2組  中牟田研市

 

 ゴールデン・ウィークといっても、日常が連休生活のような昨今だから、行楽プランなどある筈もない。人込みをさけて、連休明けに、ささやかな温泉旅行でもと女房と相談して、習いおぼえた「スミレ」の鉢の植えかえなどで日を過すことにしていた。

 ところが、連休の前日に、突然同居の伜から陳情があった。孫たちを逓信博物館へ連れていってくれというのである。かねてからの約束だったが、当日伜夫婦が嫁の実家の法事で都合がつかないから、代役をして欲しいというのである。

 外づらのよい女房は簡単に受合って、その尻を私にまわしてきた。
「君が引き受けたんだから、君が連れていけよ」
「女は家の中の仕事が一杯あるんですよ。その上、丸の内とか大手町などは地理不案内で苦手なの。家の中でごろごろしてばかりいるから、娘たちからも『産業廃棄物』などといわれるんですよ」

 冗談にもせよ、嫁に行った娘たちから、そうよばれているときくと心中穏やかではない。断ってやろうと思っていると、当の孫たちがすり寄って来た。
「おじいちゃん有難う。今日は迷惑をかけてすみません」

 小学校五年の姉の方が慇懃な調子で挨拶する。そういわれると断りもできず仕組まれた筋書にのせられた格好で、しぶしぶ同行を承諾せざるを得ないはめになった。
 ・・・

 大手町の逓信博物館は数年前まで、その周辺を何度となく往来したことがあったが、中に入るのは初めてである。普段はビジネスマンたちが行き交うこの通りも、休日でひっそりしていた。ただ博物館の周辺だげが両親に伴われた子供たちの群れでごったがえしている。色とりどりレジャー着の華やかな色彩が、この街に場違いの異様な雰囲気をかもし出していた。

 博物館の玄関を入ると、正面に今回のメイン行事のテーマらしい「バポット島の探検」という看板が掲げられている。「バポット島」とは何なのかなどと考える間もなく、孫に手を引かれるまま、人込みにもまれて会場に吸いこまれてしまった。

 百坪ほどの会場の床面一杯にビニール風船で造られた怪獣や奇怪な形の植物らしきものが配置され、子供たちはその陳列品の間に割り込んで、怪物たちを蹴ったり叩いたり、果てはとっ組み合ったりして楽しんでいる。風船は暴力をうけるたびに収縮するが、又すぐにふくらんで原形に戻ってしまう。だから、大人たち(館の職員も含めて)は子供たちの暴力を止めないし、その必要もないのだろう。どうやち子供たちに思い切り暴力を振るわせてストレスを解消させる仕組みが、この会場演出のミソらしい。

 夢中で遊んでいる子供たちにとっては楽しい仕掛けかも知れないが、ちょっと目を離すと風船の影でその姿を見失ってしまうので、はぐれないよう幼い子供たちを監視する親たちにとっては迷惑な仕組みである。しばらくは私も孫たちの行動を見張っていたが我慢できず、姉孫を呼んで弟の監視を托し、
「ロピーの椅子で待っているから二十分程したら崇史(弟孫)を連れてきなさい」
 といい残して、玄関脇のソファーでひと休みすることにした。

「おじいちゃん。おじいちゃん」
 姉孫の呼び声に目を覚まされる。どうやら、知らぬ間にひと寝入りしてしまったらしい。目をこすりながら、
「見学が終わったなら、もう帰ろうか」
「まだ早いわよ。私たち二階で、パソコンやテレフォンゲームやってきてもいいかしら」
「いいけど、崇史クンをよく見てくれよ。鉄砲玉みたいな子だから迷子にならないよう気をつけてネ」
「わかった。サア崇史クン行こう」
 と言って、孫たちはまっしぐらにエスカレーターの方へ走り去った。

 どうやら眠気もさめたので、あたりに目をやると、私の椅子の傍で三十過ぎと思われる夫婦が心配気に話し合っているのが耳に入った。
「ジュースを買っている間に見失ったのよ……」
「年寄りだから注意してはぐれないようにとあれほどいっておいたのに……」
 二人の足もとで幼い男の子がカン入りジュースを片手に無邪気に両親の顔を見上げている。
 その折も折、館内放送が流れてきた。
「マイちゃんという二才のお嬢ちゃんが迷子になっています。お心当りの方は正面玄関までおこし下さい」
 その放送を聞くと若い父親ははじかれたように、
「俺、受付に問合せに行ってくる。子供まで迷子にしないよう気をつけろよ」
 といい残して人波の向うへ消えていった。

 人込みの犠牲者は老人か幼児である。そう思うと、私は自分自身も孫たちとはぐれるのではないか不安になりだした。私は、急いでエスカレーターに乗り孫たちの姿を追って二階に上り、次々と会場を探し歩いた末、ようやく、パソコン・コーナーの隅で機器と夢中になって遊んでいる姉弟に出会うことができた。
「そろそろ帰ろうよ」、
 と声をかけても、不満げな視線をチラリと向けただけで返事もしない。
「これから、おばあちゃんと一緒に中華料理を食べに行く約束だろ。そろそろいかないと……」
 話が食べることになると弟の方は目を輝かす。
「ボク鱶ヒレのスープが食べたい」
「ダメよ。そんな高いものは、そうでしょ、おじいちゃん。私は「サンメイタン」と「チンジャオ」ぐらいは食べていいでしょ」
 腹の中では、子供のくせに料理の名前など口にして、マセたガキどもだと思いながら、パソコンの前を離れそうもない姉の方が食べることに気が向いて来たのを機に博物館からの脱出を計ろうと思った。私は二人をせき立て、暮れかけて一層人通りもまばらな休日のビル街を地下鉄の駅へと急いだ。

 はぐれたおじいちゃんや迷子のマイちゃんのことが、人ごとながら気になったが再放送がないから無事再会したのだろう。
 ・・・

 休日の夕暮、人気のないビル街を孫の手を引きながら歩いているとその寂莫感が一層身にしみる。数年前までは、この街路を善かれ悪しかれ、何かの問題に追われてせかせか歩いていた。その上、その頃は世帯をもった伜や娘からも子守をしてくれなどといわれたこともない。だが、今は遠慮がちながら、『産業廃棄物』という仇名までつけて子守を依頼されるのが現実である。

 いささか業腹だが、今日一日博物館で今の両親たちの子供に対するサービス振りを見て、伜や娘と遊んでやった記憶のない私は、その埋め合せに孫の子守くらいはしてやってもよいと考え納得することにした。 ・・・

 帰りの地下鉄の車内は信じられないくらい空いていた。発車間もなく男の子は私の胸に頭をつけて居眠りを始めた。その頭をだいて、私は義父から受けついだ廃棄物同然のあの古机を修理してコイツに使ってもらおうなどとあらぬ想いを巡らしながら、いい一日だったとほのかな満足感にひたっていた。

 


卒業25周年記念アルバムより