遺伝情報

Dr.Terumi Khowi−Shigematsu(カリフォルニア大)、5組重松輝彦君ご長女より貴重な投稿を頂きました。
             
Thu, 21 Aug 2003

山崎様、 私共の研究室で最近発表した成果を、日本語で簡単な解説をし てみましたので、お送りさせていただきます。お目を通してい ただければ光栄です。          

遺伝情報の本棚 生命の基本的な、そして最も重要な活動は、自分の遺伝情報を 子孫に伝え、種の保存を計る事である。
その背景に、自然の壮大な、そして、実に巧妙な機構(メカニズム)が働いている。
遺伝情報は、四つの塩基であるところのA,G,C,T,と表現される 分子が、様々な配列に並ぶ事によって、暗号の役割をしている 事に依存している。
これらの遺伝情報は、長い糸状のDNAと呼 ばれる、遺伝を司る分子を構成しており、
二本の糸状のDNAは 、互いに巻き付きながら、2重螺旋を形成している。
その2重 螺旋DNAは、何重にも折りたたまれて、小さな細胞の核に納ま っているが、その為には、数十万倍もの凝縮を余儀なくされる 。
1個の細胞当たり、10億程の塩基配列は、最近のゲノムプロ ジェクトにより、ほぼ決定されとは言え、いかにその遺伝情報 が、タイミングよく取り出され、また機能の異なった色々な細 胞のタイプに応じて、遺伝情報がいかに選択され、取り出され てくるのかと言う疑問については、まだほとんど解明されてい ない。

DNAの10億の塩基配列の内、10%程が遺伝子と言う タンパクを作る情報を持っている。
その他の塩基配列の役割は 、あまりよく分かっていないが、そのうちの一部は少なくとも 、遺伝子の発現の調整に深く関わっている。
私たちは、このよ うな天文学的な数字の塩基配列を、 小さい核の中に秩序よく収め、そして、遺伝子の機能を導き出 すための、特異的な分子機構があるにちがいないと考え、研究 を重ねた.

私達の研究室では、人、又はマウスで、このDNAを折りたたむ 機能を持つタンパク、SATB1を発見した.

そのような役割を持 つタンパクとしては、SATB1が初めての例である.
興味深い事 に、SATB1は、免疫細胞の前駆細胞であるところの胸腺細胞を はじめ、骨の前駆細胞など、それぞれの細胞が最終的に分化す る前の細胞(つまり、前駆細胞)に発現され、その核内でDNAの 配列を、組織特異的に折りたたんでいる事が判明した。
如何に それをやり遂げるかと言うと、SATB1は核内で、鶏小屋に使わ れる網のような形のネットワーク状に分布していて、そのネッ トワークに、DNAの中の特異的ではあるが、周期てきに存在す る塩基配列をつなぎ止め、その結果、DNAの糸をループ状に幾 重にも折たたむ。更に、SATB1ネットワークは、様々な核内のDNA 機能を調節する酵素やタンパクなどを、そのネットワーク上へ 呼び込んで、大きな複合体を構築する場を提供している。
従っ て、SATB1ネットワークは、DNAとの結合部位を介して、遺伝子 調節タンパク群が非常に遠く離れたDNAの部位に渡リ機能する 事を助けている。
つまり、SATB1ネットワークは、大きな規模 に渡り、DNAの 3次元高次構造を構築し、最終的に遺伝子が正しく発現するよ うに調節しているのである。
このような一連の知見は、主にSATB1が欠落したマウスを作成 して得られたものである.
SATB1がないと、例えば胸腺細胞で は、数百の遺伝子が無秩序に発現されたり、また、発現すべき ものが発現しなかったりして、免疫細胞への分化が 途中で止まり、細胞は死んでしまう. この事をまとめて見ると、SATB1の役割は、図書室で沢山の本 を整理し展示する役割を持つ整理本棚のように、大量にある遺 伝子情報を3次元的に整理整頓するようなものだと考えられる .
しかし、SATB1は整理本棚としての役割のみに留まらず、読 者(調節タンパク群)をタイミングよく引き付け、 特定な本(遺伝子)を読ませると言う、機能的に何重にも器用な 役割を持っていると言えよう。

私どもはこれらの知見を、2002年に英国雑誌ネイチャー(Nature) 、更に、2003年に、その姉妹雑誌ネイチャージェネチック ス(NatureGenetics)に発表した。なお、2003年羊土社から 、実験医学の増刊号でこれらを日本語で解説した。 以上です。 Terumi Kohwi-Shigematsu