4組  中西  鋭

 

 毎日が自由時間になると、さてこれをしようとするあてもなく庭へ出て野草山草をいじって過ごすことになる。しかし何でもないように見えたが、いざやってみると先ず水やりが大変である。冬はまだ時々気をつけてやれば良いが夏場は朝夕気を抜くことが出来ない。更に日陰を作ってやらなくてはならない。大体馴れて来ると、あとの時間はさてということになる。

 当時は杉並区天沼という所に住んでいたが、四十何年も経ってゐたのに、近所も通勤経路を除くと殆ど知らない所ばかりで、先ず荻窪界隈を歩くことにした。稲荷横丁、妙正寺公園、太田黒公園、善福寺公園の雪見、観泉寺(此処は今川義元の菩提所で、女性器の形を模した珍しい基石もある)等足の向くまま歩き廻った。中野坂上の近くの釜寺迄歩いて行ったこともある。当時前の会社で重いものを持たされて、腰を痛めていたので、医者にその話をすると、歩き過ぎだと言われるようなこともあった。

 近在のこれはと思う所は一度歩いたので、今度は江戸に住んで江戸知らず、と云われるのもいやなので東京の中を歩くことにした。

 東海道の名残を残す品川宿あたりを歩く。NHKのアナウンサーが品川寺(ほんせんじ)を「しながわでら」と放送したのには参った。大抵は訂正が入るのだがその時には訂正も無かった。ことほど左様に東京知らずが多いことは嘆かわしいと思う。夏の暑い最中を、大崎から沢庵禅師の墓のある東海寺を始めとして青物横丁の品川寺迄歩く。それを皮切りに佃島、亀戸、浅草界隈、旧日光街道千住近辺、又柴又から江戸川の土堤を風に吹かれて、江戸川区の善養寺へ歩き影向の松(ようごうのまつ)を見る。

 そうこうする内に江戸には不動尊が幾つもあることを知った。目白、目黒、目赤、目青の不動尊がある。目黄はどう云うわけか更に江戸川区にもう一体ある。こうして江戸もだんだん分って来ると、落語の世界で、何処から何処迄走ったとか、歩いたとか云う話も分って来て、仲々楽しいものだ。

 正月は七福神めぐりと云うのはどうだろう。都圏だけで二十九コース、都内では十六コースもあると云う。山手、隅田川、深川、東海、谷中、浅草等々有名なものも多い。現在私は練馬区に住んでいるので、練馬七福神をさがしてみたが、どうも無いようである。隣の板橋区を探したらあったが、まだこちらは参拝していない。その内廻ってみたいと思っている。

 最近ではNHKのドラマで春日局が脚光を浴びることになった時、豊島区の麟祥禅院に参拝した。
 まだまだ東京には知らない所が多く、特に谷中あたりのような裏町に面白い所も多く、決してあきることが無い。

 来年は根岸の里をもう一度歩いて見ることにしよう。台東区では、子規が俳句に発起してから百年になることから、子規庵を大々的に宣伝して、ここらあたりに人を呼ぼうと計画しているらしい。あまり賑かになるのも考えものだとも思うのだが……。

 いずれにしても東京は広い。まして日本となると何とも広すぎると思う今日此の頃である。