直線上に配置

AH1 Project Stage 1 遠征日誌 (冨岡記)

 

2012年9月8日() 曇り時々雨

午前8時 TCATのトヨタレンタカーに集合。メンバーは44年卒の石垣氏、45年卒の早乙女氏、浅井氏、冨岡、現役4年生の洪(ホン)氏、3年生の東(ひがし)氏の6名、見送りは釜山で合流する45年卒の藤井氏。車はオドメーター45,500kmのトヨタの8人乗りエスティマ。

 

本日は、首都高環状1号線の江戸橋ICをスタートし竹橋JCT、谷町JCT経由首都高3号渋谷線で東京ICから東名高速に入ります。その後AH1 Asian Highwayの標識を確認、撮影しつつ名神高速、中国自動車道、山陽自動車道を走行し広島県廿日市市まで880kmの行程です。アジアハイゥエイ標識の設置場所は次をご参照。

http://www.mlit.go.jp/road/sign/sign/asian_highway/map.htm 

 

8時15分: 全員集合の写真撮影後、藤井氏の見送りを受けTCAT出発。ドライバーはこのあたりの地理にくわしい地元在住の石垣氏。まず石垣氏が日本橋のたもとの交番のおまわりさんに仁義をきって日本の道路原標をバックに記念撮影。(下からはAH1の標識は見えませんでした。) 

江戸橋インターから入りすぐ日本橋の道路原標に併設されたAH1の標識を撮影。首都高を順調に走り東京IC手前のAH1も撮影。次の標識は小牧ICなのでしばらくはドライブを楽しむ。横浜付近で雨、渋滞。

日本で高速道路という名前がついているのは東名(新東名)、名神(新名神)だけで、残りはたとえば東北自動車道のように自動車道となっているが、英語表記はすべてExpresswayとなっているのはなんでだろう? とか、我々になじみが深い中央自動車道は、調布―国立府中が開通したころは中央高速道路と言っていたし、当時流行っていたユーミン(松任谷由美)の歌は“中央フリーウェイ”だったよね。ネーミングがごちゃごちゃだね、と会話がはずむ。

950分ニコチンが切れてきた石垣氏よりTTP(タバコ、トイレ、ペトロ)要請あり、足柄SAでドラチェン。出発地のTCATより101km。

 

次のドライバーはジムカーナで好成績を収めている現役の東氏。1010分足柄SA出発、御殿場JCTで新東名に入る。1030分、新東名開通時から評判の駿河湾沼津SAに立ち寄る。雄大な駿河湾を背景に写真を撮り1050分出発。出来立ての道路の路面はタイヤが吸い付くように素晴らしい。新東名はメンパト(覆面パトカー)が張り切っているそうだよ、とのバックシートの注意も入れて制限速度前後で快調に走行。なかなかの腕前。1150分新東名の浜松SA到着。出発地より245km。ラーメン、餃子のランチ。

 

次のドライバーは韓国からの留学生でホンダに就職の決まっている車好きの洪氏。1230分浜松SA出発。洪氏もドライビングテクニックには文句のつけようがなくバックシートは沈黙。小牧JCTで名神高速にはいり、AH1の標識を確認、撮影。1420分、滋賀県の秦荘(はたしょう)PAでドラチェン。出発地点より440km。

 

次のドライバーは老練早乙女氏。1430分秦荘PA出発。法学部出身で順法精神旺盛な早乙女氏は制限速度を堅持。1550分、これまでのTTPの時間が多かったため、予定より30分遅れで西宮名塩でTTP、出発地より554km、52L給油(7,800)。燃費はリッター10kmちょい。

 

次のドライバーは飛ばし屋浅井氏。30分遅れの声に、“ウッス”と低く呟く。昔の我々のラリーでは30分遅れは完全な失格だが、浅井氏の飛ばしのテクニックで30分の遅れを何とか取り戻し、17時45分、山陽自動車道の篠坂(しのさか)PAでドラチェン。

 

