1組  深谷 光茂

 

 早いものである。一橋を出てから五十年、半世紀が経つ。昭和十六年、大東亜戦争の勃発の年の十二月に第一回の三ヶ月繰上卒業してから、戦争-敗戦-戦后の復興、その後の政治、経済面での、めまぐるしく、しかも厳しい情況を克服して世界第二の経済大国として繁栄している今日の日本の姿を見ようとは、当時のことを考えれば全く夢のような気がする。更に今回卒業五十周年の記念文集に寄稿することが出来るとは、まことに幸いであり、感無量なるものがある。かゝるチャンスを作っていたヾいた幹事長始め幹事諸氏に対し、心からの感謝の念を禁じ得ない。

 次に会員諸兄とは日頃ご無沙汰しているので、近況をご報告して責を果たしたいと思う。

 一、読書について

 老化防止のためにも読書を心掛けているが、それも秩序立ったものではなく乱読の類いである。歴史小説、随筆、ミステリー、経済誌等々、最近読んだものとしては、池波正太郎の鬼平犯科帳、剣客商売シリーズ、仕掛人藤枝梅安シリーズなどは江戸時代の人情の機微を巧みに捉え、滋味溢れるストーリーの連続にて、全く厭きることなく読むことが出来た。読書は人生を豊かにし、また楽しいものである。

 二、ゴルフ

 ゴルフは健康のために、何とか週に一回位は行きたいものと考えているが、天気が悪かったり、或いはよんどころない用事が出来たりして、仲々思うにまかせず、結局は月に二〜三回プレー出来れば上の部、腕前の方は、ハーフ五〇を切れれば大満足、ハンディは二十五〜二十六というところで、多少は負け惜しみもあるかも知れないが、スコアよりも、元気にプレー出来ることが第一と自分自身に言いきかせながらの「ゴルフ」である。

 三、自動車の運転

 車の運転は、かねてからの希望であったが、現役時代は社用車を使わせて貰って、特に不自由もなかったし、又免許をとりに行く暇もなかった。

 しかし、第一線を退いて時間的に十分余裕の出来た六十四才の時になって一念発起して、かねて念願の免許取得に挑戦することとした。夏の真盛り池上の教習所に通うこと三ヶ月、年をとってくると、若い人と違って運動神経も鈍くなり、大分苦労した挙句、丁度三ヶ月目に漸く鮫州の教習所に於て、正式に免許を取得した時には、本当にホッとしたものである。爾来、最近の車の氾濫する街の中で、いろいろの情況の下での実地の訓練、高速道路での運転、屈折する坂道の走行、夜間運転、雨中での運行等々練習を重ね、その間、車庫入れに失敗して後部のトランクを大破したこと、路上のバックで電信柱にこすって車の脇腹をヘコませてしまったようなことはあったが、大した事故もなく今日に至っている。

 これまでの総走行距離は四万五千粁、地球一周(約四万粁)以上走ったことになり、高齢免許取得者にしては、まあ大分乗った方ではないかと思っている。ドライブ自体の楽しみ、ゴルフ場への往復、そして日常生活での有効活用等、運転してみて矢張り車の利用価値は大きいことを痛感している。

 また、例えば、箱根、山中湖方面、彼岸時の故郷(宇都宮)への墓参等、自分の行動半径が広くなったことが何よりも嬉しい。安全を旨としながら、今後、何時まで運転を続けられるか分からないが、そのためにも、健康に留意して、出来るだけ、息長く運転を続けたいものと念じている昨今である。

 以上、小生の近況の抜粋というべきものをご報告したが、最後に十二月クラブ会員諸氏のご健康を心からお祈りしたい。