2組 宮城 恭一 |
私は山登りが好きで、山路を歩いているとき、美しい花や植物に出合う。しかしその名前を知らないことが多かった。また住んでいる東京のわが家の猫の額ほどの庭にも、植えてある梅、ぼけ、ばら、もみじ、やつで、あおき等は知っていても、ひとりでに自生して花を咲かせる草については全く無知に等しかった。更に私は公害防止事業団に勤務していて、その仕事の中に緑化事業がある。そのときどういう木や草を植えたらいいのか全く知識がなかった。たまたま同じ職場に川名さんという植物に詳しい方が居られ何かと教えて戴けるのである。 私は、動物については子供の頃からかなり興味を持っていて、人類という霊長類を含む哺乳類が一番進化した動物で、次に哺乳類と共に体温を持つ鳥類が続き、体温のない両棲類、爬虫類、魚類、虫たち……といった進化に従って分類が行われていることは大体知っていた。 植物にだって立派に分類がある筈だが、私は知らないだけだ。動物と同じように分類学に頭を置いた上でそれぞれの植物に接して行けば理解が早いだろう。そこで一念発起して植物の勉強をしようと決心した。それは昭和五十年、六年前のことである。 丁度そのとき朝日新聞社が「朝日百科世界の植物」、週刊で一二〇冊の刊行が始まった。早速この講読を申し込むと共に、本郷東大前の植物学専門の本屋(井上書店)へ行って植物分類学の本を買ってきた。また牧野富太郎博士の新日本植物図鑑(北隆館)や同書店から出ている原色の樹木、草の検索図鑑も手に入れた。更に岩波新書、中公新書等に植物に関する研究書や随筆等が沢山あることを知り、また保育社や「山と渓谷杜」等にはカラー写真の植物の本が沢山あることも知った。これ等を興にまかせて手に入れて、読んだり見たりした。 植物学は大へんに広い範囲と深さを持っている。細菌からカビ(薬学上重要なペニシリン等を含む。)こけ、シダ等の隠花植物、原始的植物から、イチョウや杉、松のような裸子植物がある。それと共に、発生の時期が考古学上不明なままに我々が日常目にしている被子植物が存在する。被子植物は松や杉のように裸の種子でなく、種子を保護するための包皮を持った植物である。美しい花を咲かせている植物、サクラ、バラ、キキョウ、タソポポ、スイセン等は殆んどが被子植物である。被子植物はこれが二つに分類されている。一つは種子が発芽したときアサガオのように双葉が出るものとユリのように一つの葉が出るものとである。前者を双子葉植物、後者を単子葉植物といわれる。双子葉植物の中で最も進化した植物はキク科の植物で、単子葉植物ではラン科とされている。 何故キク科が進化しているのか。双子葉植物については、花が筒状花と離弁花に分れてキリやキキョウやツツジのような筒状の花弁の花が進化していてサクラやバラのように花びらが一片づつ分れて散る花は進化がおくれているめだそうである。キク科の植物は一見沢山の花びらがあってあたかも離弁花のように見えるが、花びらのように見える花弁が実は一つの完全な花なのである。キクでもタンポポでもダリアでもコスモスでもあの花弁とみえるものが一つの花で雄しべも雌しべもあり、筒状の花である。これを集合花というのだそうだ。 両者を総合してみると、独断のそしりをまぬがれないと思うが、生殖機能が複雑な構造を持つのみならず、その進化の間に不必要なものは退化しあるいは統合し、子孫を残す機構が環境の変化に適応しやすい植物を進化した植物としているようである。人類が最も進化しているのも、あらゆる環境を克服し生き続けていることと同じであるようだ。 植物について学んで行くにつれて、色々な植物の写真や図鑑を見て行くにつれて、始めてその植物に出合ったときの感激は何ともいえない。奥多摩でムラサキシキブ(クマツヅラ科)の美しい紫色の実がすずなりになっているのを見たとき、武蔵野(井頭公園)でクヌギ林の中にエゴノキ(エゴノキ科)の白い可憐な花を見たとき、奥秩父でグロテスクなマムシグサ(サトイモ科)奥丹沢でギンリョウ草(イチヤクソウ科)一名ユウレイタケを見たとき、北アルプスでクロユリ(ユリ科)を見たとき、東北の朝日連峰でタムシバ(モクレン科)の花を見たとき、岩手の早池峰でエデールワイスとよく似ているハヤチネウスユキソウ(キク科)を見たとき・・・・・数えあげればきりがない。 猫の額ほどの私の庭にも色々な草花が自然に生えてくる。一度妻にも言って雑草をそのままに生い茂げらせることにした。雑草がおのがじし咲いてくれる。調べて見て全部ではないが私が記憶に残っている植物の名をあげると、オニタビラコ、ノゲシ、タンポポ(以上キク科)ムラサキサギゴケ(ゴマノハグサ科)カタパミ(カタバミ科)マンネングサ(ベンケイソウ科)カラスウリ(ウリ科)等々。 特に立派なのはカラスウリであった。つるを庭木に延ばして知らぬ間に庭木を制圧してつぼみを持つ。そして夜になって花を咲かせる。その花は真白な大きい、白い刺繍を思わせる花である。思わず妻子を呼んで見せた。こんな美しい花があろうか。夜だけ咲いていて翌朝になるとしぼんでしまう。これも植物の本からおそわったから見られるので、日が暮れてから庭を見てカラスウリの花を見ようなんて考えるひとはあまりあるまい。 私はわずか数年ではあるが沢山の植物に関する本を読み実際に植物を見てきた。だからと言って、私に「この木は」「この花は」何かとたづねないでほしい。知っている植物についてはすぐ答えられるのではないかと言われるが、何万ともある名前を即座に頭に浮ばない。親しい人の名前も、どわすれするのが日常の私である。 |
卒業25周年記念アルバムより |