次のドライバーは冨岡。おとなしく運転して広島県廿日市市の安芸の宮島対岸の宮島コーラルホテルhttp://www.coral-hotel.co.jp/ に予定通り1930分着。出発地点より880km。高速料金8,900(休日料金で平日の約半額)。閑散とした町のコンビニでビールなどを買う。清盛御膳(鯛の兜煮や広島牛)を堪能しつつ痛飲、美味、満足。若者2人はご飯を3杯ずつペロリとたいらげる。このホテルでは、昔の遠征気分で3人部屋2つ。喫煙組(石垣、浅井、冨岡)と非喫煙組(早乙女、東、洪)で分かれて就寝。

 

99() 晴れのち曇り

本日の予定は厳島神社(世界遺産) http://www.miyajima-wch.jp/jp/itsukushima/01.html を見学、参拝してから、山陽自動車道、中国自動車道、九州自動車道を走り福岡の博多国際ターミナルhttp://www.hakataport.com/ に向かう約260kmの行程です。

 

喫煙組は早起きで7時の朝食(おにぎり、サンドイッチなど)にかぶりつく。非喫煙組は3040分遅れで朝食。若者は良く寝るねといっていたら、早乙女氏が洪君は朝5時に起きて3kmランニングをしてきたよ、と。(洪氏は徴兵時代からの習慣で朝時間があれば3〜4km走るそうです。洪ちゃん、やるね。)

 

8時前のフェリーで宮島にわたり、厳島神社を1時間ほど散策。遠征の無事故と竹島問題、尖閣問題の平和的解決を祈念して参拝。丁度引き潮で大鳥居の下まで歩いていき記念撮影。9時前のフェリーでホテルに戻り、東氏の運転で915分出発。

1015分佐波川SAで洪氏にドラチェン。980km。山口JCT過ぎてすぐAH1の標識確認。1120分壇ノ浦PAで浅井氏にドラチェン。1059km。下関IC付近にあるはずのAH1の標識見つからず、おっかしいなぁと言いつつ関門橋をわたる。壇ノ浦PAから11km地点の門司側にAH1の標識発見するも撮影は間に合わず。(この地点の国交省の地図は間違いですね。)

古賀SAで給油。1122km、53L(7950)。給油中、広報係、旅行代理店との交渉係に会計係の任務が加わった疲労困憊の早乙女氏が、前日購入した最新型カメラの充電コードが見つからないよ〜、と泣く。旅行かばんを開けて探すも見つからず。奥さんに電話で家に置き忘れていないか聞いたが、仮にあったとしても九州まで届けられませんと冷たくあしらわれ、また泣く。福岡ICAH1を確認。最後の東浜出口直前に、AH1 TOKYO,KOREA,CHINA,INDIA,TURKEYという標識を確認、撮影。“AH1 Asian Highwayだけでは何のことかわからないよね〜。このようなフル表示の標識じゃないとだめだよね〜。”と皆の意見が一致。高速料金3450円。

 

1250分博多国際ターミナル到着。出発地のTCATから1148km。ターミナルからの道路の上を通る高速道の横腹にAH1 WELCOME TO FUKUOKAの表示あり。ターミナル3Fのレストランでランチ。日本のショーユを持っていったほうが良いですという洪氏の助言で浅井、東両兄が車を飛ばしコンビニでショーユとワサビを買ってきてくれる。ここからUターンして日本橋まで戻る浅井、東両氏に別れを告げジェットフェリー、コビーの待合室にはいる。待合室になかなかの出来栄えの地図入りのAH1のポスターがあり、撮影。

 

1530分博多港出航。距離200km、約3時間の航海。時速70kmのジェットフェリーは揺れもほとんどなく快適。魏志倭人伝の“始めて一海を渡る・・・”の意味が実感できるほど海しか見えない。

