になりましたね。

――先生は社会学部出身ですが、経済の勉強もされていたんですか
社会学部も、商科大学の時代まで遡れば、経済の基礎知識を支える学部だったし、やっぱり学部時代から、経済史を中心にちょくちょく経済学部の授業を受講して、ある程度は勉強しましたね。 とくに、大学院の修士課程からは、経済学研究科でドイツ経済史がご専門の藤田幸一郎先生のゼミに入れてもらって、ドイツ語史料の扱い方や、経済史研究の心構えを教えてもらった意義は大変大きかったですね。

――その歴史を持つ一橋で、歴史学はどのような位置付けですか
一橋にはこれまで錚々たる歴史研究者がいたけど、ドイツ史という観点からすると、カール=ランプレヒトに師事した三浦新七先生に始まって、上原専禄先生、増田四郎先生、山田欣吾先生、そして、直接教えを受けた藤田先生、という非常に高名な先生方が脈々と伝統を継承されてきたといえますね。 経済史と言う学問領域は、いま方法論も問題関心もきわめて多様化していて、一言でこれがオーソドックスな経済史とは言えない状況にあるけど、もともと日本の西洋経済史では、マルクスとマックス=ウェーバーの方法論に立脚した東大の大塚史学が一世を風靡して、その知的遺産はいまでもしっかりと残っていますね。 一橋の歴史学は他大学とは一風変わっていて、政治・経済・社会をトータルに捉えようとする文明史という観点と、都市だとか、ドイツ流にいうラントなどの特定の地域に根差した地域研究の視点が特徴だと、土肥先生に直接的・間接的に教えていただきましたね。

――先生の研究にもそうした側面がありますね
土肥先生からはつねづね、「当時の人の顔が見える研究」をするように指導されてきましたし、藤田先生からも研究対象の地域を肌で実感できるよう、現地に赴いてフィールドワークをするよう指導されたおかげですかね。いまでも、分析した対象を、大きな流れの中でどう位置付けるのか、そしてその上で初めてその研究を読んだ人も、当時の人々の顔を見ることができるような論文を目指してます。 だから、知り合いの日本経済史研究者に、「森さんの本を読むと、フランクフルトの街のイメージがすっと入ってきました」、と言われた時は心底、嬉しかったですね。

――その先生から見て、経済史の持つ役割とはなんでしょうか
経済史とは、過去の経済社会と対話しながら、自分のいま生きている歴史をトータルにとらえる学問とでも言えばいいでしょうか。 僕が学部生の頃には、NPOやNGOが日本で盛んになりはじめて、公共性というのがよく話題になりましてね。特にドイツは町全体での統一感を重視していて、屋根の色なんかも赤で統一されていたりする。日本では個人の自由が尊重されるから、そういう街全体での美観とか、意識はされてもなかなか実現されにくい現実がある。そういう、日本とは異なる他国の歴史的伝統のあり方を紹介するのが外国の歴史学の役割の一つだと思いますね。 やっぱり日本の社会を語ることを考えると、外国と比較して初めてそれは可能になると思うし、そして現在の欧州からも学ぶところは多くあるはず。欧州を見て学ぶべきところは学ぶべきだし、批判すべきところは批判すべき。 それにグローバルで動くには相手の文化、社会をしっかり理解したうえで学ぶことが大切だから、経済史がその理解に役立つとも思っていますね。 そう考えて欧州と日本を比較すると、手前味噌ですけど、都市という存在が重要な切り口に成り得ると考えてます。決して政治単位としては大きくないが、地に足をつけた研究をすることが出来ると思うし、そうした地域に密着するというミクロレベルでの視点で研究することで、一国史な観点では見えていないことが見えるようになるのが、地域史の魅力ですからね。

――その経済史をゼミでやることの意味は
都市の行政資料のような1次資料に当たると、ものすごい大量の資料があるから、それに触れると「現実」が無限にあると言うことが分かる。小さい頃は自分中心に世界が回っていると思いがちだけど、成長するにつれてだんだんそうでないとわかってくる。それでも自分のアクセス出来る範囲が世界だと思いやすい。無限の現実があると知ることで、そうした勘違いを正してくれる。 例えば10年という時間を考えた際に、二十歳そこそこの学生にとっては人生の半分という長さがあるけれど、この10年が歴史の中では全然長くない。だから歴史を勉強することで長期的な視点が身に付き、あくせくしなくなる。言うなれば価値観の変化ですね。 他の例を挙げるならいまの不況だって、今後回復するかもしれないし、たとえ回復しなくても付加価値的なものを見いだせればそれはそれで状況は変わってくる。そう考えられるようになると、日経だとか株価だとか、そういうのだけに振り回されない生き方が出来る。だから、研究者にならず、就活して企業につとめる学生にも経済史を学ぶ意味はあると思うな。

――森ゼミではどのような授業をするのでしょうか
まずうちのゼミでは、最初の授業で自己紹介も兼ねて自分史を書いてもらいます。自己分析の練習と、歴史の基本は自分であるということを忘れて欲しくないから、「自分はいま、なぜここにいるのか。」をテーマとして書いてもらいます。 今年はその後に、夏学期はこの本(要画像)で近代ヨーロッパ史を都市レベルから勉強して、夏はこの本(要画像)で市場経済を歴史的に相対化するとはどういうことかを学んでもらいました。冬は卒論の練習も兼ねて合同ゼミと言う形式をとり、各国ごとの介入的な経済政策・社会政策についてまとめてもらったところ。これからは各自に卒論を書いてもらうところかな。

――サブゼミも可能なのでしょうか
もちろん、社会学部の歴史系の人のサブゼミ登録も歓迎してます。一橋の歴史は各学部にわかれているけれど、商科大学の時代から根っこは一つ。一橋は学部の垣根がないのがいいところだと思っているし、積極的に参加して欲しいと思っています。

――最後に一言お願いします
経済史はあっちいったりこっちいったりして、一本の流れに沿っているとは言えないことが多い。そのため、現実感覚を磨くのが必要不可欠と言えます。そのなかで、自分なりの首尾一貫した研究をすることで、見えてくるものが必ずあるはず。そしてそれは、自分で経験して初めてわかること。だから後輩のみんなには、経済史と言う分野を学ぶことで、様々な発見して成長していって欲しいですね。

――今日はありがとうございました

 (文責:城下裕介)


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