講義の印象
(卒業記念帖300頁より)
◎国寶級に属するといはれる三浦先生の史学も、むづかしすぎて学生にはわからない事が多い。
然も熱心な聴講者の多いのは、その学問に対する尊敬のゆ えであらうか。
◎おょそ増地先生の講義くらゐ生真面目なものはない。
組織的でよく行き届いた先生の講義も、このために学生からは親しまれないのは残念である。
地味で着實な先生の人がらをよく示してゐる講義である。
◎なめらかな口調と明快な論理とを以て 中山さんの経済学は学生の耳に快い響となつて傳はる。数々の批判を受けながら理論経済学の傳統を守つて立つその堂々たる態度は、第一流の貫録十分と云へよう。
◎中山さんと並んで理論経済学の双璧をなす杉本さんの講義は、中山さんほど流暢ではないが、熱弁である。
殊にその推理の確實さは、熱心な学生をひきつけるに十分だ。
両先生の併行講義は面白かつたものである。
◎井藤さんの魅力は、どんなむづかしい事でもやさしく噛み砕いて、学生によくわかるよう に話される点にある。
面白く聞いてゐる中にいつの間にかわかつてしまふ。
先生の財政学講義は、怠け者の学生さへもひきつけるだけのカがある。
商大名講義の中の一人である。
◎東畑さんの「農業政策」の講義は、いかにも先生の人柄のあたゝかさを感じきせるなつかしくもたのしい印象深い講義だつた。
「商大生よ、クラーク根性を捨てよ!!」
商大を去る最後の講義で、先生が我々に残された言葉がこれだ。癪にさわつたが確かにそうだ。
皆さん忘れぬ様に!!
◎曾つては東大の法学生の人気の的だつた法学界の泰斗牧野英一先生、講壇へ登ぼられると急に若返へる。
ローマ法とナポレオン法典の精神を耳にタコの出来る程聞いた。
刑法の牧野か、牧野の刑法かの自慢話もなつかしい。
◎フランス社曾政策と労働政策の山中さんはどちらかといふと講義が余り上手な方ではなく、そのために随分損をしてゐる。
興味ある内容を語つてゐる時にも、あまり学生の興味をひかないからである。