送信者: "yamazaki hiroshi"
日時:Monday,October 30,2006
件名 : 明治二十三年十月三十日ギョメイギョジ


みなさん(如水会ML,十二月クラブML)
                            山崎 坦(S16 学後)

最後に件名の文言が奉読されると、緊張から開放され、垂れていた頭をあげて、咳払いをしました。
戦前の義務教育を受けた私共は皆覚えております。

日に5回礼拝するイスラムのコーラン、日曜には 教会のミサに出かけるキリスト教のバイブル、日夜唱える仏教の経典、寺子屋の素読 四書五経のように。

戦前は入学式、卒業式、祝祭日の式に登校して、 教育遺訓の奉読を謹聴して、
「拳拳服膺して、咸 (ミナ)その徳を一にせんことを庶幾」はれまし た。教条・徳目です。

父母に孝に  兄弟に友に  夫婦相和し  朋友相信じ  恭倹己を持し  博愛衆に及ぼし  
学を修め  業を習い  以って知能を啓発し  徳器を成就し  進て公益を廣め  世務を開き 
常に国憲を重し  国法に遵ひ  一旦緩急あれば義勇公に奉し


戦前の私共は今でも諳んじることが出来ます。

現在の世相を見ておりますと、日本人にも何か戒律がなくてはならないんではないかと思われます。

From: "ono harusato"
Sent: Tuesday, October 31, 2006
Subject: Re: 明治二十三年十月三十日ギョメイギョジ

山崎 大兄、  大野です。  
恐れいりました。
教育基本法が不文律としても存在しないような世相が毎日のニユース、なんとかせねば、とは。
神無月も今日まで。
さて日本人は大部分が無宗教でコーランもバイブルも無く葬式でも無ければ、お経の声も聞こえません。

教育勅語は震災後の仮校舎で頭を下げて校長先生の読むのを音として聞き、終わるのを待つていただけでした。

軍隊では近衛連隊で軍人勅諭と勅語は将校の聖書。でも漢文の専門センス過ぎてCommon sense の日本語ではありませんでした。

愛国心ではなくて、小学生も大人も親しめる集団生活、人類愛をこめた日本語でのキャッチ フレーズでも出来ると嬉しい限りですが。


大野 大兄
メールありがとうございました。
私共は皆同じ思いをしているようですね。
人間には良心があると思ったのだけれど、禽獣にも劣る話を聞いて驚いている昨今です。

戦前,教育基本法はなかったんでしょう。
師範学校があり、先生は聖職者・訓導で、生徒は「三尺下がって師の影を踏ま」なかった?
「尊い我が師の恩」を仰いだ?のに、今や「不逞の輩」ばかりでしょうか?
山崎


From: "toshio ito"
Sent: Monday, October 30, 2006
Subject: re:明治二十三年十月三十日ギョメイギョジ

山崎先輩 及び皆様 1953年卒伊藤登志夫です
ご無沙汰申しております

戦前の教育について簡単明瞭に説明される先輩に感謝してます
仰せの如く 今の世相はあらためて欲しい所も多い様ですが
皆様 googleで教育勅語を索引したら 
http://kan-chan.stbbs.net/docs/chokugo.html
が出て参りました これを見て皆様ご意見をお述べ下さい
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     伊藤 登志夫・信子

併せて制定時の事情を<教育勅語>をクリックして見てください。(山崎)

送信者: "yamazaki hiroshi"
件名 : Re: re:明治二十三年十月三十日ギョメイギョジ
日時 : 2006年10月30日 22:47

伊藤さん
しばらくです。
お元気なご様子、なによりです。

資料をどうもありがとう。
日本はアウフヘーベンして、良くなっていくよう、祈ります。
山崎



送信者: "Edward Chang"
件名 : Re: 明治二十三年十月三十日ギョメイギョジ
日時 : 2006年11月2日

Dear Yamatan,

教育勅語奉読の思い出懐かしいですね。 

貴兄が引用した「父母に孝に」に始まり、
「常に 国憲を重んじ国法に遵ひ」に至るまでの十五個条の訓示は、
「修身、斉家、治国、平天下」の理想を説 いた儒教の道徳律に合致するところが多く見られます。 
孔子は弟子達が「論語」に「子は語らず、怪、力、乱、神」と記録したように、
宗教に無関心だったようです。

従って同じくメソポタミア文明に起源するユダヤ教、キリスト教、モハメット教が各々異なる神を想定し各々異なる道徳律を立てて争って居るのに比べ ると、儒教の学説は古今東西の差別を超えて、広く受け入れられる素地を持って居りました。  
論語の「子曰く」から翻訳された "Confucius says" という言葉は、古くから英語の諺となって?々引用されて居
ます。 

かつて中共の文化大革命で徹底的な打撃を受けた儒教が、混迷する大陸の思想界に着々と影響力を取り戻し、
孔子生誕の記念祭が公式行事として復活されるまでになりました。 
教育勅語に宣揚された道徳の基準が、今日の日本に全然役立たないと言って見捨てるのは惜しい事です。 

ED