7組  橋本八十彦

 

 数年前の十二月クラブの例会で、七組が担当の時野上二雄という人が「武将の兵法」というスピーチをしたことがあった。その当時七組のクラス幹事であった私がその世話役をしたのであるが、この際趣味の同好会である「兵法経営研究会」について、これまでの経緯を書きとめておきたい。

 十一年程前、私のところに突然陸軍経理学校の幹部候補生隊で、私が見習士官で勤務していた区隊の候補生であった吉田君が訪ねてきた。同君はブレインダイナミックス社というコンサルタントを業とする会社の副社長をしていたが、こんど大橋武夫という人を講師として、「兵法経営塾」を開くことにしたので、ぜひ参加してほしいというのであった。ところで大橋という人の経歴をきいてみると、陸軍士官学校出身の本職軍人であって、終戦時は東部軍の参謀をしていた砲兵の中佐であるが、戦後はトラックの運転手などをしていたが、その才能を認められて、ある倒産寸前の中小企業の経営を委され、見事に再建に成功したあと、現在は著述を業としているとのことであった。そして、その再建に当っては、「孫子」をはじめ「作戦要務令」「統帥綱領」などをより所としたので、自ら「兵法経営」として、このたび自分の経験とこれら兵書を中心としたセミナーを開くことにしたという次第であった。

 吉田君の熱心なすすめに応えて私もこれに参加することにした。開塾当時の参加者は、約二十名で上場会社の役員が二名、その他は大体中小企業の経営者であった。講義は月一回早朝から帝国ホテルで約三時間、その中心は「孫子」であったが、これを基礎として古今の戦史の研究ならびにそれを経営にあてはめるには、どうするかということであった。

 私のようなサラリーマンは珍らしい方で、中小企業の経営者には相談相手が少く、何らか頼りになるものを求めて日夜苦慮しているのを、しみじみ感じることができたのは、私にとっても有意義であった。戦史の研究については、国内的には戦国時代のものが多かったが、外国のものではナポレオンにはじまって、第一次世界大戦に至るものを主とした。

 はじめに書いた野上さんは旭電化の関係会社の社長であったが、「戦国武将に学ぶ行動指針」とか「社長学」という著書も出版しており、さらに中小企業は経営の後継者の養成が重要であるとの信念から、本職のかたわら日本橋で「後継者経営塾」を開き、自ら塾長兼講師として、大橋さんの考え方を若い人に普及することに努力していた。私も特別講義がある時には、連絡があったので、数回出席したが、戦国史研究で著名な静岡大学の小和田教授の紹介をうけたのもこの時であった。野上さんはそのご過労がもとで、病に倒れ現在療養中であるが、その全快を祈ってやまない。

 大橋さんの講義の基本になる根本的主張は「ピンチはチャンスなり」というもので、ピンチとチャンスとは、同じ姿をしているという考え方であった。したがって、恐ろしいときや苦しいときには、ピンチとチャンスの見分けがつかなくなり、同じ状況でも、名将はこれをチャンスと見、凡将はこれをピンチと見、双方が凡将なら、ともに負けたと思って退却するようなことが起きるのであるという考えであった。企業経営で問題の発生をピンチとみるかこれを有利に展開させる方策を考えるかで、結果は大いに異なるし、自分もそれで経営をしてきたというのである。

 戦国武将として、私たちの間では織田信長が、その智略と独創性とにおいて最も優れているとの結論に達し、断然人気があった。

 また、トップに必要な資質とは何かということで議論したことがあったが、その結論は、@経営哲学、A大局観、B人材育成能力、C統率力、D演出力、E国際感覚の六つに要約された。しかし、このなかで一つを選ぶとすれば、何よりも統率力であろうという、しごく平凡でかつ単純な話になった。

 この兵法塾には、四年生も出来てきたが、どうしても毎回の講義が単調になるというのは、年度毎に新しい聴講生が入ってくるため、講師の大橋さんもそれに合せて、初歩からやり直すので、四年生は同じことをきいていることになるわけである。そこでこの連中が集り、大橋さんを顧問として「兵法経営研究会」をあらたに発足させ、毎月例会を開くことにした。

 そうしてメンバーの各人が、それぞれ研究したテーマについて発表し、これを基調として、全員が討論をすることとし、また、それを経営の面からみればどうなるかも話し合うことにした。これまでに私が担当したテーマは「ゾルゲ事件」「日本海海戦」ならびに「沖縄の戦い」等であった。

 発表した内容については、年四回発行する機関誌「兵法経営」に掲載することにしており、現在までに十八号が発行されている。

 いまひとつ、私たちの同好会では戦跡(古戦場)の見学旅行がある。とくにその場所を深く研究している会員が担当して、現地での解説をする。そのため、担当者は何度も現地に出張して、場所の確認またはルートの設定などに苦心しているようであるが、またそれが楽しみでもあるようである。

 これまでに訪ねた古戦場は、小牧、長久手、長篠、桶狭間、姉川、賎ヶ岳、厳島、立花山(福岡県)等である。

 と同時に五年程前から有志で、ナポレオンを主とするヨーロッパ付近の戦跡を訪ねている。これまでに行ったところは、アプキール(エジプト)、マレンゴi(イタリア)、ウルム、イエナ、ライプチヒ(以上ドイツ)、ワグラム(オーストリア)、ポロジノ(ソ連)、ワーテルロー(ベルギー)等であるが、それぞれ訪問記、写真などが集っているので、これらを一冊にまとめようということも話題にあがっている。なお、大橋さんは三年程前に亡くなられたので、そのあとを武岡さんという方(雑誌「マネジメント」の常時寄稿家)にお願いして「孫子」の講義を続けていただいている。

 はじめに書いたように、陸軍経理学校の幹候隊で縁のあった吉田君のおかげで「兵法」研究の同好会に参加することになったが、趣味の歴史や地理とが融合し、それにまたいくらか企業経営のこともからむし、とくに中小企業の経営者の方々の苦心談をきくことができるし、加えて運営についても会員が自主的に計画、合議制でやっているので、できるだけ続けてみたいと思っている。