如水会ゝ報 平成十六年(2004)新春号 No.885 p12 定例晩さん会

国立の緑と大学キャンパス

全国森林インストラクター会理事
森林インストラクタ1東京会副会長

せき   とう ぞう

関   統 造
(昭41社)

[本講演は平成15年10月29日、如水会定例晩さん会で行なわれたもので、これはその要旨です。(編集係)]

 私は昔から山や自然が好きだったものですから、
退社後は、青山学院大学経済学部で、エネルギー関係の講座を受け持つのと並行して、
農林水産省の「森林インストラクター」資格にチャレンジしました。

 この 「森林インストラクター」とは、
仲間内では 「山の司法試験」 と言われるほど(笑) 非常に難しく、
森林及び生態系、動植物名はもちろん、林業、山村の生活、民話や伝説、野外活動、
救命資格や自然教育の分野にまでわたって受験科目があります
自然保護や自然教育の重要性が叫ばれる中、
都会
と山や自然を結びつける橋渡しを期待し、
農林省が平成三年に創設したものです。
現在全国に約一五〇〇人おります。
具体的には主に自治体等の依頼に基づいて、
親子、中高年の方、子どもたちを山や自然に案内しています。

自然が好きとは言いながらこの資格を取るまでは、木は木、草は草という状態でした。
しかし、人間と同じように、樹木や草花に対しても、名前を覚えないと、
なかなかお付き合いして貰えません。
今ではある程度違いが分かるようになってきましたので、
山に登っても楽しさが変って参りました。


それでは、これからお話の中で母校にご案内しようと思います。

まず、JR国立駅を降りますと、風格のある大学通りが目に入って参ります。
これを見て、
国立の町は緑豊かな立派な町だ、
ここに住んでみたいと思う人がたくさんいると思います。
ところが国立市全体でみますと、
緑で被われている地域の比率、つまり緑被率は二六%しかありません。
これには多摩川の水面や農地なども含まれており、
純粋に樹木に被われている土地となると、八・七%しかありません。
このように国立の縁被率が低いのは、
住宅の
開発が進んだということだけではなく、
国や都の公園が殆どないという背景もあります。

そういう意味で、
母校一橋大学の緑、そして大学通りは
国立市にとって非常に大切な緑の財産になっていると言えます。

大学通りには、サクラが二一一本植わっています。
このサクラは
昭和九年、今の天皇陛下の誕生を祝して植えられたと言われていますので、
樹齢七十年ということになります。殆どがソメイヨシノです。
ソメイヨシノは
江戸時代後期に、巣鴨染井村の植木職人、伊藤伊兵衛が、
オオシマザクラとエドヒガンを交配してつくったもので野生種ではなくて園芸種です。
全国のソメイヨシノはクローンによって増えていったものです。
このソメイヨシノの寿命は、六十年から八十年と言われています。
つまり国立の大学通りのサクラは、いま正に寿命に近づきつつあるということです。
市でもその保全に相当な力を注
ぎ、
予算も大学通りで、年間一千万円余を使っているそうです。
また「桜守」という団体を組織し、
一橋生を含め、小学校、国立市民と協力して、様々な対応をしているのですが、
それでも残念ながら精々十年か二十年しかもたないだろうということになります。

特にソメイヨシノは 「忌地性」 という性質があります。
古木が枯れた後に苗木を植えても育たないということです。
残念ながら原因は分かっておらず、
唯一、大量の土壌を取り替えるしか今のところ方法がないと言われています。
まだ多少時間がありますので、
関係者に忌地性をもっと研究して戴いて、対策を講じなければ、十年、二十年先に、
この立派なサクラが消えてしまいます。

これは大学通りだけではなくて、日本全国のサクラ名所にも言える大きな問題です。


大学通りを歩いて行きますと、大学正門に着きます。
門から教室にまっすぐ向かうと分からないのですが、
実は、一橋大学の緑被率は、目測で五〇
%以上あると思われます。

この森が、大学の教育環境に様々な恵みを与えています。
一つは「防音」です。
もともとキャンパス周辺は静かですが、それでも森があることによって更に静かになります。
二つ目は「温度調節」 です。
気温が上がると「蒸散」といって、木の葉の裏にある「気孔」 から水分が出ていきます。
そうすると、気化する際に周りの熱を奪い気温が下がることになります。
三つ目は「酸素の供給」 です。
夜など光合成しないときは、樹木自身も酸素を使いますが、
光合成しているときは酸素を出します。
それ以上に炭酸ガスの吸収が期待できます。
四つ目は 「フィトンチット」 (木の精気) が大量に放出されることで、
ちょうど森林浴をしているのと同じ効果が得られます。

