1組  木島 利夫

 

 記念文集に何か一文をと気になっていました。
 ところが、ここのところ、妙に雑事が重なりどうにも、責が果せません。以前に書いたもので申訳ありませんが再録させて頂きます。
 日経新聞の「本との出合い」という欄に掲載されたものです。

 ご多分に洩れず、青春の一時期、文学を一生の仕事にしたいと大まじめに考えたことがあった。書棚に、アダムスミスやケインズと並んで文学書や哲学書がぎっしりとつまっていた。下宿が二階だったので、本の重量のことで、下宿のおばさんにしばしば、文句を云われたことを覚えている。

 こうした思い出多い蔵書とも、ある日お別れせざるをえなくたった。戦争勃発、繰上卒業、入営が迫ってきたからである。昭和十七年一月のある寒い日、近くの古本屋を呼んできて、一切の蔵書を文字通り十ぱ一カラゲに、売り払うことになる。これで自分の人生の区切がついたと思うと、サバサバした気持にもなったが、同時に何ともやり切れないむなしさに、涙をおさえることが出来なかった。

 当時、私が愛唱していたのは、雑誌「四季」の同人の作品であった。そのころ、四季の連中は、日本の近代詩の担い手として、意気軒高たるものがあった。
 結局、その人達の詩集だけが、古本屋に、渡る運命を免れて、私の手許に残った。
 私は、その中から、三好達治「春の岬」(創元選書)ほか二、三冊をもって野砲隊へ入営することになる。索漠とした空気の中でこれらの詩集がどれほど心の灯とたったことか。昨年、関西で恒例の財界書画展があったとき、チャリティのために出品者は必ず色紙を二枚つけて出すことになった。あれこれ考えているうちに、ふと三好達治の詩が浮んできた。
 「雪」という題である。

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

 田舎の夜半、灯が遠く近く見えているところへ雪がしんしんと降っている。
 この情景を色紙の半分にかいて、上の右の詩を入れた。
 こんな風変わりな色紙は、私のだけで思わず顔が赤くなった。ところが、会が終ったあとで、あの色紙をくれという人が、数人現れたのには、大いに面くらい、かつうれしかった。

 

卒業25周年記念アルバムより

卒業25周年記念アルバムより