1830分雨と霧で霞む釜山港着。入国審査で荷物のX線検査あり、指紋、写真もとられる。洪氏のガイドでバス、地下鉄で西面駅につき、地下道でロッテホテルまで歩く。(スイカに慣れ過ぎた早乙女氏が地下鉄乗車駅の自動改札で切符を取り忘れ、出られないよ〜、と泣いたが、洪氏の機転で駅員の出入り口から無事出られた。それまで洪氏を呼ぶときホン君とかホンちゃんとか言っていたが、このあたりからホン様になる。)

1945分ロッテホテル着。ハワイでのゴルフ疲れで空路釜山に飛んだ藤井氏と落ち合う。

早乙女氏が洪氏を通訳にコンセルジェにカメラを見せて充電コードを売っている店がないか聞いたりして時間を食う。他のメンバーは後ろで“要支援、いや要介護か”と囁き合う。

チェックイン後部屋で荷物をひっくり返したらコード出てきたよ〜ん、と早乙女氏は急に元気を取り戻す。以後はいつもの仕事ができるしっかりした早乙女氏に戻りました。

 

旅行代理店の東京在住の金さんがアレンジしてくれたホテルの横の五福という店でサムゲタンの夕食。

http://www.busantabi.com/content/shop_view.asp?m_idx=4&s_idx=15&b_idx=58&shop_idx=16 

美味。洪氏がウエィトレス(おばちゃん)を呼ぶときイモーと言うと教えてくれたので、その後の食堂、居酒屋で皆イモー、イモーを連呼することになった。(イモーは元は自分の叔母を呼ぶときの言葉だが、転じてお店のおばちゃんもイモーと呼ぶそうです。)

 

一人でサムゲタンを食べていた中年男性が日本語をしゃべったので聞いてみると、日ハム、中日の元コーチで現在プサンのロッテジャイアンツのコーチをしているとのこと。

(お名前は聞かなかったが、後でネットで調べると勝崎耕世(かつざきこうせい)という人物と思われます。がんばってほしいですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%9D%E5%B4%8E%E8%80%95%E4%B8%96 )

 

金さんアレンジの大邱(テグ)のレンタカー屋さんがホテルの駐車場に停めておいてくれた現代自動車の9人乗りスターレックスを確認。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9 

頼んでおいたカーナビがついておらずすぐ東京の金さんに電話。30分でテグから届けてくれることに。午後11時に来て、カーナビとマイクをつけてくれた。フロントガラスに外国観光客搭乗中のステッカーが貼ってある。漢字をやめた韓国ではほとんどの人がなんと書いてあるかわからないでしょうと、洪氏。

 

910()雨のち晴れ

本日はプサン港http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%9C%E5%B1%B1%E6%B8%AF 、

と一部操業をはじめているプサン新港

http://investkorea.org/InvestKoreaWar/work/reg/jpn/co/index.jsp?no=608300006&l_unit=90204&m_unit=90301&code=1080401&bno=907160029&seq=2 を見、巨加大橋(コガデキョ)http://www.pusannavi.com/miru/1635/ でUターン、プサンにもどりAH1を走

行し、蔚山(ウルサン)にある現代自動車の主力工場を見学。

http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=1330380 

その後慶州(キョンジュ)の世界遺産、仏国寺(ブルグクサ)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E5%9B%BD%E5%AF%BA

と石窟庵(ソックラム)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E7%AA%9F%E5%BA%B5 

を見る盛り沢山の行程です。

 

皆早起きして昨晩と同じ五福でアワビオカユの朝食後、オドメーター153,808kmのスターレックスで745分出発。ドライバーはアメリカ駐在で培った左ハンドルのエキスパート藤井氏。プサン市内は大渋滞で、プサン新港や巨加大橋まで行くのは無理かな〜と言いつつ辛抱強く慎重運転の藤井氏。市内を抜けると渋滞なくなり新港を車内から撮影、巨加大橋も往復し大橋のSAで石垣氏にドラチェン。

プサン市内にもどり、1120分AH1に入る。片側4車線の素晴らしい高速道路。韓国のAH1の速度制限はほとんどの所で110km(一部100kmのところもある)。オービスは多数あるがカーナビが知らせてくれるのと、たとえば“500m先カメラあり”の標識が必ずあるため、ほとんどの車が140kmくらいで飛ばしている。

