Charles Baudelaire
LES FLEURS DU MAL
L’INVITATION AU VOYAGE
悪 の 華
鈴木信太郎訳
旅のいざなひ
わが児わが妹、
夢に見よ、かの
国に行き、ふたりして住む心地よさ。
長閑に愛し、
愛して死なむ
君にさも似し かの国に。
翳ろふ空に
潤(ウル)みたる日は
涙の露を貫きて輝く 君の
心を洩らす
眼相(マナザシ)の いと
紳秘なる魅力あり、わが魂に。
かしこは、ただ 序次(トトノイ)と 美と、
栄耀と 静寂(シジマ)と快楽(ケラク)。
年月の磨きて
艶の照り映ゆる
調度は、われら妻隠(ツマゴメ)の部屋を飾らむ。
龍涎(リュウゼン)の朧なる
香に、その馨(カヲリ)を
混(マジ)ふる 世にも珍しき花、
煌(キラ)らかの天井く、
底なき鏡、
東邦の綺羅荘厳、なべて 彼処に
人の心に
秘かに語らん
その郷土の なごやかなる言葉。
かしこには、ただ、序次(トトノヒ)と 美と、
栄耀と 静寂(シジマ)と 快楽。
見よ、この入江に
眠りたる 船、
漂泊(サスラヒ)の旅の心を乗せたりな。
そは 君がかそけき
欲望(ノゾミ)を満たすため
この世の涯より 船ぞ来し、
--- 沈み行く日は、
野邊も 入江も
隈(クマ)なく町も、赤紫に金色に
粧ひ裏(ツツ)む。
世は 睡(ネム)る、
熱き光明(ヒカリ)のただ中に。
かしこには、ただ 序次(トトノヒ)と
栄耀と 静寂(シジマ)と 快楽(ケラク)。
*(かの国とはオランダ、入り江はオランダの運河)