6組 中村 達夫 |
最近、通勤電車の中で、両耳にイヤーホーンを入れて録音テープを聴いている若者の姿に接することが急に多くなった。若い男女の場合は、結構「さまになる」が、オジンやオバンでは、どうにもいただけない姿だ。 しかし私は、仕事上、会議の録音を再聴したり、時には重要な情報を仕入れたり、ニュース番組を聴く必要から、片耳イヤーホーンの古い機種で車中での勉強をする機会が多い。ラジカセやテレコがますます小型化し、イヤーホーンの性能も格段に向上し、音域も幅広くなり、リモコン・ワイヤレスということになれば、やはり最新型を購入し使用するということになる。特に、ステレオ効果が素晴らしくなったので、私も学生やOL並に両耳で、時折は音楽テープも聴くようになった。 勿論、本格的なオーケストラは、大型の複数のスピーカーでなければ、臨場感は得られないが、こんな低音がこの小さなイヤーホーンで、と驚嘆に値する進歩で、日本の弱電メーカーの技術力の強さにはただただ恐れ入るばかりである。 私にとって以前は通勤電車の中が書斎であったが、近頃は、電車や自動車に乗るとすぐに居眠りすることになり、新聞は見出しの文字を拾い読みするくらい、書籍は5頁も読まない内に眠ってしまう状況になっていた。 ところが、両耳で音楽テープを聞きながら新聞・書籍を読んでみたら、不思議なことに全く眠くならず、書かれてある内容が脳細胞の中に蓄積され易いということを感ずるようになった。音楽のテープは当然に歌詞の無いもので、オフィスにBGMを流す効果を自ら体験している次第である。 BGMは、単に心理的な安らぎを与えるものに過ぎないとしか理解していなかったが、書物の文字を全く無音の場所で読むことと、多少の、気にならない程度の音のある場所で読むことと、どちらがどのように脳細胞に作用するかについての詳細な研究文献には未だお目にかかっていないが、ともかく、私の場合は、睡眠不足の後であっても眠くならないばかりでなく、読むスピードも早くなり、筆者の意図への理解や感性対応も何となくより深まっているように感ずる。 既に一年程前のことになるが、NHKの「シルクロードの旅」のテーマ音楽(し綢之路)の作曲者「喜多郎」のベスト16ヒット集のテープを購入し、大型のステレオスピーカーで「朝の祈り」「天山」「シルクロードの幻想」「神秘なる砂の舞」「永遠の路」等を聴いたときは、そのシンセサイザーとステレオ効果の素晴らしさは、率直に言って戦後、外国の大オーケストラ団の調和音を生で聴いたとき以上の驚きであった。 私は、難しい計画書・会則・手紙・祝辞・弔辞等を書くときは、好んでこのテープを聴きながら机に向かい、あるいは車中でメモするようにしている。 喜多郎氏の音楽をこのようなことに使用することには若干失礼な気がねもあるが、この作曲家が、東洋の古代から連綿と繋がっている音階・音感を全く新しい手法・機器を駆使して訴える音のハーモニーが、私の神経・思考力を集中させ、脳細胞間の情報交換を活発にしてくれることになるのだから不思議である。(現にこの原稿もそのテープを耳にしながら車中で書いている)。 何といっても、他の音は一切聞こえず、オートリバース式・高速充電アダプター付なので、一度スイッチを入れれば、一時間でも二時間でも繰り返し聞いていられるのだから便利なことこの上ない。この方法が他の人にそのまま通用するかどうかは別のことであるが、これが私にとって「思わぬ効用」の一つである。 近頃、波の音・川のせせらぎ・小鳥のさえずり・列車の走行音等のテープを聞かせながら、青葉の香を嗅がせてストレスを解消させようという事業がテレビの取材対象になるほどの時代であるから、妙なる音の精神に与える影響(単に心理的なものに過ぎないのかも知れないが)があるように思われる。どなたかお試しになって、その結果をご連絡いただければと願っております。 私にとって「思わぬ効用」がもう一つある。 私は、ゴールデンウィーク中は特別の用事がない限り、午後の半日は、四つん這いになっての雑草除りと庭木の剪定に専念する。相当の重労働である。10年程前までは、庭仕事に時間を使うのが惜しく、庭師に任せたこともあったが、今では松や高木の剪定は依頼するが、自分で納得するまで作業することとし、これが楽しい時間となっている。 精神の集中は、テープを聞きながらのようなことにはならないが、この作業中にふと思い付いたアイディアが、目下の私の仕事である「よろず相談事」での甲・乙間の意見調整案となったり、丙さんの苦悩を癒す手紙になったり、丁君に新しい仕事を提供できるようなことになったりする。 躰を使うことが脳神経にどのような刺激を与えているのかの関係も全く不明であり、近い将来に誰かが仮説をたててくれることであろうが、そのことは私にはどうでもよいことである。多分、雑念がなくて単純作業に熱中しているからだろうと割り切っている。 汗をかき、風呂に入って冷えたビールを呑みながら、明日の作業の段取りを計画することや、作業完了後の翌朝、雨戸を明け放って雑草一本もない芝生を眺めながら喫する一服の新茶の香に、人生最高の醍醐味をかみしめているこの頃である。 |