三.新郷にて

 新郷に着いた。こゝが大隊全員が纏まって貨車で輸送された終着駅である。到着した日であったか翌日であったか、吾々は宿舎に入るべく広い営庭に居た。そこへ敵機の襲来である。吾々は営庭に既に掘られていた蛸壷に一人宛入った。蛸壺は深さ一米位だったと思う。

 敵機は機銃掃射を行った。蛸壷すれすれに銃弾が地面に一直線を画いてゆく。行き過ぎたと思ったら、こんどは引返してきた。蛸壷では深いものは別として、このように浅い場合には、飛行機に背を向けて壁に背中を押しつけておかないと壷の中に飛び込んだ弾に当ってしまう。だから飛行機が引返してくるとわかれば、従来とは逆の側の壁に体を押し付けなければならない。

敵機は執拗に反復攻撃を続けたが、幸いにして吾々の損害は皆無であった。蛸壷の中は一人っきりで生死の境に対峙するという恐怖がある。しかし一度普通の銃弾に対しては安全であるという自信ができれば、蛸壷の中に居る限り機銃掃射は恐しくなくなる。後に野原の真中で仲間と二人で敵機に追いかけられたときは恐かった。