また素晴しいことに大学当局は、大学の緑地全体に関して、
東京農工大学の協力を得て 
「緑のマスタープラン」という構想を進めています。Click

一橋の敷地を

「開放を視野に入れた庭園ゾーン」
「花木を中心とした植栽ゾーン」
「武蔵野の面影を推持するゾーン」
「現状のまま保存するゾーン」
「裸地を改修し、現状のまま保存するゾーン」
「草地のゾーン」

と六つに分け、

それぞれの特徴を生かした形で緑化維持を図って行こうとする計画です。

これによってメインテナンスの計画性、永続性が図れると同時に、
例えば卒業記念の植樹の際、今まではかなり勝手に植えていたのが、
今度は、どの木ならば何処に植えるということがはっきり分かるようになります。

この様に、大学の先生方、学生の皆さんは気が付かないうちに、
非常に恵まれた環境で研究、勉強されていると言うことが出来ます。

しかし、大学の森には荒れている場所もあります。
特に兼松講堂の裏は、想像以上の森林になっています。
そこにはアカマツ、クロマツ、クヌギ、ナラ類、カシ類、ミズキ、エゴノキなど、
かなりの高木が植わっております。
ところが林床に日が当らなくて、ツルがいっぱい巻いているといったジャングルの様な状態です。
こういう場所では、無駄な樹木は伐り、枝打し、下草も刈り、ツル切りもしなくてはいけません。
特に成長の早いヒマラヤスギは兼松講堂そのものをかなり痛めつつあるという状態です。
これは比較すれば、兼松講堂の方が大事だと思いますので、
強剪定するか、またはそのものを伐採してしまわないと、
文化的な兼松講堂に悪影響を与えてしまいます。

自然保護に関心のある方々の中には、
木は絶対に伐ってはいけないという方も多くいます。
ところが、放っておくと、樹木は極相になるまで徐々に動いて行きます。
「極相」とは、
その状態になったら、それ以上変わらないという状態です。
例えば、三原山が爆発してある一帯が火山灰に埋まるとしますと、
最初はそこに植物は一切ありません。
そこから森林になるまで、約七百年かけて、最終的に極相になるまで動いて行きます。
この動きを「遷移」と言います。

遷移の間には、人間にとって都合の悪い状態も当然ありますから、
人間の一番都合のいいところで遷移を止めるのが手入れです。
放っておくと、極相に向って行きます。

最近は、木を伐った場合、ゴミ扱いとなりその処置に困りますが、
大学では「ゼロエミッション」即ち、外には持ち出さないということを考えています。
大木であればベンチに加工も出来ます。
枝は垣根や柵にする、その他の廃材はウッドチップにして、遊歩道に敷いて、
舗装に利用するなどの方法で、殆ど有効に校内で利用出来ます。

兼松講堂の裏の森は、中を歩くと変化があって楽しい森なのですが、
遊歩道を設けたら良いのではないかと思います。
一般の方々は歩いていても何の木か分からないと思いますので、
「樹名板」をつけると更に楽しいのではないでしょうか。

また、せっかくの綺麗な大学の中に相当のゴミがあります。
森の中に限らず、至るところが汚れています。
これに関しては緑の保護と一緒に対応した方が良いと思います。

大学の森に限らず、日本の山、特に人工林は
相当荒れているということを認識して戴きたいと思います。
日本は六七%が森林に覆われていて、森林王国と言われますが、
人口一人当りの森林比率は先進国でも非常に少ない方で、
特に都会の緑は貧弱です。
そういう意味でも、
母校のキャンパスは、
国立市だけではなくて、日本全体でも非常に貴重な財産ではないかと思います。


