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大学経営体制の強化と 政治学をもっと前面に
よし だ ゆきお
吉田幸夫
(36経)
はじめに
ここ数年、平成卒を含め何人かのOBと母校の現状や将来について意見を交わしている。
受験生が他の大学には目もくれず一橋を第一志望にする、いわば法人としての競争力をどう強化するかがテーマのひとつである。
蓼沼学長が就任された機会に、筆者自身の学校経営の経験 (在外日本人高校の理事長・国内学校法人の常務理事兼事務局長)、母校の聴講生として十年以上の学生としての立場から、喫緊の課題として「大学の経営体制について」と「政治分野の人材を如何に育てていくか」 の二点について所感を述べたい
大学経営に民間出身者を
文科省は国立大学法人の学長に大きな権限を与えて経営を委ねる方向で試行錯誤している。私学の学校法人では、例外もあるが、経営を理事長、教育を学長が担当する「経・教分離」が一般的で、国立大学が国際場裡で戦うには、この私学のスタイルの方がはるかに合理的だと思えてならない。
文科省が国立大学の学長に期待している権限には「経営的なもの」と「教学に関わるもの」がある。学長の専門分野である後者は割愛し、ここでは経営的なものについて論じたい。
大学の経営と企業の経営では当然に異なるが、財務、人事、営業という分野は共通で経営の核の部分である。財務の内、資金の調達に関しては、公的な支援が相対的に厚い国立大学法人の場合、私学の厳しさはないが、文科省も随所に競争原理を導入し資金の効率的配分を目論んでおり、交付金が先細りになるとすれば寄附金などを如何に確保・充実させるか、まさに経営トップの最大責務である。
大学の人事の要諦は、教学部門に人材を確保する、平たく言えば「いい先生」を集めることである。「いい先生」とは、国際的に一流の研究成果をあげ、学生に対する教育指導の面で秀れている先生である。学者としての能力や学会での評価などは教学部門が行うのは当然だが、雇用の条件や人事制度の運用などは経営部門が担うべきで、二つの部門の連携は不可欠である。
大学事務局については、採用から人事考課まで経営部門による一貫した関与が重要である。教育界の従来の考え方は、事務部門は教学部門を支える縁の下の力持ちと見なしてきたように見受けるが、両者を車の両輪と認識する発想が欠けていたのではないか。この事務部門に優秀な人材を集め、学長が強いグリップで使いこなすことが文科省などとの折衝で後れを取らないカギである。
大学における営業とは、磨けば光る潜在性をもつ学生を集め、一方では授業料を払ってくれるお客様たる学生に良いサービスを提供して満足を与え、付加価値をつけて社会に送り出す、これこそ保護者や社会が期待する大学の使命であろう。
よい学生を集めるには米国流の厳しいAO方式による入試なども採用されねばなるまい。座っていても学生が集まっていた国立大学に最も欠けているのがこの営業のセンスではないだろうか。
いうまでもないが、効率的な広報活動を通じて魅力ある大学のイメージを売り込み、優秀な、潜在性をもつ学生を集めるのは経営部門が主導するとしても、その裏付けとなる教育や指導を担うのは教学部門であり、ここでも両者の連携は不可避である。
文科省は学長にリーダーシップを発揮するよう求めているが、上述した経営部門がやるべき機能も含め全てに目配りするのはよほどのスーパーマンでない限り不可能である。理想的には企業経営の経験者である理事長と学者であり教育者である学長が私学のように二頭体制で「経・教」を分担するのが望ましい。
一気にそこまでは無理というなら、まず、民間出身の常勤の理事・監事を置き競争力強化という発想を入れる。更に言えば財務や広報担当の副学長を民間から登用することも選択肢の一つであろう。
事務局のトップは民間の経営経験者を登用することがベストである。因みに、東京工大では民間出身の副学長が財務、広報を担当している。
政治学を前面に
二つ目の議論は母校に於ける政治学の位置づけについてである。一橋大学の政治学は昭和二六年に法学社会学部を法学部と社会学部に分離の際社会学部に置かれ今日に至っている。この点は中北教授がHQ(38号)で、@東大モデルー一国家官僚を育成するため政治学は法学部に、C早稲田モデル=経済学との結びつきを重視して政治経済学部に、B一橋モデル=市民社会の学問、市民の目線から政治をとらえる、と解説されている。
母校の社会学部は他の大学にないユニークな、そして魅力ある学科を有しているが、社会学部の中での政治学の位置づけを確認しておこう。
平成二六年度の学士課程履修計画ガイドブックによると、学生が四年間に履修する科目は「学部教育科目」と、教養科目にあたる「全学共通教育科目」に分かれ、学部教育科目は学部導入科目、学部基礎科目、学部発展科目に分かれる。
社会学部の学部基礎科目と学部発展科目は六つの科目群で構成される。
@社会動態研究‥社会学・社会調査、国際社会学、言語社会学
A社会文化研究.哲学・思想史・倫理学、言語文化.言語芸術
B人間行動研究‥社会心理学、社会地理学、社会人類学
C人間・社会形成研究‥教育社会学、スポーツ社会学、政治学
政治学の中身は次の通り。
基礎科目(政治学、政治史、政治思想)
発展科目(比較政治、政治過程論)
D稔合政策研究‥社会政策
E歴史社会研究‥社会史
社会科学の総合大学である母校の出身者は、実業界や外交、法曹あるいはジャ
ーナリズムなどの分野で活躍しているが、政治の世界でのリーダーとしての存在感
はいまひとつという気がしてならない。
政治学を学ぶことが即政治の世界へ結びつくとは思わないが、一橋で勉強し、地
方政治、国政、更には国際政治の場で活躍しようという若者(他の世界での多彩な経験があれば更によい)をもっと輩出できるような工夫が必要ではないか。換言すれば「政治学を学ぶには一橋」といぅ意識を受験生やその周囲にもたせるにはどうするか、ということである。
ハコとしては、次が考えられる。
・政治学部の新設
・経済学との結びつきにウエイトを移した政治経済学部への改組
・社会学部を「政治・社会学部」と名称変更する、あるいは政治学科を置き政治学の重視をより鮮明にする
・法学部所管の国際政治関連部門を発展させた改組
文科省との関係や過去の経緯もあろう。
またハコだけでなく中身をどうするか、更に深い考察も必要であろう。
だからと言って挟手傍観は許されない。
東京外国語大学が平成二四年に従来の外国語学部を改組し地域研究の教育拠点を
旗印に「言語文化」「国際社会」の二学部体制に移行した先例もある(PTを主
導した学長直結のアドバイザリーコミティのトップは商社出身と灰閲する)。
グローバル時代に要請される政治の知見、リーダーシップを見すえて、母校は果敢に学部やカリキュラムの再編に取り組むべきである。
結び
平成二四年に文科省が募集し母校も「タイプB(特色型)」に採択された「グローバル人材育成推進事業」と,本年度公募され残念ながら選に漏れた「スーパーグローバル大学等事業」の関係はよく判らないが、いずれにせよ大学を巡る競争やグローバルな人材育成への社会の期待が益々高まるなかで「生き残り」をかけて積極的かつスピーディーな改革が必要である。
(元東京銀行勤務・多摩北支部)