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  • ある法学部生(浪人)

    私が本格的に受験勉強を始めたのはだいぶ遅く、高3の秋でした。一橋大学の受験を決めたのが6月ごろと遅かった上に、9月の体育祭・文化祭が終わるまで受験勉強をする気にならなかったからです。秋・冬と頑張ってはみたものの時間は足りず、予備校にも通わなかったため情報も不足…。センター試験ではそれなりの点数を取りましたが、根拠不明の自信から1つしか受けなかった私大受験は失敗。一橋の二次試験はぱっとせず不合格で、後期試験は足切りになりました。文句無しで浪人生活のスタートです。

    プライドをへし折られ、しばらくの間は精神的にしんどかったものの、予備校に通って受験勉強を再開してからは吹っ切れました。予備校は家から20分ほどで通える大手予備校を選びました。それまで塾や予備校に通ったことがなかったため若干不安でしたが、講師の方や担任の職員の方が親切で、クラスに同じ高校の友達もいたため、予備校生活には大して苦労もせず慣れることができました。

    予習、授業、復習のサイクルを毎日丁寧に繰り返すうちに基礎が固っていき、DかE判定しか取ったことがなかった模試でAやBが安定して取れるようになりました。現役時代には手が回らなかったところまで深く勉強できるため、「絶対辛いに決まっている…」と思っていた2年目の受験勉強は意外にも楽しく感じられました。もちろん、勉強ばかりの単調な生活には違いなかったので、昼休みに友達と話したり、家族とご飯を食べたりするのを息抜きにしていましたね。

    …と心穏やかだったのも秋までの話。再びセンター試験が近付けばプレッシャーは現役時代の比ではない重さでした。「もう後がない」と思うと「1年前からいったい何が成長したのだろう…」と自信を失ってしまうこともしばしば。おまけにセンター試験2週間前に風邪をひく始末。もはやこの世が終わったような心境でしたが、親や担任に励まされたり、A判定の模試の成績表や今まで取ったノートを眺めたりして、どうにか奮起しました。

    センター試験は可もなく不可もなくの結果で、とりあえず滑り止めの私大はセンター利用で合格できそうだと分かり一安心。他の私大と一橋の二次試験に向けた勉強を再開します。センター試験前に体調を崩した経験から、とにかく体が元気でなければ元も子もないと思っていたので、体調管理にはとにかく気を付けました。試験が近づいて焦っても、睡眠時間は絶対に削らず1日6時間は寝るようにし、外出時は必ずマスクをしていました。母も栄養バランスのとれた食事を作るなど気をつかってくれ、ありがたかったです。

    私大受験が無事終わり、いよいよ一橋の二次試験。東正門の前で予備校の担任に会うことができ、少し緊張がほぐれました。1日目の国語はいま一つ、数学は納得の出来。どうにか大丈夫だろう…と思って2日目を迎えましたが、得意教科のはずの英語で満足のいくように出来ず、世界史はそれなりに解けたものの英語のショックでほぼ落ちたような気になりました。試験終了後、大学通りを逃げるように駆け抜けて、帰りの電車で泣きだし、帰宅後号泣しました…。  

    その後、幸い私大はすべて合格だとわかったので、「通学で1時間半もかかる一橋になんか通えるか!」と開き直っていました(笑)  そして、一橋の合格発表の日。ほとんど諦めていたので大学には行かず、ネットで結果を調べました。「どうせ番号ないんでしょ…」と思いながら携帯の画面をのぞくと、そこには自分の受験番号が!!  合否というのはわからないものですね。半信半疑で親に電話し、その後予備校の担任からも電話がかかってきて、やっと受かった実感がわきました。一橋に合格した嬉しさももちろんありましたが、浪人生活をなんとか乗り越えた達成感と辛い時期を支えてくれた人たちへの感謝の気持ちでいっぱいでした。

    浪人生活は楽なものではありませんでしたが、決して苦しいだけの1年間ではなく、得るものは多かったです。何より、一橋は2年目を頑張るだけの価値のある大学だと思います。一橋での大学生活はとても楽しいですよ。

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