鵜澤 昌和

 

 まずこのような会合が持たれた動機は、今の母校の現状が大変問題が多いと思われ、このままであれば将来衰微するのではないか、という危機感を持った意見が、「如水会々報」の中に何度か掲載されたことによると思う。つまり、「如水会々報」の昨年の五月、七月、十一月、及び今年六月に記された各氏のご意見と、もう一つ、クラスメイトのカナダ在住の張さんが中村さん宛に送ってこられた意見などである。これらの意見、提言に触発されて、われわれ十二月クラブメンバーも母校の将来を憂いて、母校のあり方について皆で話し合おうということになったということであろう。

 これら各氏のご意見の中でどういう点が主な問題かという事が重要であるが、いろいろと指摘されている中でとくに注目されることは、最近の卒業生の評判が必ずしも良くないという指摘かと思われる。例えば若松さんという方の「如水会々報」の意見では、最近の一橋の卒業生は元気がなく、自主性がない。おとなしくて柔順だが特徴がないし、リーダーシップに欠ける、と多くの人が言うと書かれている。つまり、往時の一橋スピリットが全く失われ、それは結局、一橋大学そのものが個性を失くしているということによるという指摘であろう。その他杉江さんが配布された資料の中に書かれている学長選挙の在り方とか、その他憂うべき状況として指摘されたことは種々ある。また、内部の問題とは別に、外部者の声として、一橋と東京工大を合併して、アメリカのMITのような総合大学とすべきだという意見がある。このことは裏返して言えば、一橋はもはや一人歩きは出来ないということでもある。この意見は、さる公の席で、文部省の高官がこれを引用しており、軽視できぬ問題といえよう。

 ところで現在日本には約五百の大学と約六百の短期大学があり、五百の大学のうち国立は二〇%以下の九十六に過ぎず、学生数も全体二百万のうち国立が五十万に過ぎない。このような状況からいえることは、大多数を占める私立大学の動向を無視して国立大学の在り方を考えることは出来ないということと、同時に一方では、少数である国立大学は、私立大学には期待し得ない特質と個性を強く保有して、独自の役割を発揮しなければならないということである。そのような考え方に従って、先ずいま私立大学が非常に重大な問題として真剣に取り組んでいることは何か、を見ると、平成五年以降、大学への進学対象年齢人口が激減するという冷厳な事実に対応するための魅力ある大学づくりということが挙げられる。

 日本の私立大学は過去に倒産した例は無かったが、今や「大学倒産時代」ということで、どうやったら大学の内容を良くし、特徴を出し、魅力ある大学が作れるかということに、初めて真剣に取り組むという状況になっている。このような中にあって、一橋は今迄通りであっても、他の大学、特に私学が大幅に変容するとなると、相対的に一橋の魅力というものは、非常に低下してくるということになる。

 それから以上のこととも関連して、ここでもう一つ考えなければならない極めて重要なことは、文部省の大学改革のための積極的な姿勢である。文部省はつとに、日本の大学の在り方には非常に問題がある、殊に国際化の進展の中にあって、アメリカとか他の国の大学の状況などとも比較して、非常に問題が多い、という認識を持ち、大学を大幅に改革していかねばならないということで、大学審議会に今後の大学の在り方を検討することを依頼し、大学審議会では三つの部会に分かれて検討した結果の答申が、平成三年二月に公表されている。この答申の内容は、その通り文部省がやるかどうかはまた別の問題として、大学の在り方を画期的に変えるものとなっている。その基本として、今迄文部省が非常に細かい基準を定めて、それによって厳しく監督し指導してきたやり方を改めて、大綱のみをきめて後は各大学の自主に委せるということと、その反面大学が自ら十分にその質を評価するという考え方である。

 以上のようなわけで、一橋大学が今後どうあるべきかという問題を考えるに先立って、われわれは、一橋大学をとりまく周囲の環境が急速にかつ大きく変わるであろうという事を先ず考え、そしてそれがどのように変わるかについて、できるだけ正しい見通しを持つことが必要であるということを強調して置きたい。ただ、私学の場合と異なり、国立大学はその設置者が国であり経営者も国であるが故に、私学のように簡単に変革が可能であるのか、という問題があり、その辺は大変難しいところである。しかしながら、たとえば信州大学のように、国立でありながら非常に思い切った新しい施策を次々に打出しているような例もあり、また筑波大学のように、今迄の大学になかったようなやり方をいろいろと実現しているような例もあるので、方法よろしきを得れば新しい発展の方向を打出す事も可能であると思われる。

 以上のような前提に立って、母校一橋大学の改革の方向、今日の在り方を考えた場合、私見としては、次のようなキーワードが浮んでくる。つまり、「差別化」「国際性」「学際性」「産学協同」「実学」「生涯教育」などである。これらのうち、例えば「実学」については、その意味するところを明らかにしないと誤解を受ける可能性があるが、ここではそれについて述べる余裕がない。いずれにしても、他の国立大学にない、個性ある一橋大学であってほしいが、それを考える場合、「私学的センス」の導入ということが望まれる。なお生涯教育あるいはリカレント教育については、現在一橋講堂所在地などの利用により、社会に大いなる貢献がなしうると思われる。