5組  馬場富一郎

 

 昨年来日本の株式市場は外人買という状況の下で株価出来高ともに史上最高となり証券生活三十年の私にも初めての経験でした。本文集が御手許に届くまでには半年以上の期間がありますがこの状態は程度の差こそあれ大きな変化はないと思われます。これについて一番反省されますのは日本人の国際通貨に対する経験の未熟さであります。一ドルニ百十円という為替相場の中で日本の株価の三十円や五十円の値の変動はドルに換算すれば極めて小さい動きであるにかかわらず市場では目先の細かい変動で判断するため外国の値幅の大きい投資が理解出来ず大局の流れを把握し難いため自国の優秀な企業の株式が海外に安値で買進まれてしまう結果となりました。世界経済の中で日本のファンダメンタルズのすぐれていることで世界の豊富な資金が分散投資を求めて日本に向けられていることを考えると相当思い切った外人買に対する対応が不充分であったことは日本の証券界全体としてもう少し国際的視野で物を考える必要が大切であることが痛感されました。

 株式の流れは時代を先取りしてこれから何が伸びるかを模索し乍ら進むものでありますが今後の一〇年間を展望しますと一般の認識として次の三つがあります。

 一・半導体、二・光ファイバー通信、三・遺伝子工学、とされております。これまで家電、自動車の産業が外国から入って来て之が日本で世界一優秀な事業として逆に輸出産業の花形となり又半導体も現在ではこのような状況になって来ました。ここでは二十世紀最後の技術革新といわれる遺伝子工学について若干申し上げ度いと存じます。

 十二月クラブでは去る四月の月例会で牧野知久兄の御力で理化学研究所の牧野修博士をお招きしてこのお話をうけたまわり教養を高めるチャンスに恵まれました。

 遺伝子工学は実に広い範囲に及び医薬品などファインケミカル分野、食品、農畜産業、化学工業、資源エネルギー等がとり分け影響の著しい分野であります。目下先端を行く米国はもとより日欧いずれもしのぎをけずってその開発競争に国運を賭けている現状です。医学の分野からアプローチしている米国ですが遺伝子工業の土台である醗酵工業は日本が古来よりお家芸としている分野であって現在米国から多くの学者が来日してこの研究に努力しており、半導体のように日本に又先を越されないように日夜力を注入しているのが実情です。
 いまのところインシュリン、成長ホルモン、インターフェロンといった特殊の医薬品の遺伝子操作による開発競争では日本は米国に水をあけられていますが医薬品に限って坑生物質・制がん剤各種成人病薬と開発を待っている新薬は限りなく多く更に農薬、ファインケミカル、化学工業、食品、食糧、資源、エネルギーなどその規模は世界で五十兆円に及ぶというのが微生物工学のもつ応用範囲の展望であります。日本はモンスーン型の気候で湿度も高くカビや微生物が繁殖し易い国土で漬物、味噌・醤油、酒類など醗酵工業の伝統があります。この技術の豊かな蓄積を背景に応用微生物工業は戦後急速に発達し、とり分けビタミン剤抗生物質制がん剤など医薬品の発展が目覚しい現状です。
 海外から導入した技術を消化して四十年代以降は世界のトップクラスの水準となり五十年代はセファロスポリン系の三世代四世代といった最先端技術では世界をリードするようになりました。アミノ酸関係ははじめから日本伝統のもので他国の追随を許したことがありません。新しい科学的な手法で微生物がある特定の物質を大量に作るように作りかえる技術を世界に先がけて開発したのは日本であり、これが遺伝子工学に於ける日本の将来性が極めて明るい見透しとなっています。
 遺伝子工学の市場規模の推測は困難ですが一九八〇年・・九〇年にかけて日本の予測では三兆円、米国では一九八八年・・九〇年まで世界市場で少くとも現在の一千倍の二千七十一億ドル(一ドルニ百十円として五兆六千四百億円)と見込んでいます。

 市場規模別にしますと
 エネルギー分野九十四億ドル、薬品分野二十九億ドル、化学分野二十五億ドル、プラスチック分野二十六億ドル、農業分野五十七億ドル、其他三億ドル

 株式投資に先見性が必須の要件でありますがこの遺伝子工学に参加している企業の優劣が次第に取捨選択されその価値が大きく投資効果にあらわれることが必至であります。
 ただ近い将来では米国と組んで行くことが早道である場合も多いと思われます。例えば、武田薬品と米国のホフマン・ラ・ロッシュ社との共同開発が量産体制が出来る可能性が大きいということが考えられます。以上甚だ雑薄な考え方を申し上げましたが同期生諸兄の御批判と御高見を賜れば幸と存じます。

 



卒業25周年記念アルバムより