ある社会学部生(現役)
私が社会学部を選んだ理由は、大学で1つのことだけをひたすら勉強するのではなく、色々なことを広く学ぶことでそれらを繋ぎ、新しい発想を生み出すようになりたいと思ったからでした。まずは学部から決めた私は、目標を高く持ちたいと思って国立大学の社会学部を探していました。そして、国立大学で社会学部を設けている大学は一橋だけだと知り、「ここだ!」と思ったことを今でも覚えています。それが高2の冬でした。
しかし、それから一橋に向けて勉強ばかりしていたわけではありませんでした。むしろ他の一橋志望者に比べたら勉強量は少なかったと思います。高1~高3までは部活一筋で、高2から本格的に塾に通い始めるものの予習復習はかなり等閑でした。高3の夏に部活を引退して天王山と言われる夏休みを迎えたので、一応1日の計画表を立ててみたものの、やはり部活のことが気になって時々部室を覗きに行ってしまい勉強ははかどりませんでした(笑)
ただ、応用を常に扱う塾の予習復習は等閑でも学校の定期テストは高得点を取るようにしていました。2週間前には必ず試験勉強を始め、得意科目は常に90点を取るようにして、基礎固めだけは行えていたと思います。
とは言え、暗記すらおぼつかないのに地歴の論述を書いたり、一橋数学の独特な頻出分野に慣れたりしなくてはいけないと思うと気分は重く、志望校を変えようと思ったことは何度もありました。模試の判定は常にDかE、センター模試の足切りもギリギリという結果が返ってくる中、推薦で私大に合格した友達のとても楽しそうな姿を見ると学校に行きたくないとすら思いました。
そんな時はお気に入りの音楽を聞いてなんとかその暗い気分から抜け出していました。振り返れば息詰まると音楽ばっかり聞いていました。そのように何とか勉強を続けているうちにあっという間にセンター試験の受験日になりました。結果は英語以外が過去問以下の点数。センターリサーチに出さないと足切りかどうかは分からなかったのですが、センター試験2日目の夜は私大の過去問を解きながら「やっぱり私には一橋を受験する資格がないんだ…」と泣いてばかりいました。布団に入ってからは眠くなるまでゲームをして気分転換していたことをよく覚えています(笑)
嬉しいことに足切りではありませんでしたが、センター理科がとても悪かったのが気がかりでした。社会学部の配点ではセンターの合計点180点に対してセンター理科が100点を占めているので、受験票が来ても合格する確率は周りの人と比べて低いだろうと思うばかりでした。そんな時に見たのが「センターがいくら低くても、受験票が来ればみんな合格する可能性が等しくある」という言葉でした。当時納得のいく私大の合格がない情況の中で不安でしたが、その言葉を信じて一橋の対策に力を入れました。勉強の合間に気分転換として塾の友達と思いっきりしゃべっていました。二次試験まで一週間を切っていたのに3時間話していた時もあるほどでした。
二次試験終了後はどこの後期試験にも出願していなかったため(一橋は前期の足切りでギリギリだったので、後期はセンターを受けた時点で諦めていました)、既に志望校に合格した高校の友達と沢山遊びました。年上の従兄には「受験お疲れ祝い」として欲しかったゲームも買ってもらえました。試験の手応えは自分でもよく分からなかったので、「合格する確率は1割」とみんなに言っていました。その時は試験の合格よりも、卒業を控えた高校の友達と何も気にせず遊ぶことだけで満足でした(笑)
そして、合格発表日。自宅でまずは合否を確認しようということで、発表時間の10時を少し過ぎた頃に一橋のホームページを見ました。結果は…!
今でも大学通りの桜並木や、大学構内にある兼松講堂を見ると入学式のことを思い出します。まさか自分が国立までの定期を手にするとは…と思うこともあります。でも、受験票が来たらどんなにセンターが悪くても合格する確率はみんな等しいのです。これを読んでくれている受験生が一橋への気持ちを最後まで諦めませんように!