 

どこでもすぐ現地人になれる特技を持つ石垣氏が即韓国人ドライバーになってしまい、同様のスピードで走るため、カメラをもつ隊員は“ウワッ出た。ミスッた。”と最初の3ヶ所の標識は撮影が間に合わなかった。AH1にはいってから32km地点にあった4ヶ所目の標識を何とか撮影。

12時蔚山着。洪氏が現代自動車の工場の門衛にどこか良いレストランがありませんかと聞き、工場そばの現代自動車会館の地下食堂でジャージャーメンとギョーザのランチ。 

 

1330分現代自動車工場見学開始。まず来客用のビルで3人の担当者の出迎えを受け、会議室でビデオを見る。解説役は若い美人のリューさん。”私新人なのであまり日本語が上手じゃありません。“と、つっかえながらもなかなかの日本語で一生懸命に話してくれる。カワユイ。その後彼女もスターレックスに乗り込み第3工場、積み込み埠頭と案内しても

らう。(彼女は途中から洪氏に気づき韓国語で解説、洪氏が通訳になってしまった。)

現代自動車は中国、インドを含む海外6ヶ所に工場がある。リューさんにAH1の話をして、将来中国、インドのAH1を走ることがあれば現代自動車の工場も見学したい旨伝えると、“私も一緒にいきたいです”、と。

最後にミニカーのお土産をいただき見学終了。

 

1440分ドライバー冨岡で仏国寺に向かう。1530分着、1時間ほど見学。ドライバー洪で急な山道を登り1650分石窟庵着。30分見学し、ドライバー早乙女で慶州コロンホテルに1740分着。http://www.tabijin.com/hotel_kolon.html

車で焼肉レストランを探して、焼肉ディナー。本日の走行距離は270km。

 

911()快晴

今日は慶州歴史地区(世界遺産) http://www.kampoo.com/jp/travel/wh-kj.htm を見学し

AH1にもどり大邱(テグ)、大田(テジョン)経由、天安(チョナン)の独立記念館

http://independence.or.kr/NEW/japan/introduce/index.html を見学、17時ころソウルに着き、18時から如水会ソウル支部、一橋韓国総同窓会の方々と交歓会の予定です。

 

8時慶州コロンホテル出発。ドライバー早乙女。慶州歴史地区に向かう途中で見つけた善徳女王稜http://www.pusannavi.com/miru/1451/ に立ち寄ろうと2つ目の標識で細い道に入る。狭い農道で早乙女氏大苦戦。農家の低い屋根が張り出す左カーブで何度も切り返し10分以上かかって右前1cm、左後ろ1cmの間隔でやっと脱出。女王稜はカットして

芬皇寺(プナンサ)http://www.pusannavi.com/miru/1079/ に向かい30分ほど見学。古墳公園http://www.pusannavi.com/miru/1069/ を見学。

 

1030分慶州を出発、ドライバー藤井。北テグ、金泉市及び天安(チョナン)手前にフル表示(AH1 JAPAN KOREA CHINA INDIA TURKEY)の標識あり。AH1のみの標識は飽きるほどある。(プサンからソウルまで5060ヶ所)

12時SAでTTP。436km。ドライバー石垣。

1345分、天安でスンデクッパ(豚の血などが入ったソーセージ入りクッパ)

http://koreaninformation.web.fc2.com/KoreaFood/Sundeku.html が有名な店でランチ。

地元ドライバーになりきっている石垣氏が、地元ドライバーがやるように信号無視などしつつ1420分、独立記念館到着。569km。普通に見れば丸1日かかる広大な記念館を駆け足で1時間ほど見学。

 