第二次大戦で殆どはげ山になってしまった日本の山を修復すべく、
戦後、政府は、「拡大造林」 のもと成長の早いスギとヒノキをどんどん植林しました。
ちょうど今、六十年たって、そのスギ、ヒノキが素晴らしい状態で、
木材として十分使えるようになっています。
こういう森もある一方で、間伐その他手入れが不足して、
外部からは分りませんがモヤシ状態になってしまった林も非常に多いことも事実です。
風や雪に弱いスギ、ヒノキは、そのままでは真っ直ぐ伸びず商品価値が落ちるため、
植林するときは間伐を予定してわざわざ詰めて植林します。
密植すると真っ直ぐになるからです。
ですから、いま間伐する人がいなくてそのまま放置しているところは、
たくさんの木が残って一本一本が細くモヤシ状態になっています。
その背景には、戦後、植林と並行して木材需要増に対応するため木材の輸入が始まり、
現在まで続いているということがあります。
現在は八割が輸入材です。輸入材は製品で入ってきます。
すでに乾燥された製材が入ってくることで、
日本の林業の中の「乾燥」及び「製材」の部門が衰退してしまいました。
もし今日本で、自分で山を持っていて自分の木で家を建てたいという場合、
自分の裏山から木を伐ってきてもコスト的に外材にかなわない状態が起きています。
今後、日本の (山)林業を救うためには、
間伐問題の解決だけではなく、乾燥、製材産業をもう一回取り戻さなくてはいけません。

もう一つ余談になりますが、
戦後、日本の山が丸坊主になって、水害もよく発生しました。
その当時の水害予測をベースにして、治山ダムの計画が出来上がった訳ですが、
山の方がかなり回復した現在でも、
計画はそのままで、無駄なダム工事が行われているケースもあります。

動物は動けますが、植物は一度生えてしまうとそこから動けません。
そこで、動けないが故の知恵があります。
例えば森の王様と言われるブナの森では、木漏れ日が林床まで届きます。
そうすると他の植物もその中で生きられるので、複層の森林になり、生態系が非常に発達します。
その結果土壌がしっかりしますので、保水能力が上がります。
ところが、スギ、ヒノキは、太陽の光を独占し下に譲りません。
従って、スギ、ヒノキの林内はかなり薄暗い状態です。
更にヒノキは、ヒノキチオールという殺菌能力のある精気を出しますので、
なかなか昆虫も住まない様な状態です。
そこで、これもしっかり間伐をして、
多少でも林内に太陽光を入れていくことによって、
先程言った複層林がつくられ、土壌がしっかりして、
保水能力がさらに上がるということになる訳です。

 山のスギ、ヒノキは今や単なる木材の生産だけの存在ではなく、
日本の国土保全という大きな役割があります。
一番大きいのは 「水源の涵養」 です。
これに加え「小動物の生態系保全」「雪崩防止」など森林の効用を林野庁が試算したところ、
約二十二兆円の価値があることが示されました。
つまり、水源涵養、緑のダムの代わりにセメントでダムをつくる費用等全てを合算すると
約二十二兆円になるという訳です。

他にも、樹木はそれぞれ感心する程の知恵を持っています。
例えばブナの実は四年から七年に一回豊作になります。
ブナの実は非常においしいので、
ネズミ、リス、クマなどに、殆ど食べられ、種の保存が出来ません。
そこで、豊作年をつくることでその年だけ大量の種を実らせます。
すると、さすがのリスやクマ、ネズミも食べ切れず、一部種が残る仕組になっております。

 また、マタタビは白い花をつけますが、その花は非常に貧弱です。
そのままですと花粉を運んでくれる昆虫が集まって来ませんから、
花の周りの葉が、花が咲いている時だけ目立つ様に白くなります。
そして終わるとまたもとの緑に戻ります。

 マツポックリの知恵もあります。
晴れた時の方が種が遠くまで飛びますから、カサは晴れると開き、雨が降ると閉まります。

最近カリフォルニアで山火事がありましたが、
ここには火事で発芽する「埋土種子」 によって実生する植物があります。
土に埋まって、火事になるまで地面の中で待っていて、
火事が終わったら発芽する植物も中にはある訳です。
この場合、山火事も自然現象の一つです。

 この様に、植物は多様な知恵を持ってそれぞれ生きています。

こういうことを多少でも知った上で、母校のキャンパスの森を見てみますと楽しいものです。

樹木は我々よりずっと長生きします。

母校の森も例外ではなく、
あの森を今後ずっと世話して行くためには、一個人では時間的限界があります。

そういう観点から、
「植樹会」などの会を通じて先輩から後輩に 「思い」を伝えて永続的に行動して行くことは
大きな意義があると思います。
そして、大学当局の方々も我々OBも学生も、国立の市民の方々も一つの大きな輪になって
大学の森を守って行くということが 
「自然保護」及び 「教育環境保護」の上で必要ではないかと考えています。

ご清聴ありがとうございました。
 (拍手)