二組  佐藤 幸男
 
  十二月クラブを構成する人々の標準的な生れ年は大正七年であろう。私もその一人である。或る時、名簿をくって全会員の中から大正七年生を数えたら約四五%の人が之に該当する事がわかった。そうすると十二月クラブの性格は多かれ少かれ、大正七年という生れ星の性格があるとすれば、それに左右されるという事になって来るのではなかろうか。

  性格判断には古来から生れ年によって見る易がある。毎年師走頃になると高島易判断所編纂と名打って翌年の運勢暦という小冊子が売り出される。多少の興味をもって昭和四七年版の暦を開いて見た。この様な暦では年を十二支になおさなければならない。午年の天稟の性質なる項を読む。

  曰く、「午年生れの人は任侠の気風があり、世話好きだから相当の人望を得る・・・むら気、気の多い性質・・・しかし陽気だから失敗してもくよくよしない・・・交際も又巧み・・・晩年の初期に良運がくる」

  おわかりの様に任侠に富み世話好き性格であるという。十二月クラブの発展も先づ間違いないであろう。

  この親愛なる十二月クラブの諸兄も大部分が官・財・経済界の幹部責任者として活躍されているわけである。厳しい激動の時期に持って生れた午年の性格で難局に際しても毅然たる態度でリーダーシップをとられている事であろう。然し午年といえども人間である。責任者として志気昂揚のために口では強気なことを言っても心では孤独感に迫られ、日本経済の将来を深く憂う事も屡々であろう。

  ふとこの様なことを考え乍ら運勢暦で来年の財界の占の部分を見て驚いた。曰く、「来年は易の六十四卦の中で四難卦と称せられる最も悪い卦の一つに該当する。来年の経済界は最凶の兆があり、非常な困難に遭遇し、衰退運は甚だしい。凶運の余勢はおそらくあしかけ三年に及ぶであろう」と。経済評論家のうち慎重派に属する人々が言っていることゝ全く同じ事が記載されている。

 更に最近気になるのはアメリカのガルブレイズ教授の「大恐慌一九二九年」なる著書である。本書が書かれたのは一九五四年で、アメリカでは第二次世界大戦後の二度目のブームの年であったが、教授はそのブームが多分に投機的であって結局反動的な不況を呼び起す事を憂慮していたらしい。そして翌年一九五五年米国株式取引所の公聴会に出席し、本書をリファーし乍ら「歴史は繰り返えすかも知れない」と証言したという。

 ガルブレイズ教授が本書を書いてから既に十五年が経過したが、其の間近代経済は大型政府の計画経済によって一九二九年の如き大恐慌は再び繰り返えされないと信じられていた。然し一九七〇年以降米国ではペンシルバニア鉄道の破綻を含む不況に突入し、遂に七一年八月に米国政府はドル防禦の為非常事態宣言を出すに至った。日本は今その波を直接受けている。果して現在の国際経済不安は筋書通り国際通貨問題の早期解決、米国経済の回復、欧州、日本経済の回復と順調に取運ばれて行くであろうか。或は如何に国家・政府が経済をリード、調整出来るとしても、資本主義の矛盾と欠陥がすべて払拭し去られることにはならず、アメリカの資本主義の長い繁栄の後に、今や新しい矛盾と困難がその経済の根底に深く横たわっているのではないだろうか。

  そうとすれば今行われつゝある世界大国の大蔵大臣会議はドン・キホーテ的存在にもなりかねない。たとえ一時的に国際通貨協定が出来たとしても、それはその後の米国経済、世界経済の安定を保証するものと断定出来るであろうか。

 悪夢は果しなく続く。一九二九年米国に端を発した世界大恐慌は結局金融為替恐慌であり、現在のそれに似かよっている。一九二九年以降世界経済はブロック化し、各国は長期不況、過剰生産、物価の異常な低落、失業者の増加等々経済的どん底にはいり込み、次第に社会不安は募り、遂に独乙にヒットラーというカリスマ的人物が現われて全体主義国家を建設統卒した事は尚記憶に新しい処である。その頃日本でも軍閥が台頭して満州事変、日支事変へと発展し、第二次世界大戦への口火をつくっている・・・。

  十二月クラブメンバーは大体十才頃に一九二九年の不況に身をさらされたわけである。その頃の記憶ははっきりしない点が多い。それから約四十年が経って五十才を超えた処で一九七二年の不況を迎えんとしている。この四十年間は我々にとっては、不況−戦争−敗戦−復興ー高度成長−経済的ブーム−不況という道を歩んだことになる。世界的不況は為替紛糾を起こし、それは政治的不安につながり、社会不安から独裁政治へと、そして又戦争へとつながりかねない。我々は二度と戦争の跡始末は御免である。この様な事は悪夢の段階で終って欲しい。そして世界の叡智を集めて一日も早く不況から脱し、安定した平和な世界経済社会を作り上げて、我々の子孫に引継いで行きたいものである。