二組  折下 章


 「全剔だから入院加療期間が長く、三ヶ月位かかるんだそうだ。」昨夏、胃の大手術後見舞に行った時、半流動食をなめるようにして食べながら、それでも君は元気に、やがての退院を楽しみにして言っていた。

 そして十月、待望の退院。「・・漸く病勢衰え退院出来る様に恢復…当分通院治療、自宅静養を要するので御礼参上は先のこと、・・・十二月クラブの諸兄によろしく御鳳声下さい」と片柳幹事長へ手紙をくれたのだったが、それが君の絶筆になろうとは。病巣は刻々に潜行し、遂に貴い君の肉体を蝕み尽してしまった。現世無常はかねてお互に覚悟のことながら、一月六 日君の霊前に参じては、あらためて寂寥の念を禁じ得なかった。

 想えば、予科同クラス編入の縁に結ばれ、その上に同じくサッカー部を志望したのだったが、君の全身を擲げ出しての「のり巻タックル」は有名で、先輩ベテラン連中も悩まされたものだった。その後、君志を異にして別れてからは、隣りの部屋で卓球に精を出しているのをよく見かけたものだった。

 若い時分の君は、諸事お世辞にも器用とは云えず、むしろ泥くさい武骨な・・・大器晩成型の人格だった。卒業后、君とは再 び同系の会社に籍をおくという縁で結ばれ、以来二十五年、君は三井鉱山にあって機材購買部門にその人ありと知られていた。鉱山には嘗ってその最盛期に数多くの同期生が入社したのだったが、今日同社頽勢の中にあって、その支えとして奮斗していた最後の一人をすら失ってしまった。多方面に亘る関連事業の展開によって同社業績の建て直しが行われようとしており、やがて君の資質にも期待する処必ずや大であったと思われるのに、その時期もまたず逝かれて了ったことは、誠に残念でならない。

 君は病床で言っていた。「お互に体が資本。大事に効率よく使ってくれ」と。

 今、われわれは「君の分まで大事に効率よく使うよ」と答えて、君の冥福を祈る。                                         
                                        (通信第十九号より)