五組 小林 悦生


  十二月クラブの皆様、大変御無沙汰して居り誠に申訳ありません。何分小生、米国のロスアンゼルスに六年半、中米のガテマラに二年強、そして現在イタリアのミラノに三年強と、最近の十四年の内十二年を海外で過して居るため、御無沙汰の己むなき次第、御寛容下さい。そろそろ浦島太郎になって来ましたが、日本の貿易のため微力を尽して居るつもりですので、何卒御支援の程お願します。
 
  さて、イタ公ことイタリア人の移民と出稼ぎ労働者が、世界各地であまり芳しくない評判を受けていることは事実ですが、従来イタリアに行ったことも、イタリア人に会ったこともない日本人までが、いちだん劣った国、いちだん劣った人種と思いこんできた傾向があるようです。日本からの観光客がまず古代ローマの遺跡を訪れ、その偉大さに感嘆すると同時に「二千年前にこんな素晴らしいものを作っているのに、今のイタ公は何故こうお粗末なのだろう」と、まだどこも見ていないくせに不思議につぶやく人が少なくありません。そしてこの先入感は、ローマでインチキ時計を買わされたり、ナイトクラブで法外な金を払わされたり、ナポリでものを盗まれたり、悪ずれした自称ガイドにだまされたりした少数の旅行者の話がさらに拍車をかけているようです。勿論イタリア人にも悪いところはあるにしても、日本人のイタリア人に対するこの先入感が、無理解と誤解から端を発している場合も多々あるのではないでしょうか。自分の住んでいる所は、良く見えるのかも知れませんが、私は最近このイタ公が性に合い大変好きになって来ました。天気の良いこと、甚だお人好しで親切な連中が多いこと、食物と酒が美味であること、芸術ファッションの国だけあり女性が綺麗であること等々、総合的に見て甚だ住み易い国と云えましょう。それから、さすが歴史の国で、ローマ、ヴェニス、フローレンスは勿論のこと、小さな町にも思わぬものが見られ驚くことがあります。
 
  例えば、ミラノ近郊だけでも、商用で何も知らずに出掛けると、木製品の町クレモナでは今尚ヴァイオリンの名器ストラディバリウスを作って居るところが見られる。食品工業の町パルムではスタンダールのパルムの僧院が残って居る。農耕機械の町ヴェロナではロミオとジュリエットの物語のバルコニイが見られる。繊維の町コモではデュヴィヴィエの名画舞踏会の手帖の舞台となったエステ家の別荘で素晴らしい庭と湖を眺めながら食事が出来る。その他マッターホン、モンブラン、モンテローザなども片道二時間の至近距離にあり山の好きな人にはたまらぬ魅力です。
 
  然しひとくちにイタリア人といっても、性格的に極めて多岐多様であり、例えばヨーロッパ的で勤勉な北部(イタリア経済を支えている)、アラビア系の血が強く流れている南部(移民はすべて南部出身)とでは複雑な歴史的背景も加わり、まるで人種が違う様な差が見られ、更に夫々はっきりした両極端の長所と短所が時と場合により違った形で表れて来るため単純なようで甚だ難解な珍らしい国民と云えましょう。それにしても、イタリアの欠点と云われて居る、

 ○過保護に等しい退職金、年金などの羨しい社会福祉制度を持ちながら、他国とケタの違うストライキを続ける労働者達
 ○世界に類の無い複雑な税制を持つ税務当局と会社との馴合的馳引き
 ○頑迷なカトリックの存在。特にヴァチカン御本山と政党との難解な結び付き  
 ○無能力な政府と非能率的な役人達
 ○仕事を放棄してでも女性を追いかけ廻す男性達

 等々、良くこれで国全体がパンクしないものと感心する事がありますが、そこは危険を察知するに賢いイタリア人、国も会社もつぶれない程度に自分の生活を最大限にエンジョイする術は充分心得て居るようです。学生時代から歴史が大嫌いであった私ですが、イタリアを理解するために、白紙に還り古代ローマ、ルネッサンス、更には十数世紀に亘り受けた彼等の侵略の歴史を読んで見ると、イタリア人の人世観、生活態度も成程と理解出来て、前述した欠点も憎めぬ愛すべきラテンの御本家と云った気が強くなって来ます。
 
  日本に帰ったら、或は使いものにならぬかも知れませんが、当地在任中は精々自分もエンジョイするつもりです。
 
  イタリイ良いとこ。皆様も是非一度イタリイに来て下さい。
 
  はるかイタリアより、さようなら。