6組  杉浦 正直

 

 今年の十二月で齢六十三歳を重ねることになる。自分の人生を振り返って見るのに適当な頃合いであろうか。自分の六十三年間は長いようで夢中で過したせいか思い出としては意外に短い期間であった。

 昔からのことを次から次へと想い出してみると人生に意義を感じるのは或る物ごとに感激し、その感激から「ああ自分は生きていて良かった」と感じた瞬間である。この瞬間は生涯絶対に忘れることができない。それらの瞬間を綴り合わせて一本の繋がりとしたものが自分の人生であると思っている。

 今感激したことの一つとして思い浮べるのは昭和十三年頃であったろうか、日比谷公会堂で巨匠ワインガルトナーの指揮する新響(今のN響)を聴いた夜のことである。長い鞭のような指揮棒を大きく厳かに振って彼が醸し出す音にはそれこそ神の前にひれ伏す敬慶な祈りの境地を感じた。

 余りの感動に自分は演奏会が終るや否や会場を飛び出し公園を泣きながら彷徨い歩いた。そうして銀座のコロンバンまでたどり着き、ほっとして涙を拭ったものだった。青年時代の純粋な感激!これだけは今後どんな目に会っても再ぴ起り得ないような気がする。

 



卒業25周年記念アルバムより