1530分ソウルに向け出発。ドライバー冨岡。渋滞がなければ十分間に合う時間をとって出発したが、事故でもあったのか中央分離帯側のバスレーンを除く4車線は大渋滞。冨岡は、これじゃ如水会支部との約束の時間に間に合わないよ〜、と泣く。バスレーンで行きましょう、と洪氏。ピクリとも動かない右側4車線を尻目に気持ち良く、ぶんぶん飛ばす。(9人乗り以上の車に6人以上乗っていればバスレーンを通れるとのこと。実際は5人だったが、後ろの座席に旅行かばんを立てかけ、帽子をのせて6人に偽装。)

バスレーンのおかげで予定通り17時にソウルプレジデントホテル到着。

http://www.seoulnavi.com/hotel/19/ 

671km。本日の走行距離は401km。

プレジデントホテルで根本先生と落ち合う。

18時ソウル如水会支部の方6名、一橋韓国総同窓会の方3名と焼肉店で交歓会。はじめに根本先生が得意のパソコンを使ってAH1の概要をプレゼン。その後はみんな昔からの友人のように飲んで食べて歓談。如水会員はホントにありがたい。最後に石垣氏からHITOTSUBASHIのロゴの入ったお土産のTシャツをプレゼントしてお開き。

 

9月12日()曇り

本日は、ソウル市内の景福宮(キョンボックン)http://www.seoulnavi.com/miru/1/

昌徳宮(チャンドックン)http://www.seoulnavi.com/miru/2/ (世界遺産)

宗廟(チョンミョ)http://www.seoulnavi.com/miru/7/ (世界遺産)

を回り、サムスンショールームに立ち寄り

http://www.visitseoul.net/jp/article/article.do?_method=view&art_id=44960&lang=jp&m=0004003002004&p=03 

郊外の水原華城(スウォンファソン)(世界遺産)

http://www.seoulnavi.com/miru/364/ を見学、ソウルに戻りソウル高速バスターミナル

http://www.visitseoul.net/jp/article/article.do?_method=view&art_id=3991&lang=jp&m=0004007003004&p=07 を見て、根本先生お勧めの鷺梁津水産市場(ノリャンジン)水産市場で夕食の予定です。http://www.seoulnavi.com/shop/901/

 

9時ホテル出発、ドライバーは洪氏。景福宮、昌徳宮、宗廟をそれぞれ1時間30分ずつ見学。

石垣氏推奨のサムスンディライトにも立ち寄る。

14時ランチ場所を探すため地下の狭いパーキングに入れる際右前をコツンと壁にこする。

日本車なら塗装がちょっとはげたくらいの感触だったがパークしてから見るとへこんでいる。ボディを指で押すと結構たわむ。スターレックスは鋼板が薄いようだ。

モスバーガーでランチ後、水原華城に向かう。ドライバー石垣。今日は根本先生同乗で6人のため堂々とバスレーンを走行。

 

16時水原華城到着。728km。洪氏は、八達山頂上の見晴台までの急な山道を風のように駆け上る。残りのオジンたちはヒーヒー、ゼーゼー言いつつ登る。城壁を廻るルートは割愛して、ソウル高速バスターミナルに向かう。ドライバー藤井。藤井さん運転うまいねぇと根本教授。

17時40分高速バスターミナル到着。758km。巨大なバスターミナルで続々とバスが発着している。KTX(高速鉄道)より料金が安く、高速道路にはバス専用レーンもあるためバス利用者のほうが多いとのこと。

18時30分ノリャンジン水産市場着。1階のたくさん並んでいる魚屋で材料をみつくろい地下の食堂で食べるというスタイル。ヒラメ、コチの刺身、エビ塩焼き、アワビのバター焼き、タコ、カニ、アサリのチゲに韓国ノリを山盛りにぶち込み、今夜のために日本から持参のショーユ、ワサビで堪能。

ここは運転代行があるため皆心置きなくビール、ショーチューを流し込む。運転代行(2万ウォン、1400円くらい)でホテルに戻り、根本先生の部屋でさらに酒盛り。

本日の走行距離は105km。

 

9月13日(木)雨

本日はAH1がソウルから板門店を経由してピョンヤンに向かっているため、バスツアーに参加して板門店に行きます。(個人では板門店には行けない)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%A0

