六組  前田  勇

 「おんふくちょうだい」とは何であろうか。岡山市の中心部より東へ十粁、岡山県三大河川の一つ吉井川の河口近くに西大寺観音院がある。西大寺のこの寺院は古くから天下の奇祭、「裸祭り」をもって音にきこえる。毎年二月半ば、厳寒の真夜中水ごりをとった勇ましい裸男数千人が、観音院の拝殿でワッショ、ワッショともみ合う。午前零時を期して、住職が陰陽二本の宝木(しんぎ)を投下すると、これを手に入れんものとワッショ、ワッショのもみ合いは、凄じい乱戦となる。

 今年は十八才の桃太郎のような青年が、宝木を掴む福運にめぐまれ、この宝木がやがて祝主(いわいぬし)をつとめた山陽相互銀行社長、前田勇のところに収まった。午前二時頃であったろうか。

 観音院近くの祝賀会場に陣取って待ちうけていた私は、一杯機嫌の勢に乗って毛筆をとり、「御福頂戴」と大書したのである。
 
宝木は十数日観音院で香をたき込められ、観音様の威神カを発散している。これを受けたものは勿論、これに接する人々にも福を齎す力があるという。これが「御福頂戴」の物語りである。
 
一橋卒業三十周年を、岡山在住七年目に迎え、時あたかも新幹線岡山開通となる。この昭和四十七年三月十五日の新幹線岡山開通のおかげで、如水会本部より、竹村理事長、吉田理事、樋野事務局長の一行を岡山に迎えたのは、翌月四月二十四日のことであった。これを待ち受けた如水会岡山支部では、早速年次総会を開催、宴たけなわの頃合を見て私は立ち、「一橋の折角のめぐまれたゼミで、私は不肖の弟子であり、研究の方はさっぱりであったが、恩師故河合諄太郎教授は観音経偈文の読み方を教えてくれた。これが今日まで最大の教として私の人生を導いている。」と述べたところ、人間味あふれる竹村理事長は「それだ、それだ、われわれはその精神で日頃やっているのだ」と合づちを打たれた。
 
卒業三十年、岡山七年、御福頂戴、新幹線岡山開通、如水会理事長来岡、そして私の総入れ歯もようやく完成、一生死ぬ程苦しんだ歯の悩みからも解放される。
 
十二月クラブにも限りなき御福あれかし。