四組 所沢 誠
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宮仕えの身分では仲々大会に出席は出来ないが東京在住の人々とは、少くとも年に一回の会合を持つよう努力している。時間が経過するにつれて苦しいつらい思い出も次第に美化される。終戦帰国後廿有余年を過ぎ、戦友が集まると過去のことよりは矢張り現在の生き方に話が集中し、生命を託した者達の気持が滲み出て心の暖まる思いがする。将来二度と此の様なことは起ら
ないと思うし、起こしてはならないことと思う。内地に居た人々も貧困な苦痛な生活をしたが、捕虜よりはましではなかったか、自由を奪われ、精神的にも何等の寄り処も無くしそれこそドン底生活である、帰国後如何なる困難な状況でも遥かにそれよりはマシである。昭和四十年代の日本を見ていると、果してこれでよいのだろうかと、一抹の不安すら覚える。太平洋戦争に突入する前の吾々の学生生活は今の学生の生活よりは遥かに次元の高い精神的に豊かな時代を反映していたのではなかろうか、過去を追憶すると同級の大迫、落合、南川、岸等の面影が偲ばれる。英才、秀才は矢張り短命か、彼等有能人の活躍が見
られなかったことは返す返すも残念である。健康であることは何にも増して本人の宝である。此れからの人生も精神的にも肉体的にも健康で過したいと思っている。ほんの少しゴルフのスコアーを縮めたいと思うし、ほんの一寸でも音楽を聴き、
絵画を見る余裕が欲しいと思う。 家族も親子四人健康で日々を送っているのが幸せと云うものか、八月十五日終戦記念日に(私の終戦は八月十八日) |
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