 

8時10分プレジデントホテルの隣のソウルロッテホテルからバスで出発。

9時10分臨津閣(イムジンガク)着http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%A8%E6%B4%A5%E9%96%A3

ソウルから臨津閣まで目をサラのようにしてみていたがAH1の標識見当たらず。バスガイドと運転手に聞いたら国道1号(統一路)ではなく国道77号(自由路)を走行してきたとのこと。ソウルから板門店の間でAH1の標識を見たことはないと。(あとでネットで調べてみたが、ソウルから板門店に行くルートマップが見つからず統一路と自由路のことも良くわからない)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%931%E5%8F%B7%E7%B7%9A_(%E9%9F%93%E5%9B%BD)

 

都羅展望台(トラ展望台)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E7%BE%85%E5%B1%95%E6%9C%9B%E5%8F%B0

は雨と霧で北朝鮮側やケソン工業団地など何も見えず。

 

次は第3トンネルhttp://www.2427junction.com/koreareportdz3.html 

ブルゴキランチを食べて、板門店見学http://www.hannmonntenn.com/photo/pmain.html 

17時30分 ロッテホテル帰着。

 

夜、とある超高級ホテルの最上階にある超高級和食レストランで、大活躍のホン様を慰労するディナー。皆スーツを着ていそいそと出かける。

冨岡がウェイトレスを呼ぶときイモー、イモーと言ったら、洪氏にこのような高級店ではイモーは使いませんとたしなめられる。

しかしこの店は値段と内容が全く一致しない正真正銘のイモであった。2度と行ってはいけない店、人に勧めてはいけない店として皆の記憶に刻まれることとなった。

 

食後清渓川(チョンゲチョン)http://konest.com/contents/spot_mise_detail.html?id=1139 をお散歩。口直しにビールバーで飲む。

 

バスレーン導入やチョンゲチョン再開発は現在の李明博大統領がソウル市長時代に行ったもので評判が良いですが、大統領になってからの彼はちょっと変、と洪氏。

 

9月14日(金) 曇り

本日はソウルから120km南の百済の古都、公州(コンジュ。洪氏の実家があります)

http://www.nikomaru.jp/krtour_gongju.shtml 

および百済最後の都、扶余(プヨ)を見学してから、ギネスブックに登録されている世界最長(33km)の防潮堤、セマングム防潮堤http://jap.saemankum.go.kr/ 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A0

を走行し、木浦現代ホテルhttp://www.utravelnote.com/korea/hotel/HYUNDAIMOKPO までの韓国西海岸を1日で縦断する行程です。

 

7時40分プレジデントホテル出発。ドライバー洪。

3人以上乗っていれば通行料無料という南山(ナムサン)1号トンネル

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%B1%B11%E5%8F%B7%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB

を抜け、AH1を南下。8時30分最初のSAでてんぷらウドンやラーメンの朝食。ウドンは関西風のつゆでなかなか旨いねと石垣氏。

AH1の中央分離帯は日本のように草木を植えたところは一切無く、1mほどの高さのコンクリートの壁一枚のみでちょっと殺風景。洪氏によると北との戦争時に戦闘機の滑走路として使用するためとのこと。

 

10時20分公州市着。1時間ほど実家を訪ねる洪氏をおろし、ドライバー石垣で公山城http://www.konest.com/contents/spot_mise_detail.html?id=3082 

と、武寧王稜を見学。http://www.konest.com/contents/spot_mise_detail.html?id=3149#muryong 

 

(武寧王は日本生まれで、その子孫の高野新笠は桓武天皇の生母といわれています。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%AF%A7%E7%8E%8B

今上天皇は平成13年(2001年)12月18日、天皇誕生日前に恒例となっている記者会見において、翌年に予定されていたサッカーワールドカップ日韓共催に関する「おことば」の中で、次のように述べられています。「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く、この時以来、日本に五経博士が代々招聘されるようになりました。また、武寧王の子、聖明王は、日本に仏教を伝えたことで知られております。」 )

