五・一五事件

昭和七年(1932年)に起きた事件です。[如何なる事件であったのかは上の件名をクリックしてみてください。]
私共の年次の中学2年生のときでした。、

4年後の昭和十一年(1936年)、中学を卒業して、東京商科大学予科に進学が決まっていたときに起きた
二・二六事件よりは遠い幼い時代の記憶となります。

大正14年(1926年)この年ラジオ放送が始まり、治安維持法と普通選挙法抱き合わせで議会紛糾とあります。
大正デモクラシーが消えてゆく。
民主主義、自由主義と専制と束縛(検閲、拘束)が同時に法制化されたわけですがが、どちらに比重が移ってゆくのでしょうか。

大正天皇の御大葬、牛車の車輪のきしむ音を悲しく聞きました。NHKの放送で。

私共は大正14年に義務教育の小学一年生に進学しました。

大正15年(1927年)12月25日から昭和元年です。

それから昭和16年(1941年)12月27日(12月8日真珠湾攻撃)まで。
戦前の全昭和が、即、私どもの学業時代だったわけです。

昭和21年まで足掛け5年の兵役、出征でした。学友35名を喪いました。