1組  翠川 鉄雄

 

 本日(七月十七日)、われわれのアマゾン・アルミ・プロジェクトに最終的な閣議了解が与えられた。最初の閣議了解(五十一年九月)が与えられ、わが社が設立(五十二年一月)されてから既に五年近く経ったわけだが、この間多くの紆余曲折はあったものの、本日漸くスタート台にまで到達したわけだ。

 イラン石油化学、中国借款等の最近の実例にもみるように、海外投資をめぐる客観状勢は一段と厳しさを加えてきている。更にこのプロジェクトの投資相手国であるブラジルは、現在インフレ、国際収支難、資金不足等に悩まされてしばしば計画を変更しており、一方日本側でこの事業を担うべき中核体たるアルミ製錬業界はエネルギー・コストの高騰を背景として業況不振に陥る等、プロジェクト遂行のための諸条件は極めて難しいものであった。

 従って今年に入ってからは、正月明け早々から渡伯してブラジルとの最終交渉を行ったり、帰国後は三十社に及ぶ株主会社、二十数行に及ぶ金融機関への説明と説得、政府関係筋への支援要請等、事態を今日の状態にまで推進するために、われわれとしては多大の努力を要することとなったわけだ。
 このため編集委員長の倉垣さんはじめ多くの方々から文集への投稿依頼が再三なされたが、正直のところ、私としては物を書く余裕もなかったし、全くその気持になれたかった。
 しかし本日再び倉垣さんからのご依頼もあり、プロジェクトの方も一応の目途もついたので、あまり我儘を通すのは如何なものかとも考え、大分前に十二月クラブでもお話をし、他所にその骨子を寄稿してあったアマゾンについての文章をそのまま文集に利用させていただくことにした。誠に不躾な処置だが、お許し願いたい。

 さてアマゾン(Amazon)とはギリシャ語の〔a(否定) mazos(乳房)〕に由来するもので、ギリシャ神話に出て来る伝説的女人武人族を云う。一人の女王に治められ、狩と戦いを好む女達で、弓を引くのに邪魔にならぬ様に幼いうちに右の乳房を切りとっているので、アマゾン(乳房の無い人)と呼ばれたわけです。
 十六世紀初頭、アステカ王国やインカ帝国を亡ぼして夢のような財宝を手に入れた人々は、更に伝統のエル・ドラド(黄金郷)やアマゾンの国を求めてアンデスのかなたに探検隊を派遣した。アンデス山中のアマゾン河の上流に着いた一行はスペイン軍人オレリヤーナに率いられて河口まで下る途中、支流のトロンベクス附近で女の戦士の加わった土人軍の攻撃を受け、大いに苦戦したためにギリシャ神話アマゾンの伝説に因んでこの河をアマゾン河と呼ぶようになったといわれています。

 この河は全長6千Km、ミシシッピー河に次いで世界第二の長江で、水量・流域面積では世界第一位です。河幅はペルー・ブラジル国境で三Km、中間のマナウスで六Km、河口では三三五Kmに及び、河口には九州と同じ大きさのマラジョ島が浮んでいる事実だけでも、この河の大きさは想像できるでしょう。
 この河の特徴の一つは上流と河口の落差が一〇〇m以下と極めて小さい点で、このため河口から四〇〇Kmまでは淡水と海水が入り交っています。一昨年NHK・TVが世界で初めて放映した"ポラローカ"という逆潮現象(年に数回大西洋の大潮が背波をたてて河を遡るのもこのために起ることですし、河口から一〇〇〇Km、二〇〇〇Km、大西洋の塩辛い水が全く来ない場所にイルカ・サメ・ヒラメといった海の魚が沢山棲息している事実もこれと関係があることでしょう。

 ところでアマゾン地区といわれる区域は日本国土の十三倍、地球上の森林地帯の1/4といわれる大森林におおわれ、地球上の酸素の1/3を供給している広大なジャングル地帯です。
 十六世紀初頭、ヨーロッパが初めてこの河を下ってから既に四五〇年余、この間多くの冒険・探険がこの地帯に試みられましたが、人々が探し求めた財宝とロマンに満ちたエル・ドラド・やアマゾンの国は遂に発見されませんでした。今世紀に入ってから野生ゴムの採取や、日本人によるジュート・胡淑の栽培の成功により、一時的にはブームにわいたこともありましたが、これも永続きはしませんでした。
 アマゾンというこの未開の処女地は、その名にふさわしい強かさをもって開発と近代化を拒否し続けて来たのです。しかし因縁のあるトロンベタスにボーキサイトの一大鉱床が発見され(一九六七年)アマゾン支流のトカンチンス河のツクルイ発電所(第一期三九六〇MW、一九七五年着工)建設開始と共に、アマゾン地区における最初の近代的大工業プロジェクト(アルミナ八○万屯、アルミ三二万屯の工場建設)が日伯両国人の手で漸く緒につきはじめました。
 プラント・サイトはベレン市西南僅かに四〇Kmの地点ですが、今なお深いジャングルにおおわれており、工場建設のためにはインフラの整備(港湾・道路・居住地区等)技術者・労務者の確保等々、アマゾンヘの挑戦には今後多くの困難が予想されます。しかしアマゾン開発はブラジルにとって長年の悲願であり、日伯親善の上からもこのプロジェクトは是非とも成功させたいものと考えています。

 ところで現在の計画では予定通り事が進んだとしても、われわれのプロジェクトが全て完成するのは一九八八年十月ということになっています。諸事遅れ気味で、十年をもって仕事を完成させるための一区切りと考える必要のある様なブラジルにあっては、丁度今から十年先、われわれの卒業五十周年記念に工事の完成が間に合えばと心ひそかに願っている次第です。

 


卒業25周年記念アルバムより