 

洪氏がいない間、早乙女氏がたどたどしいながらハングル文字を読んで皆に解説。聞けば3ヶ月前からハングルを独学しているとのこと。頭下がる。

1時間後洪氏もどり、12時20分扶余着。白馬江http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%A6%E6%B1%9F_(%E9%9F%93%E5%9B%BD)

で船に乗り、落花岩http://homepage1.nifty.com/sawarabi/04.04.26kannkoku/4.27.2.HTM 

を見る。

扶余の町中は狭い道の自由勝手な路上駐車で、通り抜けるのに気を使う。

13時20分扶余のレストランでうなぎの蒲焼ランチ。歯ごたえのあるうなぎでした。

 

ドライバー藤井でセマングム防潮堤を走行。海の中に一直線に伸びる素晴らしい道路だが制限速度70kmで全員のイライラつのる。諫早湾のような水門のところでTTP。ドライバー冨岡。その後ドライバー早乙女で18時30分木浦現代ホテル着。1,145.8km。本日の走行距離370km。

ホテルのそばの町の食堂で伝統の豚の焼肉ディナー。

 

9月15日(土)曇り

今日は現代ホテルからすぐのところにある霊岩(ヨンナム)サーキットhttp://formula1-data.com/f1-database/f1-ka/korean-grand-prix.html

を見て、天童よしみの歌で日本でも有名になった珍島(チンド)http://www.seoulnavi.com/miru/854/ に行き、Uターンして万博のあった麗水(ヨス)

http://jpn.expo2012.kr/main.html に立ち寄り、世界遺産の海印寺(ヘインサ)http://www.tabijin.com/temple_haeinsa.html を見学し、グランドホテル大邱(テグ)

http://www.utravelnote.com/korea/hotel/taegugrand までの行程です。

 

現代ホテルは小高い丘の上にある高級ホテルだが、現代三湖重工業http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%B8%89%E6%B9%96%E9%87%8D%E5%B7%A5%E6%A5%AD に隣接しており朝から工場の騒音。

洪氏は例によって早朝ランニング。

8時ドライバー洪でホテルを出発。霊岩サーキットに行く。最高速度320km、ヘアピンカーブの最低速度でも103kmというF1レース場を見学、撮影。

8時45分珍島に向かう。田舎道はスピードバンプが多い。カーナビが前方バンプありを教えてくれる。10時10分TTP。ドライバー石垣で海割れの地点に行き撮影。

 

11時50分TTP。ドライバー藤井で麗水に向かう。13時麗水着。万博は8月に終わっており宴の後の閑散とした町をみる。やっているレストランみあたらず、町中のコンビニでカップラーメンとおにぎりのランチ。冨岡、早乙女とドラチェンし、16時45分海印寺着。ここは古くから残る由緒あるお寺で土曜日ということもありたくさんの車、人が出ている。ゆっくり見て廻った後、ドライバー洪で17時45分グランドホテルテグ着。本日の走行距離586km。

Home Martという巨大なショッピングマートで土産を買い、ホテルのそばのカルビ焼きの店でカルビ、ビール、ショーチューのディナー。もう食えねぇ、もう飲めねぇというまで満喫し、ひとり1400円くらい。今遠征最高の夕食でした。

 

9月16日(日)雨

最終日の今日は、100km先の金海(キメ)国際空港までのドライブです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%B5%B7%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E7%A9%BA%E6%B8%AF 

6時50分ドライバー洪でホテルを出発。8時空港着。

レンタカーを返却し、10時50分発KE715便で成田へ。

定刻どおり12時55分成田着。全員無事に帰国しました。

 

韓国内の走行距離は1、838km、日本国内の走行距離1、148kmとあわせると、合計2、986km、概ね3、000kmでした。

(国内組みの浅井、東両兄の復路1,100kmを加えると4,100kmとなります。)

特に早乙女兄と洪兄の活躍が光った楽しい遠征でした。

                                         以上