歌集出版によせて (「紫紺の闇」作曲者)(歌集より)
山 岡 博 次(昭和15年学部卒)
小生作曲の歌「紫紺の閻」がまだ学園内に生きているとは感激でもあり面映ゆい感じです。
あの歌は昭和11年小平に一橋寮が新設されたときに一つ寮歌を作ろうじやないかとの事で、寮生より募集Lた歌詞の中より一等に当選したものに小生が作曲したものです。
作詞者は小生と同クラスの依光君で、作曲は当時音楽部部員として予科三年生では小生のみが寮生でもあり過去にも二三手なぐさみに手掛けたこともあったので、小生が引受けたわけわけです。然し中々気に入った作曲も出来ず、半月以上もいろ々々と頭をひねったことを憶えています。最初は作曲法の本も繙いてみたのですが、結局寮歌のようなものは別に音楽の形式にこだわる必要はない。感情の赴くままに歌えばいいので例えば民謡の様なものだと考え、次は全国高校専門学校の校歌寮歌を調べて見ました。
当時寮歌には星月花がやはり一番多く、またこの「紫紺の闇」の歌詞もその調子になっていたのでこのありふれた調子の作曲を選んだわけです。
作曲中の2週間程は学校へ出て授業中も先生の講義が耳に入らず、専ら、色々とメロディを頭に浮かべては又消し又考え、寮え帰っては自分で歌って同室のものに聞いてもらって、批評を聞き又やり直したりしてやっと仕上げたものです。(昭和15年学部卒) (昭和34年10月記)
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(北寮13号の写真)・・クリックすると出ます。(多分 1組 松村次郎君撮影)
左より 山岡博次先輩(3年生)、1組 末永隆甫君、松下保彦先輩(2年生)、5組 山崎坦、6組 前田勇君です。(「回顧」「学生生活」より)