1組  (諸橋 明子)

 

 亡夫の供養の為想い出を書く様にお電話いただき文才のない私は大分迷いましたが、下手な俳句をまじえて恥をかかせていただく事に致しました。

 二人の生活をふり返りますと先づ新婚時代、終戦後の物の無い時でしたが、山好きだった主人は二人分の荷物をリュックサックにつめ、度々信州等の山道をのっしのっしと登って行き、私は後から頼もしい人だなあと思い乍らついて行きました。その頃の作品

雲迫る強羅の山に春近し
芦の湖の鏡の中に新妻立てり

 以後三十二年間只々夢中でついて来てしまいました。
 でもこんた事もございました。主人は何時も私が影の如くついて来るものと信じてちっともふり返らずにすたすた歩いて行くので、私はだんだん腹立たしい気分になり、しぱらく立ち止っておりました処、大分先の方で私が居ない事に気づき、きょろきょろ探し、
 「これからは僕の前を歩きなさい」
 「だってどっちへ行くのか分からないぢゃないの!」
 等を喧嘩しながら歩いた事もございました。

 それでも台処の雑用以外はすべて私より優っておりましたので、随分色々の事を教えて貰いました。気の強い処もありましたが、反面やさしい心も持っていて、植物や動物にも深い愛情をそそいでおり、犬の心を俳句に作ったのがあります。

聞き馴れし口笛うれし坂登る

 関西におりました時に、坂の上の家に住んでおりました。オーストラリアやバンコックに駐在しておりました折にも旅行好きだったあの人と天国の様に美しい処に度々行き、良い想い出が沢山ございます。最後のしめく上りは十二月クラプの方々とのヨーロッパ旅行でした。

 会社もやめ家に居りましたので、あの旅行の前の楽しみ方は丸で子供の様で、五十日位前からあと何日何日と指折り数えておりました。いくら旅行好きでもあの世に旅立つのは少し早すぎましたが、良いお友達にも恵まれ仕合せな生涯を送る事が出来、本当によかったと、残された私はうらやましい位でございます。

 一人になりましてから俳句の稽古を始めましてまだ人様にお目にかけられる様な句ではございませんが、亡き夫を偲んで作った愚作を捧げます。

 亡くなる三年前に植えた姫こぶしが咲いた時、

姫こぶし逝きにし夫が舞い来たる
亡き夫のほゝえみ見えぬ姫こぶし

 新盆を迎えた時

迎へ火に心ぬくもり夏の宵
新盆や友が集いて語らいぬ
夏の日に主なき椅子嗅ぐ老いし犬